美術の旅人 Voyageur sur l'art  

「美術」との多様な出会い。見たこと、感じたこと、思ったこと。

開拓移民の家を再生 Kirsten Dirksenのユーチューブ映像から

2021-09-21 20:42:14 | レビュー/感想

https://www.youtube.com/watch?v=Tub5vWLKB1o&t=1s

夜遅く自転車を漕いで家路を急いでいると、街角の暗闇に突然女性の人影が現れた。思わず、急ブレーキを踏む。光に照らし出された青白い顔が暗闇に浮かびあがってスマフォをいじっているのが分かった。なぜ、こんなところで、今の時間にと思うが、最近はとみにこういう老若男女たちが増えた。スマフォが彼らの唯一の生命維持装置になっている。

さて、何年か前からKirsten Dirksenのyoutube取材映像をアップロードされるごとに見逃さずに見ている。ここには、スマフォを手放せない人や漫然とラーメン屋に長い列を作っている人は決して登場しない。皆、世の通勢に流されず、また既存組織などに依存せずに、自分で生き方や暮らしを考え選んで、たくましく生きている自立した個人である。

Kirsten Dirksenがどういう人かはまったくわからない。ただ、名前からするとドイツ系あるいはスウェーデン系のアメリカ人のようだ。おそらくこのビデオの実質的にはプランナーであり、ディレクターであろう、夫とともに、ビデオカメラを回して、世界中を飛び回って(日本にも何度か来ている)、自分たちが面白いと思ったユニークな生活を実践している人を取材してyoutubeにアウトプットしている。主役の登場人物に、バック音楽なしでそのままもっぱら語らせて、余計な誇張した編集をしないのがいい。初めは二人だったが、途中からよちよち歩きの幼児が加わり、それも姉、弟となり、最近の映像では姉の方は、小柄な母親と見間違うほどの背丈になってきた。

彼らがどういうところにシンパシーを感じているかは、見続けているうちに自ずと分かってくる。多くは人里離れた山の中や人の住めないような砂漠に住んでいるから、当然Off-gridでの生活になり、電気は自前で作る(太陽光発電)、あるいはランプで生活することになる。家の建て方も森の木を切り出したり、資源ごみからの再生品を用いたりして、基本的にDIYで自分で長い時間をかけて建てる。あるいは大都市に住んでいても、狭い隙間のような空間を収納にアイデアを凝らし多機能的に住んでいる例も紹介されている。

いずれも商業資本がお金と引き換えに供給する、ステレオタイプの当てがいぶちへのレジストである。アメリカの場合、タイニーハウスというコンセプトの家づくりが一種の流行現象になっているが、ここには中産階級の多くが、サブプライムローンを借りて大きな家を建て、結局は破産に追いやられたあのバブル時代の教訓が生きている。アメリカには、今も広大な自然の大地があり、破産に直面しても、一人で立ち向かう勤勉な精神と健康な肉体さえあれば、再び人生を取り戻すことができる。むしろ都会のインチキにまみれた生活を離れて、ヘンリー・ソローの「森の家」ならぬ、シンプルな生活の場を再建することができる。ここにアメリカ人の決して疲弊しない楽天性の原点があるように思う。

さて、ここで最初に紹介したいビデオには、最新のポスト映像であるが、ミネソタの草原(いまや立派な森になっている)に20ドルで購入した廃屋となっていた開拓移民の住居を、たった一人で、それも特別の道具を使わず、なんとほとんど手斧のみで17年近くかかって見事に再生した男が出てくる。たくましい二の腕と活力に満ちた体躯は老いを感じさせない。森の家といえど、杣屋ではない。アーミッシュの生活への憧れがあるようだが、天然木を用いて質朴にシンプルにまとめられた内部空間は、満ちたりた生活の本当の姿を体現しているようで、わたしの理想にも近い。

ちょうど2年前に書いた記事です。アップロードし忘れてました。

コメント
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