MONOGATARI  by CAZZ

世紀末までの漫画、アニメ、音楽で育った女性向け
オリジナル小説です。 大人少女妄想童話

スパイラルツウ-4-1

2010-05-05 | オリジナル小説


     4.悪魔が来たりて期は熟す



さて山間の小さな家庭経営の温泉旅館、「竹本」に悪魔が逗留したこの2週間弱の日々を後々ガンダルファは冷や汗と共によく思い返したものだ。
ガンダルファことガンタの同僚である、手厳しいご隠居的宇宙人類の正虎ことタトラをどのように言いくるめたものか。その片棒というより全責任は彼らの幼い被保護者に当たる阿牛ユリ、小学6年生の力が大変に大きい。
とにかく悪魔が日本式和室旅館の富士の間にしっかりと宿を定めてしまったのであった。(開いていた2部屋のうち後に遭難者に貸すことになる通常の4人部屋ではなく、6人部屋である『一番でかくて広くて眺めも最高』の富士の間を選んだのは女将の綾子である。彼女は後に「だってなんとなくあの人って富士山とかダイナミックなものがいかにも似合いそうだったんだもの。それに他に泊まり客いなかったしね、ほほほ。」と語っている。)
間新しくなって以来、書き込まれる人名がめざましく増えたわけでもない、厚さも古さもまだほどほどの宿帳に神興一郎はどうどうとした太い達筆で筆跡を残した。住所は東京都港区なにがし~とあるが確かめようがない。ただそこには家賃数十万はするのではないかという有名高級マンションの最上階がそこに記されていたとだけ書いておこう。どうせ偽住所だろと難癖を付けたガンタをジンは軽く鼻でいなしただけである。
勿論、これは後日、インクが炎となって燃え尽きたり消え失せたりはしなかった。
悪魔は板さんの清さんが腕を振るった料理を毎日たらふく食べ、それを運んで来た仲居の田中さんや寿美恵叔母さんと陽気に語らい、渡の母綾子が干したふかふかの布団で眠り、渡の父と祖父が磨き上げた小さいながらも清潔な露天風呂に朝夕3回はつかっていたのである。勿論、その他泊まり客とも如才なく日常会話を交わす事も忘れてはいない。
職業はフリーのトラベル・ルポ・ライターであるから、これはもう下へも置かぬおもてなしを受けないわけがなかった。代金をポンと2週間分前払いしたこともある。
当然、この金も偽札ではない。帳場を経て寝室の簡易金庫から無事に取引先の銀行の口座に振り込まれている。



「不思議だのう。」富士の間に置かれた祖父が我が家の一財産と呼んでる、先代からの古い屋久杉のテーブルの前に2人の宇宙人類が悪魔と向かい合っていた。
「こうして見ると、人類とまったく区別がつかん。」これはタトラである。
タトラはデモンバルグであるジンがこうして『竹本』に腰をすえているのは渡のいるこの家に入り込む手段だと見抜いている。
主を射んとすればまず、馬から。竹本家の歴史における客員メンバーにでもなる魂胆なのだろう。まずはその足がかりか。

「ちょっともう一度、脈を取らせてよ。」
これはガンタだった。ガンタとなっているガンダルファは、アギュが興味を抱いている次元生物を調査&観察するにはこれがまことに重宝なのではないかと開き直り始めたところだ。悪魔が不吉とされていようがこの際、関係ない。
悪魔と言う存在自体には懐疑的であったが、現実に目の前に存在するジン、次元生物かもしれない神興一郎には興味が尽きない。
そんな様子に自らを売り手市場とみたジンは軽口を叩く。
「俺っちさ、ちょっとお金とか取っていいかい?」
「1回、脈取らしてくれたら、100円やるよ。」
「安っ、宇宙人と来たら、けちくさいったらないさ!。」
ジンはちょっと面倒くさくなる。
「もういい加減慣れるってことさ。俺っちはさ、見せ物ではないんさよね。」
ふーんと息を吐き出したガンタとタトラは目を見合わせる。
「見せもんだよね。」「見せ物だの。」
ジンはそれを無視する。
「それより、あんた達さ。本当にあの光には連絡していないの?。」
「アギュだよ・・・阿牛社長だ。」ガンタは苦い顔。「してないって。」
「信じられないねぇ。」
「神・・・じゃなくて、悪魔に掛けて誓う。」勿論、心で舌を出していわけだが、きっと舌を出しているだろうなということは、悪魔もお見通しなのだ。
「連絡なんかしてませんて、ねぇタトラ。」狐と狸の化かし合い。
「こればかりは、信じてもらえなくても仕方ないのう。」タトラも肩をすくめた。
二人が投げやり&やけくそ気味にこう言うのも無理はない話なのである。

実は。
ドラコとバラキを通じて悪魔が旅館逗留中の困った顛末は、既にアギュに逐一報告されている。しかし、そのアギュからの返事が又、宇宙人類達を困惑させる振るったものであったのだ。四角四面と言われがちなニュートロン、タトラまでが成り行き任せの仲間と化したのはそのせいであった。
アギュからの返事は要約すると・・・ようするにデモンバルグは泳がせておくこと。油断なく目を光らせて自分が行くまでできるだけ逃がさないようにと言うものであった。しかし、そのすぐに駆けつけられない理由とやらが問題であった。
アギュの方は、天使と戦い、その中で話のわかる天使と天界に向かうと言うのだから。魔族と同じ次元生物であるはずの天使族と共に、4大天使とやらの話を聞きに行くのだと言う。
その話を聞くことはデモンバルグに深い関わりがあり、今後の彼との交渉に有利をもたらすかもしれず、この地球全体の次元を知る上でも性急を要するのだと。
そういうわけですぐに日本に戻れないから、まぁよろしくというようなことを伝令ドラコの口から言ってきたわけだ。
『天使ってあれ・・・あれだよね?あの、羽の生えた・・・』ガンダルファは開いた口が塞がらなかった。『そうらしいの。』タトラは思い切り顔を顰めた。表情の乏しいと言われるニュートロンであったが、果ての地球に来てからのタトラの顔の筋肉は随分と鍛えられたらしい。又そうでなくてはユリや小学生と張ってはいけまい。
『悪魔だの、天使だの・・・訳わからんの・・・』
『向こうは天使で、なんでこっちは悪魔担当なわけ? ずるいぞ、シドラめ!もっとも天使から遠いやつのくせして。』
シドラから遠く離れていることから安心し切った、ガンタの本音はそんなところである。バラキの地獄耳については警戒を怠っている。
勿論、アギュと連絡を取っていることはユリと渡には言っていない。
ちょっと考えれば、彼等は駐留部隊なのだ。毎日遊んでいるように見えても、これは任務なのである。ユリに頼まれたからって、素直に上司であるアギュに報告をせず、秘密にするはずもないのであるが。
なんだかんだ言っても、子供であるユリと渡はそれを信じているようで・・・それはそれで板挟みと言った、二人は心苦しい二重スパイなのであった。


「さて。」と悪魔は体を伸ばした。
「そろそろ重い腰を上げるとするか。」
「出て行くのか?」無責任なガンタの顔が輝く。それでは困るとタトラ。
「チェック・アウトではあるまいの?」
「まさか。」
ジンが肩をすくめた時だった。
「そうだ、約束を守れ、悪魔!。」離れの入り口に子供の影が差した。
「ユリ、学校から帰ったのか?」ガンタが首を回す。
ユリは彼に無言でうなづくとズカズカと悪魔の前に立ちふさがった。
「いい加減にしろ!毎日、食っちゃ寝、食っちゃ寝!いつになったらアタシとの約束を守るんだ!」床を踏み鳴らす。
「嘘つきは泥棒の始まりだ!悪魔のくせにみっともないぞ!こそ泥になってもいいのか?」
「こそ泥も悪魔も似たようなものじゃないのか?」とガンタ。
ジンは舌を出す。悪魔の舌は長いなとガンタは思う。
後ろから心配そうに渡がマスクをした顔をのぞかせている。
ユリのランドセルを自分のと合わせて隅に置いた。
「渡殿もご苦労なことだの。」
「ほら、トラちゃん休んだろ。これ、プリント持って来た。」渡が宿題を差し出す。
「久美子先生が心配してたよ。」インフルエンザというのはずる休みの口実だった。
ガンタはにらみ合うジンとユリにハラハラと目を戻す。
「来い。」ついにユリが声を出した。
「ここで毎日、ダラダラして働きもしない。悪魔っていうのは怠け者なのか、ジン。アタシだっておまえの力なんか借りたくもない!借りたくもないが仕方がないって思ってるアタシの気持ちがわからないのか。」
「わからないね!悪魔がボランティアじゃないのは確かだ。ちなみに怠惰は悪魔のよき美点とされている。」
しかし、怠け者と言われるのは数千年も渡の魂を忙しく追い回してきた働き者のデモンバルグとしては正直不愉快であった。ジンに言わせると怠け者なのは『天使』の方であるのだ。
フンとジンは立ち上がった。ユリをその酷薄な目で見下ろす。
しかし、ユリも1歩も引かない。金太郎の眉の下の目は大きく黒目もでかい。黒々と深い目は眼力で一杯だ。
つい目を反らしたジンは、後ろの渡の目と合ってしまう。
こちらの目もユリには劣るが、なかなかの真っすぐな目だ。
もう駄目だった。
「あのさ、だいたいさ、」ジンは仕方なく、咳払いをする。
「くわしい話も聞かさないで、怠け者呼ばわりはないもんだ。ほんと言うと、俺ぐらい働き者の悪魔はいないんだからさ。まず、ちゃんと話してもらわなきゃ。」
「遊んでばかりで聞きもしなかったくせに!言い訳悪魔!言い訳ばっかりだ!」
「ユリちゃんに一本!」ガンタの判定が割り込む。
ジンは自分に目を反らさせた、12歳の少女の眼力に密かに舌を巻いていた。
こいつは俺の知ってる手強い人間の歴代の最年少だぞ。
「よし、わかった。お前の勝ちさ。」ジンは折れた。
「どこに行けばいいんさ?」
「家だ。」ユリは重々しくうなづく。「アタシの家。」
「いいの?アギュさんの留守に・・・」マスクを引き上げた渡がコソリとつぶやく。
ジンの視線が渡に再び逸れる。
しかし、ユリがそれを遮った。渡を見るな、渡はあたしが守っているんだ。
ジンは笑うと、内心で舌打ち。ユリが更にギロリと睨みつけた。
「約束だ。いいな、アクマ!。」




その頃。月城村のバス停前の国道を香奈恵が歩いていた。
受験生となって以来、部活には出ていない。
旅館『竹本』はこの国道に面している。
バスに乗っていたのは香奈恵ともっと奥の神月村の老人の二人だけだった。
突然の低気圧に荒れた日の翌日、学校から速効で飛び帰った香奈恵は渡やユリと市役所前で待ち合わせた。間諜田中さんから再度確認した母の見合い相手と同じ名前の男は、カウンターの奥で暇そうに仕事をしていた。小太りで顔もコロコロと丸かった。3人は壁際のチラシや情報誌を手に取るふりをしながら、20分近く観察を続けた。同じく暇そうな女の職員が何か用なのか的に近づいて来たので、3人は図書館の日程表を手にそそくさと退散した。結果は大満足。
目的の見合い相手は、面食いの寿美恵にはまったく問題外であると彼等は結論ずけたのだ。人が良さそうだ、やさしそうだと渡がしきりに感想を述べたところで、そんなものでは寿美恵が動かされることがないということは香奈恵には自信があった。あとは財産?っといったところだが・・・そんなに金持ちそうには見えないというのも3人の一致した意見だった。安そうなサンダルを履いてた。靴下もズボンも月城の洋品店で購入した安物だと彼等は容赦なく断定した。
竹本の日常は変わりなく、毎朝、お弁当を注文して例の発掘隊4人組は迎えの大型車で出かけて行った。大学生らしい青年が運転しており、当然父親は影も見せない。ただ、彼等が発掘の手伝いをしていることや大学名とかが知れるのつれ、少し不安になったが寿美恵は相変わらず気づいたそぶりもなかった。考えて見れば・・・父は以前とは違う大学に勤めているわけだからと香奈恵は楽観的に考えるようになっていた。
他の2組が帰ったあと、寿美恵は逗留中のジンさんに近隣の観光名所を勧めることに夢中になっている。本当は2人きりで自ら案内したいのではないだろうか。

そんなわけでバス停を降りた後、香奈恵は久々に訪れた幸せを噛み締めて歩いていたから回りにはまったく無防備だった。
香奈恵が国道を『竹本』にあと50mといったところまで進んだところで脇道から声がかかった。
「香奈恵さん。」
ん?とぼんやり顔をあげた香奈恵はしばし金縛りになる。
「岩田香奈恵さん、あなたを待ってたのよ。」
「・・・・・」
もはや姓が自分とは変わってしまった父親の結婚相手を香奈恵はマジマジと見つめていた。
いったい、自分に何の用?。なぜ、今ここで声をかける?
なんの目論みが?誰かに見られたらなんとする・・・香奈恵の中に言葉が渦巻く。
しかし、目の前の香奈恵のかつての名字、鈴木になった女はまったく意に介していないようだった。
「お久しぶりね。会いたかったわ。」私は全然、会いたくなかった。
「この前お会いしたときより、背が伸びたんじゃない?」そりゃ、3年も会ってなけりゃね。プレゼントをエサにまんまと父親に誘い出された高校1年の誕生日のことが香奈恵の脳裏に浮かぶ。てっきり久しぶりに父と二人きりで食事かと期待していたら、やっぱりこの人がいた。あの時の父とその奥さんのいちゃいちゃぶりに、もう2度と父との食事には行くまいと誓ったのだった。それ以来、何かと理由をつけて誘いを断り続けていた。
そんな香奈恵の胸中にはまったく構わず、父の妻であるスズキマユミはまだ話続けていた。
「ただ、やっぱり旅館じゃ話しかけずらいじゃないの。寿美恵さんもいらっしゃるし。寿美恵さんには内緒の私達だけの秘密ですものねぇ。誠二さんにもね、泊まってる間はずっと知らんぷりするようにって言われていたんだけどねぇ、やっぱり、それじゃあ、寂しいじゃないねぇ。」寂しかねえよ、なんでオヤジに禁じられてるのに話しかけてくるんだよ。自分の父親の名をこの女の口から聞くのは抵抗があった。
「・・・何か、用ですか?」我ながら愛想のない、迷惑そうな声しかでなかった。
しかし、相手は動じないっていうか、通じていない。
「そうねぇ、用っていうかぁ」母よりは若いが30代の後半にあたるはずの女が語尾を伸ばして話す、その話し方に思いがけないほどの嫌悪感が湧いた。
何、モジモジしてんだ、オバサンがっ!
「用がないんでしたら、私・・・」今にも道路の向かいの商店から(雑貨店だったお店はおばちゃんが足を痛めてからガラス戸の向こうは人気がない)今いる民家の窓から(婆ちゃんは今日はディ・サービスではなかったか)誰かがひょっこり現れそうで、香奈恵は気が気ではなかった。後ずさる香奈恵を鈴木真由美が慌てて追いかけてくる。かえって目を引く。「ちょっと待ってよ、香奈恵さん。実は、私・・・」
香奈恵は渋々、仕方なく脇道に戻る。女の頬が上気したように赤くなっていることに気が付く。そうなると、自分の母親にはない妙にねっとりとした色気が漂うようで香奈恵は辟易する。
「あのね・・・」女が耳に顔を寄せて来る。鳥肌が立ちそうだ。突き放さないでいるのがやっとだったが、次の言葉には耳を疑う。
「実は、私、妊娠してるの。」
その言葉とまなざしには明らかに勝ち誇った色があった。
「まだ、あなたには話すんじゃないって言われたんだけど。でもねぇ、産まれてから知らされたって、あなただってきっと水臭いって怒るんじゃない、ねぇ?。あなたはたった1人の、誠二さんの実の娘さんなんだし。」女は自らの腹に手を当てる。「ここにいるのは、あなたの兄弟なんだし。男の子か、女の子かはわからないけど・・・検査したいけどまだ早いから・・・誠二さんたらね、そういう検査は反対なんですって言うのよ。僕はどっちでもいいなんて言っちゃって・・・」
そりゃ、本当にどっちでもいいと思ってるんじゃないか?。オヤジは発掘しか興味がねぇんだよ。そういう男なんだって。だいたい、私だってどうでもいいんだ。実の父親の鈴木誠二とその2番目の妻、鈴木真由美に子供ができようが、できまいが。赤ん坊が男だろうが、女だろうがだ。今、自分にとって弟とも妹とも、そう感じることのできる子供は・・・自分の実の母、寿美恵が産んだ子供だけに決まってるだろうが!という激しい思いが突き上げて来る。
香奈恵はものすごく腹が立って来た。女の腹を蹴ってやりたいぐらいだ。
早く、どこかへ行け!私があんたの腹を蹴ってお腹の子供を殺す前に。
ああ、ユリちゃんがここに一緒にいてくれたら。ユリちゃんだったら、私のいいたいことの何倍も言いたい事を言ってこの女をコテンパンにしてくれただろうに。ひょっとしたら『竹本』から永久に追い払ってくれたかもしれない。
香奈恵が黙り込み、拳をプルプルいわせてる間に話したい事を話終わった鈴木真由美はにっこりと笑って離れて行った。
「だから、無事産まれたって後で誠二さんから聞いてもお父さんを責めないであげてね。じゃあ、私は先に旅館に戻ってるわ。」
幸せいっぱいの未来の母親が国道に出て歩いて行くのを香奈恵は暗い目で睨みつけていた。父の再婚相手はそれを自分に話したかったのである。自分が奪い取る結果になった妻の座とやらに、かつて座ってた寿美恵、その娘に。香奈恵は急に家に帰りたくなくなった。まして鈴木真由美の後から国道を行くのは絶対に嫌だ。
香奈恵は踵を返す。と、知らない女にぶつかりそうになり慌てて飛び退いた。

この記事についてブログを書く
« スパイラルツウ-3-4 | トップ | スパイラルツウ-4-2 »
最新の画像もっと見る