売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

パソコン故障

2013-10-21 10:43:21 | 日記
 昨夜、パソコンの画面がいきなりブルースクリーンとなって、やむなくリセットをかけたら、その後、立ち上がってから勝手にリセットがかかるというパターンが延々と続きました
 今朝もバーコードのような小さな帯のようなものが画面にたくさん現れ、フリーズしてしまいました。
 たぶんマザーボードの異常だと思います。マザーボードが原因だと、旧式のものだから、現行品では入手不能で、CPUごと買い直して新しく作り直すしかないようです。メモリーも新規格にしなければなりませんし。まあ、メモリーは大容量のものが安くなっていますが。ハードディスクや光学ドライブは今のものをそのまま使えます。
 しかし“売れない作家”にとっては、金銭的余裕が……
 残るはノートパソコン1台ですが、作品の執筆は縦書きでしているので、画面が狭いノート型では、少し不便です
 『刺青師牡丹』はウェブサイトで横書きでの掲載だったので、最初から横書きで書いていました。
 しかしそれ以外の作品はすべて縦書きで書いています。
 この際、新しいパソコンを作るまでは、緊急避難的に横書きで書いて、最後に縦書きに変換する、というやり方をします。
 横書きと縦書きでは、微妙に感覚が違いますが
 “売れない作家”から“売れっ子作家”になるよう、頑張らねば。やはりお金がない状態が続くと、心まで貧しくなってしまいます。

台風26号後の弥勒山

2013-10-19 13:19:24 | 日記
 一昨日、弥勒山に登りました。
 16日早朝、愛知県でも台風26号の影響で、かなり風雨がひどかったのですが、登山道は異常ありませんでした。
 この日は晴天で、多くの登山者がいました。

   

 弥勒山の麓の田は、ほぼ稲刈りが終わっていました。

 
 頂上からの名古屋駅周辺の超高層ビル群です。先日行った東京・新宿や大阪市に比べれば、名古屋はまだ超高層ビルは少ないですが、現在も名古屋駅付近にいくつか建設中です。数年後には、また違った景観になると思います。
 この日、白山は初冠雪で、頂上あたりが白くなっていました。透明度がすっきりしなかったため、写真はうまく写せませんでしたが

  
 左は築水池からの弥勒山、大谷山。右は宮滝大池からの弥勒山、大谷山、道樹山(左より)。築水池が堤の工事のため、水が抜かれています。その影響で、下流にあたる宮滝大池でも、水がないのだと思います。

 

 築水池と宮滝大池の中間あたりにある、廻間第七号古墳です。7世紀前半の円墳で、直径約20mだそうです。名古屋市守山区の志段味からこのあたりにかけては、古墳などの遺跡がたくさんあります。
 宮滝大池の近くに、コスモスがたくさん植えられていますが、花はほとんど終わっていました

『ミッキ』第29回

2013-10-16 15:53:07 | 小説
 昨日まで5日間、仕事で東京に行っていたので、ブログの更新をしばらくできませんでした
 昨日は台風26号が接近し、大雨の中、高速バスで名古屋に戻りました。
 高蔵寺駅到着が夜11時半になり、高蔵寺駅からのバスがなく、大雨の中を傘をさして歩いて帰りました。何とか無事家にたどり着きました。
 東京も好きですが、やはり名古屋に帰ると、ほっとします。適度に都会で、多少田舎っぽいところがいいです。都会としては、神戸や福岡、札幌の中心街のほうが、名古屋より都会と言えるかもしれません。

 今回は『ミッキ』29回目を掲載します。


             7

 季節は秋もたけなわの一〇月になった。慎二はもう退院し、家に戻ってきた。予定より早い退院で、医者も慎二の回復力には驚いていた。鈴木さんは「慎二君が早く退院できたのも、美咲ちゃんの御守護霊様の御守護の賜(たまもの)よ。家族の人たちも救ってあげなきゃあね。家族の幸せは、美咲ちゃんの腹決め一つにかかっているんだから」と私をせき立てた。
 この一ヶ月、私は平田さんに心霊会の奉仕活動に誘われることが多かった。土日は春日井道場や名古屋の大きな東海本部道場で、清掃や場内整理、奉仕者の食事の支度などを手伝った。まだお導きができないなら、道場でご奉仕をして、徳を積みなさい、というのだ。
 毎月の月例祭は、京都の総本山と全国七カ所の本部道場との間で、同時中継される。春日井道場には、同時中継の設備がないので、次の土日にビデオを上映する。九月末の月例祭のとき、私は名古屋の東海本部で場内整理のご奉仕をした。千人を上回る参拝者がいて、その対応に、私は大童(おおわらわ)だった。東海本部道場は、総本山、関東総本部に次ぐ、大きな道場だ。
 奉仕に行くときは、春日井駅まで若林さんが車で迎えに来てくれた。鈴木さんはバイトして貯めたお金で、最近安い中古の軽自動車を買い、三人組はその車で、ご奉仕やお導きに奔走している。三人がときどき決められた食事の時間に遅れるのは、ご奉仕のためだった。
 私はこのところ、松本さんたちと距離を置いている。クラスメートの宏美ともあまりしゃべらなくなり、ほかの友達が「あんなに仲がよかったのに、どうしたの?」と心配した。G組の平田さんと一緒におかしな宗教をやっているということを知っている人もいて、噂になりかけていた。
 平田さんや鈴木さんは、入信を拒み、心霊会を誹謗した河村さんは、今にひどい罰を受けるだろうと予言していたが、まだ何も起こっていないことに、私は安堵している。
 私を導いて以来、平田さんは同級生を中心に、どんどんお導きの話をしかけている。話をしやすい人から声をかけているようだ。女子だけでなく、男子生徒に対してもお導きをしている。十数人もの生徒が妙法心霊会に勧誘され、その強引なやり方が、学校側からも問題にされるようになった。私は積極的に布教活動をしているわけではないが、平田さんに導かれ、心霊会にのめり込んで、一緒に布教活動をしている生徒も何人か出てきた。平田さんは短期間に鳥居松高校の生徒を何人も入信させ、若林法座会の平田班班長を任命された。私も平田班の一員となった。
 強引な布教活動が問題視され、平田さんはとうとう校長室に呼び出された。そして生徒を対象にした宗教活動をいっさいしないように注意をされた。しかし平田さんは「正しいことをやって、なぜいけないのですか」と主張し、布教活動をやめようとはしなかった。
 私の母も呼び出され、私と一緒に注意を受けた。母は私が得体のしれない宗教をやっていたことに驚いた。私は自分の部屋では、お勤めをしていないので、両親も心霊会に入っていることには気づいていなかった。校長室で事情を尋ねられ、私はやむなく、寮にいる学生が、平田さんを通して私を心霊会に入信させたことを話した。
「最近、仲がよかったクラスメートの岡島君とうまくいってないようなので、私としてもおかしいなと思い、注意はしていたのですが」と担任の小川先生が言った。
「それで最近、よく鈴木さんたちの部屋に行っていたんだね。このごろあれだけ仲がよかった松本君や彩花ちゃんには会わず、寮生と会っていることが多いから、おかしいなとは思っていたけど」と母は私を追及した。
「信教の自由は憲法でも保障されているので、宗教をやってはいけないというわけではありませんが、学校内で無理やり多くの人たちに入信を強要するという布教活動だけはやらないでほしいのですよ。もっとも主にやっているのは、平田さんという生徒で、美咲さんはむしろ被害者、というと表現は悪いのですが、押しつけられていたほうですが」
 小川先生が母に説明をした。母はご迷惑をかけ、申し訳ありませんでした、と小川先生にお詫びした。
「いえ、問題があるのは、美咲さんではなく、平田さんという生徒ですから。私ども学校側としては、宗教を辞めろ、とまでは強制できません。ただ、美咲さん自身が強制的に入信させられたのなら、この際、心霊会とかいうところから脱退されたほうがいいかとは思います」
 今度は同席していた教頭先生が言った。
 母は、父とも相談し、寮での中心人物の鈴木さんとも話し合ってみる、と教頭先生と小川先生に答えた。
「また何か問題が出れば、いつでも学校側に相談してください」と小川先生が話をまとめた。

 その夜、両親は仕事を終えてから、寮の応接室に鈴木さんを呼んだ。そして、私を含めて四人で話をした。脱会の話については、「私は美咲ちゃんと班が違うので、いっさいその件には応じられません。責任者の中田支部長や若林法座長と話をつけてください」と受け付けなかった。そして、せっかく素晴らしい信仰に巡り会ったのだから、辞めてはいけませんよ、と私に釘を刺した。逆に両親に対し、絶対に幸福になれる仏法なので、ご両親もこの機会にぜひとも入信してください、と導こうとした。
 父は、うちは先祖代々真宗の信仰をしているので、そんな新興宗教をやるわけにはいかない、と断った。それに対し、鈴木さんは「間違った信仰をすれば、必ず不幸になりますよ。架空の仏である阿弥陀如来に南無阿弥陀仏を唱えても、何の功徳もありません。失礼ですが、寮長さんが仕事に失敗したり、慎二君が交通事故に遭ったのも、その罰ですよ。このままでは、一家全員にまた大変な災厄が降りかかるので、ぜひとも家族全員、御守護霊様をいただき、その御守護を受けてください」と訴えた。
「とにかく美咲はまだ高校生ですからね。宗教に対しても十分な判断ができないと思うから、今は宗教から手を引かせてもらいますよ。もし信仰がしたいのなら、大人になってからにさせてもらいます」
 寮生と事を荒立てたくない父は、穏やかに、しかし毅然とした表情で断った。
 私はこれで心霊会のことで悩まなくてすむと喜んだ。松本さん、河村さん、宏美とも、また元通りの関係に戻れるだろう、と思うと、嬉しかった。三人はこんなことで友情は壊れない、いつまででも待っているから、と言ってくれたのだ。明日にでも三人に謝ろう。今回のことが雨降って地固まるとなり、以前にも増して固い友情で結ばれる仲になれるといいな、と私は楽観した。
 少し前、やむにやまれぬ気持ちから、自分の正直な思いを打ち明けた手紙を河村さんに出した。
 ――私は河村さんや松本さん、宏美から、そんな宗教は辞めちゃって、私たちと一緒に行こう、と言われたとき、心の中ではみんなと一緒についていきたい気持ちでいっぱいでした。でも、もし私を辞めさせれば、みんな罰を受けて、大変なことになる、死ぬことになる、と平田さんたちに脅されていたので、行くに行けませんでした。私は心の中では泣きながら、みんなと行きたい気持ちを思いとどまらせました。宏美が言うように、私はマインドコントロールを受けているのかもしれません。でも、本心はみんなのこと、とても大切な親友だと思っています。そのことだけは伝えておきたい。
 そんなことを訴えた手紙だった。
 すぐに河村さんから返事が来た。
 ――ミッキの苦しい気持ち、よく理解しています。誰よりも辛いのは、ミッキでしょうね。ミッキから手紙をもらい、本心を打ち明けてくれて、とても嬉しかった。今さら言われるまでもなくわかっていたけれど、改めてミッキから打ち明けてもらって、本当に嬉しい気持ちでいっぱいです。松本君も宏美も、ミッキの気持ちはよくわかっていますよ。ミッキも心を強く持って、マインドコントロールを打ち破ってください。私たちはミッキが戻ってくるのをいつまででも待っています。もし、私たちにできることがあれば、何でも言ってください。私は呪いで殺されるようなことはないから、安心してくださいね(笑)。手首の骨折も、すっかりよくなりました。とにかく、私たち四人は親友です。決してミッキを見捨てることはしませんよ。そのこと、忘れないでくださいね。
 私は河村さんの返信を読んで、思わず涙があふれてしまった。私にはこんな素晴らしい親友がいるんだ、と思うと、とても心強かった。明日、みんなに心霊会を辞めたことをまず報告して、謝ろう。
 私はジョンを寝る前の散歩に連れて行った。夜遅い時間は父が散歩に連れて行くことになっているが、今夜はちょっとジョンと歩いてみたかった。慎二もジョンを散歩に連れて行きたがっているが、複雑骨折がよくなったばかりなので、当分無理をしないように言われている。ジョンはときどき気まぐれで走り出したりするので、まだ一緒に散歩に行かないほうがいい。山川さんは、今は腕白盛りで、聞き分けがないところもありますが、二、三歳になれば、ジョンも落ち着いて、急に走り出したりするようなことはなくなりますよ、と言っている。
 私が寮を出て、ジョンと歩いていると、波多野さんが追いかけてきた。ジョンが喜んで波多野さんにじゃれついた。犬好きの波多野さんは、じゃれるジョンの首筋をさすって、 「ジョンジョン、大きくなったね、おまえ」と話しかけた。そして、「鈴木さんから聞いたよ」と今度は私に言った。
「お父さんたちが心霊会、辞めさせると言ってくれたそうね」
「はい。まだ高校生で、十分な判断力もないから、信仰はまださせられない、信仰をしたいのなら、大人になるまで待ちなさい、と言ってくれました」
「でも鈴木さんたち、おいそれとは辞めさせてくれないから、気をつけてね。さっきもいろいろ相談してたみたいだから。若林さんやノブちゃんにも電話していたみたい。私は表立っては力になれないけど、陰ながら応援してるからね。もし美咲ちゃんが辞めることができたら、私も勇気を出して、脱会する」
 波多野さんはわざわざこのことを知らせてくれるために追いかけてきてくれたのだ。力にはなれないと言いながら、このように応援してくれる人がいるだけでも、私には心強かった。

 翌朝、高蔵寺駅のホームで久しぶりに松本さんに会った。今まで、松本さんと顔を合わすのが辛かったので、いつもより早い時間の電車に乗っていた。
「今までごめんなさい。私、ようやく心霊会辞めることができそうなの。教頭先生や担任の小川先生も辞めるように言ってくれましたし。松本さんにはいやな思いをさせて、本当にごめんなさい」とまず謝った。私はそのとき、つい涙がこぼれてしまった。
「いや、よかったよ。ミッキもようやく目が覚めたんだね。昨日、宏美がミッキのお母さんが呼ばれて、校長室で話し合っていると教えてくれたんで、ひょっとしたら、ミッキ、辞めることができるかなって彩花たちと話し合っていたんだ。でも、一番辛かったのは、ミッキだったんだよね。とにかく、お帰りなさい。ほんと、よかったよ」
 松本さんも心から喜んでくれた。私は戻ってきたんだ、と思うと、また涙が流れた。朝の通学時間だというのに泣いていては、周りの人たちに変に思われそうだった。
 春日井駅で河村さんと宏美にも出会った。河村さんは交通事故に遭って以来、電車で通学している。私たちが乗った快速は神領駅に停車しないので、一本早い電車に乗って、春日井駅で待っていてくれた。久しぶりに松本さんと一緒にいる姿を見て、二人は察したようだった。
「ミッキ、松本さんと一緒にいるってことは、辞められたんだね。昨日、お母さんと一緒に校長室に行ったので、ひょっとしたら、と思っていたんだけど。最近、心霊会がかなり激しく布教活動やってたから、学校でも問題になってたもんね。平田のバカも厳しく注意されてたみたい」
 人のことをバカと呼ぶのは、宏美としては珍しかった。よほど憤懣やるかたないのだろう。
「本当にごめんね。いつか、河村さんや宏美が平田さんと話をしたとき、私と一緒に行こう、と言ってくれて、どんなに一緒に行きたかったことか……」
 ここまで言うと、私はまた涙が出て、言葉を続けることができなかった。
「あんなやつに平田さん、なんてさん付けすることないよ。平田のバカで十分」
 宏美はまた平田のバカと繰り返した。
「平田のバカはちょっと言い過ぎじゃないかしら。まあ、私も彼女を擁護する気は全くないけど」と河村さんが宏美をたしなめた。それから、「ねえ、夕方、久しぶりに四人でことぶき家にでも行こうよ。宏美も六時なら、合唱部大丈夫?」と誘ってくれた。
「お祝いにことぶき家のクリームあんみつではちょっとしけてるかな」
「六時、ことぶき家ですね。もし合唱部、終わらなくても、今日はミッキの記念すべき復活の日だから、抜け出します」
 しかしこの会話は平田さんに聞かれていた。

 その日、私は教室の掃除当番だった。掃除が終わり、歴史研究会の部室に向かおうとしたら、平田さんから声をかけられた。
「鮎川さん、心霊会、辞めるつもり?」
「ええ。両親にも昨日辞めるように言われたし。鈴木さんとも話をしたわ。もっとも鈴木さんにはせっかく巡り会った尊い教えなので、辞めないように強く言われたけど」
「そう。辞めちゃうの。残念だけど、仕方ないわね。私も教頭や担任から、学校では布教活動をするなときつく言われちゃったし。でも、高校卒業したら、ぜひともまた考え直してみて」
 平田さんはやけにあっさりしているなと思った。絶対辞めちゃあいけない、と引き留められるものと思っていたのだが。
「それで、辞めるなら退会届など書かないといけないので、ちょっとついてきて。校内で宗教活動をするのは固く禁じられているから、近くのクレープの店で、クレープ食べながら話そう」
 平田さんはそう指示をした。私は平田さんに続いて、校門を出た。すると、後ろから車が近づいてきた。白い大きなミニバンだった。私たちの前でミニバンが停まって、スライド式のドアが開いた。
「鮎川さん、さあ、乗って」と平田さんが言った。私は危険を感じ、逃げようとした。しかし中から男の人が出てきて、素早く私を車の中に引き入れた。その男の人は若林法座会のメンバーだった。口を塞がれ、声を出す間もなかった。平田さんも一緒に車に乗った。運転しているのは若林さんだった。助手席には鈴木さんも乗っていた。それで少しは安心した。
 私は心霊会の春日井道場に連れて行かれるものと思ったら、ミニバンは若林さんの家に向かった。道場には大勢の参拝者がいるので、拉致同然に車に押し込んだ私を連れて行くのは、まずいのだろう。
「さあ、降りて。別に取って食おうというんじゃないから、心配しなくても大丈夫だよ」と若林さんが言った。
 若林さんの自宅に着いて、私は車から降ろされた。私を車の中に引き込んだ男の人も一緒に家の中に入った。若林さんの家の前には、鈴木さんの青いミニカが停めてあった。若林さんの家には何度か行っている。道場ほどではないが、若林さんの自宅にも、八畳ほどの礼拝室が作ってある。祭壇には妙法心霊会の御守護神と御守護仏、そして若林家の御守護霊のお札が祀られている。若林法座会のメンバーで法座会を開催するときは、ここを使用する。
 礼拝室には法座会のメンバーが何人か来ていた。まだ四時頃なので、勤めている人たちはいないが、主に近所の主婦の会員が来ていた。寮生の酒井さんと永井さんも来ていた。平田さんは退会の手続きをすると言っていたのに、そんな雰囲気ではなさそうだ。昨夜、ジョンの散歩をしたとき、波多野さんが気をつけるよう耳打ちしてくれたので、私はもう少し用心するべきだった。
「私、部室でみんなが待っているので、早く学校に戻りたいんですけど」
「学校よりもっと大事な話があります」と若林さんが言った。来たな、と私は思った。
「今、鳥居松高校では、ノブちゃんがお導きに頑張っているのですが、学校側からいろいろな雑音や妨害が出ているようですね。鮎川さんはどう思いますか?」
 若林さんは私に感想を求めた。いつもの美咲ちゃんではなく、鮎川さんと改まった言い方をした。
「はい、平田さんは一生懸命頑張っていると思います。でも、やっぱり私たちは高校生なんですから、あまり宗教活動をやり過ぎるのもどうかと思いますが」
 私は思ったままを正直に答えた。
「本当にそう思うんですか? ノブちゃんは非常に尊いこと、素晴らしいことをやっているんですよ。それなのにやり過ぎだなんて言うのですか?」
 若林さんは私を叱責するような口調で咎めた。
「ノブちゃんは今年の六月に入信したばかりで、まだ四ヶ月しか経っていないのに、今では一生懸命お導きに励んでいます。それなのに、鮎川さんはまだ一人もお導きがないのですよ。恥ずかしいと思わないの?」
「いいえ。平田さんが心霊会の信仰に一生懸命になっている姿勢は尊いと思います。でも、私たちはまだ高校生ですから、宗教より勉学に打ち込むべきだと思っています。昨日、担任の先生や教頭先生からも言われました」
 私は臆しながらもこう答えた。私はまだやっと入信から一ヶ月が経ったばかりだし、今ひとつ御守護霊の御守護を感じたことがない。朝のお勤めをほとんどやっていないせいだと非難されそうだが。
「鮎川さんは尊い心霊会の教えより、凡夫、俗世間の言うことのほうを優先するのですか? 信仰のことを何も知らない凡夫の言うことなど、聞く必要はありません。開祖様や妙心先生が言われることこそが最も大切なのですよ。鮎川さんも、先生が書かれた本を何冊も読んだでしょう?」
 若林さんが私をなじるような口調で言った。すると、寮生の酒井さんが「私は今まで寮長のおじさんの娘だからと遠慮していたんだけど、美咲ちゃん、ちっとも家族や友達をお導きしようとしないんだからね。もう少し真面目にやってもらいたい、といつも思ってたんだよ。そんなことだから信心もぐらついて、ちょっと周りから雑音が入ると、もう辞めます、なんてことになるんだよ。それじゃあ、御守護霊様の御守護もいただけず、死んだら無間地獄行きは間違いないね」と厳しく咎めた。そして、その場に来ていた法座会の人たちも私のことを厳しく責め立てた。
 私はしばらく、法座会の人たちから責められ続けた。私はもういやだ、なぜこんなにひどいことを言われなければならないのだろうか、と泣きたい気持ちだった。
「鮎川さん、みんなひどいことを言っているようだけど、みんなは鮎川さんに無間地獄に堕ちてもらいたくない、何としてでも信仰の道を捨ててほしくない、御守護霊様に救っていただきたい、という慈悲の心から言っているんですよ。みんな鮎川さんのことを同じ信仰をする若林法座会の法友として、心から大切に思っているからこそ、心を鬼にして言っているんです。みんなの気持ちを無駄にしないでください」
 若林さんが一喝した。それに続いて、そこにいる一同が異口同音にそうだそうだと同調した。
 鈴木さんも「こんなことで辞めたりせず、もう一度頑張ろうよ。絶対幸せになれるから。私たちは美咲ちゃんが無間地獄に堕ちるのを、黙って見ていられないよ」と私に言った。平田さんも「鮎川さんは私の初めての導きの子だもん。絶対辞めないでよ。辞めたら、承知しないから」と泣きついた。
 私はここで情に負けてはいけないと思った。心霊会に入会したときも、周りからいろいろ言われ、つい断り切れず、「やります」と答えてしまったことがいけなかった。今度は絶対に妥協しないようにしなければ、と心を鬼にした。
 すると若林さんが「まだわからないの? それじゃあ、とりあえず辞めるのではなく、一時活動休止ということにしたら? 一度辞めてしまったら、大変な罰を受けることになるから。命に関わることになるかもしれませんよ。休止でも罰は出るけど、その罰は気づかせてもらえるための慈悲ですからね」と提案した。
 私はやむを得ず、それで同意することにした。活動休止から、そのままなし崩し的に退会に持って行こうと思った。
「でもね、私が感じた霊感では、近いうちに鮎川さんのお父さんかお母さんが、大変なことになりますよ。それで気づいても、手遅れになっても知りませんよ」
 若林さんは恐ろしい予言をした。しかし、そんな脅しには屈しないようにしなければならないと心を強く持った。
 私は鈴木さんのミニカで、学校の近くまで送ってもらった。鈴木さんの車に乗るのは、初めてだった。もう六時近かった。急いで部室に駆けつけると、河村さんが待っていた。部室に来ないので、どうしたのか心配していたと言った。今、松本さんが校内を探しているそうだ。河村さんは携帯電話で、私が部室に来たことを連絡した。松本さんもすぐに部室に戻ってきた。
 私は二人に、車に押し込められ、若林さんの家まで連れて行かれたことを話した。
「ひどいわね。それじゃあ、拉致じゃないの」と河村さんが憤った。
「よく無事に帰してくれたな。下手すると、どっかの地下室にでも閉じ込められて、洗脳されてまうんじゃないか?」
 松本さんも憤慨して言った。
「まさか。いくら何でも、そんな誘拐みたいなことまで」
 私はちょっと不安になった。しかし、それが本当のことになってしまうとは、思ってもみなかった。
「でも、一時休止ということなんでしょう? またしつこく言ってくるわよ」と河村さんが懸念した。
「はい。でも、絶対もう戻るつもりはありません。もう松本さんや河村さん、宏美に辛い思いをさせたくないですから。私には、守護霊より、みんなのほうがずっと大事です」
「そうそう。その意気だ。俺たちが絶対ミッキを守ってやるから」と松本さんが頼もしい発言をしてくれた。まもなく約束の時刻なので、私たちはことぶき家に急いだ。
 ことぶき家にはもう宏美が来ていた。宏美は合唱部の練習はまもなく終わるところだったので、早めに抜け出し、ついさっき着いたばかりだとのことだった。
 まず各々好みのものの食券を買い、オーダーをした。注文品ができるまでの間に、私は宏美に、さっきまで心霊会の人たちに拉致同然に連れ去られ、心霊会を辞めないように脅されていたことを話した。
「え、マジで? 昔テレビではなんとかいう教団がそんなようなことをしていたという特集番組を見たことあるけど、実際身近でそんなことが起こっただなんて、嘘みたい。また平田のバカがやったのね。もう絶対あんなの、相手にしないでよ」
 宏美も信じられないといったふうだった。今日は私が心霊会と縁を切ったことを祝うささやかな会のはずだったが、重苦しい雰囲気に包まれてしまった。気をつけないとまた無理やり車に押し込められて、拉致されるかもしれないよ、とみんなが心配した。私は最後に若林さんが「近いうちに鮎川さんのお父さんかお母さんが、大変なことになりますよ」と不気味な予言をしたことが不安だった。
「そんなの単なる脅しだよ。まともに考えるだけ損だから、無視してればいい」と松本さんが言った。
「そうよ。力のない宗教ほど、そうやって信者の恐怖心を煽り立てて、縛り付けようとするんだから、相手にする必要はないわ。私だって死ぬと言われたのに、まだピンピンしてるじゃない」と河村さんが相づちを打った。宏美もそうだそうだと賛成した。
「とにかく私たちは高校生なんだから、宗教よりもまだまだやるべきことがたくさんあるわよ。高校生だから信仰は必要ない、というつもりはないけど、まだ正邪も判断できないうちに、危険な宗教にのめり込むのは問題よね」と河村さんが結論づけた。
 ことぶき家を出たころには、雨が降り出していた。天気予報では午後の降水確率が高かったので、みんな傘を持ってきていた。雨の中、ジョンを散歩に連れて行くのはおっくうだなと思った。夕方のジョンの散歩は、私の係になっている。以前は慎二と交代でやっていたのだが、慎二は運動するのは、もう少し待ったほうがいいと医者から止められている。ジョンは体力があり、走り出したりするので、散歩に連れて行くのはけっこう大変だ。昼間と寝る前の散歩は、父が担当している。

台風一過の山歩き

2013-10-10 14:20:25 | 日記
 台風一過といっても、台風24号は日本海に入ってすぐ温帯低気圧になったので、台風一過というのは正確ではないかもしれません。
 それでも今朝は久しぶりの快晴に誘われ、弥勒山に登りました。
 まだ暑いとはいえ、山ではもう秋の気配が漂っています。しかし紅葉はまだ先のことのように思います。

  弥勒山

  

 もう稲刈りの時期で、麓の田は半分以上刈り取られていました。左が大谷山、右は道樹山です。

  
  

 植物園のバラはまもなく見頃です。

 弥勒山の頂上は、雲があり、中央アルプスや御嶽山は頂上あたりがみえませんでしたが、恵那山はどっしりと構えていました。

  

 右が恵那山。東海地方唯一の2000m峰です(2191m)。
 もちろん東海地方をどうとらえるかによっても違いますが。ここでは尾張、三河、美濃、伊勢と考えておきます。東海3県、もしくは静岡県を含めた東海4県には、3000m峰が目白押しです。

 

 

 

『ミッキ』第28回

2013-10-08 13:11:46 | 小説
 10月に入っても30℃を超える日があり、日中はまだ暑い日が続きます。朝晩は気温が下がり、1日の気温の差が大きく、体調を崩しがちです。
 今年は名古屋市で30℃以上の真夏日が87日となり、80年ぶりに最多記録を更新したそうです
 明日は台風24号が接近しそうですが、今年は台風の発生も多いとか。
 気候がだんだん狂ってきているのかもしれません。

 今日は『ミッキ』第28回です。美咲は新興宗教の深みにどんどん引き込まれてしまいます。



            

 私は朝は寝坊して、なかなかお勤めができなかったが、夜は鈴木さんたちに誘われ、一緒にお勤めをするようになった。鈴木さんたち三人組は、お導きなど、心霊会のご奉仕で寮に帰るのが遅くなることもあり、毎晩お勤めを一緒にするわけではなかったが。
 学校でも平田さんと一緒にいる時間が増え、その分、宏美と話したり、歴史研究会の部室に行くことが少なくなった。
 松本さんは心霊会のことで私と話をしたがったが、私は言葉を濁して、あまり話さなかった。
 河村さんは三日入院しただけで、退院した。退院翌日からは、左腕を三角巾で吊った状態で登校した。赤いフレームのメガネは事故に遭ったとき、破損してしまったので、メタルフレームのものを新調した。メガネが変わり、これまでかわいいという印象だったのが、凛々しく見えた。河村さんは私のことをとても心配してくれたが、私は自分から積極的に河村さんに会おうとはしなかった。というより、会えなかった。
 私は鈴木さんや平田さんから、何度も親しい友人を導きなさいと強要されていた。学校では、平田さんがいつも私の近くにいた。
 一度、宏美が平田さんに話をつけると言って、三人で喫茶店で話をしたことがある。そのとき、平田さんは心霊会のこと、御守護霊の素晴らしさを宏美に延々と語り、入信を勧めた。宏美はいっさい聞く耳を持たないという姿勢で、平田さんに挑みかかった。
「ミッキは私の大切な親友よ。そのミッキを、怪しげな宗教なんかに取られてなるものですか。あんたこそミッキに近づかないでほしいわ」と宏美は言い切った。平田さんがいくら心霊会の素晴らしさを語っても、無駄だった。
「ミッキ、もうこんな人と付き合うのはよしなさいよ。松本さんや河村さんが、どれだけ心配しているか、わかってるの? そんなことがわからないミッキじゃないでしょう?」
 宏美は私に心霊会を辞めるように、強く迫った。
「鮎川さん、この人、救いようがないわね。せっかく幸せになれる方法を教えてあげてるのに。かわいそうな人」と平田さんはさじを投げた。
「誰もあんたなんかに救ってもらいたいとは思ってないわ。さ、行きましょう、ミッキ。ミッキはマインドコントロールされてるのよ。いい加減に目を覚ましなさい」
 宏美は私の腕を取り、席を立たせようとした。
 私はこのとき、どれほど宏美と一緒に行きたいと思ったことか。松本さんの胸の中に飛び込みたい。河村さんとまた一緒に山に登りたい。この三人が、私の最も大切な親友なんだから。しかし、私は宏美と一緒に立てなかった。
「鮎川さん、そんな人たち、ほっときなさいよ。私たちは、法の上で結ばれた法友なのよ。仏法での関係こそ、最も大切なの。俗世間の友情なんて、すぐ裏切られるけど、私たち心霊会の法友の結びつきは、この世だけではなく、霊界までずっと続く、最も大切な関係なの。私たちの仲間こそ大切にしないといけないのよ」
 平田さんは私の肩を強く押さえた。私は宏美と行きたい、と心の中で叫びながらも、動けなかった。
「ミッキのバカ。これほど言ってもわからないの? 松本さんや河村さんが、どれだけミッキのことを心配していると思ってるの? もう知らない!」
 宏美はテーブルの上に、コーヒー代を置いて、涙を流しながら出て行った。私は涙こそ流していなかったが、心の中では泣いていた。宏美、力ずくででも私を連れてって、と心の底から叫んでいた。
 私が宏美と一緒に立ち去れなかったのは、鈴木さんから「もし心霊会を辞めさせようとする人がいれば、その人はひどい罰を受けることになる。本当に辞めてしまった場合、辞めるように働きかけた人は、命を落とすことも多い。これは脅しではなく、私も実際にその事例を聞いたり、自分の目で見たことがあるので、断言できる。それほど心霊会の御守護霊の偉力はすごいのだ」ということを聞いていたからだった。
 事実、河村さんは、鈴木さんが罰が当たると予言した翌日、交通事故に遭った。もちろん偶然だとは思いたいが、万が一本当に御守護霊の力により引き起こされた事故だったら、恐ろしい。もし私が仲間の言葉に従って、心霊会を脱会したことにより、大切な人たちの身に何かが起こっては、取り返しがつかないことになる。たとえ、私がどんなに嫌われようとも、三人の友を私は罰による災厄から護らなければならない。
 落ち着いて考えれば、本当にばかばかしいことなのだが、恐怖に縛られていた私は、冷静な判断ができない状態だった。
 それに、鈴木さんには他人の心を読む能力があるように思われた。私が信仰に関して、消極的に思っていることがあると、その都度ずばずば指摘された。あまりに的確に言われるので、恐ろしいほどだった。これも、人の表情や顔色をよく観察し、心理的な洞察を加えれば、できることかもしれなかったが、私はてっきり鈴木さんはテレパシーのような霊能力で、私の心を自在に読んでいるものと思い込んでいた。私はある意味、宏美が言ったように、マインドコントロールをされていたのかもしれない。
 平田さんはその後、松本さん、河村さんも呼び出して、私と二人でお導きをした。私はいやだったのだが、鈴木さんの指示には逆らえなかった。松本さんと河村さんは、なんとしても私に心霊会を辞めさせようとして、話し合いに応じた。
 話し合いは当然平行線に終わった。河村さんは宗教についての知識も豊富で、何度も平田さんを追い詰めた。論理的には、河村さんが平田さんを圧倒していた。しかし平田さんは「本当の御守護霊様のお力を知らない人が何を言ってるのですか? 私は御守護霊様の絶大な偉力を、身をもって体験してるからこそ、言えるのです。御守護霊様の力の前では、どんなに優れた宗教論でも、単なる机上の空論に過ぎません」と逃げるばかりだった。
「その守護霊でも、心霊会は間違っているわ。心霊会には何百人、何千人もの霊能者がいると聞いたけど、そんなに大量生産した霊能者が、本当に守護霊を呼び出すことができるほどの力を持ってるのかしら。ミッキの守護霊といっても、本当に守護霊が出現したのかどうか、わかったもんじゃないわ。守護霊というものは、にわか仕立ての霊能者がそう簡単に授けられるものじゃあないのよ」
 河村さんはそう挑みかかった。河村さんは、守護霊を出現させるためには、先祖霊の中から特に高い徳を持つ霊を探し出し、釈迦の成仏法による増益供養(ぞうえきくよう)を修する必要がある。そのためには、仏法僧の三宝が正しく揃っていなければならないのだけれど、心霊会には、釈迦の御真骨である仏舎利があるの? 在家の集団である心霊会には、正しい意味での僧侶は存在しないはず。また、南無妙法蓮華経を唱えるなら、日蓮大聖人のご本尊に対してでなくてはならないはずよ、守護霊や先祖霊に対して唱えるのは、間違ってるわ、などと立て続けに問い質した。
 それに対しては、平田さんは全く答えることができなかった。というより、河村さんの言っていること自体、理解できないようだった。ただ、心霊会を誹謗すると御守護霊様の罰で大変なことになる、としか反論できなかった。
「なんという失礼な言い方をするんですか? いくら上級生でも、心霊会の霊能者や御守護霊様を侮辱するのは許せません。河村さんでしたね、この前は御守護霊様のご慈悲で軽傷ですんだけど、今度は本当に命を落とすことになりますよ」
「できるなら、やってみなさい。私は脅しには屈しない。罰で脅すのは、守護霊じゃなくて、悪霊、悪魔よ。ミッキ、もし何ヶ月か経っても、私がぴんぴんしてたら、心霊会を辞めなさい。私たちの友情はこんなことでは壊れないわ。いつでもミッキが戻るのを待ってるからね。マッタク君、ミッキもきっといつかは気づいてくれる。それまで、待とうね。宏美と三人で」
「俺も腹を決めた。最初はもうミッキなんか知らん、どうなろうと勝手にしろ、という気持ちだったけど、俺も彩花や宏美と一緒に、待ってるよ。いつでも戻ってこい」
 こう言って二人は去っていった。私は断腸の思いで見送った。本当に素晴らしい親友だと思ったら、涙があふれてきた。河村さん、あんなことを言い切って、罰でおかしなことにならなければいいがと、そればかりが心配だった。
「私は知らないよ。きっとあの二人、罰で死ぬことになる」
 平田さんは河村さんに完全に言い負かされ、悔しさがにじみ出ていた。

 その夜、平田さんも寮の鈴木さんの部屋に来て、私を含めて七人で今日のお導きの総括をした。
「河村という子が一番の難敵のようね。ノブちゃんが完全に言い負かされただなんて。私も一緒について行くべきだったな。高校生は高校生同士でと考えてたのは、甘かったようね。今度会う機会があったら、私が応援について、完膚なきまでに破折(はしやく)してやるわ」
 鈴木さんは河村さんのことを、これだけ心霊会や御守護霊のことをひどく誹謗した以上、もう罰で無間地獄行きは確定したようなものだ、気の毒だが、何ともしようがないと言った。そして、もう過去の友達のことは忘れて、私たちを仲間として、信仰の道を進みなさい、それが最も幸せになれる道なのだ、と私に決意を促した。
 でも、松本さんや河村さんたちをそんなに簡単に見限れるものではない。鈴木さんは私の心を見て取って、いつまでも悪魔のことに未練を持っていてはいけない、と一喝した。河村さんたちが悪魔だなんて、ひどいと思った。河村さんは、罰で脅す心霊会こそが悪魔だと言っていた。
 お勤めの後、私は集まった人たちから、心霊会、御守護霊様の素晴らしさをくどくどと聞かされた。そして、これからは多くの人に、御守護霊様の絶大な偉力のことを教えてあげて、救っていこう、と誓わされた。しかし、私は上の空だった。
 話が終わり、私たちは平田さんを高蔵寺駅まで送りに行った。私はついでに、ジョンを散歩に連れて行った。初めてジョンを見た平田さんが、びっくりして怖がった。みんなが「ジョン君はおとなしいから、大丈夫だよ」と平田さんを安心させた。平田さんは犬はあまり好きではないようだ。
 ジョンを散歩に連れて行くとき、波多野麻衣さんが一緒についてきた。ジョンは波多野さんにはなついている。波多野さんはお勤めなどで鈴木さんの部屋に来ても、発言を求められたとき以外は、めったに話すことをしない。二人でしばらく雑談をしながら歩いた。波多野さんは富山県の出身だと、このとき初めて聞いた。故郷からは立山や剣岳などの北アルプスの山々がよく見えるそうだ。波多野さんは大学卒業後は、雪深い故郷には戻らず、名古屋で就職し、こちらで暮らしたいと言った。波多野さんは三年生なので、就職活動も忙しくなる。
「波多野さんの肩のタトゥー、すてきですね。かっこいいです。私の友達の女の子も、タトゥーをしてみたいと言っているのですけど」と私は話しかけた。
 それを機に、波多野さんはタトゥーのことを話し出した。入れたのは、一年ほど前の夏のことだった。高校生のころからファッションとしてのタトゥーに興味を持ち、いつかは入れてみたいと思っていた。大学に入学してから、入れるかどうかを一年以上熟慮した上で、決意した。
最初は背中一面に、丑(うし)年生まれの護り本尊である虚空蔵菩薩を彫るつもりだったそうだ。だが、さすがにそこまで大きなものを入れてしまっては、これからの人生に支障が出そうなので、よく考えたほうがいい、と卑美子さんという女性アーティストに助言された。卑美子さんと相談した上で、虚空蔵菩薩を表す梵字の図柄をデザインしてもらったという。卑美子さんの名前は、私もメビウスの輪のアキコさんから聞いたことがある。有名なタトゥーアーティストだ。私が卑美子さんの名前を知っていたので、波多野さんは意外そうだった。
 波多野さんは、タトゥーを入れる以上は、一生後悔しない、消すぐらいなら、最初から入れないほうがいい、という覚悟を持って臨んだのだそうだ。自分の守護仏の梵字だから、お守りとして大切にしたいという。就職したら、勤務先にはタトゥーを入れていることは隠し、見つからないように気をつけるつもりだと言った。結婚相手は、タトゥーに寛容な男性を探したいとのことだ。
「でも、友達がタトゥーをしたいと言ってるのなら、タトゥーをした場合のデメリットなんかも、よく教えてあげてね。私も彫り師の先生に、いろいろアドバイスされて、小さいのにしたんだけど、今では背中一面にやらなくてよかったと思ってるの。かっこいいとかきれいだとか、そのときの勢いで入れちゃうと、後々苦労することも多いから。私は覚悟の上で入れたんだけど」と忠告もしてくれた。
 寮からかなり離れたところで、波多野さんは「美咲ちゃん、本当はどう思うの? 心霊会のこと」と尋ねた。私はすぐには返事ができなかった。
「ひょっとして、うまいこと言われて道場に連れてこられ、周りから一緒にやろう、としつこく誘われて、無理やり入信させられたんじゃない?」
 私は波多野さんに図星を指された。
「実は私がそうなのよ。本当は辞めたいけど、怖くて言い出せないの。守護霊の儀式の借金で縛られてもいるし。法的な返済義務はないといいながら、守護霊に誓約したのだから、辞めるのならすぐ三〇万円払わないと罰が当たると脅されて。結局はお金儲けだわ。霊能者養成講座を受けるには、何十万、何百万ものお金が必要と聞いてるわ。美咲ちゃんも無理やり入信させられたんじゃないの? 私はみんなに告げ口したりしないから、正直な気持ちを教えてくれない?」
 波多野さんはこのことを話したくて、わざわざジョンの散歩についてきたのだなと思った。波多野さんになら、話しても大丈夫だと思った。それで私の本当の気持ちを波多野さんに話した。それにしても、霊能者になるためには何百万円ものお金が必要だということには驚いた。
「私、高校の同学年の平田さんに誘われて、心霊会だなんて知らずに道場に連れて行かれたんです。ビデオ見て、感動しちゃったし、周りの人からしつこく一緒にやろう、と勧められ、やると言わないと帰してくれそうになかったので、やります、と答えてしまったんですけど」
「そうよね。私、知ってるけど、鈴木さんたち、何とか美咲ちゃんを入信させようと、夏休みのうちから、計画を練っていたのよ。ノブちゃんは同じ学校だから、うまく利用されたのね」
 そのことは私も気づいていた。
「私の場合は、肩にタトゥーを入れたので、鈴木さんに、身体に自分の意思で傷をつけたのは、自分の魂に傷をつけたのと同じで、非常に大きな罪業を積んだことになり、死後、仏罰で無間地獄に堕とされる。そうならないためには、守護霊様を出してもらい、一生懸命祈って、許しを請いなさいって脅かされ、入信したのよ。守護霊出現の儀式も、私は入れ墨をして罪障が深いからと、最初から縁覚の供養を要求されたの。供養金の額で守護霊の格を決めるのって、変よね。今から考えると、何となくはめられたように思えて、悔しいけど」
「私の友達も、罰で脅すのは、守護霊というより、悪霊か悪魔だと言っていました。平田さんはその人のこと、罰で死ぬ、なんて怖いこと言ってるんで、私、ちょっと不安なんですが」
「でも、確かに罰はあるみたい。私が知っているだけでも、入信を断ってひどい目にあった人、何人もいるから。ひどい中傷をした人の中には、本当に病気や交通事故で死んじゃった人もいるそうだから、私、怖くて脱会できないの。偶然だと思いたいんだけど、やっぱり、もしということがあると、怖いから。私は罰というより、人間の念の力だと思うの。心霊会を誹謗した人に対し、みんなでその人に罰が当たるよう念ずることによって、そんなことになると思うのよ。黒魔術や呪いの藁人形みたいなものよね。でも、こんなこと、鈴木さんや若林のおばさんには絶対言わないでね。こんなこと考えていることが知れたら、何をされるかわからないから」
「もちろん言いません。でも、こうやって聞いてると、なんかひどいですね。お金のこともびっくりです。ただ、私の友達は本当に交通事故に遭ってしまったし、さっきも言ったけど、今度は死ぬと言われて、私、すごく心配なのです」
 波多野さんの話を聞いて、また河村さんのことが不安になった。本当に大丈夫なのだろうか。どうか、河村さんたちには罰が出ませんように、と私は守護霊に祈りたかった。本当に守護霊が出ているのなら。
「うちの寮にはもう一人、腰に何輪もの牡丹の花と蝶を入れている山田さんって人がいるけど、彼女はお導きされても、ひどく反発しているよ。ブラジル人のマリアはクリスチャンだから、最初から話を聞こうともしないしね。でも、この二人には罰はまだ出ていないみたい。さすがの鈴木さんも手こずっているようよ」
 このときは波多野さんは小気味よさそうにクスリと笑った。私は山田さんのタトゥーは、しゃがんで背中がはだけたとき、一部を見ただけだった。牡丹と蝶の図柄だということを、初めて知った。そんな話をしているうちに、もう寮の近くまで戻ってきた。
「それじゃあね。何かあったら、また話しよう。このことは、二人だけの秘密よ。これから、私たちは仲間よ。友達」
 波多野さんは小声で言って一足先に寮の中に入っていった。
 波多野さんはみんなが集まったとき、あまり発言しないのは、心霊会に批判的だからなのだ。波多野さんなら、私の気持ちをわかってくれる。これから、心霊会のことで何かいやなことがあったら、波多野さんに話をしてみよう。仲間、友達だと言ってくれたのだから。解決はできないまでも、話を聞いてもらえるだけで、多少は気が楽になりそうだ。