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明日できること今日はせず
人形作家・写真家 石塚公昭の身辺雑記
 

一日  


私の三島由紀夫の最古の記憶はというと、テレビのスタジオで三島と中村メイコが並んでいる。右に三島。モノクロテレビであったが、グレーのスーツを着ているように見えた。ここからは怪しいのだが、二人は遠い親戚だという。そんな話は聞いたことがないから、捏造された記憶であろう。 やり終えてしまった今、三島について書くべきことがない。何しろ制作開始から十年以上思い続けたモチーフである。完成してしまえば、あれだけ三島三島言っていたのに背中を向けて煙草一服の私である。もっとも、この性格のおかげで次に向かえるのだが。 椿説男の死の会場で寒山拾得の図版など眺めていると、背中に妙な気配を感じるが、だから会期が終わるまで、せめて作り始めませんよ。と気配に対し。 つい先日まで、洗濯物を干していても、私と洗濯物の間には三島が挟まって、三島越しに洗濯物を見ている始末で、三島という存在に覆われて生活している状態であった。終わったからといってすぐに作り始めることはできないだろう。本当に終了感が湧いて来るのはもしかすると10月にニューヨークで出版されるという篠山紀信版男の死を初めて目にする時かもしれない。最も、さすがにその頃になると、薄っすらと寒山拾得越しに世の中が見え始めていることであろう。 今回も先日ユーチューブで歌って踊っているのを見たばかりの今拓哉さんと岩崎宏美さん夫妻に来て頂いた。車で犬を連れてきたので、交代で。相変わらず宏美さんは歌声と会話が同じ声である。いつでも被写体になりますよ。こういうのは無理だけど。とゲンセンカン主人の半裸の女を。 2年後にふげん社で個展をということに。帰宅後計算してみたら、初個展から40周年ということになる。まったく誰だよこんな絵図を書いているのは。









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