編集室にて
譲が充出版に戻ったのは事件から一ヶ月近く経ってからだった。
久々感にとまどいながらもやる気に満ちて会社に到着すると見覚えのある車が脇の狭い駐車場を独占していた。この光景はデジャブだな、などと思っていると大きな4WDの窓が開く。「全快したようだな。」エレファントが仏頂面(しかし気のせいか口元が綻んでいるような?)を覗かせた。「車、直したんですか?」
「牡丹がな。さすがにプロの手が大半だがね。」「すごいな。」鬼来村で破壊された車の現状を見てはいないが聞いてはいた。買い替えた方が早かったのではないか。
「遅刻するぞ。」そう言うと窓は閉じられた。
あくまで降りて階段を登る気はないらしい。4階の編集部へ向かう途中、数少ない社員達がそれぞれ挨拶やねぎらいや愚痴を言いに顔を覗かせた。
星崎達が大変だったらしいということを当時は推察する余裕はなかった。
しかし豪腕星崎、自ら2人も3人もの働きをして『月刊 怪奇奇談』最新号を無事刊行している。譲は事務室名物のツインズ女子達から最新刊を受け取る。
「お待ちかねよ。」ユニゾンで2人は上を指差す。
「今や、ますます名声が上がったって感じ。」
「その忙しい先生が譲くんが来るって聞いて今朝から来てるんだからね、びっくりしちゃうわ。」
そりゃ、確かにびっくりだと慌てて階段を駆け上がった。
「お帰り~!」まず、星崎緋沙子から譲は熱烈にハグされた。
「きっと戻って来ると信じてたわよぉ!」
「お帰りなさい、譲くん。」
狭い空間にはまった応接セットをさらに狭くして基成勇二がニコニコと座っていた。思えば、霊能者とちゃんと向き合うのも一ヶ月ぶりであった。「基成先生・・・」先生と話したいと思いつつ、いざそれが叶うと何から話したらいいものか言葉に詰まった。
「まずは、私の連載、読んでみてよ。」「そうそう!」編集長も破顔しつつ、狭いテーブルに乗ったお菓子などを押しやって来る。澄まし顔したツインズの片方が狙いすましたようにお茶を運んで来た。3人分ある。「今日は仕事復帰一日目だからね、こき使ったりしないわよぉ。まずは一服してちょうだい。」譲は恐縮しつつ、最新号を手にした。星崎が霊能者に約束した通り、本のタイトルとほぼ並ぶくらいに基成勇二!の文字が踊っている。赤に金のこれでもかの縁取り。基成勇二の顔の大アップに被るように『村、消滅の真実を解く!』とくれば嫌でも目につく。パラパラとめくった。
「融くんは知らないだろうけど、あの時は基成先生も随分、警察に怒られたのよねぇ。」譲が目を通す傍らで星崎がさりげなく時を戻し始めた。
「そうなのよぉ。」と、先生も眠たい猫のような大きな顔を揺すった。「夜明けを待たずに、雅己くんを探しに山に入ったからって。」「危険なことするなってことなんでしょ。」「まぁ、確かにねぇ。でも、一人じゃないし。あのスヴェンソンさんって強そうな人も一緒だったじゃない?2人で灯りを持ってわかり易い登山道を登って行っただけなのよね・・・特になんの危険もなくあっと言う間に頂上に着いちゃったから、そこから道なりに降りて行っただけ。」「雅己くんには会わなかったんですよね。」
「そうなの、だから・・・彼が生きている可能性だって捨て切れないわ。」
先生がそう言った瞬間だけ譲の顔が上がったが、彼は何も言わなかった。それより先に星崎が「じゃあ先生はあのひどい低気圧の最中はもう山を下りてらしたの?」そう聞いていたこともある。勇二はうなづき「それよりも聞いた?」と譲を見る。
「その本にくわしく書いてあるから、早く読んで欲しいんだけど。」「我が社の取材の勝利よぉ!」星崎が譲の膝を叩く。痛い。「・・・なんなんですか?」勿論、編集長と霊能者は譲が読むまでなんか待てなかった。
「あの嵐はね、異常だったの。なんでも突然の気圧の急降下の原因がまったくわからないって言うしぃ。」「それに、動物達の異常行動がすごかったみたい!嵐の少し前から、山からぞろぞろ野生動物が逃げるように降りて来たとかさ。近隣の飼われている動物が吠えたり暴れたり。」「鎖を切って逃げた犬もいたし、小屋の板を壊して豚や牛も逃げたの!それで、眠れなかった人達が大勢いたのね、そこにあの大嵐じゃない?あげくに山が崩れたんだからさ。もう、大騒ぎよ。」
「・・・天罰だって言ってる人達もいるんですか?」記事の一つに目を通した譲は顔を顰めた。「失踪した村は・・・死人帰りの忌み村だったからって。」
「そういう噂も確かに蔓延しているわね。」星崎も苦々しくうなづく。「読んでもらえばわかるけれど、うちの記事の方針では村の人達はむしろ事前に大惨事を予期してどこかに避難したんではないかと、そうまとめているわよ。姿を消したマチュピチュのインカ人のように優れた能力を持った人達がどこかの次元に姿を消したのではないかって、ねぇ?」それは霊能者に向けたものだ。
「ワンランク上のステージに彼等は上がったんだと思うのよねぇ。」
うなづいている霊能者に「先生は・・・本当にそう思っているんですか?」
「ええ、だって。鬼来村の人々は宇宙人の末裔、でしょ?」
「知っているんですか?もしかして、先生は・・・いや、僕は夢を見ていた間、あの時のような別の次元にいたとかいうことはないんでしょうか?」
思わず身を乗り出す。「やめなさい、譲くんの夢じゃセンセは死んでいるのよ。」
低い声で星崎が叱咤し、勇二も静かに首を振る。
「あなたが気を失っている間に何を見て、何を経験したかは残念ながら私は共有していないから・・・あなたにしかわからないわ。ただ、私にも見えたものもあるの。山の奥に隠された宇宙船とか。そういうことはそれ、その記事の中にみんな書いてあるわ。」譲の期待は瞬く間にしぼんだ。「そりゃ・・・ですよね・・・」
「何を見たの?私にも話してみない?」勇二に促されるまま、融は星崎と平にしか話していないことを途切れ途切れに語る。星崎も口を挟まず、最後まで聞く。
雅己との会話、現れた基成勇二。小さな宇宙人、『兄貴』と勇二の戦い。雅己の死。そして基成勇二の死。
勇二の死の話の瞬間、星崎は心配そうに霊能者を仰ぎ見たが当の本人は興味深く耳を傾けていた。
「うん、うん。前にあたしが聞いた時と細部もまったく変わってないわ。」
「あの・・・全部、夢・・・でしょうか?」
「あなたの意識と超現実が入り交じっているようね。」基成勇二は笑わなかった。
そう言えば、と譲はふいに思い出す。雅己の死体を見下ろしていた時に誰かが後ろから・・・あれは神月にいたガンタではなかったのか?いや、まさか。あの時は自分はまだ彼に会ってはいなかったはずだから、あり得ない。
「そう言えば、譲くんは知らない話があるのよね。」
そう星崎が話し始めたのは警察が発表していない様々の不祥事のことである。
「それじゃあ・・・」勿論、譲には初耳である。「呪いを演出していたのは、やはりあの警官兄弟ってことなんですか?彼等は何者なんでしょうか。指名手配されたのに消息も掴めないんですよね。いったいどこへ消えたんでしょうか。」
「調べてみたんだけどね。ほらうちの素子、エレファントよ。」基成勇二が座り直すと安物のソファがギシギシと鳴った。
「勿論、警察もマスコミも調べてるんだろうけど。わかったこともたくさんあって。あの兄弟は、大陸の産まれなの。それも北欧の旧ソ連領ね。父親は日本人となっている・・・関西の人で向こうで亡くなっているわ。母親も早くに亡くなって10代で日本に引き取られたことになっている。その辺の経緯があいまいでねぇ。日本国内に父親の身寄りはいないはずなんだけど・・・養子にした吉井って男がどうもはっきりしないのよ。これも数年前から行方不明になっているの。どうしても警官だった吉井武彦に世間の注目が片寄りがちなんだけど。私が気になるのは、弁護士をしていた吉井隼人よ。彼の身元引き受け人は北村荘蓮って言って『大北組』っていうヤクザの組長だったわ。」
「でも今回の事件と新宿に事務所がある大北組との関係はよくわからないの。ヤクザは『鳳来』と言う男から彼を紹介されただけだと言っているらしいし。鬼来村で構成員がほとんど逮捕された鴬谷にあるやくざと大北組の関連も警察は証明出来なかったからね。」
「その『鳳来』って男は妹さんをもってしても未だに正体不明ってわけですね。」
「そう、まるで『記号』よ。忽然と現れた実体のない記号。」
基成勇二は婉然と笑った。
「彼こそが鬼来村を襲わせた黒幕。敵対する宇宙人だと、私は思う。」
「なぜ、雅己や基成御殿を襲ったりしたんですか。」
「だからこれは警察ではない、私の意見。」基成先生は真面目な口調で「あの兄弟は『鳳来』に繋がる鬼来村の人達と対立する勢力だったわけでしょ。私の家をぶちこわしたのはあくまで雅己くんがそこにいたからなんだと思うの。」
「対立ってなんなんでしょうか?」
「くわしくはわからない。だけど、とにかく命のやり取りよ。片方が片方を滅ぼす的な?何しろ片方は宇宙人の末裔なんだから、それを襲う奴らはさ。」
「外宇宙から飛来した新たな宇宙人、ですよね。」星崎がこともなげに引き取る。「ちなみに、うちらの次からの連載はそちらに流れて行く予定だから。次回から『鳳来』って記号も登場させる。それにともなって消えた証拠品うんぬんも小出しにする予定。譲くんの担当よ、よろしくね。」
「この内容ならば、警察も文句は言わないって言うか、わざわざ相手にしないで済むしょ。例え、宇宙人の一人が警官だって書いたって誰も真面目に信じないものね。」
勇二も星崎も得意そうだ。「売れてんのよぉ。最新刊!」
「はあぁぁ。」譲はため息を付き本をテーブルに置く。
「何がなんだか・・・壮大な話ですよね。」
「譲くんさ。」霊能者がその様子をじっと見つめながら「あなた残酷なようだけど、雅己くんのことはもう忘れた方がいいかも。」
「忘れる?」むっとする譲から、霊能者は星崎に視線を移した。
「そう、星崎さんあなたもね。ああ、そうだ。昨日、電話で頼んだあれ、探しといてくれたかしら。」「あっ、はい。」星崎は一瞬緊張した顔をして後ろの自分のデスクに手を伸ばす。譲はキライを忘れることなどはできるはずはないと思っている。だいたいそんな指図、受ける理由がわからない。
「キライは・・・死んだからってことなんでしょうか。」
「本当はね。」霊能者は深刻な顔の星崎からファイルらしきものを受け取った。「ほんとは平さんにも同席して欲しかったんだけど・・・ほら先日、桑聞社の会長が亡くなったからしばらく忙しくて来れないみたいなのよ。雅己くんが会社に就職した経緯を会長さんから直に詳しく聞きたかったんだけど。あの直後に倒れてずっと危篤状態だったのよ。」「それが関係あるんですか?」
霊能者は浮けとったファイルを開くことはない。
「あと、もうそろそろ来ると思うけれど。星崎さん、ごめんなさいね。ここを勝手に待ち合わせ場所にさせてもらったわ。」
「いえ、それは昨日伺いましたから。それは構いませんけど・・・一体、誰が来るんですの?」それは星崎も知らない。
そう言ってる側からツインズの一人が客を案内して上がって来た。
本田美花
現れた客を見た融は、一瞬誰だかわからなかった。
それほど時間が経過していたということでもあり、相手が変わっていたということでもある。「・・・本田さん?」
それは大学時代に鬼来雅己と付き合い、河童の出る僧坊に泊まった女の子。いや、もう女の子ではない。黒っぽいスーツの上下に身を包んだショートヘアはキチンと化粧も決めた女性のものだ。彼女は鬼来雅己と別れた後、一時期譲と付き合った。あげく『やっぱり雅己くんが忘れられない』と告げられ、数日で振られたという因縁の相手である。案内されて来た本田美花は譲を見なかった。
「わぁ!基成勇二!本物だぁ!」目をキラキラとさせて霊能者に向かってまず、「すいません!やっぱり信じらなくて!ここに来るまで半信半疑だったんです!」「いいのよ、こちらこそ。疑うのが当然よ。突然、電話して悪かったわね。」「いいえ!ファンですから。」美花はニコニコと勇二と握手を交わす。続いて紹介された編集長にも「充出版の本も全部、愛読してます!最新刊、面白かったです!回りにも勧めちゃいました!」さすがミステリーサークルの会員だった女である。嬉々として言葉が弾んでいる。
「今日は仕事を休ませて申し訳なかったわね、大丈夫なの?」
「あっ、はい。幸い、予約はいま入っていなかったので。本物の基成先生に会えるチャンスですもの仕事の一つや二つ!」
理解不能な顔をしている譲と星崎に霊能者が改めて彼女を紹介する。
「今は祭典業界にお勤めしている本田美花さん。譲くんと同じ大学出身よね。」
「はい・・・同期ですけど。」
怪訝顔の譲に本田美花は心なしか、固い視線を送ってすぐに反らした。
「譲くん。」そう言われて譲は美花に自分の場所を譲り、自分のデスクの椅子をとりに行く。「私、今日、基成先生に会えるって話じゃなかったら来るつもりなかったんですよね。」融と目を合わせないまま、美花は勇二に愛想良くそう言って座った。なんだ、それは?俺がいるから?譲は釈然としない。どっちかというと俺が美花にひどい仕打ちをされたわけであって、いや、その前になんで美花がここに?
お茶を運んで来たツインズが、部屋を出て行く。
「本田さん、頼んだもの持って来ていただけました?」
「はい。」そう言って美花が大きなショルダーバックから取り出したのは大学の卒業アルバムだ。他にもアルバム的なものが数冊、積み重ねられる。
物問いた気な視線が集中した霊能者がおもむろに口を開いた。
「今日、わざわざ来ていただいたのはある質問をする為です。・・・本田さんは鬼来雅己くんを知っていますか?」
「いいえ。」美花の返事は驚くべきものだった。
「いったい誰でなんですか?その人は。」
真実
「うっそー!」譲は小さく叫んでいた。
「何言ってんの?だって、君はキライと付き合って、付き合っていたから・・・!」
「それはこっちの台詞です。」美花がキッと睨みつける。
「そんな人、知りません。誰ですか、それ。」
「いや、だって、ほら3年の時、東北のお寺に泊まっただろ?君たち・・・ほら、あの河童がさ、でさ、あのトイレで・・・」
「確かに泊まりましたけど!でもそれは○○君ですし、そもそも私が付き合っていたのは○○君でしょ!何言ってんの、岩田君!○○君のお葬式にも来なかったくせに!」今や本田美花は敵意をまっすぐにぶつけて来る。「サークルのみんなだって怒ってるんですから!そりゃ、岩田君は○○君と一番、仲が良かったからショックだったのはわかるけど。だからと言って、あの態度は許せない!今日だって充出版は大好きだけど、岩田君がいるから・・・基成先生に頼まれなきゃ誰が!」
「はい!そこまで!」パンと霊能者が手を打った。
「本田さん、○○君のお葬式の後で譲くんが何をしたか、教えてくれる?」
納得がいかない譲を星崎が制する。「とりあえず、聞きましょ。」
「岩田君はぁ・・・」美花は唇を噛んだ。「彼のお葬式に来なかっただけじゃない。私達の誰とも縁を切ったんです。もう、付き合う意味がないって。」
「はぁぁ?」譲は口を開ける。それよりも不可解なことはさっきから何度も話に出ている○○君という名前がどうしても融には聞き取れないのだ。そのことが譲を限り無く不安にする。
「誰が?いったい誰が、死んだって?」美花がまた睨みつける。
「○○君って言うらしいけど、覚えてないの?譲くん。」星崎も不思議そうに。
「本田さん、○○君のフルネームを教えてくれる?」「○○○○です。」
霊能者は手近な紙にスラスラとボールペンを走らせる。差し出されたそれには『生形義宏』と書かれていた。「・・・誰ですか?」「誰ですかって!?」本田美花が大きな声を出しかけるのを基成勇二が止めた。
美花は気を落ち着ける為かお茶に手を出す。
「本田さん、アルバムを貸してくださる?」
譲は見た。本田美花が持って来た卒業アルバム。鬼来雅己の名前はない。譲も持っているはずのサークルで撮った写真の数々・・・融の隣にいつも映っているのは雅己ではなかった。知らない顔。「彼が生形くんなのよね。」美花がうなづく。
「彼は岩田君とサークルを立ち上げた人です。いつもいつも2人で企画を立てて、大騒ぎしていて・・・生形君は優しくて面白くて・・・でも、彼は怪奇やUFOが好き過ぎて、いつもそればかり考えていて・・・私は彼に付いて行けなくて・・・その時は怒って別れたんです。でも、彼の企画力やリーダーシップは認めていたし。私も歴史の史跡や廃墟は好きだから・・・卒業した後もサークルのみんなと一緒にあちこち行くのは楽しかった・・・」
「生形君は大学を卒業したあと、どうしたの?」
「お父さんが倒れて家業を継ぐって岐阜に帰りました。」
「いつ、なんで亡くなったの?」
「4年前に・・車にひき逃げされて。」美花は下を向く。
「犯人は?」「まだ、捕まってません。許せない・・・!」
呆然とする譲の手からアルバムが落ちた。鬼来は家業を継ぐ為に一旦、郷里に帰った・・・それは譲の記憶だ。
「いい?雅己くん。」星崎が基成先生から浮けとったファイルを開く。「私も驚いたの・・・私もすっかり失念していたんだけど。」それは遥か昔、譲が充出版に入る時に提出した履歴書だった。「住所を見てみて。」東京都新宿区中野・・・
「これは?」「雅己くんのマンション。あなたはここに入社した3年前には、あそこに住んでいたみたいなの。私もあそこに行ったくせにまったく思い出さなかった。」
「融くん、あなたは2年前に雅己くんと歌舞伎町で再会したって言ってたそうだけど・・・どうやら、その後で小平に引っ越してるの。」
「中野から・・・?」譲の記憶は叩けどもうんともすんとも言わない緩んだ太鼓の膜のようだった。音が全てどこかへ吸収されてしまうような居心地の悪い感覚。
「その後に彼はあなた達に絶交を告げて、携帯も変えたのよね。」
ようやく本田美花も何かがおかしいと感じ始めたようだ。「あっ、はい。そうです。生形君の葬式にも来ないし、いきなりだったんで・・・彼の住んでいるところへ押し掛けた仲間もいるんですけど。もう、知らない人が住んでいたって。」
「それが、雅己くんかもね。」「ねぇ、これっていったいなんの話なんですか?」
「本田さん、話を続けてくれる?」
「あっ、はい。それで、その・・・新しい住所も誰にも教えてくれないし携帯も変えてしまったから・・・本気で私達と縁を切るつもりなんだって・・・みんなで怒りました。充出版に勤めているのは知ってましたけど・・・そこまでされたら誰もわざわざ連絡しませんよね?」
「譲くんも連絡とらなかった?」コクンと譲はうなづいている。乾いた唇を何度も舐めた。「仕事が忙しかったし・・・キライが側にいたから。」
大学の他のみんなと会おうなどということはひとつも思いつかなかった。他の誰からも連絡がなかったが特に異常だとも思わない。そういえば、年賀状・・・
来た記憶も出した記憶がない。なんで不思議に思わなかったのか。
鬼来雅己がいたからだ。休日は彼と会いバカ話をし彼と小旅行に行ったりした。仕事でも頻繁に会い、一緒に取材したり徹夜したり。2年間、譲は他の友人関係をまったく必要としていなかった。