明日から11月ですね

2009年10月31日 | Weblog
明日から11月、霜月ですね。
でも、暑くてたまらない陽気です。
今日、本堂の内陣に安置させていただいている日蓮大士御尊像のお綿かけをさせていただきましたが、良かったのかなぁ。
お寺としては、一応、決まっている日にさせてもらわなくてはということです。
どうも、今の時代、季節感もなくなり、温暖化していて変な感じです。
九州福岡の向井御導師より、メールをもらいましたが、そこに「おばけムカゴ」の写真が出ていました。
すごい大きさですね。茶色いのは卵、そして腕時計がおいてあります。
植物界も、人間界も変・・・本当に大変です。
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教化、教化、教化

2009年10月28日 | Weblog
いま、ブログの方はなかなか、更新できないんです。
というのは、あと10日後の11月7日(土)と11月8日が講有上人がお見えになる御会式なのです。
それで、いま、去年と今年あわせて御本尊様を奉安しようという新しいご信者が100人生まれるように教化、教化、教化で忙しくしています。
4月後半から始まった教化誓願の必成口唱会も半年となりました。
もう、ダメかなという時、急にできてきた。
ある高齢の方が7月大けが。もう命が危ない、もう駄目と思いました。
でも、毎日、お助行でご祈願。これも今日で100日。
急に、回復の兆しが出てきました。
経力宗とは門祖日隆聖人が付けられた名前。
でも本当に、御題目の経力はすごい。
以上。
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遠妙寺WEB リニューアルしました

2009年10月20日 | Weblog
このブログも4年を過ぎましたが、それ以前から遠妙寺WEBは立ちあがっていて、その歴史はもう7年か8年になると思います。
このたび、また、リニューアルされました。
遠妙寺のホームページは、コンピュータ関係の仕事をしているご信者やアマチュアのご信者が協力して、無償で作成しています。
月に一回の会議をいまは、していますが、その話し合いをもとにそれぞれが分業して作業し、新しいコーナーを設けたり、更新した記事その他をアップしています。
そのリーダーを務めてくれたのは、いままで雄一さん、安田さん、麻里さん、今は亜理ちゃんです。その他、大勢の方で和気藹々とご奉公してくれています。
このたびは、亜理ちゃんが中心となり、すばらしいデザインの変更ができました。
皆、仕事や家庭で、また、お寺の中で他の分野のご奉公も抱えていますが、その中で苦労しながらご奉公して頂いて、私はありがたく思っています。
今回は、遠妙寺の中興、日玄上人23回御忌が11月8日の高祖会の中でつとめられるのを記念してのリニューアルです。
少しでも、本門佛立宗について、その教えとすばらしいご利益について知ってほしいという気持ちからご奉公頂いています。
どうぞ、このブログと共にかわいがってください。
遠妙寺ホームページ
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久しぶり、筑波山

2009年10月16日 | Weblog
今日は筑波のふもと、筑西市まで行きました。
もちろん、御講です。
席主のアイ子さんは、もう高齢となられましたが元気にされています。
大変、苦労をされて女手一つで立派に長男、次男を育てられました。
長く会社つとめをされ、定年を過ぎてもいっぱいいっぱい勤められました。
長くご信心も継続され、苦しいとき、悲しいとき、辛いときがずいぶんありましたが、御宝前(仏様)に向かって上行所伝の南無妙法蓮華経の御題目をお唱えすると不思議に心が落ち着いたといわれていました。
あるときは、耳が突然聞こえなくなりましたが、これも御題目口唱で乗り越えることができ、完治しました。また、寄る年波で心臓が弱り今はペースメーカーを入れていますが、苦しい手術も克服して落ち着いています。
苦労をしながらご信心を継続して、85歳を過ぎてもまったく、衰えを感じさせない頭の回転の速さには驚かされます。
今日、御講に伺ったところ、ご信者の素子さんがYさんを先日、教化してつれ参詣されました。その教化子のYさんは、障害を持つ息子さんを心配され、何とかご利益を頂いてほしいという一念で入信されました。
今日の御講で、法灯相続、つまり子どもには財産より心のたから・・信心を遺すことが大切ということを説いたところ、素子さんもYさんも息子さんの教化を真剣に考えてくれました。
打てば響くように、御法門(法話)のとおり、子息の信心相続をさせる思いになられ、こんな有難いことはありません。
帰りに筑波山のよく見える道を通って帰りました。
教化はできることだし、筑波山は美しいし、すがすがしいなぁ。
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教務局のご奉公を終えて

2009年10月13日 | Weblog
先週は京都・本山宥清寺において叙任式が行われ、大勢の教務方が晴れて昇進の栄誉を受けられました。
総勢、27名も叙任式に臨まれ、みな、にこにこ満面に笑みをたたえておられました。こんな日に、怖い顔をしている方は、まずありませんが。
私は、これで三年間の教務局長としての任期を満了、無事にご奉公を成就することができ、ありがたく思っています。
全宗門の教務員、いまでは海外で活躍する方、それも現地生まれの方が多くなりましたが、宗務本庁教務局が一元的に統括することができているのは、とても素晴らしいことだと思います。
ただし、今後、外国での佛立宗各寺院が飛躍的に発展しますと、現地での教務教育を考えていかなくてはならないかもしれません
いずれにしても、本年は記録的に大勢の方が昇進された年で、最後にこのような晴れの式典があり、何か私もうれしくなりました。
これまで3年間、何とかやってこられたのは、もちろん、総長、佐藤日凰上人はじめ、総局員、本庁の皆さんのご支援のお蔭です。
 また、実際にご奉公を一所懸命に陰でしていただいてきた教務局の方がおられたからこそ、私も局長としてご奉公できました。亀井日魁師、伊籐日博師、谷川淳浩師、金澤照念師、泉恒健師など、教務局のご奉公ありがとうございました。また、書記の後登さん、ありがとうございました。二ヶ月半だけのおつきあいだった堀江さん、ありがとうございました。堀江さんのご主人、徳丸さん夫妻、それから有能で美しい書記の方々、ありがとうございます。このブログ見てくれてる?
誰かが宗務本庁のご奉公をさせていただきませんと、宗門は機能しません。
大勢の方が、京都宗務本庁でご奉公の経験をつんでいただき、衆知を集め、宗門がより発展するよう望んでいます。
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蔵の財(たから)より身の財

2009年10月06日 | Weblog
日蓮聖人の教え

蔵の財(たから)より身の財すぐれたり。身の財より心の財第一なり。

これは日蓮聖人のお書きもの(御妙判 ごみょうはん)の一節です。
蔵の中に蓄えている金銀財宝よりも、身につけた宝もの・・・すなわち、学問や知識、また、技術や技能などの方が上です。
なぜなら、お金や宝石などは、それらを持っているという満足感はあるかもしれませんが、使えば減って、いつか無くなります。また、守るのに汲々として、かえって金持ちほど汚くなるなどと言われる人もあります。
また、お金持ちが亡くなるとお金をめぐって争いが必ず、起こります。ですから西郷隆盛は「児孫のために美田を買わず」という言葉を残しています。子どものことを真実に愛するなら、手入れをしなくても収穫が沢山あるような、よい田んぼを買わないという意味です。そんな田んぼを与えたら子どもは働かなくなってしまい、苦労することを嫌うようになるに決まっている、だから、あえて美田を買い、遺さないと言っているのです。
また、戦争に負けたり、時代の変化によって、貨幣は価値が下落したり、宝石は盗まれたりします。そして、これらの財産は人徳を増すことにはなりません。
ですから、それより身の財だというのです。
技術や技能を持っていれば、何もなくても、「芸は身を助く」です。知識や知恵、才覚があれば、それが元手となって財産を形成することもできます。
災害に被災した地域にボランティアで大勢の人が訪れることがあります。そんな所で、被災者に喜んでもらうには何か、一芸をもっている、特技があるということです。そういう方は確かにお役に立つことができます。
そして、最後に「身の財より心の財第一なり」です。
どんなに技芸にすぐれ、才能がある人より、心が美しくしっかりしていることが第一だと仰せです。
どれほど、智慧があり知識を持ち、何でもできるような方でも、あるとき、突然、悩み、学校に行くことも働くこともできなくなることがあります。
あるいは、高い能力は持っているけれど、誰からも慕われることなく、また、敬愛されることもなく相談相手もないなどという方もあります。
反対に、多くの財産があるわけでなく、特別な能力も学識も技術もなく平凡に暮らしている方が沢山います。しかし、その人たちは不幸せでしょうか。そんなことはありません。ブータンという国は、経済的には非常に苦しく、大変です。しかし、国民が幸せを感じる指数は高く、満足している方が多いとのことです。
逆に、日本には有財餓鬼と言い、お金も土地もあり、蔵には宝ものが沢山あり、学歴も技術も知識もありながら、飢えた餓鬼のような人が多いのです。
その大事な心を本当の意味で大切に考えていないのは困ります。
日蓮聖人はまた、「心こそ大切」と言われています。
一般には心を後回しにして、反対にお金こそ大事、技術や特技が第一と思っている人がたくさんいます。それは本末転倒、考え方がひっくり返っていることに気がつかなければなりません。
さて、その心が大事なら、どのようにして磨いていくのかが問題になって参ります。
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ウェルカム ミスター Robert Adams

2009年10月05日 | Weblog
9月26日、突然、アメリはテキサス・AustinからRobert Adamsさんがお寺にお参りにきました。
びっくりしましたが、今回はプライベートの旅行で、東京にしばらくいて、それから北海道まで行くといっていました。
その日、夜、教務さんのほとんどと私と家内と10人くらいで和食のお店でウェルカムパーティーをやりました。
アメリカ人のわりには、とてもシャイで恥ずかしがり屋、あまりRovertさんはしゃべりません。でも、お店を出て帰るころには、すっかりなれて、うちとけました。
お母さんのChizukoさんもご信心が強く、亡くなったお父さんのElbertさんも熱心に南無妙法蓮華経と御題目を唱えるご信者でした。
55年前の結婚式も日本で、仏式で結婚式をしました。
Robertさんの兄、Jamesさんも遠妙寺で10年以上前に結婚式をあげました。
遠妙寺には、そのほかにも3軒ほどアメリカにご信者がいます。フランスにもいて、フィリピンにも30人もご信者ができ、遠妙寺もずいぶんglobalになったと思いました。
それはともかく、Robertは北海道に行って、10月2日に帰ってきて、今日、また、いっしょに歓送会にいきました。
焼き肉OK? Yes!
ビビンバも知っていて、テキサスでJamsさんの家で食べたようです。
とにかく、大変、よろこんで、今度はテキサスで会おうと言ってわかれました。
ここで、あえてRobertと書いているのは、テキサスではラベットと呼んでいるので、ロバートと書いてしまうと、ちょと違和感があるからです。
ともかく、ラベットさんがアメリカに帰っても、遠妙寺を忘れないで、将来、自分の家に御宝前をご安置して、お父さんのように、南無妙法蓮華経を唱えてほしいなぁと思いながら再会を約束しました。
元気でね。ラベット。
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すばらしい御会式 妙玉寺にて 

2009年10月04日 | Weblog
本日はさいたま大宮の妙玉寺の御会式にお参りしました。
妙玉寺は現在、川口・照妙寺の植田日事導師が住職代務(代理)のご奉公をされています。来年からは新しいご住職がご奉公される予定だということですが、現在は忙しい中、やりくりしてご奉公なさっています。
以前、渡辺御導師がご住職だったとき、もう15年も前に、一度、御会式の導師をつとめたことがあります。
今回は2回目ですが、とにかく、植田御導師とご信者方がお寺を守ろうとして、一所懸命にご奉公なさっている姿が目に焼き付きました。

植田御導師は、現在、佛立研究所の所長としてご奉公なさっていますが、大変まじめで、行き届いたご奉公をされ、常にご信心のこころを大切にされています。
人に抜きんでて独創性のある方で、すべてにおいてセンスが良く、やることなすこと、ヒットしています。研究所からたびたび、いろいろな企画が出されていますが、植田御導師が企画された教化親子体験談集「われもよろこび、かれもよろこぶ」、あるいは、法灯相続体験談集など大ヒットしました。
恥ずかしながら、私が御法門を拝ませていただきましたが、御法門では開導日扇聖人の御教歌
 是程(これほど)に 御法(みのり)に仕へ(つかえ) 老ひ(おい)ぬれど
  あかぬわかれの 心(ここ)ちこそすれ
を讃題にいただきました。
この御教歌は「いままで、精一杯、御法様にお仕えしてご奉公させていただき高齢となってしまいました。寂光参拝してお別れするにはまだまだ飽きたりない気がいたします。まだまだ、これから。ますます元気でご奉公させていただきたいものだなぁ」という意味でしょう。
 老化と戦いつつご遷化の時までご奉公された開導聖人が、「死ぬまで現役」という心意気とご信心ご奉公に対する愛着を示され、お互いご信者をお励ましになった御教歌です。
 とにかく、ご信心ご奉公させていただいていて、楽しい、うれしいという気持ちがあれば、その方はご信心の要をつかんでいるわけで、きっとお計らいをいただくでしょう。
 今日はお天気は傘マークが毎日、並んでいる中、唯一、晴れの日です。
何か、今日は楽しく、すがすがしく妙玉寺高祖会の御参詣ができ、大変幸せな気分で帰ってきました。
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今日の御指南

2009年10月02日 | Weblog
御法の為には身を労し、心をつくすべし。煩悩の為には、身をつからし心をつかふことなかれ。これ養生の第一なり。其身無病息災ならでは、如説修行も成りがたし。一生をいたづらにすることなかれ。    (扇全14巻60頁)

開導日扇聖人の御指南ですが、この煩悩をどうするかということが難しいですね。
なにしろ、私たちの心の中には、「味の素」じゃないけど、たくさん「煩悩の素」がつまっています。それが何かをキッカケにして、むくむく雲のように、積乱雲のように煩悩がふくらみ、形をつくっていきます。
いっそ、煩悩の起こるまま、煩悩に身をゆだねたいなどと思うこともあるかもしれません。
でも、その後がどうしようもありません。
煩悩がさらに、他の煩悩を生み出し、煩悩のとりことなってしまうでしょう。
今もって、テレビやマスコミは酒井法子さんを追いかけていますが、ああいう事はタレントならなおさらですが、誰にでも起こりえることです。
どこかで聞いたのですが、大麻や麻薬だけでなく、タバコでも一服吸って、ああ気分がいいなどと思った瞬間、一生の間、吸ったことに対して快感を感じる回路が脳の内部にできて消えないそうです。
だから、怖いと思います。
タバコの場合は、違法ではありませんが、20歳頃から私も吸い始め、やめるのに苦労しました。子どもが小さかったとき、マンションの部屋で吸えなくなったので、寒い日に外に出て吸っていました。それで本数が減り、自然にやめることができました。でも、やはり中毒の一種だったというのは事実です。
この御法におであいし、九死に一生を得るというご利益を頂いた私たちは、つまらないことにうつつを抜かさず、御法様が弘まるよう、身を労して・・身体を使い、心を尽くしてご奉公せよと教えていただいている御指南です。
煩悩にこの一生を使ってしまえば、大損。つまらないようでも、地道にまじめにご奉公させていただけば間違いないという事です。
いい年になったらつまらぬ冒険はしないで、決定してご奉公に打ち込むこと。
これを自分に言い聞かせて、皆、ご奉公させてもらえば間違いないんですよね。
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いよいよ十月 実りの季節

2009年10月01日 | Weblog
先日、京都に行ったとき、本山宥清寺にお参りしました。
すっかり大屋根の修復もでき、きれいな瓦が目にしみるようでした。
十月は本山も、10日が叙任式、11日が高祖会で参詣された方はその素晴らしい本堂に入れ、しっかりと御宝前を拝することができるでしょう。
この本山ができたのは昭和初期で、当時は大変な不況の時代でした。当時の講有、第七世、日淳上人は全国教講に呼びかけられ、ご苦労の末、足りない資金をご有志いただきようやく、完成したと聞いています。
今も不況と言われますが、当時の不況の状況とはまったく意味が違います。その頃の不況というのは、食べられるか食べられないかというレベルです。
今は、そんな状態ではありません。しかし、当時のご信者の弘通意欲、また、ご有志をさせていただこうという気持ちに比べられば、はるかに今の方が下回るのではないでしょうか。
ともかく、これから私たちはなお、信心改良して本山を護持させていただき、未来永劫、本山が素晴らしい本山であり続けるよう盛り立てていかなくてはなりません。
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