goo blog サービス終了のお知らせ 

僕の消灯時間まで

ブログの引越しをしました。
愛する方々へ、遺書のように。

日本に戻ってきて

2019-02-24 04:06:23 | 日記
気が張っていたのだろう。

日本に戻って、少し気が緩んだのだろうか。
寂しさや悔しさを噛み締めてしまって眠れない。

5時に起きなきゃいけないのに、うっすらと眠りすぐに起き。
眠れずに4時を過ぎている。

1日ぐらい寝なくたって平気だ。
どうせ僕は疲れたらどこででも寝るだろう。

寂しさを、悔しさが追い抜いて悔しがり、さらにその悔しさを寂しさが追い抜いてしまって寂しがる。
家族を想えば辛くなり、泣きたくないのに涙で世界が揺らぐ。

うっすらと眠っている間に悪い夢も見る。
夢であればいいのに、とも思う。

土手を一人で歩いてるから、
「おい、健ちゃ〜ん。乗ってくかい?」
と声をかけた。
「はい!」
といつもの笑顔。
ドライブをした。
夢の中なのに、
(な〜んだ、やっぱり夢だったのか。)
と安心した瞬間に、彼は泣き出した。
僕の腕の中で小さい子みたいに泣いて、鼻水がつくだろうがよと笑ってみせても泣きやまず。
何かが変だと思って、ガバリと起きてしまった。

何が夢なのか分からなかったけれど、程なくして現実を思い出しては切なくなる。

死んだ友人達は、みんな声も思い出せるし笑顔も忘れられない。
きっと、ずっと忘れるもんか。

もし、時間を戻せるならばどのように声をかけるのか。
どんなことを話すのか。
最後だと知ってたら、僕はなにを伝えたいのか。

その言葉も浮かんでは消える。

けど、一つわかった。

その浮かんでは消える言葉は、常に人に対してそのようにあるべき言葉なんだ。
毎日毎日、そのように対話をすべきだ。

その人に最期に伝えた言葉は、思いやりと優しさが溢れでたような言葉であるべきだ。

口調や雰囲気が温和であれということではない。
激励でも荒い言葉でもいいのだと思う。

その言葉が相手を思いやっていて、傷つけようとしていないのであれば。

とにかく、真意がどうなのかということだ。

すうすれば、少なくとも悔しくはないのかもしれない。
でも、寂しさはどうしようもないね。

寂しさだけは、どうしようもない。

健ちゃん。
僕ね、寂しいよ。

最新の画像もっと見る

3 コメント(10/1 コメント投稿終了予定)

コメント日が  古い順  |   新しい順
Unknown (丸橋)
2019-02-24 16:32:39
リョウさん、団長、何があったかも知らずにごめんなさい。2年前に他界した父へ、もっとできたことがあったはず、と悔やむ毎日でした。ブログを拝見し、父との最後の会話を思い出しました。「おしめの交換、練習して明日はもっと上手になるからね」と言ったら、父は元気に「ハイ」と笑ったのでしたっけ。リョウさん、ありがとう。健さんを父も訪ね、お礼を伝えているでしょう。フレーフレー、だ・ん・ちょう!
返信する
Unknown (Unknown)
2019-02-25 09:14:53
親しい仲も「日常」に見えることも、実は一期一会。
そう心がけることができたら、後悔は少なくなるのかもしれませんね。
返信する
Unknown (1045aoba)
2019-02-25 12:07:02
「僕ね、寂しいよ。」
これは1番の供養だと思います。

寂しさは、たぶん乗り越えなくていい。というか、乗り越えられる類のものではない。こらえるしかない。

平さんのように愛情深い方は、亡くなったご友人を思い出す機会が多いのだと思いますが、思い出してもらうことで故人は生き続けるといいます。
だから、寂しさをこらえながら、活動家平了の人生を見事に全うして下さい。

応援しています。
返信する

コメントを投稿

サービス終了に伴い、10月1日にコメント投稿機能を終了させていただく予定です。
ブログ作成者から承認されるまでコメントは反映されません。