ある記憶

遥か遠くにいってしまった記憶たち

僕にできること

2008-02-06 22:27:56 | 
人の人生に立ち入るまいと長らく思ってきたが、その禁を解こうと思った。
雑多な人々が集まるのが会社であるから、人の見え方も人それぞれで、善人らしき人も悪人らしき人もいる。
善人らしき人とは一歩踏み込んで、悪人らしき人とはそれなりに、と思った。
これまでは、善悪関係なく、どんな人とも距離感を保ちつつ、それ以上は踏み込まないことにしていた。

踏み込んだとて、所詮、その人のために僕は何をやってあげられるのか。今までそんな付き合いをしてきた人らに結局何にもしてあげられなかったし、無責任な位置にいてもっともらしいことを言っている自分に、嫌気がさした。そんなことならいっそのこと、立ち入らないことだ。そのように思った。

慰め、同情、憐憫、そんな感情を共有することで、人の痛みは和らぐものだろうか。「同情するなら金をくれ」この「名言」はあながち笑い話ばかりでもなかろう。
そんなおせっかいは、かえって迷惑な話かも知れないと思ったし、「偽善」の匂いがするのも妙に鼻についた。結局、何もしてあげられないとわかった。

けれども、今一度と思い始めている。その途端、いろんなものが僕の中にすーっと入り込んできた。人の中にあった呻きや喧騒や苦しみなどが、僕の心をかき乱し始めた。人の内側に立ち入ることの大変さを今更ながら思い知るようだった。

そうした苦悩を、受け止めるくらいなら僕にも出来るかも知れない。
ただし、「空手形」だけは切るまい。出来もしないことは言うまい。それでいい。
何かをしてあげる、などという発想自体が傲慢なのだろう。聞いてあげる、受け止めてあげる、それだけ。
後は、そういう地の声天の声をしっかり胸のうちに秘め、僕の出来ることをやる。
それだけで良いのではないかと思った。

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