公務員の定年延長法案に「逆に早期退職を促すべき」と大前研一氏
“民間委託”が税金の無駄遣いになっているとすれば看過できない(イラスト/井川泰年)
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)黒川弘務・元東京高検検事長の賭け麻雀問題で置き去りになっているが、公務員の定年延長法案の検討が続いている。経営コンサルタントの大前研一氏が、公務員のあるべき働き方について考察する。
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自民党の世耕弘成参院幹事長が「これだけ経済が苦しく雇用環境が厳しくなっている中で、国家公務員や地方公務員だけ給料も下がらないまま5年も定年延長されてよいのか」と批判して物議を醸した。世耕氏は安倍晋三内閣の官房副長官や経産相を長く務めていたので、てっきり安倍首相を担ぐ“忖度議員連盟会長”だと思っていたが、今回は珍しく反旗を翻した。まさに正論だと思う。
そもそも政府は橋本行革以降、民間委託を進めたのだから公務員は大幅に削減すべきだし、もし、まだ公務員に定年延長しなければならないほど多くの仕事があるというなら、世耕氏も指摘したように、定年延長で対応するのではなく、いま雇用を失った若い人や就職氷河期で正社員になれないままだった人たちを公務員として採用すべきである。
新型コロナ禍の影響で、これから日本が失業の山になるのは火を見るよりも明らかだ。実際、すでに非正規労働者の解雇や雇い止めが急増している。さらに、テレワークの常態化でオフィス需要が減退して事務所ビルの空室率が上昇し、外食自粛などで飲食店が減少して商業ビルも空きだらけになるだろう。昨年3188万人に達したインバウンドの訪日外国人数も、その水準に戻るまで何年かかるかわからない。
となると、今後は雇用のざっと3分の1が失われる恐れがあると思う。今のところ雇用を維持している企業も、人事制度や評価制度、給与体系の見直しが必至となる。つまり、これから日本は10年くらい失業問題と戦っていかねばならないわけで、余った人は介護士や看護師、保母といった人手不足が続いている業種にシフトさせるとともに、過渡的にはリカレント教育と組み合わせたベーシックインカム(BI)も失業対策として導入せざるを得なくなるのではないかと思う。
そういう状況の中で、公務員だけが国や地方自治体の試験を受けて1回合格したら定年まで税金で安穏と生活でき、その上さらに定年を延長することなど許されることではない。公務員はよほどのことがない限りクビにならないので失業保険負担もない。だが、野党は自治労や自治労連という公務員の労働組合が有力な支持母体なので、検察庁法改正案には反対しても、公務員定年延長法案に反対はしていない。黒川問題の陰に隠れていたが、これは実は野党の存在意義に関わる根本的な問題なのである。
私は黒川問題以前から、本連載や著書で公務員定年延長に猛反対してきた。その理由は、富を創出せず、税金で食べている公務員の定年を延長したら、ますます社会の活力が失われるからだ。試算したところ、公務員の定年を60歳から65歳に引き上げると、年間約2.4兆円も人件費が膨らみ、これは消費税1%分に相当する。今回の定年延長見送りで、とりあえずこの分が浮いたことになるのだ。
そもそも各種の許認可など今の行政業務の大半はAI(人工知能)や機械で代替できる。役立たずのマイナンバーを国民データベースに造り替え、エストニアのようなeガバメント(電子政府)を構築すれば、大半の公務員は不要になる。
それを推し進めながら、ドイツの制度を参考にして、権限を持った40代以上の役人は職務と関係がある企業への転職や天下りを禁止し、その代わり第二の人生における「稼ぐ力」を養うためのリカレント教育(就業後も学習すること)を行なって新たなスキルを身につけてもらう。逆に、まだ権限が小さい30代までに転職する場合は出向や天下りを自由にする。そういう法整備をして早期退職を促し、公務員を活性化することが重要だと思う。
怠惰な公務員の労働生産性を劇的に向上させない限り、その重みでこの国はズブズブと沈んでいく。定年延長法案で俎上に載った公務員制度をゼロベースで見直し、AIなどで必要のなくなった公務員は削減できるようにするなど本質的な行革を断行すべきである。
●おおまえ・けんいち/1943年生まれ。マッキンゼー・アンド・カンパニー日本支社長、本社ディレクター等を経て、1994年退社。現在、ビジネス・ブレークスルー代表取締役会長、ビジネス・ブレークスルー大学学長などを務める。最新刊は『世界の潮流2020〜21』。ほかに『日本の論点』シリーズ等、著書多数。
※週刊ポスト2020年7月10・17日号
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