どっと屋Mの續・鼓腹撃壌

引き続き⋯フリーCG屋のショーモナイ日常(笑)

終戦の日

2022年08月15日 19時10分00秒 | 話題
インタビュー「『戦争だから仕方ない』みんなそう思っていた──サンリオ辻名誉会長が語る軍国主義教育の恐ろしさと、『みんな仲よく』の信念 #戦争の記憶」を読んで、実に感慨深い思いがした。

サンリオ創業者の辻信太郎さんが体験した甲府空襲の記憶...まさしく同日同夜、当時8歳の母も同じ市内にいた。

祖父と共に知人の伝手で疎開していたのだが、昭和20年(1945)7月6日深夜から7日未明にかけて空襲に遭ったのだ。それは「たなばた空襲」とも呼ばれ、甲府市とその付近一帯が100機を超える爆撃機B29編隊による大規模空襲となった。

寝ていた母は叩き起こされ、薄いブラウス程度の着の身着のままな軽装で一旦甲府高等女学校(現・山梨県立甲府西高等学校)の校庭に避難、危険を感じ近くに流れる荒川の河原に退避した。

空一面にガラガラガラ!とまるでガード下で電車が通過するような激しい音が一帯に響き、間近で花火のように空中で散開・落下する焼夷弾の様子を見たそうだ。翌朝母らはは甲府市を出て、さらに山村へ移動したという。

リアカーに荷物とともに載せられた母はこの時の光景も忘れられないものとなった...。

この時、辻さんや母らが生き延びていなければサンリオもキティちゃんも存在しなかったし、このブログを書いている自分もいなかったわけだ。

運命は紙一重だなとも感じたし、なんだか不思議な思いがする終戦の日となった...。