らいふ

日々の想いと暮らしの足跡。

忙しかった

2022-06-09 10:33:27 | 生き方・考え方
ふ~この前は忙しかった~。
同時多発テロかと思うほど様々なことが勃発し、てんやわんや。
でも、この年で必要とされるのはありがたいことだと思う。
反面、その必要に応えるには、この年になっても勉強しなくてはならない。
ところが、本を開くとすぐ眠くなるし、すぐ忘れるしの65歳。
そんな私のお助けがyou tube。
前にも書きましたが動画の時代です。
如何に面白く、分かりやすく伝えられるのかと練られた動画がたくさん。
そこから自分に合うものを選んで学べるという良き時代です。
out  put したい派のユーチューバー と、in  put したい派のユーザーのニーズがかみ合ってwin  win というヤツですね。(カタカナいっぱい使ってみた)
でも、このままいくと、「スマホ脳」ならぬ、「動画脳」になりそう。
こういう便利なものには、失うものや滅んでいくものが背中合わせにあるのだと思う。
分かったうえで取捨選択してほどほどにと思う次第です。
ブルーライトで白内障になりやすいらしいですしね。


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仏教の知識

2022-06-05 09:12:37 | 観たもの聴いたもの読んだもの
母の四十九日と納骨を終えました。
和尚さまから仏教にまつわる話をいろいろ聞くことが出来ました。
私には正直あまり興味のなかった分野です。
年をとったからでしょうか、母を亡くしたからでしょうか、面白く聞くことが出来ました。

四十九日までの七日ごとの供養ごとに功徳を授ける仏様の違いとか、三十五日は審判を受ける日だから大事な日だと聞きました。
六地蔵の働きは、輪廻転生の6つの世界の苦しみから救うためにそれぞれの世界をパトロールしているらしいです。
弥勒菩薩はお釈迦様の後を継ぐ予定で悟りを開く修行をしているのだとか、へ~未来の救世主なんだ~。(悟りを開くのは何十億年先らしいです)
そして、如来は多くの人を救えるまでになった仏様で、菩薩はまだそこまでいっていない修行中の仏様だそうです。
もちろん、宗派によっていろいろな解釈があるのでしょう。
ですが、少し知ることでお地蔵さまや仏像を見る時の見方が変わりますし、仏事の意味をしっていれば、やらされ感が薄れるような気がします。

それはさておいて、納骨前にお墓掃除してて良かったです。たとえ、それでぎっくり腰になったとしても。


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息子の声を聞いてほっとする

2022-06-02 21:52:29 | 生き方・考え方
「手のかかる子ほど可愛い」という気持ちが昔はあまりわからなかった。
親になる覚悟もないまま親になり、仕事も忙しくて、とにかく早く子育てから解放されたかった。
そんな親の気持ちを察してか反抗期らしい時期もなく、表面的には手のかからない子どもたちだった。

でも、息子たちは成人してからいろいろ問題にぶち当たったり、問題が表面化したりした。
長男は長男の、次男は次男の障害が。
子どもの壁は親の壁でもある。
世の中にはよくあること、ありふれたことかもしれないけれど私にはとても堪えた。
親として未熟なため、子供の窮地を受け入れ、寄り添うような親の器ではなくて子供以上にもがいてしまった。

でも、あの辛かった時期がなかったら今ごろ私はもの凄く思いあがった人になっていただろうなと思う。
あの辛かった時期のおかげで人と比べることがあまりなくなった気がする。
親は子供に育てられるのだ。

長男が結婚しほんとに良かったと思う。
今までのあれこれは、彼女に出会うためだったのねと思えた。
次男は治らない不調を抱えているため経済的に自立できないまま30歳になり、今も私が仕送りをして支えている。
愛情深い家庭環境であれば発症しなかったのではないかと、私は自分を責め続けて夜眠れなくなる時がある。
そんな次男に恐る恐る電話して声を聞き、その声が元気そうだと半端なくほっとして嬉しくなる。
ほんとに半端なくホッとするのだ。
それなら毎日電話すればいいかといえばそうもできない壁もあって。
だから、なおさらホッとする。
私にとって次男は最大のアキレス腱であり、生きがいでもある。
やっぱり、「手のかかる子ほどかわいい」は本当だと思う。

抱えているもの、背負っているものは人それぞれ違う。
そして、それこそが自分の人生なのかもしれない。

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