ある記憶

遥か遠くにいってしまった記憶たち

吉田松陰  「松陰神社」へ行ってきた

2010-01-23 20:24:15 | 
今日は少し足を延ばして世田谷区・若林にある「松陰神社」に行ってきました。
もちろん走ってです。結構遠かったです。
行きはそれほど距離を感じませんでしたが、帰りは多少グロッキーぎみ。
歩いていて足首が痛くなり近くの「鷹番温泉」で養生へ。




吉田松陰を祭る神社があるとは知っていました。
ネットで検索しだいたいの位置を確認し後はその方向へまっしぐら。
三軒茶屋の辺りはよく行きますから土地勘はあります。

世田谷線の「松陰神社前」を目指せばいいんです。
実際は「環状七号線」沿いに走って行ったんですが。



住宅地の中を迷いに迷い、結構近くにいるのですがそこに行けませんでした。
道行く人に尋ねたりしてなんとかかんとか行きつくことに成功しました。

おー!空の青にくっきりとその建物がありました。
「松陰神社」です。
松陰が安政の大獄で獄死後、弟子の高杉晋作、伊藤博文が東京に作った神社です。
山口県の萩にも松陰神社があります。もともと生れ故郷は萩ですから。



神社内に吉田松陰先生が静かに鎮座しておられました。
先生は当年30歳の若さで亡くなったんです。
有名な「松下村塾」を約3年開き、幕末維新の多くの立役者を輩出しました。

前記二人のほかにも山縣有朋、久坂玄瑞なども塾生です。



松下村塾を再現した建物が神社内にありました。
本当に小さな建物で私塾を開いていたんですねぇ…
8畳間と10畳間があるだけの質素な平屋造りです。

  

草莽崛起 = そうもうくっき

「草莽」は『孟子』においては草木の間に潜む隠者を指し、転じて一般大衆を指します。
「崛起」は一斉に立ち上がることを指し、合わせて“在野の人よ、立ち上がれ”を意味します。
尊王攘夷の精神的支柱となった吉田松陰の真骨頂がこの言葉に表れています。



松陰のお墓です。
安政の大獄で処刑された多くの人たちと一緒にありました。


静かに合掌してまいりました。

※ このすぐそばに日露戦争の時に首相であった「桂太郎」のお墓もあり、
  こちらも拝んできました

※ 日本史の生きた学習にもなりましたね。こういう所縁の地を歩くのは楽しい



にほんブログ村 本ブログへ



腹ペコ 久々の〝梅塩ラーメン〟!!

2010-01-23 07:50:46 | 
またまた早く目が覚めてしまい、テレビを見たりCD聞いたりしていると、
案の定、お腹が空いてきました。けど、これといって食材もなく…

な時のために「非常食」、そうインスタントラーメンがありました。
そういやぁ田舎帰って新鮮な梅干しをたんと仕入れてきたはず。


  久しぶりに「梅塩ラーメン」を作ろう!


麺は明星食品の〝評判屋の塩ラーメン〟。これ細麺でなかなかいいです。
実は、ミソ、醤油、塩とそれぞれ3個ずつストックしています。
今日は当然、塩です。


卵と焼のりを添えて約3分で出来上がり!





 旨い・早い・安い


まさに三拍子そろった僕だけの〝梅塩ラーメン〟です。
造るのに3分ですが、食べるのに2分。
とってもあっけなく僕のブレックファーストは終了しました…

もちろん、「うまかった!」です。


親父のついた餅も冷蔵庫にたくさんストックしてあります。
こちらに帰ってから1度も食べてません。
冷蔵庫に入れておかないとお餅はカビが生えてしまいます。

 らーめん+お餅 → 力餅ラーメン

これは断然、醤油味でしょう。
次はこれにチャレンジしてみましょうか。


にほんブログ村 本ブログへ