生体腎移植を行った夫婦「腎臓をはんぶんこして、その分ふたりで一緒にいよう」
2/22(火) 7:15配信
NEWSポストセブン
もろずみさんと夫は「前から幸せだったけど、移植してからの方が幸せ」と語る(写真/もろずみさん提供)
「本当に、私の病気に健康な夫を巻き込んでいいのかな、という葛藤がありました」と振り返るのは、2018年3月に夫婦間で生体腎移植を行った、医療コラムニストのもろずみはるかさん。福岡で生まれたもろずみさんは、12才のときに慢性腎臓病と診断された。
【写真】診察を受ける女性患者と白衣を着た男性医師
「父はいつも“はるちゃん、いつでもお父さんの腎臓をあげるけんね“と、励ましてくれていました。でも、私は中学生の頃から、“もしこの先、病気が悪化したら、人工透析をするんだろうな”と、呪文のように自分に言い聞かせていました」(もろずみさん・以下同)
自覚症状はほとんどなく、ほかの子供たちと同じように学校生活を送ることができた。だが、病魔はゆっくりと、もろずみさんの体を蝕んでいった。24才のとき、精密検査で「IgA腎症」と診断されたのだ。発症から20年で40%前後が腎不全に至る、指定難病だ。そんな中でも、勤め先で出会った男性にひと目ぼれ。猛アタックの末交際が始まり、6年後、28才のときに、逆プロポーズで結婚した。
「病気で子供は授かれんかもしれんけど、それでも結婚してくれる?」という言葉に、もろずみさんの夫は「子供が欲しくて結婚するわけじゃないし、ふたりで長生きして、温泉にでも行こうね」と答えたという。その後仕事も結婚生活も順風満帆だったもろずみさんだったが、36才でついに、末期の腎不全と診断された。生きるための選択肢は、人工透析か、腎臓移植か。ドナーを見つけるのは容易ではなかった。生体移植のドナーになれるのは、レシピエントの親族だけ。具体的には、6親等以内の血族と配偶者、3親等以内の姻族(配偶者の親族)しかいない。
「父は糖尿病の気があり、簡単な血液検査を受けた時点で、ドナーにはなれないことがわかりました。姉もドナーに名乗り出てくれましたが、アメリカ在住で、子供もまだ小さかった。そんなとき、夫が“ぼくはいつでもはるかさんに腎臓をあげるよ”と言ったんです。
夫から腎臓をもらうなんて、想像もしていませんでした。いくら手術が安全だと頭ではわかっていても、もし何かあったら? いまは健康な夫が、手術のせいで体調を崩してうつ病にでもなったら? ほんの少しでも危険があるなら、夫を巻き込まず、私が人工透析をした方がいいんじゃないかと、本気で思い悩みました」
2年にわたって葛藤したもろずみさんは、思いのたけを主治医にぶつけたという。
「愛する人の体にメスを入れるなんて、私のエゴですよね。そんなエゴ、許されますか。人体実験みたいなことして、臓器を奪い取って生きるなんて、私は世間様に顔向けできますか」──もろずみさんは当時のことを思い返すたびに後悔すると語る。主治医はとても悲しそうに「そうか。だったら、ぼくたちも世間に顔向けできないようなことをしているってことになっちゃうよ」と答えたという。
だが、生きている人間から臓器をもらうことへの葛藤があるのは当然だ。湘南鎌倉総合病院院長代行で腎臓病総合医療センター長の小林修三さんは、移植先進国である米国の例を挙げる。
「米国では、生体移植は邪道とされており、亡くなった人の体から移植する献腎移植が基本です。移植手術でドナーの死亡事故が起きるケースは極めてまれで、もちろん、決して起きてはならないことですが、健康な人にメスを入れることが一定のリスクを伴うのは間違いない。実際に、臓器提供後にドナーが健康を損なったり、レシピエントとの関係が悪化して“移植なんてするんじゃなかった”と後悔するケースもあります」(小林さん)
腎臓も、寿命も夫婦ではんぶんこしよう
それでも、もろずみさんが夫婦間移植を決意したのはなぜか。
「少しでも長く、夫と一緒に過ごす時間が欲しかった。人工透析は優れた医療ですが、2日に1度、約4時間を要するので、移動時間なども合わせると、一緒にいられる時間が圧倒的に少なくなってしまうんです。だったら腎臓をはんぶんこして、その分ふたりで一緒にいよう、と夫が言ってくれました。それと、移植を受けたら、もう一度妊娠・出産できるかもしれないと医師に言われたのです」(もろずみさん・以下同)
もろずみさんは、29才のときに自然妊娠していた。子供を持つことは最初からあきらめていただけに、つわりすら愛おしかったと語る。ところが、妊娠によってもろずみさんの腎臓の状態は急激に悪化し、当時の医師や家族に、産むことを強く止められた。「たとえ、命と引き換えに産むことができても、子供には障がいが残る可能性もある。この先ずっと、夫にそれを背負わせるのか」──もろずみさんは、身を引き裂かれる思いで、出産をあきらめた。
この先の人生を分かち合うため、ついに2018年3月23日、もろずみさん夫婦は生体腎移植手術を受けた。
「手術からたった6日で退院できました。それでも、腹腔鏡手術とはいえ夫も術後のダメージは大きかったですし、私自身はお腹に20cmの傷痕があって、1か月くらいは、夫婦ふたりで生活するのもやっと。少しずつ、“病人と病人”の暮らしから“夫と妻”の暮らしに戻っていきました」
移植後のレシピエントは、免疫抑制剤を生涯にわたって服用し、定期的に外来診療を受ける必要がある。
「ドナーも最初は術後1か月、3か月などのタイミングで外来に通院する必要があり、その後も1年に1回は移植した病院で腎機能の推移を把握する必要があります。術前検査とは異なり保険適用なので人間ドック代わりになり、術後の診断で病気が見つかることもあります」(小林さん)
中学1年生で慢性腎臓病を患って以来、もろずみさんには、自分の病気について、心の底からわかり合える人がいなかった。それが、生体腎移植を受けたことにより、日々、夫と腎機能の数値を伝え合い、ともに健康を気遣うようになったという。夫の腎臓を受け取り、病気を共有することで、長年の孤独が解消されたのだ。
「夫の腎臓は、まるでお守りのよう。愛おしいものがいつもお腹にいる感じで、マタニティーの感覚に近いように感じます。たとえ夫が先に亡くなっても、彼の腎臓はずっと私のお腹の中にあるので、私が生きている限り、夫との別れはありません。いまでは夫を悲しませないために、夫より長生きして彼を看取ることが私の人生の目標になりました」(もろずみさん・以下同)
いまでこそ、そう語るもろずみさんだが、術後しばらくは、やはり、健康な夫の体から腎臓をもらい受けたことに、罪の意識があったという。無意識に「ごめんね」と口にすることが増えていた。だが、その罪悪感は、友人の言葉で吹き飛んだ。
「腎臓病の夫の生体ドナーになった友人がいます。わが家とは逆で、妻から夫への生体腎移植です。その友人に“もう、ごめんねなんて思わなくていいの。ドナー側の気持ちを言わせてもらうけど、ドナーは本当に、あなたが元気になってくれればそれでいいんだからね。申し訳ないと思っていることもわかっているんだから、もう罪悪感なんて持たないで”と言われました。
夫が私のために決断してくれたことに、私自身がいつまでも罪悪感を抱いているのはむしろ失礼なんじゃないかと思い至りました」
もろずみさんの夫は、術後、もろずみさんに思いを吐露した。
「はるかさんは病気で、ぼくより長生きできないかもしれなかったでしょう。だからぼくは、自分の腎臓をあげることで、ふたりの寿命をそろえたいと思ったんだよ」
ふたりで長生きして、温泉でも行こう──腎臓を分け合ったことで、プロポーズのときの約束を、本当に果たせるようになった。
※女性セブン2022年3月3日号
生体腎移植 ドナー側がクリアしなければならない、いくつもの条件
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整体ドナーになるための条件とは(写真/Getty Images)
生体ドナーになるための条件とは(写真/Getty Images)
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病を抱えた妻とともに生きるために夫が選んだのは、自分の臓器を妻と分け合うことだった。痛みとリスクと引き換えに彼が得たものは、元気な妻と過ごす時間と、それまで以上に固く結ばれた絆。もし、あなたの夫や妻が、臓器移植を必要としたら……愛する人を守るため、どこまで差し出せますか?
「自分の人生の残り時間を真剣に考えなくてはならなくなった」 。2021年12月4日、琉球新報のコラムでそう述べたのは、元外務省主任分析官で作家の佐藤優さん(62才)。同コラムで、自身が前立腺がんと末期の腎不全を患っていることを明かした。検査により、がんの転移がないことがわかれば、佐藤さんの妻が腎臓移植の生体ドナー(提供者)になることを検討しているとも報じられた。
佐藤さんは、夫婦間で生体腎移植の意思はあるものの、もし検査の結果、前立腺がんが転移していたら、妻の腎臓を移植することは、ガイドライン上は推奨されていない。腎臓移植の名医が多数在籍する東京女子医科大学病院泌尿器科基幹分野長・教授の高木敏男さんはいう。
「レシピエントの体にとって、移植された腎臓は“異物”なので、拒絶反応を起こす可能性があります。それを抑えるため、移植手術を終えたレシピエントは、生涯にわたって免疫抑制剤を服用する必要がある。免疫抑制剤をのむと、がん細胞の増殖を抑えられなくなるため、がんが悪化するリスクがあるのです。そのため、術前検査でがんが見つかると移植が難しくなります」(高木さん)
このように、夫婦間で生体移植を行うと決めても、物理的な問題が次々と立ちはだかる。湘南鎌倉総合病院院長代行で腎臓病総合医療センター長の小林修三さんはいう。
「移植を検討する際、まずは生体移植を行う病院で移植医や移植コーディネーターと面談し、がんやその他の全身性疾患がないか、術前検査を行うのが一般的です。ドナーも血液型やHLAといった免疫検査のほか、その他の全身性疾患がないかどうかを検査し、腎臓がレシピエントに移植できる状態かどうかを調べます。検査のために数日入院することもあります」(小林さん)
日本移植学会の生体腎移植のドナーガイドラインでは、全身性の活動性感染症、HIV抗体陽性、クロイツフェルト・ヤコブ病、悪性腫瘍など、さまざまな免疫疾患がないことに加え、腎機能が一生にわたって良好な見込みがあること、体年齢が70才以下であることなど、いくつもの条件をクリアしなければ、生体腎移植のドナーにはなることができない。こうした検査は、簡単な血液検査だけでなく、数万円の費用がかかるものまで受ける必要がある。これらを乗り越えて初めて、生体腎移植ができるのだ。
レシピエントの移植手術は全身麻酔で行われ、下腹部の皮膚を20cmほど切って腎臓を移植する。
一方、ドナーの手術は、内視鏡を使った腹腔鏡手術が一般的で、5~6cmの傷ですむという。まれに、術後に高血圧や尿たんぱくが生じるケースはあるが、条件をクリアしていれば、摘出手術によるリスクは少ないという。
「本来2つある腎臓の1つを失うので、術後すぐは、腎機能は低下します。ただし、残った腎臓が機能を代償し、腎機能は術前の7割程度まで回復します」(高木さん)
とはいえ、もし事故などに遭って腎臓が傷つくようなことがあったら、替えが利かない。2つある臓器の1つを失うリスクは、やはり一生つきまとうのだ。
※女性セブン2022年3月3日号
夫婦間が多い
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