牧師雑感

聖書のことばを中心に毎日の出来事を書いています。

北の方に向かって行け!

2011-02-21 07:56:56 | Weblog
生駒聖書学院とエリムキリスト教会のデボーションは、今日から3月3日まで申命記を読み始めます。

 「向きを変えて出発せよ!これは主の目には小さなことだ!」(申命1:7&2列王3:18)を今年はモットーにし、律法から恵みへ。今日もまた、恵みあふれる天国の一日です!

 昨日の礼拝でニコニコ顔の美しい母子たち。挨拶をすると、電気自動車タクシーで教会まで来たのですよ!とのこと。すごいですねと答えると、御堂筋線中津駅から動物園までいつものように乗ろうとすると、駅前で電気自動車タクシーのキャンペン中です。いかがですか。お乗りくださいませんかとの声。新世界まで無料のタクシーで初体験の喜びでした。

 恵みの体験でしたと喜んで教えてくれました。何もただが良いという意味ではありませんが、恵みとは無条件で与えられる恩寵です。

 イエス・キリストの十字架による救いは、一切無条件の救いなのです。「あなたがたの救われたのは、実に恵みにより信仰による」と聖書にあります。信仰もまた愛なる神から与えられた恵みなのです。

 16歳の時、種子島のキリスト教会で十字架と復活の福音を聞き、アーメン。信じます」と、イエス・キリスト様を心にお迎えし、洗礼を受けてクリスチャンになりました。その日以来、聖霊の恵みの中で信じ続けています。

 キリスト教と言う宗教と言うよりも、昨日も今日もいつまでも変わらず生きておられるイエス様の恵みの中を、今日もまた恵みの天国の一日です!と守れれ続けています。

 昨夜、神学生と食事をしながら、「向きを変えて出発せよ!」ですが、どこへ向きを変えたらよいのですか?と質問でした。

 申命記申命記2:3 「あなたがたは長らくこの山のまわりを回っていたが、北のほうに向かって行け」とあるので、北へ方向転換だよと答えました。抽象的ですねと言われて、そうだね。でも聖書にはこう書いてあるよと詩篇を読みました。

詩篇48:1 主は大いなる方。大いにほめたたえらるべき方。その聖なる山、われらの神の都において。
48:2 高嶺の麗しさは、全地の喜び。北の端なるシオンの山は大王の都。

 目標ははいつも真の神様だけ=ただ神の栄光のために!食べるにも飲むにも、こに向きを変えない限り、人生は失望落胆の行ったり来たり、恵みを忘れて人を責め、自分を責めるしかない。
 しかし、神に向きを変えるとき、人生のどん底であれ、失望の谷間であれ、最高の喜びがあるのです。

 栄光の頂きに立っても、ふつつかなしもべです。なすべきことをしたに過ぎません。と神に栄光を帰すだけです。

 もう一つの意味は、北=チャレンジへ向きを変えよ!と理解してもいいかも・・・・。

 生駒聖書学院のモットーは、Impossibilities Become Challenges!
(It become challenges that I can do it.)  

 北=試練や困難、難しいことなど様々な寒風吹きすさぶ象徴と思っても良い。

ヤコブへの手紙1:2 私の兄弟たち。さまざまな試練に会うときは、それをこの上もない喜びと思いなさい。
1:3 信仰がためされると忍耐が生じるということを、あなたがたは知っているからです。
1:4 その忍耐を完全に働かせなさい。そうすれば、あなたがたは、何一つ欠けたところのない、成長を遂げた、完全な者となります。
1:12 試練に耐える人は幸いです。耐え抜いて良しと認められた人は、神を愛する者に約束された、いのちの冠を受けるからです。

 朝8時より、チャペルがスタートします。午前8時45分からインターネットで礼拝動画を配信しています。居駒聖書学院ホームページをアクセスください。

ペテロの第二の手紙

1:5 こういうわけですから、あなたがたは、あらゆる努力をして、信仰には徳を、徳には知識を、
1:6 知識には自制を、自制には忍耐を、忍耐には敬虔を、
1:7 敬虔には兄弟愛を、兄弟愛には愛を加えなさい。
1:8 これらがあなたがたに備わり、ますます豊かになるなら、あなたがたは、私たちの主イエス・キリストを知る点で、役に立たない者とか、実を結ばない者になることはありません。
1:9 これらを備えていない者は、近視眼であり、盲目であって、自分の以前の罪がきよめられたことを忘れてしまったのです。
1:10 ですから、兄弟たちよ。ますます熱心に、あなたがたの召されたことと選ばれたこととを確かなものとしなさい。これらのことを行なっていれば、つまずくことなど決してありません。