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まほろば自然博物館

つれづれに、瀬戸のまほろばから自然の様子や民俗・歴史や見聞きしたおはなしをしたいと思います。

思い出が かくれんぼする 山桜

2009年04月13日 | 日常
 今・・・私が作業をしているのは・・、私たちが子供のころに生活をしていた・・・かやぶき屋根の入母屋風の・・・木造平屋建ての基本的な農家の・・母屋。

 私たちが結婚した当時には・・・牛小屋がある・・農家の物置風の納屋があった。そこに若夫婦の部屋を構えたんだけれど・・、今から思えば・・・粗末な小屋のようなものだった・・。神戸からお嫁に来た・・・けいこばぁ・・は、たまげたことだなぁと・・昔の写真を見ながら・・思ったことだった。

 その前に・・・木造二階建ての・・新築を建てたのは・・娘が生まれてしばらくしたころだった・・。「お父さん、私のおうちに帰りたい・・」・・、新築の部屋に娘はなじめずに・・、そんなことを言った記憶がある・・。

 

 ここが・・昔の居間・・。玄関から入ってすぐのお部屋だ。ここにある箪笥類は・・台風の後に・・移転してきたもので・・・、ここも物置状態であったのを整理した。

 昔はここで、、テレビを見たし、ここで・・家族がお布団を敷いて寝た・・。八畳はあると思った。

 

 これが・・玄関から入っての土間と、「エンゲタ」と呼ばれた・・縁と・・、その下が・・げた箱になっている。ここから・・・居間に上がったものだ。来客は・・、ここで・・世間話をしたし、ここで・・雨の日には宴会もやった・・。

 

 ここが・・、昔の食堂・・、ダイニング。飯台というテーブルがあって、ここで、みんなが揃って食事をした。ラジオもこの部屋にあった。今は・・娘家族の物置部屋になっているが、これでもすっきりと片付けたほう・・。少し前には・・・足の踏み場もないほどだったけれど。

 ここも六畳ほどはあったと思う・・。兄弟たちは・・ここで寝たこともあったように思う・・。飯台を片付けて・・布団を並べて・・バタン・キューで寝てしまったような・・。

 
 
 これが・・家の南側から・・居間を経て・・台所を見た感じ・・。南側の障子を開け放せば・・・北側の竹やぶからは涼しい風が入ってきたように思う・・。

 この・・障子の右側が土間で、そのさらに奥が・・釜屋・・。かまどや水場や、流しなどがあって、調理をしたり、ご飯を炊いた場所。けいこばぁがやってきてかたは、ここで・・食事をするようにもなったかな・・。

 

 ここが・・昔の「座敷」、つまりは・・「佛間」だ。普段は立ち入ることができない・・客間みたいなものだったが、こどもらが大きくなると・・子供部屋として使われるようになったし、ここで、自由に寝たり、遊んだりもできるようになった。

 今は・・・大型囲炉裏を置いて・・焼肉なんぞの宴会用のお部屋になっている・・。

 周りの家具は・・けいこばぁの嫁入り道具で、置場がないので、ここに置いたまんまになっている。早くに・・新しいおうちに運びたいという希望なんだが、重いもので・・そのまんまになっている。

 

 その奥が・・「納戸」で、物置部屋というか、老人部屋というか・・・だった。今は・・書庫になりきっている・・。開かずの部屋状態・・。

 昔の農家スタイルだから・・・四コマの田の字型建築。その四つのお部屋のお片付けが終わった・・。土間やら・・釜屋の片付けも終わった・・。やれやれだ。

 

 で・・、こちらが車庫・・・。ここも物置状態のなんでも置き場だったが・・一応・・、こちらも整理整頓ができて、すっきりと片付いた。あとは・・砂出し作業だけ・・。

 今日のメインは・・、会社からの感謝状とか・・、父や祖母の・・写真の額を探すこと・・。これも思わぬ場所から発見できた・・。明日は雨らしいので、その・・片付けもやりたいもの。

 そうそう・・。

 

 これだ・・。平成16年10月20日の台風23号による豪雨によって、本宅が流され・・・命からがら・・母のさっちゃんと、家内のけいこばぁが・・一夜を過ごした・・「いのちの囲炉裏」・・・。

 あかりもなく・・、電気もなく・・、暖房もなく・・、食料もない中の一夜を、この小さな・・囲炉裏が救ってくれた・・。この囲炉裏の炭火の暖かさで・・・冷えた身体を温め・・、冷蔵庫の中のお茶を温めて飲んで・・、たまたまあった・・即席スープを飲んで・・励ましながら・・・一夜を過ごした・・「命の灯台」の囲炉裏・・・。

 大型囲炉裏の試作品として作った囲炉裏だが、まさかのときには、これだけの囲炉裏で、二人の命が救われたのだと思うと・・感慨深い作品である。これからも・・大切にしてゆきたい・・囲炉裏ではある。

 今日も・・・多くの写真と・・多くの資料を発掘できた・・。

 やれやれだ・・。今日も・・早くにお休みしたいものだ・・・。

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

思い出という 写真を焼く 八重桜

2009年04月12日 | 日常
 「今日は・・日曜日だけど・・」

 と、奥方が言うのだけれど、「きむら株式会社」に・・「日曜出勤」はない・・。なにせ・・・自然が相手だもの・・・。土曜だ、日曜だとはいうてはいられない・・。

 ところがだ・・。うちの山の周辺上部は・・最近・・・森林組合が造成をして・・植林をしたんだけれど、その山の持ち主さん・親戚一同が集まってきて・・・タケノコ狩りをやってなさる・・。

 

 だから・・・ごうごうとゴミを燃やす訳にもいかず、タケノコ掘りをする訳にもいかず・・・。

 室内の片付けやら・・・物の整理整頓をこなしておく・・。

 その多くが・・・写真やら・・アルバム・・。私の若い頃の・・・しようもない写真とか・・・、母の生け花とかお茶会の写真集とか・・・。お花とか・・・・の写真はきれいなんだけれど・・、その必然性がない・・。後生に残すような生け花でもないし、私の・・・オフ会の・・・だらだらとした写真とか・・。

 

 そういうものを・・選別したり・・片付けたり・・整理したりして・・。こういうのって、思いの外・・時間がかかるのね・・。それぞれの思い出とかがあるものだから・・。

 

 で・・、これだ。書類の中に挟まってあったものだが・・、これが・・我が家のルーツを示す・・・戸籍謄本の束・・・。昔の・・・青焼きというか、液体複写による書類で・・・字も・・判別が難しくなりつつある。

 これを・・早急に・・文書化・ドキュメント化しておかないと・・。

 我が家の歴史的な記録なんだと思う・・・。相続分を放棄する・・というような・・書類が・・束になっている。

 お昼からは・・・タケノコを掘って・・・、知り合いの歯医者さんに届けたりして・・早めに作業を終えた・・。

 

 そうそう・・・昨夜の奥方の注文で・・・テーブル上の電話機は片付けた。こうしたことには・・・ぬかりはない・・。電話機の工事なんてお手の物だから・・。

 

 ほら・・、机の上は・・さっぱりとしたでしょ。電話機はね・・。

 

 カーテンの蔭の・・・柱に・・ひっそりと壁掛け型としてくっついている・・。

 ま・・、私もけいこばぁも・・この電話機を遣うことはほとんどないのだけれど。

 あ・・そうそう・・。

 例の・・・「定額給付金」の申請書が届いた。

 

 「お手数ですが・・<御名御璽>というか、「押印」をお願いします・・」

 「そうそう・・、明日は・・・きむら株式会社の整理状況について・・進捗状況の調査に参りますので、今夜は早くに休みます・・・」だって。

 わけのわからん・・・奥方だこと・・。

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

一年の 時々は多忙 暖かき日

2009年04月11日 | 日常
 今日も・・・「きむら株式会社」・・・、俗にいう・・「山の旧宅」でのお片付け・・・。

 いらなくなった衣料品とか・・作業服とか・・泥に染まった衣服とか・・の処分やら・・・まぁ、不用品の処分だな・・。

 

 空き箱とか・・まぁ・・雑多なゴミが出てくるわ・・、出てくるわ・・。生活とは・・・ゴミを生み出すことかしらんね・・・。

 数年前のカレンダーとか・・古いレコード盤とか・・・、思いもかけないようなものまでが出てくる・・・。テニスボールとか・・クリスマスの飾り物とかイルミネーションランプとか・・。野球のバットとか・・アンパイアのプロテクターだとか・・。

 

 これって、何だ?? カメラには違いなんだけれど、しかも・・・フィルム・カメラだ。こういう・・カメラを私は使ったことがないのだけれど・・。

 若いころに読んだ本だとか、若いころの家族の写真だとか・・・。

 途中ではタケノコ掘りやら・・タラの芽探しもやったりして・・。

 

 最近は雨が少ないせいか・・タケノコの生育が少ない。ほら・・「雨後のタケノコ」っていうでしょ。雨が降らないと・・山肌が乾燥してしていて・・タケノコがなかなかに出てこられないらしい・・。タケノコに聞いたわけではないのだけれど。
 
 これはこれで・・今夜のおかずになった。朝の散歩の際に摘み取ってきた・・・ワラビも一緒に食べた・・・。


 

 そうそう・・、昨日に置いた・・・ダイニング・テーブル。そこに・・電話機を置けば・・似合うかなぁと思って。私は・・電話機は苦手なんだけれど、お飾りで・・。たまたま・・物置に・・留守番電話機があったもので、それを、マシン室から・・白い部屋に移転した。

 天井裏を這いずり回って・・・電話線を流し・・汗まみれになっての電話工事だった・・。

 で・・、一応・・、それらしく・・電話工事も終わった・・。

 だのに・・・けいこばぁが・・・帰るなり・・「電話は邪魔!広い机が狭くなるでしょ!。すぐにどけて・・・」

 他人の苦労を足蹴にするような・・・お言葉・・・。

 奥方には・・「感謝状」は贈れないね・・。

 

 気候が暖かくなると・・気分的にも精神的にも楽になって・・・、少々の無理でもできるかなぁって思った・・。あんまり、無茶はしたくはないけれど・・。

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


  

紫木蓮に 創作意欲が ほとばしる

2009年04月10日 | 日常
 さて・・だ。

 三月の初旬に・・徳島の雑貨屋さんに奥方のお供でついっていったらば、白い・・カントリー風な机があって・・・。それを・・二階の・・・白いお部屋に置きたいなぁと・・・思っていて・・。

 で・・先日に出かけていったらば・・・すでに売り切れていて・・・。

 

 一昨日かに・・ハローワークに行ったついでに・・とある工房に寄ってみたら・・・お店が開いてなかった・・。仕方がないから・・その近くにあった・・インテリアのお店に立ち寄って・・、白い食堂テーブルか、木目調のカントリー風かのデスクかに迷ったあげく・・・。

 「結局・・・買うのは・・お父さんだから・・」ということで・・オーク調のテーブルに決めた・・。

 で・・、今朝は朝早くから・・・お部屋の片付けにお掃除に・・、掃除機までかけて・・。冬物の・・・おこたを片付けてしまって・・・。

 

 十時過ぎに・・・お兄ちゃん二人がやってきて・・。「どこに置きましょうか」というので・・「二階にお願いしまぁぁす・・」というと・・。

 「えっ! お二階に・・リビングがあるんですか??」と、さも、驚いた様子。確かに・・・ダイニング・テーブルを二階に運ぶなんてね・・・。

 さすがに・・・テーブル本体は分解して・・・天板と脚部分、つなぎ部分ほかに解体して運び上げて、二階で・・・再度・・組み直すという手法で・・。

 で・・できたのがこれ・・。

 

 確かに・・・家族四人のおうちのダイニング・テーブルだ・・。心配された・・・色も・・こちらのほうが・・すっきりと落ち着くかなぁと思った・・。下の敷物を外せば・・、もっと、すっきりとするかなぁと思った・・。

 

 本当は・・・デスクトップのPCが便利なんだけれど、とりあえず・・ノートPCを置いてみた。こんな感じで・・なかなかにいいな。

 

 そのあたりにあった鉢物を置いてみたんだけれど、なかなかにいいね。でも・・すぐに書類や参考書の山になってしまうんだろうね・・。

 ベンチは・・まごのなぎちゃんが・・お絵かきをしたり、お勉強をする部分になるかなぁ・・。

 

 午後からは・・・母のさっちゃんを・・歯医者さんに連れて行ったり、お買い物におつきあいをしたりして・・ほぼ・・終わってしまった・・。

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

呼吸して 山こえ谷こえ 春の鳥

2009年04月09日 | 日常
 今朝は・・・空き缶の回収日だからと・・少し早めに起きて・・缶ビールの空き缶を・・・山盛りにするほど・・集会場に運んだ・・。奥方が泊まりのために・・・、私が代わって・・・ゴミ出しをやった・・。初めて・・のお仕事だった。自治会長さんに要領を教わって・・・ゴミ出しを済ませた・・。今日は・・・アルミ缶だけだった・・。

 その後・・・ポチの散歩とえさやりをやってから朝食・・・。

 八時過ぎから・・・デジイチを片手にお散歩・・・。先日の山道に入って・・・ワラビやタラの芽探し・・・。

 

 今のところ・・・無職だから・・自分の食べぶちくらいは稼がないと・・(笑い)。

 その後・・・東かがわ市の白鳥病院へ「予約診察」今日は・・・心臓のチェック・・。例の・・・「心房細動」の事後確認っていうところだ。ま・・、肺炎が完治したようなので・・・ほぼ・・問題がない・・。

 でも・・、血液をサラサラにする薬が効きすぎていて・・出血が止まらない恐れがあるとかで、それを抑制する点滴を打たねばならないとか・・。

 おいおい・・、火事を起こしておいて・・・その火を消すような処置だけは勘弁して欲しい・・。それで・・料金を取るなんておかしいぞ・・。

 

 そんなこんなで・・・10時から・・12時過ぎまで・・・病院に拘束・・・。なんだかねぇ・・・。心臓の病気なんて、関係ないのにねぇ・・。ただ・・単に・・・、肺炎で入院したのに・・なんで・・心臓の検診なんだか・・。

 で・・お昼は・・近くの・・うどん屋さんで昼食。

 

 病院近くにある・・「陣内」っていう一般店・・・。ここもおいしいお店の一つ。安心して・・食べられるお店だ・・・。私は・・「肉うどん」、けいこばぁは・・「かけうどん+おでん」。

 で・・午後からは・・・山の家の旧宅で・・水道工事ほか・・お片付けなど。

 

 砂に埋まったまんまの倉庫を少しずつ片付けて・・・水道の部品を探し出して・・・、それで・・水道工事を行って・・・。

 

 まぁ・・、ついのすみかって訳じゃなくて・・、たまに遊びに来る程度の旧宅だから・・、本格的な水道工事は必要じゃない。だから・・応急的な・・・臨時の山荘用の水道工事だ・・。

 

 谷川からの黒いホースを・・、二本のホースに分岐して、一本は・・黒いタンクに流し、もう、一本は・・・流し台に接続して・・本日の作業はおしまい・・。

 

 まぁ・・、今日も忙しく過ごした一日になった。その後も・・・ポチの散歩やえさやり、お風呂の準備やら・・・最後には食器の洗い物まで・・・。

 なかなかに・・・ヒマになる時間なんてないなぁ・・。

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。

 

黄に桃に 山装いて 水の音

2009年04月08日 | 日常
 いよいよ・・・ハローワークに出向いて・・・失業保険をもらう手続きを始めなければ・・・。

 書類は完璧にできているはずだから・・・手続きは速いと思っていたのだけれど・・。さぬき市のハローワークには・・・数人の職員しかいないようで・・ずいぶんと待たされてばかりだ・・。

 

 総合受付で・・・書類を確認されて・・、2番窓口の・・失業保険の手続きになって・・、そこでも随分と待たされて・・・、さらに・・求人受付で・・・どういう仕事がしたいのか、どういう訓練を受けたいのか・・・などと質問されて・・。

 九時前に入ってから・・・終わったのが・・十時近くになっていた・・。

 次回は・・今月の21日に・・・説明会があるので、それに参加しないとあかんみたい・・。まぁ・・失業保険を受け取ることが目的だから・・・「楽して・・・お金儲けはできませんよ」という・・・「退職説明会」で、ご指導をうけていることを再確認しながら・・「はいはい。わかりました」と、愛想良く・・・受け答えしておく・・。

 その後・・・けいこばぁと一緒に・・・机を探しに出かけた。

 

 先日に・・・徳島の石井町まで・・カントリー調の白い机を買いに行ったのに・・・売り切れてしまっていたもので、娘の好みの大工さんが作る工房を訪ねたのだが・・、あいにくとお休みだったものか、お店が閉まっていた・・。

 そこで・・その近くにある・・・インテリアのお店「イソザキ」とかいうお店に寄ってみた・・。長尾街道沿いの・・・三木町と・・高松市の境目あたりにあるお店で・・けいこばぁの好きなお店だ・・。

 そこで・・・カントリー調の・・ウッドタイプの机に決めた・・。本当は白が良かったのだけれど・・重厚な作りの・・屋外にも置けそうなデザインだった・・。

 45000円だったが・・・思い切って・・買ってしまった。あと・・お小遣いがなくなってしまったが・・。

 

 品物は・・・十日のお昼前に届くことになっている・・。わくわく・・だ。

 で・・・どこへ・・・お届けしますか?と・・差し出された・・住宅地図を見て驚いた・・・。私の家の名前が・・・「まほろば工房・たないわ亭」などとなっている・・。確かに・・・郵便受けにはそう・・書いてあるのだが・・、住宅地図にまでそう書いてあるなんて・・・。

 で・・・近くのうどん屋さんでおうどんを食べて・・・、「新鮮市場ほにゃらら・・」で・・・イカナゴとかアナゴとかを買って・・・。

 

 私は・・ヒマだから・・お店の中をウロウロ・・。たけのこが・・たくさん。ザルで98円だって。でも・・、少し大きいと・・780円とか860円とか・・。

 たっかぁ・・・!。山で掘ると・・・タダなのにね・・。ま、堀り賃+処理費+運送賃+ほか・・・たくさん・・だからね。仕方がないのは仕方がないってことだ。

 で・・・私は・・・山の旧宅に行ってみると・・・。水道が流れていない!!

 で・・調べてみると・・・貯水タンクの底に亀裂ができて・・水が漏れてしまっているのだ。昨日は・・・泥とかが沈殿していてて気づかなかったのだが、それが・・きれいに洗い流されてしまって・・・プラスチックの亀裂部分から・・・水が漏れてしまっているのだ。

 仕方がないもので・・、ホースを直結にして・・・ようやく・・通水完了。

 今度は・・、元の台所にあった流し台を・・うんとこどっこいしょ!と、一人で引っ張って・・外まで運び出して・・・水洗いして乾燥して。

 5年前だかの台風で土砂が流れ込んだままだから・・・砂だらけだし・・、基礎部分なんぞ腐ってしまっていて・・。時代の流れを思わずに感じたなぁ・・。

 食器なんぞも砂だらけで、そのまんまになっていた・・・。

 そうして・・据え付けた流し台が・・・これ。

 

 昨日の場所に・・すっぽりと収まったでしょ。排水工事も一応やったし、水道工事も手直し・手直しになって。なんせ・・、そこにあるもの、そこにある器具を遣っての工事だから・・・なかなかに・・進まない。

 本日の作業はここまで・・・。

 今日も・・・いろんなことがあったなぁ・・と、楽しい一日に感謝・・。

じゃぁ、また、明日、会えるといいね。


 

ようやくに 春来たりなば 桜かな

2009年03月27日 | 日常
 三月27日(金曜日)

 予定通りに・・・退院となった・・・。少しばかり・・・私のわがままと強引さがあったのかも知れないのだけれど・・。

 とにかく・・・三月31日で・・健康保険証の期間が切れるので、そこで・・処置を一旦・・・切って欲しいという言い分だった・・。

 今までの健康保険証が・・・いつまで有効なのかは知らないのだが、とりあえずは・・・3月31日に、今までの健康保険証は返納しなければならないのは事実。

 そういうことで・・・会社宛への・・診断書とかも書いてもらったし、これまでの支払い処理も済ませておいた。

 ただ・・、右の胸には・・・まだ・・・肺炎の陰は残ったまんまだ・・。

 

 ともかく・・・点滴も終わったし、酸素マスクも外れたし、吸入処置も終わったのだから・・・、後は・・・投薬処置しかないではないか・・・。

 それならば・・・このまま・・自宅で過ごせばいいではないか・・という話になる。

 そんなで・・・、今日・・・退院をさせてもらった・・。

 時期的には・・・暑くも寒くもない時期だけあって、汗まみれにはならなかったけれど、やはり・・二週間もお風呂に入らないと・・・体中がかゆく思える。第一・・・頭がかゆい・・・。

 外泊をお願いしたが・・、それならばということで・・退院となった。まだまだ・・無理はできないけれど・・・、しばらくは・・・自宅療養ということになった。


じゃぁ、また。


退職の 時計重たき 春の午後

2009年03月26日 | 日常
 三月26日(木曜日)

 晴れてはいるが少し肌寒いような朝になった・・・。

 朝起きての洗面でも・・・例の血痰は見えなくなり、白くてやわらかな液体になっていた・・・。

 体重は62.5Kg 少しばかりやせたような気がする・・・。

 隣のベッドの吉田さんが退院した・・。ペースメーカーの電池交換手術だった。だから・・この病室では携帯電話が禁止されていた・・。その吉田さんの退院で・・・みんなが少し・・・ほっとした・・・。

 

 言うと言わないと・・・すぐそばに・・ペースメーカを抱えた人がいるいと・・さすがに・・緊張はするし、気も遣うではないか・・・。部屋には・・・「携帯電話使用禁止」の張り紙があるし・・・さすがに・・・携帯電話の電源を切ってしまった・・・。

 一階の売店で・・・親戚のおばさんが買い物をしていてて・・・大慌てで・・病室に舞い戻った・・・。それからはマスク姿にサングラス姿になった。それこそ・・・怪しく見えるスタイルではないか・・。

 

 これが・・、その・・退職記念の腕時計だそうだ。今はやりの・・電波時計で、梱包をあけた瞬間に・・・長針と短針が動き回って・・・最新の時刻を表示してくれた・・・。

 感謝状は・・・追って、額にでも入れて・・どこかに飾ることになるだろう・・。退職式に参加できないと言うことで・・・、会社から自宅に届けてくれた物らしい。それをまごのなぎちゃんやはやてちゃんやらが・・・わざわざ・・病室までに届けけてくれたもの。

 午後から・・・胸部X線の撮影が行われて・・・退院か外泊かの判定が行われたようで・・・、「まだまだ・・肺炎の兆候は残っているが・・・」

 期待を残して・・・時間が流れ去ったような気がした・・・。

じゃぁ、また。

退職の 夢ものぞみも 消えて春

2009年03月25日 | 日常
 三月25日(水曜日)。

 退職式の予定の朝だった・・・。無念の思いがつらかった・・・。

 42年という・・・永きにわたって通信を守り続けてきた自負と責任と・・。
その・・・最後のセレモニーを迎えることができなかった悔しさは重かった。

 けれど・・25年、30年という・・順調な節目を押さえてきたから・・・、この・・42年という節目には・・・あまり期待感がなかったというのが事実かもしれない。おまけの・・42年だったのかもしれない。

 

 私たちの場合・・・勤続永年表彰というのは・・「30周年」と言われてきた。その・・・感謝状も・・・記念の置き時計も・・・先の台風で流されてしまった。

 でも・・それはそれで・・・良かったのかも知れない。

 今回の・・・42年周年という表彰状は・・・全くのおまけでしかないように思えた。

 法衣を着ようか・・お袈裟を着ようか・・・。タクシーで式場に向かおうか・・・どこに車を止めようかなどと・・さんざん・・考え抜いたけれど・・、こんな・・・病気で・・・話にもならずに終わってしまったことが情けない・・。

 

 ともかくに・・・点滴は終了した。腕に差し込まれた針も抜かれた。酸素マスクも外された・・・。吸入の装置も外された・・・。

 会社の・・・退職式には出られなかったけれど・・・、点滴の卒業式には立ち会えたではないか。酸素マスクの卒業式にも出られたではないか・・・。

 痰は白く柔らかくなったではないか・・・。

 食事は完食となり・・・病院からの食事が全て食べられるようにもなった・・・。

じゃぁ、また。

再入院 妻の笑顔が 取り柄なり

2009年03月24日 | 日常
 三月24日(火曜日)。

 朝起きての洗面でも・・・血痰がきれいさっぱりと消えた・・・。普通の白い痰になった・・。

 俗に言う・・「日にち薬」なんだなぁと思った・・・。今日で・・・2週間になるんだなぁと思った・・。それまでは・・なんだかんだと堪え忍ばねばならないのだと思った・・。時期がくれば・・・病気は治るんだなぁとも思った・・・。「自然治癒力」なんだなぁと改めて思った・・・。

 この日も・・WBC・センバツ・大相撲で暮れた・・・。なかなかにお仕事に追われていると・・こういうものを見る機会はないと思うが・・・思えば・・・ラッキーなのかもしれなかった。ベッドの上で・・・すきな体勢で・・・すきなようにして・・・野球を見る・・。相撲を見る・・・。優雅なものなんだなぁと思った。

 今日は火曜日・・。院長回診・内科医長回診があった・・。診断書を書いて欲しい・・、外泊許可をお願いしたい・・・、三月末日で退院させて欲しい・・と、いくつものお願いをしておいた。

 

 点滴は朝夕の二回。吸入も朝昼晩の三回・・・。決められたことをそのままに過ごしすことしかない・・。

 夕方・・・呼吸器のドクターが回診にきて・・・4月9日に外来予約したとの連絡あり。酸素マスクの圧力が・・3から2に変更・・・。

 会社の課長からの連絡で・・・「退職予定者にも・・診断書の提出が必要とのこと」何の意味があるんじゃろうか・・・。ま、ドクターには診断書はお願いしてあるので・・・どうにかなるのだが・・。

 六人部屋の部屋から・・・眼科の患者さん、心臓病の患者さんが帰ってしまい・・、わずかに三人になってしまった・・・。

 

 私も帰らねばならない・・という思いがひしひしと重くなってきた・・・。

 なんで・・、いまごろに、こんな場所でふさぎ込んでいるのか・・・という無念な思いが降り注いでくるように思うからだった・・・。

じゃぁ、また。

 

病窓に 白く淡くなり 山桜

2009年03月23日 | 日常
 三月23日(月曜日)は晴れていい気候になった・・。

 朝のニュースでいきなり・・中国からの貨物機が成田で着陸失敗による火災炎上の悲報が飛び込んできた・・・。

 これにかぎらず・・・全世界のありとあらゆるニュースが・・・瞬時に私たちの目前に見えるようになった・・・。世界の小ささが実感できる・・・。

 血痰の鮮やかさは・・・変わることがない。いつになれば・・落ち着くものやらだ・・。

 

 十時過ぎに胸部レントゲン撮影が行われたし、採血も行われた。この二つで・・・私の症状が把握できるらしい・・・。しかしのかかし・・、「少し良くなった・・」という程度らしくて・・退院とかの段階ではないらしい・・。

 25日の退職式には欠席せざるを得なくなった。もちろん・・27日の送別会にも参加できる見通しはなくなった・・・。この時期に来て・・・予定が木っ端みじんに壊れてはじけた・・・・。

 「肺病」などという・・・前近代的な症状で・・・これまで一度して長期入院なんぞしなかった私が・・・、この場に及んで・・・こんなぶざまな姿をさらしているなどということには・・・なんぞ、言うことべき言葉があるだろうか・・・。

 

 少しばかりの気休めは・・・WBCの侍ジャパンとUSAの戦いであっただろうか・・・。

 娘とまごのなぎちゃんとがお見舞いにやってきてくれた・・・。

 ようやくに・・・血痰が少なくなってきた。ようやくに・・・喉の痛みも終息期を迎えたのだろうか・・・。

 地域病院の特性上・・、親戚のおばさんやら・・親戚筋にあたる人たちが病室あたりをうろつくものだから・・・私もマスク姿に眼鏡をかけて・・・素知らぬ顔で通り過ぎたりする・・・。

 もちろん・・・個人情報は非公開だから、受付で聞こうと、病室で聞こうと・・・私が入院しているという事実は公表されないし、病室の名札にも表示はされていない・・・。

 

 じゃぁ、また。

あれこれと 思案ばかりの 春の雨

2009年03月22日 | 日常
 三月の22日(日曜日)。

 病院の三連休では何もできない。新聞紙もないし、乾電池もない。週刊誌もないし、カップラーメンもない。

 誰かにケータイで応援を求めればいいのだろうけれど、隣のベッドのおじさんが・・「ペースメーカー」の電池交換手術。携帯電話の電源を切らねばならない・・・。ケータイがないと・・時計の機能すらなくなってしまう・・。

 テレビでは・・「旧吉田邸」の炎上を報じている・・・。確かにそれも尊いのだろうが・・、私のおなかのすき具合が・・・今は・・・このうえもなく貴重なこと。

 

 昼前に・・・けいこばぁが血圧計用の乾電池やらポケットラジオを届けてくれた。着替えとかも・・・。

 NHKののど自慢とか・・、なんでも鑑定団を見た後は・・・することもなく・・・お昼寝・・・。

 動物園のライオンはなぜ・・寝てばかりいるのか・・・という、夏休みこども電話相談があったが・・、人間も同じことで・・・食欲が満足すれば・・・寝ているだけしか用事はなくなるというものだ・・。

 酸素マスクの酸素圧力が・・・5から4に、さらに・・4から3に下げられた。

 血痰は・・・鮮血から・・赤黒い血痰になってきた・・・。

 

 この日は・・・雨らしい雨にはならなかったが、甲子園では選抜が順延になっていた。それだからか・・・、永い・・永い・・・一日になったような気がした・・・。

じゃぁ、また。


 

球春を 病床で見る ふがいなさ

2009年03月21日 | 日常
 三月21日(土曜日)。病院は三連休で開店休業状態・・・。

 呼吸困難感はなくなった・・・。胸の重みも苦しさもない・・。何のために・・・酸素マスクをかけて・・・胸の吸入をやっているんだろうか・・・みたいな気持ち。

 しかしのかかし・・喉からは・・・真っ赤な血痰が出てくる・・・。私の身体のどこが壊れたんだろうか・・・みたいな不安感・・・。

 さすがに・・・食事を残すと・・・おなかがすいてきて・・・どうしようもなくなるほどにおなかがすく・・・。病院の売店もお休み・・・。

 だから・・・朝の食事も・・・お昼の食事も完食してしまい、それでもまだ・・何かが欲しくなるような異変・・・。

 

 血圧とか体温とかは全く・・・正常。

 弟のよっくんは・・・私が病院にいる間に・・・さぬき広島で魚を釣り上げて・・・けいこばぁらと・・お刺身にして食べたとか・・。なんと・・・運のない私であることか・・。

 この日・・、選抜高等学校野球大会が開会し・・・若者たちの熱戦が始まった。若いころには甲子園球場で応援をしたのに・・・、今年は・・病院のベッドの上で静かに眺めているばかり・・。

 60歳という年齢は・・・それなりになったのかなぁ・・なんてね。

  

 右手には・・点滴のホース。左手には血圧計がセットされていて・・、テレビのチャンネル変更すらあぶなかしいばかり・・。

 でも・・、この病室には・・こういう方々ばかり。トイレにも行けず、お食事すら・・点滴で済ませてしまうような・・・。私も・・そういう・・・年代に組み入れられてしまうのかもなぁと思ったりして・・。

 

 そうしないと・・、お浄土には行けない世の中になってしまうのかな・・なんて。

 

 元気なはずのわたしが・・、少しばっかり・・・気弱な私になっていたりして・・。

じゃぁ、また。

世の中は 連休となり 春の宵

2009年03月20日 | 日常
 三月の二十日・・・。春分の日。春のお彼岸の中日ではありませんか・・。

 希望と期待に燃えていた春休み・・・。それがまぁ・・、なんと・・病院のベッドでビニールホースにつながれたまんま・・・とは。なんとも情けないことではありますことよ・・。

 高松の栗林公園では・・桜の花が開花したとか・・。弟のよっくんは・・山の家でタケノコをどっさりと彫り上げて・・・我が家に持ってきてくれたとか・・・。

 

 そうそう・・・ETCのサービスも開始されたとか。身体がうじうじと・・じっとしていられませんぜ・・。

 病院も外来とか・・病棟とかでは・・開店休業状態・・。最低の人員とか配置されてませんから・・・、患者側では・・なすすべもなく・・・トドが寝っ転がっている状態・・・。

 ま・・、WBCとか・・・お相撲とかで・・・なんとなく・・・一日を終えてしまう感じ・・・。

 点滴とか・・吸入とかは・・平日のそれと全く同じメニュー・・。

 呼吸困難状態からは脱したけれど、血痰は相変わらず・・・吹き出すし、点滴の本数も変わりはないし・・・。

 とにかく・・三連休の間には・・・ただ・・耐えるしかないのだなぁと・・。

じゃぁ、また。

着替えても 気分ほぐれぬ 花便り

2009年03月19日 | 日常
 三月19日。晴れのち曇り・・・。

 朝食も食欲がなく・・半分程度・・・。「心臓食」という・・減塩食だし、味が全くない・・・。そこに・・・運動不足だし・・。

 でも・・、看護師さんには・・「完食」「全て食べました」と言わないと・・・退院はさせてもらえないらしい・・・。だから・・ほかの患者さんの食事と入れ違えたり・・わからなくさせたり・・・。

 お昼前に・・採血と・・胸部X線撮影・・・。少しは改善されたようだけれど・・本当のところは・・・全く・・変化なし・・・みたいな状況。まだ・・一週間だものね・・・。

 

 パジャマの着替えが支給されて・・・少しはさっぱりしたか。でも・・お風呂もシャワーもないものだから、体中がいやな雰囲気。蒸しタオルをナースセンターでいただいてきて、体中を拭いたりするのだけれど、それも・・・気分的には落ち着かない・・・。

 シャワーが許可されるのは・・点滴が終わってから・・・。当分・・当分・・・無理みたい・・・。

 しかしのかかし・・。これまで・・・大病というような大病はせずにきたのに・・、この退職前になっての君子豹変は・・・どうしてなんだろうか・・。

 病気休暇をとる・・・なんて・・・、そんなことは夢にでも考えたことがないし、病気を取るっていう人は・・・よほどの人なんだなぁと思っていたのに・・、今年になって・・・30日と2週間もの長期休暇でお休みするなんて・・・と。

 

 淡い期待で・・・採血と・・・胸部X線撮影は・・・三連休という・・病院の線表の間に埋もれて・・・。なしのつぶて状態で・・・すっかりと忘れ去られた状況に陥ってしまったのでありました・・。

じゃぁ、また。

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