犬鍋のヨロマル漫談

ヨロマルとは韓国語で諸言語の意。日本語、韓国語、英語、ロシア語などの言葉と酒・食・歴史にまつわるエッセー。

植民地近代化論

2009-06-07 23:04:41 | 近現代史
 教科書の左傾化,そして「民族主義」と裏腹の関係で「反日」が強化され,さまざまな日帝残酷物語が創作されて教科書に記載されるようになったことに危機感を覚えた歴史家たちが,「植民地近代化論」を唱え始めたのが90年代中盤です。

 韓国の高級言論誌『創作と批評』は1996年に,「植民地近代化論」を特集し,そのなかの土地調査事業に関する論文を私が翻訳したものは,かつてご紹介した通り。

 しかし,そのような主張をする学者たちは,「日本の肩をもつ親日派」として叩かれ,学界の主流となることはできませんでした。

 それから10年。

 金泳三,金大中,盧武鉉という「民主的/民族主義的」政権が続くなかで,教科書の左傾化はさらに進み,ついに「実証的歴史家」たちが立ち上がったのが,『解放前後史の再認識』です。

 発刊と同時に賛否両論を生み,話題になったために,固い論文集であるにもかかわらず相当な部数が売れたようです。

 ただ,このような「まともな歴史観」が韓国の主流を占め,日本の歴史家たちと話がかみ合うようになるまでには,まだちょっと時間がかかりそうです。

 次は,左翼的傾向の強い「京郷新聞」の出す週刊誌の記事。


[
人物研究] 教科書フォーラム共同代表李栄薫ソウル大教授

2008年10月7日ウィークリー京郷794号

学者としての信念か,「ゆがんだ歴史観」か

 「私には失うものがない。もし私が政治家ならば言葉を選んだだろう。教科書フォーラム以外,いかなる政治団体にも属したことがなく,政府委員会にも参加したことがない。私は学者として良心に基づいた主張をしてきた。大衆の歴史意識を発展させるために,研究者があえてしなければならないことがある。それが知識人の使命だと考える」 (李栄薫ソウル大経済学科教授)

 「もちろん李栄薫教授が政府の要席を占めたがる人ではないということはわかる。それなりの学問的立場に立って研究してきたことは信じたいが,今のやり方は政治屋やその手の「勢力」によって,上手に利用されているのではないか。現在の歴史教育と歴史学界に渦巻く,よからぬ圧力を彼が意図しなかったとはいえないだろう。」(チュ・ジノ サンミョン大史学科教授
)

「金星社教科書は反国家的統一運動教材」

 近現代史の歴史教科書をめぐる論議が再び火花を散らしている。国防部の歴史教科書改訂「意見書」から始まった論議は,教育科学部が国防部や統一部など政府関連部署だけでなく,商工会議所教科書フォーラムなどさまざまな団体にも改訂意見を頼んだことが判明し,騒ぎが広がっている。今年の3月,代案教科書を出して物議をかもした教科書フォーラムは,「9月17日,金星出版社刊高等学校歴史教科書「韓国近現代史」の是正を要求する嘆願を出した」ことを明らかにした。これらは金星出版社の2008年度版歴史教科書が,▲反帝国主義民族史観,もしくは第三世界革命論の歴史観に立っており,▲1945年以降の米国は帝国主義国家で,1948年以降の大韓民国を米国に従属した社会と規定し,60年間に大韓民国が成し遂げた経済発展と民主主義を否定的に評価しており,▲北朝鮮現代史に対しては中立的で寛大に叙述する一方,北朝鮮体制の野蛮的反人権性には沈黙していると主張している。教科書フォーラムは,「要するに同教科書は反国家的統一運動教材としての性質を強く帯びている」と声を高めた。

 教科書フォーラムの共同代表はパク・ヒョジョン・ソウル大国民倫理教育科教授,チャ・サンチョル忠南大史学科教授,李栄薫ソウル大経済学科教授の3人が務めるが,実質的に李栄薫教授が主導している。

 彼はインターネットなどで「親日派売国奴」として非難されている。その根拠は挺身隊発言だ。李栄薫教授の「発言」は2004年9月2日MBC「100分討論」に出演した席で飛びだした。過去の歴史真相究明をテーマに開かれたこの日の討論会で,李教授は「朝鮮総督府は慰安婦を強制的に動員したことはなく,史料を見れば犯罪行為は権力だけでなく多くの民間人の参加によってなされた」と語った。舌禍が広がると,二日後,李教授は「日本軍性奴隷が事実上「商業的目的の公娼であった」と発言したことはなく,相手側パネリストが勝手に解釈した主張があたかも私の発言のように伝えられた」と騒ぎを鎮めようとした。弁明の翌日,李栄薫教授は京畿道広州のナムヌの家を訪問し,挺身隊被害者のおばあさんたちの前にひざまずいて謝った。しかしおばあさんたちは受け入れなかった。カン・ジュヘ挺身隊対策協議会事務局長は「日帝強占期の里長や警察署で働いていた人々は日本人ではなく,植民地権力の下級官吏で朝鮮人が多いのは事実だが,責任問題に関する主張はあきれた内容だ」「あのとき李教授は,自分はそんなつもりではなかったと挺身隊被害者のおばあさんたちに謝ったが,今でも李教授をはじめとするニューライト陣営の歴史認識問題は変わっていないのではないか」と語った。

 李教授を困惑させる事件は,2006年11月30日にもふたたび炸裂した。この日の午後,ソウル教育大学で開かれる予定だった教科書フォーラム6次シンポジウムは,ついに開けなかった。ユ・ヨンイク延世大客員教授が,発表者の李教授を聴衆に紹介しようとしたとき,シンポジウム会場前方のドアが開き,一団の人々がなだれ込んできた。419関連の3団体の会員たちだった。彼らが会場に乱入した理由は,教科書フォーラムが教科書試案で「419革命」を学生運動として蔑視し,419団体に意見を聞くこともしなかったということだった。団体会員たちは壇上に上がり,李教授の襟首を掴んで抗議した。李教授のスーツははぎ取られ,唇を切って血が流れた。「事件」は,419団体と教科書フォーラムが共同で遺憾表明をして幕引きとなった。

 教科書フォーラムに参加している一人のメンバーは,自分の発言が引用されることを拒否した。政治的論議に巻きこまれたくないということだ。李栄薫教授が所長を務める落星垈経済研究所関係者も似たような反応を見せた。研究所のある研究員は「落星垈経済研究所の会員の中には,李栄薫教授の主張に同意する人もいればそうでない人もいる」「落星垈経済研究所と李栄薫教授の関わりは,たんに彼が所長を務めるというだけであり,研究所と特定の政治的立場,教科書フォーラムなどとは何の関係もない」と語った。

チョン・テイル焼身をきっかけに運動圏(学生運動家)になった大学生李栄薫

 教科書修正を要求するニューライト陣営の中心人物李栄薫。歪んだ歴史観の持ち主,愚か者,はなはだしきは親日派と規定する者がいる一方で,信念のある人物と評価する者もいる。はたして彼の頭の中にはどんな歴史観,歴史認識があるのだろうか。

 まず,38年前,李教授が大学の新入生だった頃を振り返ってみよう。安秉直ソウル大名誉教授との対談集『大韓民国 歴史の岐路に立つ』(図書出版キパラン)で李教授は,「チョン・テイル君の焼身現場を目撃した後,運動圏の学生になった」と語った。李教授によれば,チョン・テイルが焼身自殺した日の午後,高校の同期のパク・ドンヒョン(現長老会神学大教授)の発案で,平和市場一帯を見て回った。当時ソウル大法学部一年生だったパク・ドンヒョン教授は「チョン・テイルの焼身現場もそうだが,平和市場を回って,鳥小屋のように密集している劣悪な作業場を見て,李栄薫が憤慨して帰ったことを覚えている」と回顧した。パク教授の記憶では,その後,彼と李栄薫は当時教養課程のあった孔陵洞キャンパスで,チョン・テイルの焼身を知らせるチラシを張った。しかしパク教授は,「李教授の知り合いの先輩が本を送ってくれたが,その後ほとんど会わなかったので,私の名前が出ていたのは意外だった」と語った。パク教授は,自分は現在の李教授の立場とはずいぶん違うと述べた。彼は「漢文を熱心に学び,韓国経済史の研究に大きく寄与したと思っていたが,ある時期から価値観,世界観が変わったようで正直驚いている」と付け加えた。

 学部は違うが,「運動圏李栄薫」についての記憶は,ソン・ホチョル西江大政治外交学科教授も持っている。ソン教授は「運動圏であることは確かだが,李栄薫をあえて分類するなら「行動派」というより「理論派」に近かったと記憶している」と語った。しかしそれだけではなかった。大学2年の1971年春,大学周辺では教練反対運動が広がった。「デモ」に熱心に参加した李栄薫は,先輩のキム・グンテ(前統合民主党国会議員)から,休みの期間,農村奉仕活動でなく工場に入れという話を聞く。李栄薫はペイント工場に1か月半の間,偽装就職をする。その年の10月,位数令が発動されて,全国で2~300人の学生が除籍された。ソン教授は「当時,文理大の2年生では私だけが切られて,上の学年ではキム・ムンス(ヒョン京畿道知事),李栄薫,イ・チェオン(全南大経営学部教授)などが除籍された」「3,4年生は強制徴集されたが2年生は年齢の関係で,軍隊に行かずに残った」と付け加えた。安秉直教授と対談集によれば,この時李教授はキム・ムンスとともに安教授の家に訪ね,「労働運動に身を投じろ」という話を聞く。軍隊を除隊して復学した1976年,進路に悩んだ李教授は,また安秉直教授を訪ね彼の勧誘で大学院に進学する。安教授を指導教授として彼が博士学位を受けたのは,1984年2月。「朝鮮後期の土地所有と農業経営」というテーマだった。その年の9月,李栄薫はハンシン大学経済学科専任待遇教授として就職した。1980年代半ばから後半を風靡した社会構成体論争に,彼は飛び込まなかった。李教授は「社会構成体論争にまるで関心がないというわけではなかったが,皆現実とかけ離れた空理空論だった」と回顧した。マルクス主義的立場からの近代解釈でなく,史料を通した実証が,李教授の主な関心事であった。

 論争はとんでもないところから始まった。李栄薫の博士論文指導を最後に日本に出国した安秉直教授が,「中進資本主義論」という新しい立場を持ってきたのだ。日本に行く前,植民地反封建社会論者であった安教授が,当時の日本の碩学中村哲氏の韓国社会解釈の立場を受け入れたのだ。1987年「理論より実証」を主張した安教授は,落星垈経済研究所を設立し,李栄薫も参加した。落星垈経済研究所はその後,いわゆる植民地近代化論の牙城となる。日帝期の工業化や経済成長に対する実証研究プロジェクトを独自に進める研究機関になった。そしてその中心には,安秉直教授の後に続いて,李教授がいた。李教授は1989年から2002年まで成均館大に籍を置き,2002年ソウル大教授になった。

 「研究者としての李栄薫」は,朝鮮時代後期の農村社会の変動問題を深く掘り下げる一方,その延長線で日帝時代の農村問題を研究した。李教授らの研究によれば,朝鮮時代後期に至り,農業生産の減少と環境破壊による危機が深刻化した。

 その結果,19世紀後半の朝鮮王朝は滅亡の道をたどるほかなく,東学農民戦争などの騒動の頻発も,その文脈から解釈されるということだ。従来の歴史学界は商業拡大などを例に,いわゆる「資本主義萌芽論」を主張するが,李教授は自主的近代化は不可能なほど総体的に衰退を重ね,日帝は「永久併合」を目的として植民地支配を始めたと主張した。従来の歴史学界は収奪論,すなわち日帝が植民地朝鮮の発展を遮ったという主張が支配的だったが,彼と落星垈経済研究所は各種統計資料と実証研究をもとに,収奪論は民族主義によって作り出された記憶であり,実際日帝時代に近代化は着実に進んだだけでなく経済成長も持続的に起きたと主張している。

 批判陣営では,おおむね李教授の「学者としての真正性」は認めるが,イデオローグへの変身は批判されなければならないと語る。ユン・ヘドン成均館大東アジア学術院研究教授は「李栄薫教授の韓国経済史研究は1980年代後半からそれなりの独自の体系を構築してきた側面があって,特に朝鮮末期時期までの農業史にかかわる実証研究は,独自の成果をあげたと見なければならない」としながらも,「しかし,彼は前近代時代の研究と自らの発言がつながっていると思っているらしいが,彼の「政治的発言」はこれまでの学問的業績と乖離した面もある」と指摘した。朝鮮末期に関する研究は,学問的議論の対象として認められるが,日帝時代すなわち植民地時代の近代化に続いて,建国,李承晩と朴正煕体制の評価についての主張は納得しがたいということだ。チュ・ジノ サンミョン大史学科教授は「李教授の立場には同意しないけれど,近代史研究者として力量や姿勢は立派だと思う」「数年前から,なぜあのように極端に走るようになったのかわからないが,一生懸命,真剣に研究したにもかかわらず,歴史学界から無視され罵倒されていると思い込み,傷ついてそんなことをしたのではないかという気もする」と語った。

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3 コメント

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サムライですな、李栄薫 (馬齢)
2009-06-08 17:31:30
犬鍋さん、
李栄薫の韓国国内の評価
ご教示有難うがざいます。

「無視され罵倒されていると思い込み、・・・」ですか。

歴史分野でも、経済史・戦史のように経過が客観的に資料から読めるものでも、多くが粉飾・歪曲・捏造の類なのは韓国だけではないでしょう。

歴史は教訓足り得ないとすれば、真相なんてどうでも良いのかも知れません。

政治目的に<歴史>を捏造し、己の正当性の主張に援用するために、【歴史学者は要る】のだと観念する国は何処にでもあるし、何時の時代にもあります。大半の歴史学者がそうだといえるでしょう。

李栄薫も大変ですな。チョウセンの司馬遷ですか。
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アジアカラーからのお知らせ (アジアカラー)
2009-06-11 15:50:27
突然の投稿失礼致します。

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突然の投稿にも関わらず、最後までお読み頂き有難うございました。
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宮刑 (犬鍋)
2009-06-13 02:15:36
日本に亡命などせず,何とか韓国に踏みとどまって,韓国史学界を正常化してほしいものです。

今の時代に,宮刑に処せられるなんてことはないでしょうから。
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