シューベルト:交響曲第8番「未完成」
ベートーベン:交響曲第2番
指揮:エーリッヒ・クライバー
管弦楽:ベルリンフィルハーモニー管弦楽団(シューベルト)
ベルギー国立管弦楽団(ベートーベン)
CD:独TELDEC CLASSICS INTERNATIONAL 9031-76436-2
名指揮者エーリッヒ・クライバー(1890年ー1956年)のこのCDは、シューベルトの交響曲第8番「未完成」が1935年1月28日、ベートーベンの交響曲第2番が1938年1月31日と、今から70年以上前の録音にもかかわらず、いずれの音も豊穣で現在でも十分に鑑賞に耐えうるのには驚きだ。さすがに現在の録音のように、オーケストラの楽器の一つ一つ聴き分けられることはできないものの、オーケストラの全体の響きに訴える力があり、音にも安定感がある。オーケストラの場合は特に、楽器一つ一つの響きより、全体が醸し出す音の方が大切なので、このCDは今でも現役盤で十分に通用するといってもいいほどだ。
そして、肝心の演奏の方も、指揮者のエーリッヒ・クライバーは、これら2曲の代表的名盤の一つといってもおかしくないほどの名指揮ぶりを、我々に披露してくれる。シューベルトの「未完成」は、誠に粋で曲全体が息づいているとでも言ったらよいだろうか。“小股の切れ上がったいい女”という表現があるが、クライバーの「未完成」は正にそんな感じがするのだ。決してべたべたしない、軽快であるがただ軽いのではない、優美さを兼ね備えた軽さなのだから、その魅力に触れるともう一度聴きかえしたくなる。
ベートーベンの交響曲第2番も名演で、実に恰幅のいいベートーベン像を聴かせてくれる。通常、ベートーベンの交響曲1番と2番は、颯爽と一気に演奏してしまうのが常なのだが、エーリッヒ・クライバーのベートーベンの2番は、あたかもそれ以後の交響曲のように実に堂々としており、「これが2番なの?」と思うほど深い奥行きが感じられる曲に仕上がっている。
ところで、エーリッヒ・クライバーは、04年に突如他界してしまった指揮者のカルロス・クライバーのお父さんである。なので今クライバーというと息子のカルロスの方を思い出す方の方が多いであろう。父親のエーリッヒは、実に苦難の音楽家人生を歩んだ指揮者であった。ウィーン出身でプラハ大学で歴史と哲学を学ぶ。プラハ音楽院で指揮法を学び1911年に指揮者デビューを果たし、1923年にはベルリン国立歌劇場の音楽監督に就任した。しかし、ナチの台頭で1935年アルゼンチンに移住を余儀なくされる。戦後は1954年ベルリン歌劇場の音楽監督に就任したが、東ドイツ政府と意見が対立し直ぐに辞任するなど、常に政治の嵐に翻弄され続けてきた。
今、エーリッヒ・クライバーのCDがたやすく手に入るのかどうか私は知らないが、音質云々を言う前にエーリッヒ・クライバーの残した録音のCDをシリーズとして残すことは現代人の責務でないかとすら感じてしまう。広く名前が知られる指揮者のCDは常に再発売され続けるが、そうでないと無視されるようでは、録音文化の底の浅さが知れようというものだ。(蔵 志津久)