~マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団とチェロのヨーヨー・マの共演~

R・シュトラウス:交響詩「ドン・キホーテ」
チェロ:ヨーヨー・マ
ビオラ:ウェン・シャオ・ツェン
指揮:マリス・ヤンソンス
管弦楽:バイエルン放送交響楽団
マスネ:歌劇「ドン・キホーテ」から間奏曲第2番「ドゥルシネア姫の悲しみ」(アンコール)
チェロ:ヨーヨー・マ
指揮:マリス・ヤンソンス
管弦楽:バイエルン放送交響楽団
エリソンド:ラテンアメリカ舞曲から「ブエノスアイレスの秋」(アンコール)
チェロ:ヨーヨー・マ
チェロ:マキシミリアン・ホルヌング
ドボルザーク:交響曲第8番
指揮:マリス・ヤンソンス
管弦楽:バイエルン放送交響楽団
収録:2016年1月29日、ドイツ・ミュンヘン フィルハーモニー
提供:バイエルン放送協会
放送:2016年12月2日(金) 午後7:30~午後9:10
今夜のNHK‐FM「ベストオブクラシック」は、マリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団とチェロのヨーヨー・マの共演である。当代きっての人気者同士の演奏会であることは、聴衆の熱烈な拍手を聴けば十二分に裏付けられる。マリス・ヤンソン(1943年生まれ)は、ラトビア出身の指揮者。父はレニングラード・フィルの名指揮者であったアルヴィド・ヤンソンス(1914年―1984年)。レニングラード音楽院で学んだ後、ウィーン国立音楽アカデミーに留学し、スワロフスキーやエスターライヒャー、カラヤンに師事。1971年「カラヤン国際指揮者コンクール」で第2位、同年レニングラード・フィルを指揮してプロ・デビューを果たす。1973年からレニングラード・フィルの副指揮者を務める。1977年レニングラード・フィルとともに初来日。1979年~2000年オスロ・フィルの首席指揮者を務める。2003年バイエルン放送交響楽団の首席指揮者に就任し、現在に至っている。さらに2004年~2015年ロイヤル・コンセルトヘボウ管弦楽団の常任指揮者も務めた。2006年、2012年、2016年の元日にウィーン・フィルのニューイヤーコンサートの指揮を務めたので日本でもお馴染みの指揮者の一人であろう。要するに、マリス・ヤンソンスは、現役の指揮者の中でも、一際高い人気を保っている指揮者なのである。
バイエルン放送交響楽団は、バイエルン州ミュンヘンを本拠地とするバイエルン放送専属のオーケストラ。設立は第二次世界大戦後の1949年で、初代首席指揮者にはバイエルン出身のオイゲン・ヨッフム(1949年―1960年)。1960年ヨッフムがアムステルダム・コンセルトヘボウ管弦楽団に転出すると、後任にチェコ出身のラファエル・クーベリック(1961年―1978年)が就任。同楽団はこの時代に急成長を遂げ、“ドイツを代表するオーケストラ”の一つに数え上げられる。その後、コリン・デイヴィス(1982年―1992年)、ロリン・マゼール(1993年―2002年)が首席指揮者を務め、2003年からマリス・ヤンソンスが首席指揮者を務めている。ヨーヨー・マ(1955年生まれ)は、中国系アメリカ人の世界的チェリスト。生まれはフランス・パリで7歳の時からアメリカ・ニューヨークに住んでいる。1976年ハーバード大学を卒業後、ジュリアード音楽院でレナード・ローズに師事。1982年バッハ:無伴奏チェロ組曲を録音するなど世界的に名声を確立する。2009年オバマ大統領就任式典において演奏したことでも分かる通り、現在、アメリカを代表するチェリストとして活躍。自宅沿いの道路には「ヨーヨー・マ・ストリート」と名付けられているというほど。2010年には世界的チェロ奏者としてオバマ大統領より「大統領自由勲章」を授与されている。
最初の曲は、R・シュトラウス:交響詩「ドン・キホーテ」。この曲は、副題として「大管弦楽のための騎士的な性格の主題による幻想的変奏曲」が付けられており、セルバンテスの小説「ドン・キホーテ」に基づいて書かれた作品。独奏チェロと独奏ヴィオラが活躍することでも知られ、それぞれ主人公のドン・キホーテと従者のサンチョ・パンサの役を担っている。R・シュトラウスによって書かれた7曲の交響詩のうち、6番目の作品として1897年12月に完成。全体は、序奏、主題、第1変奏~第10変奏、終曲からなっている。「序奏」は、ラ・マンチャの村に住む男が騎士道の本を読んで妄想にふけり、自分が騎士ドン・キホーテであると思い込んでいく様子を表す。次の「主題」は、 ドン・キホーテが従者サンチョ・パンサを引き連れ、冒険に出る様子が描かれ、ドン・キホーテの主題が独奏チェロ、サンチョ・パンサの主題が独奏ヴィオラで奏される。続く10の「変奏曲」では、数々の冒険物語が展開され、最後の「終曲」では、ドン・キホーテが故郷の村で静かに自分の生涯を回想して、チェロによって彼の死が奏される。この曲でのマリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団の演奏は、明快で、誰が聴いても分かりやすく、ユーモアたっぷりに演奏を進める。管弦楽が色彩感たっぷりに表現され、リスナーはオーケストラの音色の鮮やかさに思わず引き込まれてしまう。この辺の感覚はドイツのオーケストラというよりは、何かアメリカのオーケストラのそれに近いようだ。マリス・ヤンソンスの人気の秘密の一端を見たようにも感じた。
次の曲は、ドボルザーク:交響曲第8番。この交響曲第8番は、ドボルザークにとって第9番「新世界より」と同様に重要な作品。第9番「新世界より」は、アメリカ滞在中にアメリカの音楽から影響を受けて書かれた交響曲であるのに対し、交響曲第8番は、チェコの作曲家としてボヘミアの明るい田園風景を思わせるような作品に仕上がっており、第9番「新世界より」や第7番と共にドボルザークの人気の交響曲だ。全体は4つの楽章からなり、1889年8月~11月にボヘミアで作曲された。この曲でのマリス・ヤンソンス指揮バイエルン放送交響楽団は、全体としてはゆっくりとしたテンポで奏でられ、実にコクのある味わい深い演奏内容を聴かせる。畳み掛けるような迫力の演奏を聴かせたかと思うと、田園風景が目の前に広がっているようなロマンが匂い立つような優雅さも持ち合わせているのである。分厚いオーケストラの響きが聴いていて心底心地良い。地に足がしっかりと付いている演奏内容であり、スケールの大きいドボルザーク:交響曲第8番を久しぶりに聴くことができた。マリス・ヤンソンスは、曲の真髄を分かりやすく表現することにかけては、当代随一の指揮者と言えるのではないか。聴衆の熱狂ぶりがこのことを裏書していた。マリス・ヤンソンスにはカラヤンの残像が垣間見れる。(蔵 志津久)