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●クラシック音楽●NHK-FM「ベストオブクラシック」レビュー~”マイスキー・ファミリー”による室内楽コンサート~

2024-04-30 09:37:59 | NHK‐FM「ベストオブクラシック」レビュー



<NHK-FM「ベストオブクラシック」レビュー>



~”マイスキー・ファミリー”による室内楽コンサート~



①バッハ:ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ 第3番 ト短調 BWV1029

  チェロ:ミーシャ・マイスキー
  ピアノ:マキシミリアン・マイスキー

②ブリテン:チェロ・ソナタ ハ長調 作品65

  チェロ:ミーシャ・マイスキー
  ピアノ:リリー・マイスキー

③シューベルト:ピアノ三重奏曲 変ホ長調 D.897「ノットゥルノ」

  ヴァイオリン:サーシャ・マイスキー
  チェロ:ミーシャ・マイスキー
  ピアノ:リリー・マイスキー

④ブラームス:ピアノ三重奏曲第3番 ハ短調 作品101

  ヴァイオリン:サーシャ・マイスキー
  チェロ:ミーシャ・マイスキー
  ピアノ:リリー・マイスキー

⑤シューベルト:きみはわがいこい D.776」(アンコール)

  ヴァイオリン:サーシャ・マイスキー
  チェロ:ミーシャ・マイスキー
  ピアノ:リリー・マイスキー

収録:2023年7月6日、ドイツ、ハーゼルドルフ、リンダーシュタール

放送:2024年4月8日 午後7:30~午後9:10


 今夜のNHK-FM「ベストオブクラシック」は、”家族で紡ぐ音”というシリーズの中の「マイスキー・ファミリー」。ミーシャ・マイスキーには、6人の子供がいるが、今夜は父を中心に、ピアノ:マキシミリアン・マイスキー(次男)、ピアノ:リリー・マイスキー(長女)、ヴァイオリン:サーシャ・マイスキー(長男)による、①バッハ:ヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ第3番、②ブリテン:チェロ・ソナタ、③シューベルト:ピアノ三重奏曲「ノットゥルノ」、④ブラームス:ピアノ三重奏曲第3番のドイツ、ハーゼルドルフでの演奏会の模様を収録した放送である。

 チェロ:ミーシャ・マイスキー(1948年生まれ)は、ラトビア出身。レニングラード音楽院付属音楽学校に入学し、1965年(17歳)で「全ソビエト連邦音楽コンクール」優勝。1966年「チャイコフスキー国際コンクール」6位入賞。 しかし、姉がイスラエルに亡命したことが原因で、マイスキーは、旧ソ連政府から1年半強制労働収容所の送られることになる。これがもとで、マイスキーは亡命し、イスラエルに移住する。1973年には、カサド音楽コンクールで優勝。また、米国のカーネギーホールなのでリサイタルを開催するなど知名度が高まる。そして現在では、世界を代表するチェリストの一人として高い評価を得ている。マルタ・アルゲリッチなどとの共演で有名だが、最近では娘のリリー・マイスキーとの共演も多い。しばしば来日し、日本においてもファンが多い。


 バッハのヴィオラ・ダ・ガンバ・ソナタ第3番ト短調BWV1029は、バッハの最後のソナタの1つであり、ヴィオラ・ダ・ガンバとチェンバロのための作品。この曲は、ヴィオラ・ダ・ガンバ奏者のために書かれたものとしては珍しく、その美しい旋律、複雑な対位法、そして感情的な深みによって広く愛されている。第3番のソナタは、バッハが1720年代にコレギウム・ムジクムで演奏するために作曲された一連の室内楽曲の中の1つで、全部で4つの楽章からなる。

 今夜の演奏は、華やかさの中にバッハ特有の荘厳さを秘めたチェロの音色がリスナーの心を奪う。ミーシャ・マイスキーのチェロ演奏は、一層の円熟味をを増したものに進化を遂げているようだ。単なる懐古趣味に溺れず、現代の感覚にピタリと合わせた演奏内容には、頭が下がる思いがする。次男のマキシミリアン・マイスキーのピアノ演奏は、明解そのものので、明るいピアノの響きが強く印象に残った。


 ブリテン:チェロ・ソナタ ハ長調 作品65は、1960年の9月にブリテンがロストロポーヴィチと出会った後、同年の12月に作曲を開始し、翌年の1961年の1月に完成した。初演は、1961年ロストロポーヴィチが再び来英した際の7月、ピアノはブリテンが担当してオールドバラ音楽祭で初演された。曲は、第1楽章 ディアロゴ、第2楽章 スケルツォ-ピツィカート、第3楽章 エレジア、第4楽章 マルチア、第5楽章 無窮動からなる。

 今夜の演奏は、チェロのミーシャ・マイスキーとピアノのリリー・マイスキー(長女)の、ある時はぶつかり合い、ある時は親しく話し合うような演奏が繰り返し現れ、緊張感ある空間を巧みに醸し出して、見事な仕上がりを見せていた。深みのある表現力は、二人の演奏技術がすぐれている証。ブリテンはこの曲において、2つの楽器の持つ可能性を最大限に引き出したかったのではなかろうか。それにしてもミーシャ・マイスキーの衰えを知らないエネルギッシュな演奏力には思わず脱帽。


 シューベルト:ピアノ三重奏曲 変ホ長調 D.897「ノットゥルノ」は、1827年に作曲された。「ノットゥルノ」という愛称でよく知られた曲。この作品は、シューベルトの最晩年にあたる時期に書かれたため、彼の内省的で感傷的な雰囲気が強く反映されている。「ノットゥルノ」という愛称は、第2楽章のアンダンテ・ウン・ポコに由来する。この楽章は、静かで美しい旋律が特徴であり、夜の静けさと情緒的な深さを表現している。

 今夜の演奏は、ここでヴァイオリニストのサーシャ・マイスキー(長男)が加わる。ブリテンのチェロ・ソナタの演奏の時とは、がらりと雰囲気を変え、このピアノ三重奏曲を、優雅に、ロマンあふれる演奏に終始して理屈抜きで楽しめた。三人の意気がピタリと合い、何とも心地が良い。親子だから当たり前と言えばそれまでだが、逆に親子だから難しい面もあろう。いずれにせよ、”マイスキー・ファミリー”の暖かさが滲み出た演奏ではあった。


 ブラームス:ピアノ三重奏曲第3番 ハ短調 作品101は、1886年夏、避暑先であったスイスのトゥーン湖畔において書かれた。この曲は、ブラームスの創作の後期に属する作品で、饒舌を控えた書法の中から叙情が感じられ、作曲意欲が衰えていなかったことを窺うことができる。初演は1886年12月20日にブダペストにおいてブラームス自らが参加して行われた。全部で4つの楽章から構成されている。

 今夜の演奏は、ヴァイオリン:サーシャ・マイスキー(長男)、チェロ:ミーシャ・マイスキー(父)、ピアノ:リリー・マイスキー(長女)と、シューベルト:ピアノ三重奏曲「ノットゥルノ」と同じメンバーによるもの。演奏内容は、ブラームスの曲らしく重厚で、しかもしっかりとした構成美に貫かれており、単なるファミリーによる演奏会の範疇をはるかに超えるものとなった。三人がそれぞれの持ち味を明確に、そして力強く発揮し、全体としてはそれらが一つにまとまり、リスナーをブラームスの室内楽の世界へとスムーズに誘ってくれる、とても親しみの持てる演奏内容が光っていた。
(蔵 志津久)
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