MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラル・スリー 第十四章-3

2014-04-08 | オリジナル小説

鴉はスパイである事を認め、アギュは強がる

 

その2人を違う次元から見つめているのは鴉である。

ふいにアギュが現れた。

「どうした?四大テンシにホウコクに行かないのか?」

「アギュ・・・知ってたんですか?」

「このホシのヤツラのやるようなことなど。」

その嘲るような口調に鴉は少し違和感を覚える。

「アギュ・・・あなたは今日は感じが違う。」

「違いも出るさ、アイツらこのホシをやっかいごとに巻き込むテダスケをしようとしているんだからな。」そうじゃれるように言うと鴉を見た。

「退屈なテンシ達もイマに寝ているバアイじゃなくなるって、伝えて来るがいい。マゾクとテンシ、果たしてどっちがどっちのミカタに付くのかな?」

「それは・・・」鴉は翼を広げて身を引く。「それは、この世界にとってプラスになる方に決まっているではありませんか?」

「マイナスなニンゲンをさんざんのさばらしておいてか?」

鴉は逃げるようにその次元から羽ばたき去った。

「さて。」とアギュが言う。

「イリト・ヴェガは間違っているな。」

「そうでしょうか?」

「オレが死ぬまでユウリのホシを守ると思い込んでいるが・・・オレがこのホシを見捨てることはジュウブンにあるんだ。」

「何を言ってるんですか。」

カプートこと418は異議を唱えた。記憶を共有して久しい。

「そのセリフ、ユウリの前で言えるんですか?」

「フン、オレだってあまり無責任なキタイを押し付けられつづければな、気が変わるってこともトウゼンあるってことさ。」

しかし、アギュの胸の奥で鼓動する神代ユウリの魂。

その上に当てた手を握りしめている。

「ホントウにユウリが帰ってくるのならな・・・だが」

418よりもアギュはユウリと長く過ごした分、それだけユウリのことは彼よりも知っていると思っている。そのことはアギュの誇りだ。

『アギュ、あたしの故郷の星を守って。』そんなことをユウリは言うだろうか。

言わない気がする。

ユウリが死んだ時よりもアギュは随分、背がのびた。

そのアギュを見たらユウリはなんて言うだろう。

『もう、あたしの手が届かないよ。』

ユウリはそう言ってアギュの頭に手を伸ばすだろう。

つま先だってよろめくのも構わず。

その時、ふいにユウリの声がアギュの中に再生され再構築されて甦った。

『アギュは充分、苦しんだんだもの。』

そうだ。ユウリはそう言って笑うだろう。

『もう、好きに生きてもいいの。』

ただ、自分の故郷を思ってお日様のような笑顔は少しだけ曇るだろう。

それを考えただけでアギュのもう形がなくなっている心臓がどこかでキュッと痛んだ。

「・・・もしも滅びるウンメイにあるのならそれを防ぐコトはフカノウだ。」

お日様のユウリの面影。418も見たのであろうか。静かに提案した。

「・・・ミキワメルまで待ちましょうよ。ニゲルことはいつだってできるんですから。」

「たしかに。」アギュもゆっくりとうなづく。

「少なくともイリト・ヴェガはあのフタリを取り逃がしたことのセキニンはジブンで取りましたからね・・・知ってますか?彼女、デラやシドラ達が巻き込まれることを心配してくれたんですよ・・・ニュートロンにしては、珍しい。」

「フン、オマエこそ勘違いしてるんだ。イリトはマモノを守っただけさ。」

アギュはせせら笑った。

「デモンバルグには手が出せないからな。アイツはレンポウが探している祖の人類の乗って来た『フネ』のショザイを握っている・・・そうでなかったら、オレ達にヤツをムリヤリ連れて来いと命令したところだろうよ。」

実はアギュの言ったことも418が言ったことも両方とも真実だった。

アギュは再び、目の前に広がる世界を見る。

今、ここにアギュがいることはドラコすら気付いていない。

アギュの本体はまだ神月にある。

わずかな短期間に自分は更に進化したとアギュは感じている。

 

眼下には岩田譲と本田美花が並んでホットドックを食べている。

猿山の猿達のほとんどは寝ているか、食べている2人を見つめている。

 

この世界を守りたいのかどうか、アギュにはまだ自信がなかった。

「そもそも、それはオレの仕事か?」

臨海進化体は苦く笑った。


スパイラル・スリー 第十四章-2

2014-04-08 | オリジナル小説

 何も知らぬ兄は妹の悩みを一蹴りする

 

譲はカピバラを眺めていた。ようやく春めいて来た日だまりで目を閉じているもの。

野菜の切れ端をモグモグしているもの。

夢で宇宙のお姉さんから何かをもらって以来、譲はすごく頭がはっきりしている。不思議な事だった。前後不覚にぐるぐると悩んでいた自分が嘘のようだ。何を聞いてもあまり動揺しなくなったという自覚がある。

夜もよく眠れる。泣く事ももうない。

昨夜、妹の香奈恵から電話があった。神月に戻っていた間はあまり話せなかったのだが。大学の入学式が終わったら、ぜひ相談したいことがあるのだという。

譲はその場の電話で聞いても構わなかったのだが、香奈恵の方が『融兄ぃは大変だったみたいだし・・』と差し控えた。相談のだいたいの予想はついている。

精神状態が最低だったとはいえ、東京に帰れるようになった頃には色々とわかってくることもあるのだ。おそらく、母寿美恵の再婚の話ではないだろうかと譲は察しをつけた。譲が神月に連れて来られる前に、色々あったらしいのだ。

なんでも基成御殿が炎上する朝、譲が小学生の頃に母にプレゼントした玩具のネックレスが切れたのが始まりとか。(それを今も大事に持っていてくれたということは譲にとっては気恥ずかしい喜びだった)その日、綾子おばさんと新宿に行った母は勿論、充出版がすぐ近くであることは知っていた。寿美恵は最初から連絡するつもりはなかったというのだが、綾子おばさんがこっそり電話を入れてしまったらしい。勿論、基成勇二の霊視事件でかけずり回っていた譲は社にいなかった。やっぱりということで少し肩を落として帰って来た2人だが、その翌日に警察が来たのである。その時の寿美恵は一見、取り乱したようには見えなかったというのだが。

その日はユリの家に渡が泊まりに行くことになっていた。しかし、ユリの父親が急用で夜に家を空けることになってしまう。運の悪い事に社員も出払っていて、神月を子供だけで過ごさせるわけにいかないからと阿牛さんから相談されたのだと。綾子おばさんの話では、寿美恵は自分からいそいそと保護者をかって出た。おそらく、帰宅した兄達に警察や息子のことを聞かれるのを避けたいのだろうと思った綾子はそのまま神月に行く寿美恵を見送った。

しかし、翌日渡が竹本に帰って来た時。なぜか寿美恵に男が付き添って帰って来た。そのことがちょっとしたスキャンダルというか、小さい村で模擬をかもしているのだということはなんとなく譲にもわかっていた。

つまり、その男が母親のお付き合いしている男というわけなのだ。

思ったよりも見かけがよく、母よりも一回り歳下であることが気がかりといえばそうなるが・・・。

あの夜、冷静そうに見えた寿美恵であったが、やはり内心は激しく動揺していたらしい。母が電話したのか、その男と仲がいいと言う渡が気を利かして電話したのかは聞き漏らしてしまったが、男がすぐに東京から駆けつけて来たということなのだ。母を案じてわざわざ来てくれたということは、皆が危ぶむほど悪い人間ではないような気が譲にはしている。

ルポライターという職種が自分に近いということもあるが。

彼とはまだ数回しか話は交わしていない・・・もし、母親が再婚したいというのであれば自分は反対はしない覚悟はもうできていた。

こういう変化を静かに受け入れる気持ちになったことが今回の経験の賜物なのだろうか。受け止めがたい超現実に較べれば、現実の出来事などほのぼのと心がなごむものと思う。きっと・・・妹は以前の自分のように受け入れる覚悟がなかなかつかないのだろう、そう譲は考えていた。

 

 

  譲と美花は猿山を眺める

 

「待った?」

本田美花がニコニコと側に立っていた。手に売店のコーヒーカップを持っている。

「はい、これ。おごりね、お待たせ代。」

「ああ・・・どうも。」

譲は時も忘れてボオッと目の前の動物を見ていただけだったので恐縮した。

「元気だしてよ。あっちに猿山とかあるよ。」

「うん。」

引っ張られて譲は歩き出す。あれ以来、本田美花とよく会っている。

充出版での再会ではツンツンしていた美花であったが、おおまかな話を飲み込んで来てからは事態に興味津々になったらしい。さすが超常現象好きの女である。

日曜日、今日も美花に誘われて井の頭公園に併設する自然園にいる。

大手葬儀社に勤める美花はこの間のように黒の上下スーツでいることが多いのだが、今日は春らしい萌葱色と黄色のカジュアルなジャケットを羽織っている。短めのスカートから覗く膝が眩しい。

「それにしても、カピバラの前で10時とかって昔から本田さんておおまかだよね。」

「そういうことを言うようになったとは・・・」

先を行く美花がくるっと振り向く。「君もかなり元気になったみたいね。」

「そだね。」

基成先生の言うお姉さんに2回、会ったという話は既に美花にはしている。

「たぶん『宇宙のお姉さん』のおかげなんだ。」

「それって基成先生の守護霊だよね。」

「さぁ、守護霊っていうか・・・宇宙に実在するほんとの姉?、なのかな???」

「ふうん。私も会ってみたいなぁ。」美花は本当にうらやましそうだ。

「実在するのなら、本物の地球外宇宙人なわけじゃない。」

「なぁ、宇宙人と幽霊が同じだって言っていたのは・・・生形・・くんなのかな?」

「ああ、何度か聞いたわね。同じ現実の外から干渉して来るっていう話でしょ。」

「じゃあ・・・UFOを花火で打ったって話は?」譲は説明する。

「ああ、それも生形君自身の武勇伝よ。彼には兄はいないけど。・・・彼がこういうことが好きになったきっかけだってよく聞いたわ。」

「そうか・・・大学時代の記憶はほとんどそっちの記憶か。その後の出版社に入ってからのものが・・純粋にキライとの思い出なんだな。」

大学時代から鬼来光司宅に出入りしていた記憶は作られたものだろう。しかし、再会してから遊びに行った記憶はおそらく本物。2人で徹夜したり、取材旅行に行ったり、プラーベートでお互いの家で飲んだり出かけたりしたことはすべて純粋に鬼来雅己との経験ということになる。すべてが偽りだったとは思いたくなかった。

普通の暮らしがしたかったと言った雅己。始めて友達ができたと言った雅己。

譲もとても楽しかった。

「だんだんわかってきたよ。どっちがどっちの記憶なのか。」

「私・・・その鬼来くんって人も会ってみたかったな。」美花もつぶやいている。

「雅己くんから生形君の記憶を奪ったひどい人だってことはわかっているんだけどね。生形君が死んだ時はショックだったけれど・・・時間が経って心の整理はもう付いていたからかな。その宇宙人の末裔にも会ってみたい。」

自分が羨むほど仲が良かった岩田譲が生形の死を無視したことにわけもなく腹がたったのはもう過ぎた記憶だった。

本田美花は譲が気が付きかけている生形殺害の可能性をまったく考えてもいない。何かしら考えも及ばない宇宙人の科学力によって譲の記憶が奪われたとだけ思っていた。美花の鬼来村を巡る一連の思考は健全で夢に満ちている。

「なぁ、生形ってどんなヤツだったんだ?できるなら、俺も生形にもう一度、会ってみたい。」

「生形くんはねぇ、」美花は少し思い出し笑いをする。「話に聞く鬼来雅己くんとはだいぶ違うよ。もうちょっとバカで賑やかで・・・そうねぇ、変態っぽいかも。」

「変態?」

「例えば、女の子とエッチする時。女の子に目隠ししたり、手を縛ったりして相手が怖がるのを見るのが好きとかさ。」

「な、なんで、その情報?!」譲は絶句する。

「あら、だって。その雅己とかいう人が絶対しなさそうで、譲くんが絶対に知るはずのない生形くんの人となりをお知らせしただけですけど。」

美花はしらっと舌を出す。「どう?生形くんのイメージがおわかりいただけたかな?」「かなって・・・」

「私、生形くんを思い出すっていうか、取り戻す為の手伝いならいくらでもするからね。」

美花を正視する事が出来なくなり、譲は猿達を見下ろした。

そうかぁ、振られるはずだよなぁ・・・俺のSEXなんていたって普通・・・そりゃ、クソ面白くもないだろうし。

「あのねぇ!それで譲くんを振ったわけじゃないからね!」

心を読まれたのかと驚く。見れば今度は美花の方が顔を反らして猿山を見ている。頬が真っ赤だ。「ほんとに男なんて、考えてることがお見通しなんだから・・・!」

「いや、そんなことは・・・あの、思ってないから。いや・・・ごめん。」

しばし、気まずい沈黙が2人を包み込んだ。

手の中のコーヒーを飲み干して、美花がおもむろに手摺に体を伸ばし話を変える。

「それにしてもさ、宇宙人の末裔だなんてすごい話なんだよ。生形君こそ大喜びしただろうに残念だわ。記憶ジャックされても、彼なら喜んだと思う。皮肉だよね。」

間に産まれた気まずさを振り切るように頭を振った。

「なんで俺の・・・生形との大学時代の思い出を盗んだろう?。」

歌舞伎町で再会した夜、譲は雅己と飲み明かした。確か、雅己のマンションに泊まったはずだ。

しかし、それは実際は俺のマンションだったわけで・・・。

「たぶん、東京にも基地が欲しかったのかも。」美花が興奮を押し隠して言う。

「基地?」

「そうよ、秘密基地。あの中野のマンションよ。あそこを狙っていたとかね。」

マンションに泊まりに来ていたのは『兄貴』だと先生は言っていた。

「まさか、なんであの場所?もっといい場所、あるんじゃないか。」

譲は自分だけの予感で雅己は既に死んでいると思い始めていた。

片付けられた部屋・・・もう自分が帰らないことを知っていたんだ。

「じゃあ、実は君に特殊能力があったとかさ。なんかランダムに選び出された興味深い対象とかいうのは、どうかしら?たまたま、なんか興味を引くことをしていたんじゃないかな、きっと大学時代のサークル活動でさ。最初に目をつけられたのは生形君かもしれないし・・・いかにもわざわざ地雷、踏むタイプだもの。それで彼は狙われ、彼に何かあったら真っ先に疑いを持って調査を始めそうな君が目をつけられたの。伊達に超常現象の本を作ってないし、彼等から見たらいかにも要注意人物でしょが!どう?これ。」

美花は鞄の中をかき回す間もずっと喋っている。大学時代にはこんなに話す女じゃなかったんだけどな、と譲は思う。他人のお葬式を仕切って真面目くさっているから、ストレスがたまるんだとはこの間、聞いたな。

美花はお財布を探し出すとニッと笑う。

「おそらく、岩田譲君はずっと観察されていたというわけよ。」

そして今、俺達は猿山を観察している、と譲は思った。

 

 

 美花は死神と女を見るが何も気が付かない

 

お腹が空いた、ねぇ空かない?いらないの?

いいじゃん、奢ったげるから一緒に食べない?

そう言って探し出した財布を持って美花は売店に走る。

譲には言えない想いが美花にはある。『そうなのよね。』美花は述懐する。

『生形くんは何事も真面目に捉えない人だったのよ。SEXもそうだけど・・・彼にとって一番大事なのは自分の趣味であって、私ではなかったの。それだけ。』

それを痛感したから別れた。

『彼といると本当に楽しかった。だけど、楽しいことだけじゃ・・・やがてダメになるのは目に見えていたし。』

それでも生形義宏の企画力やリーダーシップは確かに魅力的だった。

しかしそれを実際にそれを形にしていたのは岩田譲の力であることにある時点で美花は気が付いてしまった。必要な人材を呼集したりグループの間を取り持ったり、旅館を予約しチケットを発注し、会費を集め全員が満足するように裏方に徹する。そういう地道なものは生形の手に余ることだったのだ。彼の思いつく魅了的な企画は岩田譲抜きでは到底、形にならない。地味なのに腐らず、情熱を持って我慢強く嬉々としてこなす彼に次第に惹かれていった。岩田譲が自分を好意的に見ていることは生形と付き合う前からずっとわかっている。ただ、タイミングが悪かったのだ。

岩田譲は美花にとって所詮ダミーに過ぎないと思っていた節があり、それにあきらめを持って自ら甘んじてしまった。

生形の一番の親友である自分といれば、必然的に不自然でない形で常に一緒に居れるからだろうと。そう思ったが、彼はそれを受け入れた。持ち前の我慢強さで、恨み言も文句も言わず。

最初から長く続く関係ではないと相手が割り切っていることに、美花は気が付いて当然腹を立てる。卑屈な譲へ苛立つ。

若かった美花にはその誤解をうまく解く方法が見付けられなかった。

仕舞いには意固地になり面倒くさくなり疲れてしまった。デートも間遠くなる。

別れの際に意地悪な一言を言った自分は今でも許せない。

キチンと話し合いもしないくせに、なんで気付いてくれないのよ、なんて・・・あれは完全なる八つ当たりだ。

彼を傷付け、自分も傷つけた。

だから、生形義宏の死と共にこれ幸いと岩田譲を切り捨てたのだ。

それが当時の怒りの正体。

『岩田くんには、ひどいことをしたんだよね、私。』

その埋め合わせを、自分はしているのかもしれない。

いそいそとスカートなんか履いてさ、笑っちゃう。

 

 

売店の前で黒いコートを着た女性と肩がぶつかった。

「すいません!」そう言って反射的に相手が落とした本を拾おうと手を伸ばす。

「あれ?」声が出たのはそれが充出版の『月刊怪奇奇談』だったからだ。

「ありがとう。」まだ若い女性だった。自分と同じぐらいかしら。睫毛が長い。

「あの、この本、好きなんですか。」思わず話しかけていた。

「私も愛読者なんです。」

黒いレースの上品な手袋で相手は受け取る。

「ええ、私も・・内容が面白いから。」

声は低く小さい。化粧もほとんどしてないが、すごく奇麗な肌だ。

洒落た靴を履いているとも心に止める。

うらやましいな、と。

「この霊能者のファンなのよ。」そう言って女が少しだけ笑った。

なんだか寂しそうな笑みだ。

美花はつい、基成勇二に会ったことがあると言い出しそうになるが自慢するみたいだしと躊躇う。しかも、この本を編集している人間がすぐそこ、猿山の前にいるんですけどと。

「マサミ、行くぞ。」

男の声がして女は雑誌を手にしていたブランドのバックにしまった。

美花は声をかけた男を見る。

『うわぁ、やだ。死神みたい・・・』わけもなく鳥肌が立つ。

整った顔立ちのように見えるのに。

同じ黒ずくめでも目の前の女性とは印象がまったく違う。

男の方は春なのに真冬を連れて来たようだ。しかもシベリア並み。

着ているものは安物には見えない。むしろ高価だと歴然とわかる。男は顔を隠すように黒髪を長めに伸ばしていて、セミロングの女性とよく似ている。

『兄妹かしら?』急ぎ足で歩き出す男を小走りに女は追って行く。出口の方へ。

『そう言えば、マサミって呼んでた・・・』

美花はそんなシンクロニティを不思議に感じたが、売店でホットドックを買う為に背を向けた。

 

「これで満足か?」

テベレスこと美豆良は追いついて来た女にそう声をかけた。

「譲は女ができたらしい。」

雅己は黙って出口を先に出た。

「どうした?嫉妬か。」

「まさか。」そう雅己は返す。「立ち直ったみたいで良かった・・・」

そういう言い方は少し寂し気だ。

「また後で慰めてやる。」

「うるさい。」

「私に抱かれないと眠れないくせに。」

不安と恐怖から抱かれ慣れた体が自然に美豆良を求めるのだ。実際、それがなければとっくに気が狂っている。大掛かりなホルモンの転換。日に日に単性に、女へと変化して行く体。自殺していただろう。一人では。

自分の乳房を今も雅己は持て余している。

「これから・・・どうするの?」

「この国を離れる。鳳来がやった非合法なやり方で。」

「そして?吸血鬼なんだろ?戦争でも起こすのか?」

「美豆良の記憶が私にはある。」

煎るような雅己の視線はまったく気にならない。

「おまえは『連邦』という組織に復讐したいんじゃないのか?」

「・・・・」

「おまえ達の存在を認めず、破滅に追いやった。」

「だけど・・・何もできないさ。オリオンにあるんだから。」

「さぁ、そうでもないかもしれないぞ。」テベレスは美豆良の脳内を余す所なくサーチしている。「連邦とやらに対抗する『カバナ』とかいう組織があるらしい。この星にもいくつか潜り込んでいるらしい。ひとまずそこに会いに行ってみるっていうのはどうだ。」

「どうでもいいよ、僕は。」

「まぁそう言うな。とりあえず、それで決まりだ。」

数百年ぶりの『契約者』はまったく彼の言いなり。

これではまるで下僕志願者との契約だ。

この鬼来雅己に魔を使役するその気がないのならば・・・

テベレスはそれこそ鳳来に出会って以来のように興奮していた。

「私はとにかく血が大量に流れればいいんだ。」

魔物は契約者を従えて帰り道を急ぐ。


スパイラル・スリー 第十四章-1

2014-04-08 | オリジナル小説

      14・終わりに

 

               

  霊能者と編集者は朝まで飲み明かす

 

 

基成勇二と星崎緋沙子が深刻な顔で話をしていた。

「では・・・生形という若者を雅己くんが殺した可能性もあるってことですよね。」

星崎は本田美花から借りて来たアルバムを広げている。生形義宏という若者はいわゆるハンサムではない。大学の卒業アルバムで真面目くさって映った顔はパーツはそれぞれ整っているがバランスが悪い。ややエラが張っている。骨張って背が高く寸胴でスタイルも良くはない。ただサークルの仲間と撮った写真を眺めているとそんなイメージは一変する。彼はいわゆる『ひょうきんもの』であった。集合写真で必ずいる変顔を決めるタイプ。まるで大人しく写ることを拒否しているかのようだった。いきいきとした愛嬌がある顔は内から溢れ出るような生命力を放っていた。10人のうち8人までは彼と友達になりたいと言うだろう。残りの2人はよほどの嫌世家だ。

「今思えば、譲くんから聞いた雅己くんの大学時代の話って少し違和感あったんですよね・・・」

本田美花は言っていなかったか。

『生形くんがボケで岩田くんが突っ込み。まるで漫才みたいな阿吽の呼吸で、私がちょっと妬けるぐらい仲が良かったんです。』

「桑聞社から来た雅己くんは冷静でキチンと仕事をこなし、回りの人間関係にも気を使うタイプでした。どっちかというと静かな子だったわ。だからきっと、大学時代にはこの子も弾けていたのかなって・・・そう思ったこと、確かにありましたっけ。」

「殺したのはさ。」霊能者は窓に映り込んだ自分の巨大な影を見ている。

「おそらく『兄貴』、鬼来美豆良が怪しい。勿論、雅己くんも承知の上だろうけどね・・・これは譲くんにはオフレコよ。」

「もし、そんな可能性を譲君が知ったら・・・」

「まぁ、そのうち嫌が応にもね。それにもう薄々感づいているかもしれない。」

超高層の星の見えるラウンジ。目の前には地上の星も広がっていた。

「でも譲くん、認めたくないのよね。彼の悲劇はね、その可能性に気が付いていたとしてもよ・・・どうしても、雅己くんを完全に憎めないってことだと思うの。」

目の前にある肴はナッツ類だけ。それを指で転がす。

『なぜなら・・・脳の記憶野に受けた損傷は確かにある程度までは修復可能だけど・・・それはあくまで本人が記憶をどこまで積極的に上書きできるかが鍵なのよ。彼の場合、生形君の人と成りを完全に消去された上ですり替えられているから・・・どうしても、親友を奪われたと言う怒りは産まれづらいのよね。』

口に出しては「・・・彼等が宇宙人の末裔で、譲くんの記憶をああまで完全に書き換える技術があるんだとしたら・・・生形くんの記憶を手に入れる為に彼の脳を手に入る必要があったんでしょうね。」

「生形君の体はひき逃げにあった時、跳ねられた勢いで琵琶湖に転落・・・遺体は捜索されたけれど、頭部だけがいまだに見つかっていないんでしたよね・・・。」

背筋が寒くなる思いを押さえて、星崎はジンライムをあおった。

「緋沙子ちゃん、そういう飲み方するお酒ではないでしょ。」

そういう勇二の前にあるのは、甘い酒。カルーア・ミルクである。

「ああっ、すいません。つい。」そういいつつ、編集長は腕をさすった。空調が利いている店なのだが暖かいのに、なんだか薄ら寒い。まだ時刻が早いので人が少ない為もあるのかもしれない。

「抽出された完全な記憶は雅己に注がれた・・・生きている雅己から取り出された不完全な記憶とともに、彼の急ごしらえのクローンへも。原始的で雑な方法で。」

負荷をかけられて育ったあのクローンは魂魄を失ったわけではなかった。大人の記憶を無理矢理植え付けられた子供の雅己だったのだ・・・。

勇二の呟きは幸い、ボーイにお代わりを頼んでいる星崎には聞こえなかった。

 

「それにしても。」手にした新しい酒を星崎は大事に手の平で暖めている。

「あたしもいまだに信じられません。平さんだって、です。鬼来雅己くんは2年間、我が社に出入りしていたんですから。桑聞社にも彼がした仕事、編集した雑誌も残っていますから・・・彼が何者だったかなんて、とてもとても。」

「充出版としては向こう2、3年は困らない、ものすごいネタじゃないの?」

「まぁ・・・それは傷が癒えたら、なんとか記事にするつもりですけど。」

ショックは受けてはいてもやはり彼女の逞しい商魂は死んではいなかった。

「ただし雅己くんに関するプライベートのものは消えていた?」

「はい。一緒に撮った写真とか。」ため息と共にまた、酒。

「パスケースの中の、とか?携帯でこっそり隠し撮りしたのとか?」

「センセ、知ってたんですか!」

「緋沙子ちゃん、そういう所が女学生っぽいのよねぇ。」

「もう、センセぇったら!」星崎は霊能者の腕を思わず叩いている。

「緋沙子ちゃん、飲み過ぎぃ!」

「だって、だって。」星崎は鬼の編集長からただの緋沙子に戻っていた。

「可愛かったんだものぉ、雅己くん。」

譲が見たら、また『鬼の目に涙』というに違いなかった。

「宇宙人だっただ、なんてぇ。いえ、それだけならいいんです!宇宙人の末裔なんだったら、もう豪華記事です。いっそアイドルにして売り出したいくらいだわ。」

緋沙子はそっと目頭を拭う。

「雅己くん、ほんとに死んだのかしらね。死んだからって許されることではないけれど。なんで譲くんをターゲットにしたのかしら。融くんが可哀想。2人にした仕打ちは許せない気がする・・・もしも、自分の子供にだったらと思うと。」

「あなた、いいお母さんじゃない。」フンと星崎は編集に戻った。

「いいえ!母親なんかつまんないです。可愛い若者を侍らせて仕事でビシビシ鍛えた方がどんだけ、あたしの生き甲斐だか!」

「確かにその方が『らしい』わよねぇ。」

「話をもどしましょ!それにしたって、宇宙人の末裔一族とそれに敵対する一族が・・・宇宙人達がこの地球の上で殺し合いを演じていたっていうのが今回の件のセンセのお見立てだとすると、まったく迷惑な話ですよね!山は崩れるわ、村は飲まれるわ、もう少しであたし達だって巻き込まれるところだったんですから!そもそも地球人であるあたし達にはまったく関係ない話じゃないですか!他所でやれっての!」

「・・・まったく関係ない話でもないのかもよ。」

「どういうことです!」

地獄耳星崎の素早い動きに、今回はさすがに基成勇二も後ろにのけぞった。

「ちょっとぉ緋沙子ちゃん、心臓に悪いったら!。」

「センセ、あたしは聞き逃しませんでしたよ!まだ、何かピンと来ていることがあるんなら教えて下さいよぉ!確か、センセの上のお兄さんはアメリカ政府とNASAが組織した研究組織にいるんでしょ?今回の件、そっちも当然乗り出して来るんですよね?センセ、コンタクトとってくださいよ!来日したら、ぜひにうちで独占インタビューを・・・!」

「まぁねぇ、おいおい報告はしようと思ってるけど。兄だって、私に話せる話ばかりってわけじゃぁないから、取材はどうかしら。なんせ、極秘組織だし。」

逃げる霊能者を星崎は完全ロックオン。

「ですからぁ!うちはあくまでも、どんなネタでも口当たりいいおいしいオブラートに包んで読者に飲ませるんですって!そう言ってるじゃないですか!基本、嘘でもホラでもなんでもいいんです!ただ、核になりそうなネタを所望しているんです。極秘組織がほんとにあるのかないのか!そんなことうちの読者がいちいち気にするもんですか!怪しい玉虫色、それこそが我が社のカラーです!『怪奇奇談』の真骨頂!現実を忘れたい人々への究極の癒しです!」

星崎にとっては今回のことは天啓であったと言えるだろう。

怪異に飲まれたわけではない。

そういう自覚はある。

ただし、もうことはあやふやな『怪異』などではなくなってしまった。

『怪異』が『現実』とシンクロしようが、それを越え『超現実』となろうがそれはもう関係がない。星崎の姿勢・・・『月刊怪奇奇談』の編集方針が変わる事はない。変わる必要もなかった。

「すぐに兄上に連絡してしてください!いいですか、センセ!これからもは絶対に、あたしに内緒にしないでくださいよ!」

「はいはい。」ようやく霊能者は甘い酒を口にする。

「それに・・実はあたし、センセの言う宇宙のお姉さんの存在は信じ始めています。」

「それはありがたいわ。」先生は軽く躱す。「私が仕込んだ催眠かも知れなくてよ。どうせ、そんなことを譲くんに言っていたんでしょ?違う?」

「だからもう、いいんですって!。」星崎も返す。

「それはそれで話が面白くなるんですから。それにあれが催眠だとすると、先生があのタイミングでそれを仕込む意味がわからないし。」

基成御殿炎上の夜、星崎は充出版で遭遇した出来事を始めて他人に語った。

「センセがあたしにお姉さんの実在をアピールするための事後催眠だったとしてもですよ・・・ほぼ同時にセンセの家はあの警官5兄弟に襲われていた。そのことは事実なんです。先生が例え、襲われる事を予期していたとしたって、そんなことはもうどうしたって些末なことです。雅己くんの存在や、譲くんや生形君に起きたことは現実なんですから!もう、緋沙子は完敗します!」

『事実』がそこにあるのだから。もはや飲まれようがない。自ら飛び込んでしまうしかなかった。それでも、立派に飯は食ってみせる。

「ただわからないのは・・・いったいどっちの勢力が、あたしがあの村に行くことを阻止しようとしたのかってことだけなんです。あれは、どういうことなんですか?」

「私にもどっちがどうしてとかはわからないけれど。たぶん、星崎さん達が村に行くと話がややこしくなって面倒くさいと思ったんじゃないのかしらね。」

「えええっ!?それだけ?!それだけで脅されたんですか、あたし。じゃあ、じゃあどうしてお姉さんはあたしを助けたんです?。村に行かせるため?まぁ、例えどんな目に合わされたとしても、生きている限り、どんな方法を使ってもどっちみち、あたしは村に行きましたけどね!」

「姉はねぇ。」そんな緋沙子を見つめ、愛おしむように目を細めた。

「・・・話がややこしくなる方が好きなタイプなのよぉ。」

なんですか、それ、と勢いを削がれる星崎だったが。

「とにかく、とにかくこんな事件があったんですからね。しばらくは心霊ネタより、こちらが旬です。我が社は宇宙人ネタで押して押して、押しまくりますから!」

鼻息は再び全開だ。

「宇宙人・・・宇宙人か。」フフフと勇二は笑う。

「私もあなたも宇宙に暮らす宇宙人、なのよねぇ。」

「そういう頓知、もういいかげん聞き飽きましたからっ!」

編集長の目はもはや完全に座っている。