玄語

玄音の弟玄です。日々感じている事、考えている事を語っていきます。そんな弟玄が語る”玄語”です。よろしく。

科学とは?

2014-04-10 21:19:47 | Weblog



STAP細胞をめぐる一連の動き。
昨日小保方さんの記者会見が行われた。

1月以降、マスコミの執拗な張り込みがあり、一人で出歩くのがまま成らない状況になり、しかも今回の理研の発表があってから、共同執筆者と一度もまともに顔も合わせられず連絡もとれない、そして研究所にも行けない状態にあった事を告白されている。この状況は明らかに異常である。また直接本人とあって問い質さず、決めつけの様にして裁断した理研の在り方。弁明の余地を与えないで判決先にありき。これって自白強要のえん罪に構造が近くないか。極めて官僚的であり、同時に何かの力が働いたのかと疑わざるをえない。

またこれとは別に本質的な事はやはり科学的な検証であろう。ただ研究所にも行けない環境でどうやってデータを出し、検証しろというのか。肝心要の自由を先に奪ってただ一方的に責め立てているとしか見えない。場所を奪って再考の機会を与えずに判決先にありき。一度失敗したら二度はない…これって今の日本社会そのものではないのか。完璧を求める妙な潔癖感というか。いや、それは科学の世界では許されない事なのですよ…この科学倫理をもっともらしく言ってる人そのものが一体何者で何をしている人なのか問いたい気持ちになったのは俺だけでしょうか。大体いつも同じ人が出てきてしゃべっている。原発事故の時にこの学者という人達にどれだけふりまわされた事やら。。日本の科学のレベルとは、学会のレベルとは、本当はどうなのでしょうか。

それと全体的な風潮として科学の本質を忘れている気がする。合理的な解の前にたくさんの不合理があることを。特に新しい発見なのである。今求められているのは帰納的に真理に到達する事。そのための実験データが導きの根拠となる。小保方さんの今の状態は演繹的である。STAP細胞があるという真理を先に宣言してしまっている。もしかしたらこの方は天才で職人的にSTAP細胞を造る事ができるのかもしれない。そういう人なのかもしれない。だから途中の実験データの記録収集にはあまり熱心ではない。こういう事は現代の科学と言われる世界では受け容れられないだろうけど。

それと一部で言われている、中国でSTAP細胞の検証は失敗してこれはないとしておきながら、実は成功していて、それを名前を変えて自分達の研究として先に特許を取ってしまおうという動きがあるとか、一部の巨大製薬会社がこんな簡単にできる万能細胞ができてしまったら病気はどんどん治癒され、製薬会社そのものの存在意義がなくなってしまうので潰しにかかったとか、、マスコミ報道が過熱する背景にはスポンサーが絡んでいるのは言うまでもない。スポンサーに多いのは製薬会社、保険、証券、クルマである。当然これらにマイナスな事は取り上げません。はたして陰謀論として簡単に排除できるだろうか。

さて、そもそも科学とは何なのでしょうか、真理とは何なのでしょうか、
科学の時代に生きている我々一人一人がこの事をちゃんと考えなくてはいけない、これが今回の一件から問われている一番大事な事なのかもしれません。
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