デビッド・ボウイは初めからクールだった。これはかっこいいという意味ではなく、冷めているという意味でのクール。良しにつけ悪しきにつけ世界を変えてきた若者の狂熱が現実の前に急速に衰えていく時代 、内向的厭世的な気分に鋭敏に反応してボウイが演じた、ジギー・スターダストという架空の宇宙ヒーローは時代の空白を見事に埋めた。若い私も演劇的な世界だと思いつつ、その極めて新鮮な音と哲学的な隠喩に満ちた詩の世界に当時はすっかりハマってしまった口だった。ファンタジーでも信じない限り、生きていくことができない空虚な時代だった。
しかし、歌の別れというようなカッコいいことでもなく、それまでのめり込んでいた感覚の世界にさよならしてでも生きて行くのに必死だった80年代、90年代の、騒々しくて嘘っぽい時代でも、ボウイはレコードを出し続け、レッツダンスのようなライトな曲をヒットさせ、結構時代を巧みに泳いでいた印象だった。70年代の初めにボウイを教えてくれた友人は、素の魂の奥底を作品に表現しているルー・リードは本物だけど、ボウイはルーのモノマネをしている作為的な商売人だからというようなことを言っていた。このとき、そのことが改めて納得できるように思え、それ以後ボウイの曲は一切聞かなくなった。これに関連して、BBCの記事に載ったボウイの言葉に、当時、芸術系の若者たちに圧倒的な影響力を持っていたアンディ・ウォルホールやルー・リードから英国のミュージック&アートを守った唯一の橋頭堡であった、というような言葉もあって、そうか当時ボウイはそういう立ち位置だったのかと、興味深かった。(大掛かりな舞台をニューヨークなどで打つなどした後、大赤字状態であったとの記事もあった。)
しかし、ルー・リードも少し早すぎた死ではあったが、お茶の間テレビに出るような晩年は改心した懐メロスターのように一般社会に受け入れられ人生をそれなりに完うしたようだった。上記の友人が教えてくれた、ほとんどが20世紀を見ることなく消えてしまった、90'sと呼ばれるイギリスのマイナーポエットたちのように、決して情緒に溺れて破滅していく弱々しい魂の持ち主ではなかった。もっとも、現代の巨大な音楽産業がそれを許さなかったのだと思う。実は大衆の中の一人という自覚を持ちながら(街で隣にいても誰も気づかないくらい目立たない人物だったと、ニューヨークの友人の一人はいう)様々なヒーローキャラクターを演じたボウイと違って、彼はオンリーワンの強烈な個性を持ったルー・リードだけを生きていたのだ。ファンタジー作家と私小説作家では資質が違うんだから、単純に比較はできまい。
さて、ボウイ死去の報が入って、実に40年ぶりぐらいにボウイの曲を聴いた。死の前の週にリリースしたシングルカットLAZARUS(新約聖書ラザロの復活から)のPV。この闊達に動かなくなった体だからこそできる最後のミニマムダンス。ボウイの最後のユーモア。自分が今目前にしている死をさえ客観視できるこのクールさが、ずっとユニークなプレゼンテーションで変身を遂げつつ、時代の波を乗り切って生き残ってきた理由だったのだろう。少しばかりドラマテックな死を遂げたミシマのことを思い出した。しかし、恐ろしく孤独で絶望的な感情に支配されていたミシマと違い、「ここを見て、天国にいるよ」と私たちにメッセージを残し、愛する家族に看取られて亡くなったボウイの方がずっと希望がある、と思う。
ラザロのように目に包帯を巻きつけて臨終の床にあるボウイが、最後のシーン、さよならをするように自ら扉を閉めて衣装ダンス(棺桶)の中に消えていく。確かに“he's got drama, can't be stolen ”.ジギースターダストは自分の死さえ、痛切な、しかし誰にも真似のできないドラマに仕立てあげた。一緒に幕引きのプランを練った終生のプロデューサー、トニー・ヴィスコンティの力もあると思うが、美事な幕引きだ。かくて誰もが‥everybody knows him now‥確かに、自分の死を持ってアートとエンタテーメントを統合した本物の芸術家として、歌に予言した通りの結果が。ニュースは最後のアルバムBlack Starがボウイのレコードとしては初めてアメリカのアルバムチャートのNO.1になったことを伝える。
しかし、それだけだろうか。
Ground Control to Major Tom
Your circuit's dead, there's something wrong
Can you hear me, Major Tom?
Ground Control to Major Tom
Your circuit's dead, there's something wrong
Can you hear me, Major Tom?
初期のヒットアルバム Space Oddityで、地球帰還を自ら拒んだ宇宙飛行士の行き着く先は?最後のアルバムBlack Starではその結末を見せてくれた。漂い着いた死の惑星でドクロと化した宇宙飛行士。そこにも何もなかったのだ。一方、 Look up here. Im in heaven という短い最後のメッセージは、ファンタジーではなく、ボウイが死を前に垣間見た、誰もが理解できずにいるがわれわれすべてが、「今、ここに」持っている究極のリアリティーを指しているのかもしれない。
http://www.independent.co.uk/・・・/david-bowie-dead・・・
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