原発作業員「幹細胞採取」なぜ実施されない
揺らぐ安全思想、巨大余震への備えに深刻な懸念
3・11の巨大災害から3カ月目になる6月11日を挟んだ数日間、私は被災地取材で岩手県、宮城県、福島県を巡っていた。
これまで延べ約50カ所の被災地を訪ねてきたが、壊滅状態だった三陸海岸の漁村の中には瓦礫の片付けがほぼ終わった場所があり、また仮設住宅の建設工事もあちこちで見た。その一方で、メチャメチャになった住宅街が、大型工場が、3・11当日、巨大津波に破壊されたまま放置された町も少なくなかった。
岩手県釜石市、大船渡市、陸前高田市、宮城県気仙沼市などを海岸線沿いに南下し、全滅した宮城県本吉郡南三陸町・志津川地区の町はずれに着いたのは6月10日の午後8時を過ぎだった。
震災後に南三陸町を訪ねたのはこれで4度目だが、夜は初めてだった。そして驚いた。クルマを止め道路際に立ったが「町が見えない」のである。
1つの照明も点灯していない街
人口約1万8000人のうち1万5000人が暮らしていた小都市、志津川地区には、3カ月目になろうというのに1つの照明も点灯していなかった。
小雨模様の夜空を見上げると、雲を通して月の明かりがぼんやりと見えていたが、この町はまるで夜闇に包まれた砂漠だった。遠くに、町の南のはずれにあるホテル観洋の明かりだけがポツンと見えるのみだ。もっとも、時折通り過ぎるクルマのヘッドライトが、突然、道路脇に転がったままの破壊されたクルマの姿を写し出しドキッとする。
死者542人、住宅、建物の全壊・半壊は3311。いまだに行方が分からない方が664人もいて、23の避難所には今も2414人が過酷な日々を過ごしている(6月28日、18:00宮城県報告)。
南三陸町への送電は既に復旧しているにもかかわらず暗闇が広がっているのは、人の営みが完全に途絶えていることを意味している。被災地に「一定のメドがつく」日をそうやすやすと迎えられるものではないことを改めて実感した。
被災現場を1度でも見れば、だれもが微力でも何か手助けをしたいという思いにかられる。私も当初は「取材」のつもりで被災現場に入ったものの、取材どころではなくなってしまった(1995年の阪神・淡路大震災でも同じ経験をした)。
「支援は一段落した」との思い込み
東京・西荻窪の地元の防災ネットワーク(西荻PCの会)の仲間たちに呼びかけて、粉ミルク、紙おむつ、子どもの本、野菜、着替えの衣服、女性の新品下着、電動工具などを提供してもらい、幾たびも被災地へ届けてきた。
シャボン玉石けん(北九州市)には岩手県などに約1万本にのぼる殺菌用の石けん類を届けてもらった。弘前市のリンゴ農家には大量のリンゴを提供していただいた。通信環境が途絶していたため(今も電話回線は途絶えたままの地域がある)、NTTドコモには衛星電話やタブレット端末の提供をお願いしてきた。
ガソリンの供給が途絶えていたため、何とか入手したガソリン缶に予備ガソリンを入れ、燃費がいいプリウスに山と荷物を積み込んで東北へ向かい、時には走行距離が1500kmになることもあった。
今は災害医療支援チームと連携し、被災地(宮城県石巻市北上町の小さな漁村・大指)の子どもたちが集う場(小さな「夢のドームハウス」)の実現など仮設住宅暮らしが始まった後の人々のコミュニティーづくりの一助になればと腐心している。もっとも企業に支援をお願いしても、「日本赤十字に義援金は出していますから」と断られることが多くなった。3・11の巨大災害から100日以上が過ぎ、ボランティアの数も減り、「支援は一段落した」と思い込み始めている人が、企業が増えている。
3・11の巨大災害による死者と行方不明者の数は2万2803人に上る(6月28日、警視庁調べ)。この災害を通じて、私たちは生命の大事さを、それが失われてしまった無念さと悲しみを、これでもかというほど味わってきた。そして将来、再び巨大災害に遭おうとも命だけは失わずに済むためにどうすればよいかの論や提言が続いている。
作業員たちの恐怖、不安
だが、「ちょっと待て」と言いたい。もちろん「先のこと」は大事だが、今も、命を失うかもしれないという不安と恐怖を味わいながら日々を過ごしている人々、そして家族たちがいることを忘れてはいけない。福島第一原子力発電所でその鎮静化の作業を続けている作業員たちだ。
3・11の巨大津波で福島第一原発は計り知れぬダメージを受け、2基の原子炉は水素爆発を起こした。1986年のチェルノブイリ原発事故の時、私はこれで世界の終わりかと震える思いをしたが、福島第一原発のカタストロフィーがもたらした恐怖は、チェルノブイリ原発事故の比ではなかった。
ましてや、原子炉本体がメルトダウンという原発として最悪の事態となった建屋の内外で作業をしなければならない作業員たちの恐怖、不安は想像もできないほど大きいはずだ。なのに、作業にあたる本人たちはおろか、その妻や子どもなど家族の、胸が張り裂けそうな思いはほとんど伝えられていない。
福島第一原発は、現場の必死の努力によって今のところ大破綻は何とか回避しているが、もちん予断を許さない。これは誰も口にしないが、もし同じ震源域で巨大余震が起こり、再び巨大津波が福島第一原発を襲ったらどうなるか。堤防は破壊されたままの丸腰状態であるため、3・11以上の危機に見舞われるだろう。
そんな巨大余震が見舞う可能性はあるのか。
アルスター大学、環境科学研究所の警告
3月19日の夜、科学雑誌『nature』による「nature news」の緊急のメーリングが届いたが、その中の記事の1つを読んで目をむいた。
“More earthquakes expected in Japan”
[日本ではさらなる地震が予測される]
この警告を書いたのは、英国のアルスター大学、環境科学研究所(Environmental Sciences Research Institute)の地球物理学者、ジョン・マクロスキー教授とそのチームだ。マクロスキー教授は、2004年12月26日のスマトラ沖地震・インド洋津波について2005年3月17日の『nature』誌にコンピュータによる解析結果を寄稿。その中で巨大余震が起こる可能性を述べていたが、予測は的中。3月28日にM8.6の地震がスンダ海溝で発生、約1000人が亡くなっているのである(ニアス島沖地震)。
そのマクロスキー教授のチームが、「3月11日の日本の巨大地震は、3月9日に同じ三陸沖で発生した地震(M7.2)の余震の一部だった可能性がある。つまり、本震より余震の方が大きかった。そして近い将来、さらに巨大な余震が起こる可能性がある」と、述べていたのである。
この投稿を読みゾッとした。
予防安全策、動き出さず
もし、3・11よりも小さな地震であっても、もし津波の高さが5mであっても、福島第一原発は手のほどこしようのない破滅を迎えることになる・・・。現場で作業をしている1日に300~700人とされる作業員たちは、いきなり大量の放射線を浴びる危険がある。
いや、再び巨大余震が見舞うことがないとしても、メルトダウンを起こした2基の原子炉の周辺でこれから長い年月にわたって作業を続けねばならない作業員たちが、何らかのアクシデントによって大量の放射線を浴びる可能性はある。
それが、「万が一」であっても、「万が一」の備えをしておくことは、日本のエンジニアリングの現場が築いてきた安全思想のはずだ。
福島第一原発の状況を知った虎ノ門病院の血液科部長、谷口修一さんは、「原発の内外で作業をする方たちが事前に自己幹細胞を採取しておくことで、万が一、大量の放射線を浴びた場合でも命を救える可能性が高くなる」と、その「万が一」の備えを訴えてきた。
私が、東京大学医学研究所や虎ノ門病院を訪ね、この自己幹細胞の事前採取について初めて話を聞いたのは3月末~4月上旬のことだった。紆余曲折はあるものの、その予防安全策が動き始めるだろうと思っていたのだが、いまだにその組織的な措置は行われていないのである。
そもそも、自己幹細胞の事前採取とはどういうものなのか。
そして原発作業員がそれを受けることができないのは、何が、だれが、どんな邪魔をしているからなのか。(次回に続く)
山根 一眞(やまね・かずま)
ノンフィクション作家/獨協大学経済学部特任教授
1947年東京生まれ。獨協大学外国語学部卒。科学技術の現場を伝えた週刊誌連載「メタルカラーの時代」を単行本・文庫本で23冊出版、東京クリエーション大賞受賞。1997年以降、「環業革命」(環境技術による新産業革命)を訴えてきた。阪神・淡路大震災以降、災害・防災もテーマの柱の1つで多くの記事を発表してきた。NHKキャスター(通算7年)、2001北九州博覧祭北九州市館、2005愛知万博愛知県館、国民文化祭2005福井、各総合プロデューサー。JAXA嘱託、福井県文化顧問、日本生態系協会理事、日経地球環境技術賞審査委員、講談社科学出版賞選考委員、北九州マイスター選考委員、計算科学研究機構運営諮問委員などをつとめる。日本文藝家協会会員。『小惑星探査機はやぶさの大冒険』(2010年科学書Best Books1位)のほか『環業革命』『メタルカラー烈伝温暖化クライシス』『賢者のデジタル』など著書多数。山根事務所
経験したことのない巨大災害に見舞われて、人類の歴史とは幾多のカタストロフィーを経験し、それを克服してきた歴史なのだということを筆者は実感している。「頑張ろう!」と励ましあうことは大事だが、どう頑張ればいいのかの道しるべが求められている。今、何が必要とされ、どんな行動をとるのが望ましいのか。それぞれの現場に取材して伝えながら提案していく。また、この大災害を、「豊かな文明」のありようを大きく変える時ととらえ、日本が世界でもっとも力強い国となれることを信じて、そのシナリオを探る。