8月16日(土)、松浦文昌、陽子夫妻についに女の子が誕生しました。
午後6時43分、体重2695グラムで少し、小さめでしたが元気な女の子が産声を上げました。
朝のうち入院しましたが、まだまだ、生まれる気配もなかったのです。夕方、急に産気づいて無事に出産をすることができました。
いまは、核家族が多いらしく、出産に立ち会うのはほとんど、夫で、妊婦の母親には殆ど出番はありませんし、医師も看護師も詳しいことは夫に告げ、すべて夫に相談します。
夫の両親も、妻の両親も、まあ「蚊帳の外」ですね。
私たちに子どもが産まれた時代は、男は産婦人科の中にまで入れるような雰囲気はありませんでしたし、まして、分娩室に入るなど論外だったのです。もっとも分娩室に入りなさいという病院はいまでも、あまり多くないようですが。
出産に立ち会うのは、妻の母親が殆どで、生まれてしばらく経って、忙しい人などは、二、三日、経ってから「人ごとのように」病院に顔を出したものです。
まさに隔世の感あり。
ところで、私は、出産を終えた松浦陽子の父ですから、産まれた子どもの母の父です。世間ではよく、その子どもの祖父というような言い方をするようです。
今のところ、赤ちゃんはすやすや眠るだけですが、いつか口をきくようになったら「おじいちゃん」などと言うのでしょうね。
赤ちゃんが生まれて、うれしい反面、「おじいちゃん」という立場にはなじめないなぁ。
これから、夢をもってご弘通ご奉公させていただこうと思っていた矢先、「おじいちゃん」かぁ。
「これから、青春だ」などと心密かに、自分で自分をだましていたのに、現実は超キビシイ。まっ、いいや。赤ちゃんの可愛さに負けました。「私はおじいちゃんです」ハイ!
ともかく、赤ちゃんが無事に生まれたのは何よりでした。無事に育ってくれることを願うばかりです。
名前は、岡山の松浦家と同じく、赤ちゃんの親が決めるように言ってあります。まだ、お七夜まで日があり、その時までには命名すると思いますが、まだ、決めていないようです。
そこで、私は赤ちゃんの健康と無事養育成長を御法様にご祈願するとき、「松浦家こども、無事養育成長のお願い」と言上しています。ちょっと変だけど、仕方ありませんよね。
午後6時43分、体重2695グラムで少し、小さめでしたが元気な女の子が産声を上げました。
朝のうち入院しましたが、まだまだ、生まれる気配もなかったのです。夕方、急に産気づいて無事に出産をすることができました。
いまは、核家族が多いらしく、出産に立ち会うのはほとんど、夫で、妊婦の母親には殆ど出番はありませんし、医師も看護師も詳しいことは夫に告げ、すべて夫に相談します。
夫の両親も、妻の両親も、まあ「蚊帳の外」ですね。
私たちに子どもが産まれた時代は、男は産婦人科の中にまで入れるような雰囲気はありませんでしたし、まして、分娩室に入るなど論外だったのです。もっとも分娩室に入りなさいという病院はいまでも、あまり多くないようですが。
出産に立ち会うのは、妻の母親が殆どで、生まれてしばらく経って、忙しい人などは、二、三日、経ってから「人ごとのように」病院に顔を出したものです。
まさに隔世の感あり。
ところで、私は、出産を終えた松浦陽子の父ですから、産まれた子どもの母の父です。世間ではよく、その子どもの祖父というような言い方をするようです。
今のところ、赤ちゃんはすやすや眠るだけですが、いつか口をきくようになったら「おじいちゃん」などと言うのでしょうね。
赤ちゃんが生まれて、うれしい反面、「おじいちゃん」という立場にはなじめないなぁ。
これから、夢をもってご弘通ご奉公させていただこうと思っていた矢先、「おじいちゃん」かぁ。
「これから、青春だ」などと心密かに、自分で自分をだましていたのに、現実は超キビシイ。まっ、いいや。赤ちゃんの可愛さに負けました。「私はおじいちゃんです」ハイ!
ともかく、赤ちゃんが無事に生まれたのは何よりでした。無事に育ってくれることを願うばかりです。
名前は、岡山の松浦家と同じく、赤ちゃんの親が決めるように言ってあります。まだ、お七夜まで日があり、その時までには命名すると思いますが、まだ、決めていないようです。
そこで、私は赤ちゃんの健康と無事養育成長を御法様にご祈願するとき、「松浦家こども、無事養育成長のお願い」と言上しています。ちょっと変だけど、仕方ありませんよね。