美術の旅人 Voyageur sur l'art  

「美術」との多様な出会い。見たこと、感じたこと、思ったこと。

いつか見たモランディ、今度見たモランディ  ジョルジョモランディ 2/20~4/10 東京ステーションギャラリー

2016-04-05 12:36:42 | レビュー/感想
いつのことなのか不分明なのだが、何十年か前、上京した折、何かの用事があって銀座のデパートー松坂屋だったろうか、それとも大丸だったろうかーに入った。そこでたまさか開催していたのがモランディ展だった。どんな画家なのか皆目知らなかった(このような先入見のない出会いは理想的)のだが、ガラガラの会場がこの画家の日本での知名度の低さを物語っていたのは確かだ。しかし、すっと通り過ぎるつもりで入ったのが、見るほどに引き込まれる。

中でも確か四角い器(?)が本来ありえないようなただ一線に並べられた構図で描かれた1点を見たときには、その前で2人のご婦人が四方山噺に夢中だったが、しばし立ち尽くすほどの強い印象を受けた。かといって心をかき乱すようなものではない。静かな幸福な体験であった。この絵の不思議な実在感というのはどこから来るのだろう、その疑問に答えられるべくもなく、ただ画集と複製画を買って帰った。小首をかしげ、メガネを額にずり上げたモランディの有名な肖像写真が表紙となった画集で、暇なときに繰り返し眺める宝物だったが、なんとどこで間違ったか、まとめて他の駄本とともに廃品回収に出してしまった。悔やんでも悔やみきれない思いであった。(この出会いは、展覧会のカタログの文献案内から1990年大丸デパートでの展示と判明)

モランディとの二度目の出会いはロンドンのテート・ギャラリーであった。これも偶然の出会いで、モランディのエッチング展をやっていた。正直言ってこのエッチングについてはそのときにはピンとこなかった。作品として自立したものではなくおそらく習作的な意図で作られたものだろう、という程度の認識でいたが、帰って来て画集を見ていて次第に引き込まれた。とりわけこの風景画のマッスは何なのだろう?草木や建物や坂道がうねるように押し迫ってくるが騒々しくはない。作為で曲げられない自然の本質的な生命がシンプルな描線の重なりによって描き出されている。ここにはエッチングという伝統的な技法の制約を超えた何かがあった。

東京ステーションギャラリーでの今度の展示会は、静かに作品に見いる人で溢れかえっており、かってよりはるかにモランディが高い関心と賞賛を得、極東のこの国でも受け入れられていることを感じた。アルコーブ状の一室にまとめられた作品群にまず目がいった。心の中に強烈に残るモランディの印象を探していたからであろう。

そのときと同じ絵ではなかったが、あの同じ四角い器を横に並べた作品が中心にあった。ここにはモランディのそれまでの試行錯誤が熟成された1950年代半ばの最も安定した時代と思しき作品が集められていた。それまでの建物が密集する都市の風景を思わせる、いささかゴチャゴチャした感を受ける器群は数点までに整理され、この絞られた器を用いて、光や位置の微妙な差異によって生まれる変化の探求が日々行われた。一線上に置かれた器は遠近法の約束事を封印して、光が作る影と色彩だけでモノの実在感が認知される、まさしく我々がモノを見てそこにモノがあると身体的に認知する、そのことの秘密を繰り返し探求したものであろう。彼が習作時代に画集を通してだが大きな影響を受けたセザンヌが試みたと同じ探求を、イタリアの地方都市ボローニャのアトリエを生涯ほとんど出ることがないまま続けていたことになる。

やがて光が作る影と思しきものはときにモノを縁取る黒い輪郭となる。1960年代の作品となると、かって遠近を際立たせるために描かれていた上背のあるブリキのピッチャーは、厚みのある実在の姿をほとんど喪失して、背後の壁に移る影のように処理される。まるで大鴉のように大きく写り込んだその姿は、モランディという存在の解き得ない謎のようだ。しかし、彼の中で色や遠近を引き立たせる存在でしかなかった黒という色彩がここで大きな意味を持つようになった、そのことの表れのようにも見える。この時代、暗黒色の水彩で輪郭を滲ませるようにこの個性的な形のピッチャーをはじめとした器の数々が描かれたこととも符合するようにも思える。(続く)

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1 コメント

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モランディー展 (Fs)
2016-05-02 22:46:49
わざわざチラシを手に入れておいて行きそびれてしまいました。
チラシを見てどこか懐かしい気分に駆り立てる色使いを感じていました。
強いインパクトがないうちにどこかで意識の外に追いやってしまったのがもしれません。
貴ブログの記事を自然に読む機会があれば、良かったのに、と後悔しています。
次の機会には是非訪れたいものです。
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