8月16日「川代夏祭」の夜はついに、雨も上がり最後はド派手な打ち上げ花火で幕を閉じました。あまりに近いため真上を見あげなければ見られないという花火大会というのもそう無い(笑)と思います。
さて、8月15日夜9時から、日テレとフジTV両テレビ局で偶然戦争をテーマにしたドラマが放映されました。
日テレは、クリント・イーストウッドがメガホンをとった映画 「硫黄島からの手紙」。
対するフジはやや長いタイトルのテレビドラマ 「命ある限り戦え そして生き抜くんだ」。
どちらも大東亜戦争末期、ひとつの島を舞台に上陸してくる米軍を島を要塞化することによって、米軍を苦しめた日本人司令官を描くドラマです。
硫黄島の攻防を描くハリウッド映画「硫黄島からの手紙」は本来米軍側から描かれた「父親たちの星条旗」の2作目で、もちろんこの映画は日本人の側から描かれた作品。従って、本映画は2部構成の連作の後編で、本当は1作目を鑑賞後に見るべき作品であり、続けてみれば実に味わい深い映画となってます。
まぁ、独立した話なので、コレだけ見ても今はクリアにストーリーは分かりますがね。さて、本作品は帝国軍人きっての理論派武人かつ人格者として知られた、栗林忠道中将を米国人クリント・イーストウッドがリスペクトして描きあげた渾身の一作なのですが、やはりヘンテコな“日本”が描かれていて突っ込みどころ満載です。夜に御国旗(日の丸)掲げないで怒る憲兵とかね・・・そんなバカなって思うでしょう、多少当時のことを勉強した方は。栗林忠道中将
さて、まぁそんな細かいことはさておいて、C・イーストウッドはこの連作でかつて本人が最も得意としていた戦いのアクションの爽快さを一切排除し、戦争そのものへの無情さ(米軍側は欺瞞)というものを全面に押し出した社会派ドラマへと昇華させています。そして、国を想い戦う日米両軍人どちらにも英雄は居ないけれども、悪人も居ない、つまり戦争はどちらの国が正義でもう片っ方の国が悪だという単純なものではないことを、本作品は訴えているわけです。
小生、現在高校生の息子とコレ観に行った時は、息子はまだ小学生・・・あれから8年。月日の経つのはほんとに早い。
ちなみに、ですが硫黄島は「IWOJIMA」じゃなくて「IWOTO」でしょ、本当は。
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さて、当日は一方のフジテレビのテレビドラマ「命ある限り戦え そして生き抜くんだ」 の方を小生鑑賞したのですが、まぁ確かに突っ込み所結構あったのですが、ここでは言いません。
それよりも、よくもまぁ「帝国軍人」を正面きって描くドラマができたなぁ・・・・と。そのフジテレビの気概は大いに賞賛に値すると思います。
本作品はいわゆる「ぺリリュー島の戦い」が描かれているのですが、こちらも帝国軍人きっての人格者というよりは“武士道の見本”のような中川州男大佐を描いたドラマで、まぁそういう意味では描きやすかったかもしれません。中川州男大佐
惜しかったのは、日本軍守備隊中川隊長が現地島民に犠牲者を出さぬため、米軍上陸前に避難させるシーン。 史実では・・・・
「一緒に日本軍と戦う」という現地島民たちの申し出を「帝国軍人が土人と一緒に戦えるかっ!」とわざと冷たい態度をとる中川隊長。
がっかりしながら、島民は船に乗り込み島を離れた矢先、海岸には大きく手を振る日本守備隊全員がいるではありませんか。彼らは島民たちと一緒に歌った歌を全員歌って手を振っています。
そして、その一番先頭に笑顔で手を振る中川隊長。
その時、現地島民達は初めて「自分たちを助けるためにあんな態度をとったんだ」ということを知ります。避難しろって言ったって聞かなかったでしょうからね。
そして、彼らも全員泣きながら岸辺の日本兵たちへ手を振り返したんすね。
・・・・と、こういうドラマがあったことが後に生き残った島民たちの証言で明らかになっています。
(実際、この中川大佐の英断で現地住民には一人の犠牲者も出さなかった)
ところが、ドラマではなんだか史実に似てはいるものの、海岸沿いの陸上で両者声を掛け合いながらお別れするという、味も素っ気も無い演出となってるわけ。小生に言わせればここは中川大佐を描くにあたっての、ここがまさに“肝”だと思うのですが、なんで史実を曲げてまでこんな演出になっちゃったんでしょうか? 陸上にいて見送る日本兵。船に乗って離れていく現地島民。この構図だからこそ絵になると思うのですが・・・・。
細かいことは言わないと言っておきながら面目ない。まあね、ドラマにされたこと事態を良しとしなければ。
さて、小生特に本ドラマにさらに「天晴れっ」とほめておきたいことが一つ。
それはね、当時どこの戦場でも皇軍であれば、もはやこれまでとなった瞬間誰もが口にした一言がドラマで言えたこと。それは・・・・
「靖国で会おう!!」
この一言が、ドラマで描かれたこと。これ画期的です。長らくタブーだったんですから。
劇中、中川大佐の腹心 黒崎中佐が部下と共に、玉砕を決めた瞬間、涙と共にこの台詞が言われます。
「御霊(みたま)となって、靖国で再開しよう」
そう、当時の男たちにとってそれは仲間や家族と再び祖国で会える唯一の手段だったのです。
ちなみにですが、前出の「硫黄島からの手紙」の中で、渡辺謙扮する栗林中将がこの台詞をかっこよくはきます。
「靖国で会おう」と・・・・・
そういえば8年前の当時、映画批評家の前田有一氏はこのことについて驚きと共に以下のように述べています。
彼(C・イーストウッド)はここ数年の日本映画が(北東アジア三国に遠慮して)どうしても言えなかった"あの一言"さえも、いとも簡単に言わせてしまう。
北東アジア三国とは言わずと知れた、中国、韓国、北朝鮮。日本を何かといえば敵視する御三家のこと。そして“あの一言”とはもちろんタブーだった「靖国で会おう」ですよね。
まぁ、北朝鮮は別として日本はホンとに中国、韓国両国には気を使い、こういうドラマでも遠慮してきたんですね。テレビドラマよりも表現の自由度が高い映画においてもです。それを、まったく中韓両国に気を使う必要のない米国人監督が“あの一言”を簡単に言わせたと、驚愕しながら前田氏は指摘したわけ。(その前田氏ですら“あの一言”とオブラートに隠し直接“靖国”とは言ってません。)
あれから数年、いくら日本が気を使おうとも、中韓両国の対日に対する態度はよくなるどころか、益々ひどくなってきてることは、今や国民みなの常識です。気を使って遠慮すれば益々助長するだけしょ。
「謝罪と賠償!」 「謝罪と賠償!」 「謝罪と賠償!」 益々声高になってるでしょ。中国TV「日本は反省しろ!」
そしてあれから、8年・・・・本当に時代も変わったものです。
前田氏をして驚愕させた“あの一言”をこうもやすやすとテレビドラマでさえ、言えるようになったんですから・・・