について、農水省が最近色々決めようとしている方針にあちこちから反発が起きている。農水省は、豚熱を恐れている。豚熱というのは、従来「豚コレラ」と呼ばれていた、ウイルス性感染症で、感染力も強烈だし、致死率も高い。こういう種類の伝染病は他にも色々あって、例えば牛なら「口蹄疫」馬なら「伝染性貧血」鶏なら「ニューカッスル病」等々・・・、で野放しにしたら家畜が全滅してしまう、という危険性があるだけじゃなく、諸外国に肉を輸出することもできなくなる。こういう危険な伝染病をひっくるめて「家畜伝染病」と「家畜伝染病予防法」なる法律で指定しているのだ。で、この疾患が発生した場合、例外なく、発症していない家畜も含めて、同じ場所で飼育されていたら殺処分、という結果になる。
ワクチンでどうにかできるんじゃないでしょうか?という疑問に対しては。ワクチン接種したら最後、感染したかどうかが分からなくなるので、海外輸出が不可能になる、という事なんですね。感染したかどうかは抗体という、体内にできる対抗物質を調べるんだけど、その抗体をつくるためにワクチン接種するわけで、検査では、ワクチン打ってできた抗体なのか、病気にかかって抗体ができたのか、の判別ができない。いい例が韓国での口蹄疫。どうしても撲滅できなくて、結局ワクチン接種せざるを得なくなった。その結果、韓国から牛肉を輸出できる国は、同じように口蹄疫が蔓延してる国だけ、となってしまった。ほぼ輸出が不可能、と言っていい状況ということで、これは、韓国畜産業を相当圧迫していると思う。
豚熱については、ワクチンはある。打ったら最後、輸出不可。ということで、農水省はかなり苦肉の策を編み出している。ワクチン接種する地域を絞り込んで「部分的にはまずいですけど、全体的にはOKです」ということにして、輸出を止められないようにしてるのだ。ワクチン接種せざるを得なくなったのには理由があって、豚と同類の野生イノシシに、豚熱ウイルスが広がってしまった、からなんですね。イノシシがウイルスの運び屋になっちゃって、そのせいで豚に広がるのではないか、という懸念があるわけ。ので、死んだイノシシからウイルスが分離されている府県については、豚へワクチン接種せざるを得ない状況になっている。放牧豚については、感染イノシシとの接触が起きる危険性が高い、という推測に基づいて、やばい地域では放牧しないでください、畜舎飼いにしてください、と言い出してるってこと。
これに対しての反論なんですが、話がおかしな方向に行っていると思うので、それじゃ、まずいでしょ、と思ってね。アタマにきているのは「アニマルライツセンター」とかいう所が「こんな密飼いにしろって農水省は言ってる。可哀そうだ」みたいな論点で(写真なんか出して)わあわあやってること。言っときますが、家畜はペットじゃない。論点に「可愛い」だの「可愛そう」だの混ぜ込むな。出してる写真も、どこで撮ったんだか意味不明。大体、家畜で生計を立ててない人間が勝手なことを言う権限なんぞどこにもない。放牧豚は危ない、という科学的根拠がないとか言ってますけど、そりゃ、お互い様です。放牧豚が安全、という科学的根拠もないでしょうが。なったことがない、というのは単なる「経験」でしてね、単に「運が良かった」で片付く可能性が高いのよ。今までは豚熱ウイルスがその辺に転がってる可能性自体がなかったわけだし。
畜舎飼いの問題点は、飼ってる農家さんが一番分かってるんですが、獣医として考えるに、一旦伝染病が入り込むと、それこそ畜舎内は「3密」だもんで、ウイルス増殖が爆発的になる、その大増殖したウイルスを人間がくっつけて運ぶ。あちこちの畜舎に出入りする業者は色々いますから。で、周囲に広がってしまう。じゃあ放牧豚なら大丈夫かというと、多分そうはいかないでしょう。放牧豚は頑健だから、免疫力が高いから大丈夫、なんてありえない。そもそも免疫が「ない」わけだから。この辺はコロナ感染症でも同じですけど。頑健そうなスポーツ選手もコロコロ感染してたでしょ。まずいのは、放牧されてて伝染病に罹患してばたっと死んじゃったら(まあ、下手すると1晩でお陀仏です)そいつをどうすんの、という話なんです。豚の体重は優に100㎏以上、引っ張ってなんて無理。その場に埋めるの?あと、その放牧場をどうやって消毒するの?発生した場合どうするか、という課題に対して、こうやります、というのが見えてないのがね。豚の場合も放牧場はかなり広いだろうから、豚を追い込んで全頭殺処分にするというのも、動けなくなったりしてると大事になる。大変なのは畜舎飼いでも同じだけど、場所が限定されてる分、まだ作業としてはマシ、ということでしょうか。
放牧のいい点はもちろん多いし、いわゆる「アニマルウエルフェア」にもかなっている(いや、そうとも限らない、という話もあるんですけどね。牛なんかは、放牧した途端に順位決め争いをやって、下位になっちゃうと、へたすりゃ放牧中延々いじめられたりするそうな。鶏の放し飼いだと、他の鶏につつかれて死んじゃう個体もあるとのこと。完璧というのはない。そういういじめられっ子は、むしろ繋飼いの方が安心してられる、ということもある)といわれてますけど、価格は高くなっちゃうし、そうなると前回のカンパチと同じで、こんなことが起きるとあっという間にだぶついちゃって、大赤字になりかねない。
うーん、放牧豚とか、イメージはよさげだけど、じゃあ、それを買い続けましょ、なんて消費者が多いとも思えないんですよ。結局「意識高い系の金持ち」という。今回みたいなことがあると、金持ちも減っちゃうだろうから。アニマルライツセンターに言いたいのは、じゃあ、あんたら継続して農家さんを買い支えできるわけ?ってことね。偉そうなことを言うなら、まず、そこからやんなさい、と。
ああ、殺処分について「可哀そう」とか言わんといてください。この辺は、家畜という動物の特殊性なんだけども、この家畜というのは(動物も植物も)人間に飼われることによって、自分らの種族の繁栄を保つ、という戦略に基づく進化をした生き物なんです。そこが野生動物と決定的に違う。人間に生き死にを全面的に預けちゃう代わりに、安全とか食餌とかの苦労を全くしなくてよくなってるのが、家畜。例えばもし、可哀そうだから肉食うのやめた、とかなるとどうなるかというと、それ用の家畜が絶滅しちゃうということ。今、馬がそうなりかかってますね。ずいぶん長い間、人間の輸送手段として大活躍してくれてたのに、必要なくなっちゃったら、あっという間に数が減ってしまった。競馬をやめたら、サラブレッドなんか、すぐ絶滅じゃないかなあ。殺処分も含めて、人間が全責任を取らなくちゃならないのが、家畜なんだと思う。
ちなみに、最近ペットとして飼われることがある「ミニブタ」ですが、これも豚である以上、飼っている地域に家畜伝染病が発生したら、場合によっては殺処分対象になります。例外はありません。これを覚悟して飼っている方は何人いらっしゃるでしょうね?