まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

曇天を見上げて一人花菖蒲

2022年05月20日 | 時には日々是日

 20日のさぬき市地方は、気圧の谷や湿った空気の影響で曇りとなった一日。気温は14.5度から21.4度、湿度は62%から84%、風は1mから2mの東の風が少しばかり。明日の21日のさぬき市地方は、気圧の谷や湿った空気の影響で概ね曇る見込み。

 

 収縮期103mmhg、拡張期64mmhg、脈拍80bpm、体温36.5c/酸素濃度97%/体重62.6Kg 室内気温19.5c/室内湿度56.7%/気圧1018hPa 体調に変化はない。今日の日の出は04:59分、日の入りは19:03分 月齢は19.3の中潮。

 

 今朝も朝の7:00時から8:00まで裏庭の草刈りをやっていた。少しは運動もしないと歩けなくなるし、寝込んでしまうと大ごとだからである。ここはミョウガ(茗荷)畑だったところに家を建てたものだから、今もあちらこちらでミョウガが生えてくるので、草刈りをやってもきれいにはならない。

 

 で、機械の草刈り機は重いから使えないので、こうした長い柄の鎌でなぎ払うのである。これだと立ったまんまで草刈りができるからである。私は座ったり腰を下ろしたりはできないので、立ったまんまの草刈りになる。何かいいものは無いかと、「ホームセンター」を回るのだが、帯に短したすきに長し・・で、いいものに出会わない。これはいいなぁと思うとすごくお値段してしまう。

 

 だから、きれいにはならない。でも、長い、ピンピンとしたものを刈り払うだけでもすっきりとするものである。

 

 我が家のバラが一斉に咲き出した。花の名前は何度聞いてもすぐに忘れてしまうので覚えないことにしている。特にバラにはカタカナの名前が多いので、ことさら覚えられない。

 

 で、昨日と今日はなぜか奥方がお休みだから出かけるに出かけられない。出かけようとすると、「どこに行くの」「何しに行くの」と小うるさいのだ。それだから、今日も閉じこもり(引きこもりではない)で、調べてきた石碑の集計やら整理やらをやっていた。本文の原稿にも加筆修正しながらである。

 

 「遍路墓学事始」を標榜しとるもんだから、こと細かく整理分類して学問らしくしなければならない。

 

 お遍路さんがいつ亡くなったのかを調べてみると、春の三月、四月、五月が多く、十一月、十二月も多くなる。つまりは農閑期、お百姓さんがお休みの間にお遍路に出て亡くなっていると言うことに気づくのだ。また、夏場の七月、八月、九月は暑いので暑さで亡くなった人もいる訳だ。

 

 時代的には、江戸時代の後期、文化・文政・天保から安政時代ごろ。大正に入ってからはお遍路さんのお墓はないものとされていたが、四つ足堂墓地で大正十年のものが見つかったが、このあたりが限度らしい。その後の遍路墓は無い。

 

 奥方のお昼は麺類が多い。奥方もお休みの日は手抜きをしたいらしいのだ。ま、私的にはなんでもいいが、お肉を食べられなくなってパワーがなくなったというのは気のせいだろうか。でも、スポーツ選手はお肉ばかりを食べているような気がするのだけれど。

 

 最近は仏壇以外、どこにでも薔薇の花が飾られている。お花が綺麗なうちはいいのだが、弱ってくると、そこいら中が花びらだらけになってしまうのがなんとも言えずにうっとおしい。

 

 今日の掲示板はこれ。「金が欲しさにいのちを忘れ、いのちなくなりゃ金いらん」という毎田周一さんの言葉から。いつもお世話になっている赤松先生のお寺の掲示板にあったもの。毎田周一(まいだしゅういち)(1906-1967)は、日本の仏教思想家・詩人。金沢市出身。第四高等学校を経て、1929年京都帝国大学文学部哲学科卒業。1937年 長野県師範学校教諭、1942年石川県師範学校教諭。暁烏敏に師事し、西田幾太郎に学ぶ。雑誌『真』、『大雪山』主宰。仏教の教えを日常の言葉で語り、多くの解説書や詩を残した。没後「毎田周一全集」が纏められた。他にも◎愚禿とは最も鋭利なメスの切り先だ。◎自分とは、最も身近にある他人だ。自分を持て余すというぢゃないか。◎貧しさそのものは不幸ではない。富めるものと比較するとき、不幸になる。などがある。健康のためだ、長生きのためだとサプリや薬を買い求めて高いお金を払うらしいが、いのちなくなりゃ薬もいらん・・・ということにもなるな。

 

じゃぁ、また、明日、逢えたら、いいね。


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