売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『ミッキ』第28回

2013-10-08 13:11:46 | 小説
 10月に入っても30℃を超える日があり、日中はまだ暑い日が続きます。朝晩は気温が下がり、1日の気温の差が大きく、体調を崩しがちです。
 今年は名古屋市で30℃以上の真夏日が87日となり、80年ぶりに最多記録を更新したそうです
 明日は台風24号が接近しそうですが、今年は台風の発生も多いとか。
 気候がだんだん狂ってきているのかもしれません。

 今日は『ミッキ』第28回です。美咲は新興宗教の深みにどんどん引き込まれてしまいます。



            

 私は朝は寝坊して、なかなかお勤めができなかったが、夜は鈴木さんたちに誘われ、一緒にお勤めをするようになった。鈴木さんたち三人組は、お導きなど、心霊会のご奉仕で寮に帰るのが遅くなることもあり、毎晩お勤めを一緒にするわけではなかったが。
 学校でも平田さんと一緒にいる時間が増え、その分、宏美と話したり、歴史研究会の部室に行くことが少なくなった。
 松本さんは心霊会のことで私と話をしたがったが、私は言葉を濁して、あまり話さなかった。
 河村さんは三日入院しただけで、退院した。退院翌日からは、左腕を三角巾で吊った状態で登校した。赤いフレームのメガネは事故に遭ったとき、破損してしまったので、メタルフレームのものを新調した。メガネが変わり、これまでかわいいという印象だったのが、凛々しく見えた。河村さんは私のことをとても心配してくれたが、私は自分から積極的に河村さんに会おうとはしなかった。というより、会えなかった。
 私は鈴木さんや平田さんから、何度も親しい友人を導きなさいと強要されていた。学校では、平田さんがいつも私の近くにいた。
 一度、宏美が平田さんに話をつけると言って、三人で喫茶店で話をしたことがある。そのとき、平田さんは心霊会のこと、御守護霊の素晴らしさを宏美に延々と語り、入信を勧めた。宏美はいっさい聞く耳を持たないという姿勢で、平田さんに挑みかかった。
「ミッキは私の大切な親友よ。そのミッキを、怪しげな宗教なんかに取られてなるものですか。あんたこそミッキに近づかないでほしいわ」と宏美は言い切った。平田さんがいくら心霊会の素晴らしさを語っても、無駄だった。
「ミッキ、もうこんな人と付き合うのはよしなさいよ。松本さんや河村さんが、どれだけ心配しているか、わかってるの? そんなことがわからないミッキじゃないでしょう?」
 宏美は私に心霊会を辞めるように、強く迫った。
「鮎川さん、この人、救いようがないわね。せっかく幸せになれる方法を教えてあげてるのに。かわいそうな人」と平田さんはさじを投げた。
「誰もあんたなんかに救ってもらいたいとは思ってないわ。さ、行きましょう、ミッキ。ミッキはマインドコントロールされてるのよ。いい加減に目を覚ましなさい」
 宏美は私の腕を取り、席を立たせようとした。
 私はこのとき、どれほど宏美と一緒に行きたいと思ったことか。松本さんの胸の中に飛び込みたい。河村さんとまた一緒に山に登りたい。この三人が、私の最も大切な親友なんだから。しかし、私は宏美と一緒に立てなかった。
「鮎川さん、そんな人たち、ほっときなさいよ。私たちは、法の上で結ばれた法友なのよ。仏法での関係こそ、最も大切なの。俗世間の友情なんて、すぐ裏切られるけど、私たち心霊会の法友の結びつきは、この世だけではなく、霊界までずっと続く、最も大切な関係なの。私たちの仲間こそ大切にしないといけないのよ」
 平田さんは私の肩を強く押さえた。私は宏美と行きたい、と心の中で叫びながらも、動けなかった。
「ミッキのバカ。これほど言ってもわからないの? 松本さんや河村さんが、どれだけミッキのことを心配していると思ってるの? もう知らない!」
 宏美はテーブルの上に、コーヒー代を置いて、涙を流しながら出て行った。私は涙こそ流していなかったが、心の中では泣いていた。宏美、力ずくででも私を連れてって、と心の底から叫んでいた。
 私が宏美と一緒に立ち去れなかったのは、鈴木さんから「もし心霊会を辞めさせようとする人がいれば、その人はひどい罰を受けることになる。本当に辞めてしまった場合、辞めるように働きかけた人は、命を落とすことも多い。これは脅しではなく、私も実際にその事例を聞いたり、自分の目で見たことがあるので、断言できる。それほど心霊会の御守護霊の偉力はすごいのだ」ということを聞いていたからだった。
 事実、河村さんは、鈴木さんが罰が当たると予言した翌日、交通事故に遭った。もちろん偶然だとは思いたいが、万が一本当に御守護霊の力により引き起こされた事故だったら、恐ろしい。もし私が仲間の言葉に従って、心霊会を脱会したことにより、大切な人たちの身に何かが起こっては、取り返しがつかないことになる。たとえ、私がどんなに嫌われようとも、三人の友を私は罰による災厄から護らなければならない。
 落ち着いて考えれば、本当にばかばかしいことなのだが、恐怖に縛られていた私は、冷静な判断ができない状態だった。
 それに、鈴木さんには他人の心を読む能力があるように思われた。私が信仰に関して、消極的に思っていることがあると、その都度ずばずば指摘された。あまりに的確に言われるので、恐ろしいほどだった。これも、人の表情や顔色をよく観察し、心理的な洞察を加えれば、できることかもしれなかったが、私はてっきり鈴木さんはテレパシーのような霊能力で、私の心を自在に読んでいるものと思い込んでいた。私はある意味、宏美が言ったように、マインドコントロールをされていたのかもしれない。
 平田さんはその後、松本さん、河村さんも呼び出して、私と二人でお導きをした。私はいやだったのだが、鈴木さんの指示には逆らえなかった。松本さんと河村さんは、なんとしても私に心霊会を辞めさせようとして、話し合いに応じた。
 話し合いは当然平行線に終わった。河村さんは宗教についての知識も豊富で、何度も平田さんを追い詰めた。論理的には、河村さんが平田さんを圧倒していた。しかし平田さんは「本当の御守護霊様のお力を知らない人が何を言ってるのですか? 私は御守護霊様の絶大な偉力を、身をもって体験してるからこそ、言えるのです。御守護霊様の力の前では、どんなに優れた宗教論でも、単なる机上の空論に過ぎません」と逃げるばかりだった。
「その守護霊でも、心霊会は間違っているわ。心霊会には何百人、何千人もの霊能者がいると聞いたけど、そんなに大量生産した霊能者が、本当に守護霊を呼び出すことができるほどの力を持ってるのかしら。ミッキの守護霊といっても、本当に守護霊が出現したのかどうか、わかったもんじゃないわ。守護霊というものは、にわか仕立ての霊能者がそう簡単に授けられるものじゃあないのよ」
 河村さんはそう挑みかかった。河村さんは、守護霊を出現させるためには、先祖霊の中から特に高い徳を持つ霊を探し出し、釈迦の成仏法による増益供養(ぞうえきくよう)を修する必要がある。そのためには、仏法僧の三宝が正しく揃っていなければならないのだけれど、心霊会には、釈迦の御真骨である仏舎利があるの? 在家の集団である心霊会には、正しい意味での僧侶は存在しないはず。また、南無妙法蓮華経を唱えるなら、日蓮大聖人のご本尊に対してでなくてはならないはずよ、守護霊や先祖霊に対して唱えるのは、間違ってるわ、などと立て続けに問い質した。
 それに対しては、平田さんは全く答えることができなかった。というより、河村さんの言っていること自体、理解できないようだった。ただ、心霊会を誹謗すると御守護霊様の罰で大変なことになる、としか反論できなかった。
「なんという失礼な言い方をするんですか? いくら上級生でも、心霊会の霊能者や御守護霊様を侮辱するのは許せません。河村さんでしたね、この前は御守護霊様のご慈悲で軽傷ですんだけど、今度は本当に命を落とすことになりますよ」
「できるなら、やってみなさい。私は脅しには屈しない。罰で脅すのは、守護霊じゃなくて、悪霊、悪魔よ。ミッキ、もし何ヶ月か経っても、私がぴんぴんしてたら、心霊会を辞めなさい。私たちの友情はこんなことでは壊れないわ。いつでもミッキが戻るのを待ってるからね。マッタク君、ミッキもきっといつかは気づいてくれる。それまで、待とうね。宏美と三人で」
「俺も腹を決めた。最初はもうミッキなんか知らん、どうなろうと勝手にしろ、という気持ちだったけど、俺も彩花や宏美と一緒に、待ってるよ。いつでも戻ってこい」
 こう言って二人は去っていった。私は断腸の思いで見送った。本当に素晴らしい親友だと思ったら、涙があふれてきた。河村さん、あんなことを言い切って、罰でおかしなことにならなければいいがと、そればかりが心配だった。
「私は知らないよ。きっとあの二人、罰で死ぬことになる」
 平田さんは河村さんに完全に言い負かされ、悔しさがにじみ出ていた。

 その夜、平田さんも寮の鈴木さんの部屋に来て、私を含めて七人で今日のお導きの総括をした。
「河村という子が一番の難敵のようね。ノブちゃんが完全に言い負かされただなんて。私も一緒について行くべきだったな。高校生は高校生同士でと考えてたのは、甘かったようね。今度会う機会があったら、私が応援について、完膚なきまでに破折(はしやく)してやるわ」
 鈴木さんは河村さんのことを、これだけ心霊会や御守護霊のことをひどく誹謗した以上、もう罰で無間地獄行きは確定したようなものだ、気の毒だが、何ともしようがないと言った。そして、もう過去の友達のことは忘れて、私たちを仲間として、信仰の道を進みなさい、それが最も幸せになれる道なのだ、と私に決意を促した。
 でも、松本さんや河村さんたちをそんなに簡単に見限れるものではない。鈴木さんは私の心を見て取って、いつまでも悪魔のことに未練を持っていてはいけない、と一喝した。河村さんたちが悪魔だなんて、ひどいと思った。河村さんは、罰で脅す心霊会こそが悪魔だと言っていた。
 お勤めの後、私は集まった人たちから、心霊会、御守護霊様の素晴らしさをくどくどと聞かされた。そして、これからは多くの人に、御守護霊様の絶大な偉力のことを教えてあげて、救っていこう、と誓わされた。しかし、私は上の空だった。
 話が終わり、私たちは平田さんを高蔵寺駅まで送りに行った。私はついでに、ジョンを散歩に連れて行った。初めてジョンを見た平田さんが、びっくりして怖がった。みんなが「ジョン君はおとなしいから、大丈夫だよ」と平田さんを安心させた。平田さんは犬はあまり好きではないようだ。
 ジョンを散歩に連れて行くとき、波多野麻衣さんが一緒についてきた。ジョンは波多野さんにはなついている。波多野さんはお勤めなどで鈴木さんの部屋に来ても、発言を求められたとき以外は、めったに話すことをしない。二人でしばらく雑談をしながら歩いた。波多野さんは富山県の出身だと、このとき初めて聞いた。故郷からは立山や剣岳などの北アルプスの山々がよく見えるそうだ。波多野さんは大学卒業後は、雪深い故郷には戻らず、名古屋で就職し、こちらで暮らしたいと言った。波多野さんは三年生なので、就職活動も忙しくなる。
「波多野さんの肩のタトゥー、すてきですね。かっこいいです。私の友達の女の子も、タトゥーをしてみたいと言っているのですけど」と私は話しかけた。
 それを機に、波多野さんはタトゥーのことを話し出した。入れたのは、一年ほど前の夏のことだった。高校生のころからファッションとしてのタトゥーに興味を持ち、いつかは入れてみたいと思っていた。大学に入学してから、入れるかどうかを一年以上熟慮した上で、決意した。
最初は背中一面に、丑(うし)年生まれの護り本尊である虚空蔵菩薩を彫るつもりだったそうだ。だが、さすがにそこまで大きなものを入れてしまっては、これからの人生に支障が出そうなので、よく考えたほうがいい、と卑美子さんという女性アーティストに助言された。卑美子さんと相談した上で、虚空蔵菩薩を表す梵字の図柄をデザインしてもらったという。卑美子さんの名前は、私もメビウスの輪のアキコさんから聞いたことがある。有名なタトゥーアーティストだ。私が卑美子さんの名前を知っていたので、波多野さんは意外そうだった。
 波多野さんは、タトゥーを入れる以上は、一生後悔しない、消すぐらいなら、最初から入れないほうがいい、という覚悟を持って臨んだのだそうだ。自分の守護仏の梵字だから、お守りとして大切にしたいという。就職したら、勤務先にはタトゥーを入れていることは隠し、見つからないように気をつけるつもりだと言った。結婚相手は、タトゥーに寛容な男性を探したいとのことだ。
「でも、友達がタトゥーをしたいと言ってるのなら、タトゥーをした場合のデメリットなんかも、よく教えてあげてね。私も彫り師の先生に、いろいろアドバイスされて、小さいのにしたんだけど、今では背中一面にやらなくてよかったと思ってるの。かっこいいとかきれいだとか、そのときの勢いで入れちゃうと、後々苦労することも多いから。私は覚悟の上で入れたんだけど」と忠告もしてくれた。
 寮からかなり離れたところで、波多野さんは「美咲ちゃん、本当はどう思うの? 心霊会のこと」と尋ねた。私はすぐには返事ができなかった。
「ひょっとして、うまいこと言われて道場に連れてこられ、周りから一緒にやろう、としつこく誘われて、無理やり入信させられたんじゃない?」
 私は波多野さんに図星を指された。
「実は私がそうなのよ。本当は辞めたいけど、怖くて言い出せないの。守護霊の儀式の借金で縛られてもいるし。法的な返済義務はないといいながら、守護霊に誓約したのだから、辞めるのならすぐ三〇万円払わないと罰が当たると脅されて。結局はお金儲けだわ。霊能者養成講座を受けるには、何十万、何百万ものお金が必要と聞いてるわ。美咲ちゃんも無理やり入信させられたんじゃないの? 私はみんなに告げ口したりしないから、正直な気持ちを教えてくれない?」
 波多野さんはこのことを話したくて、わざわざジョンの散歩についてきたのだなと思った。波多野さんになら、話しても大丈夫だと思った。それで私の本当の気持ちを波多野さんに話した。それにしても、霊能者になるためには何百万円ものお金が必要だということには驚いた。
「私、高校の同学年の平田さんに誘われて、心霊会だなんて知らずに道場に連れて行かれたんです。ビデオ見て、感動しちゃったし、周りの人からしつこく一緒にやろう、と勧められ、やると言わないと帰してくれそうになかったので、やります、と答えてしまったんですけど」
「そうよね。私、知ってるけど、鈴木さんたち、何とか美咲ちゃんを入信させようと、夏休みのうちから、計画を練っていたのよ。ノブちゃんは同じ学校だから、うまく利用されたのね」
 そのことは私も気づいていた。
「私の場合は、肩にタトゥーを入れたので、鈴木さんに、身体に自分の意思で傷をつけたのは、自分の魂に傷をつけたのと同じで、非常に大きな罪業を積んだことになり、死後、仏罰で無間地獄に堕とされる。そうならないためには、守護霊様を出してもらい、一生懸命祈って、許しを請いなさいって脅かされ、入信したのよ。守護霊出現の儀式も、私は入れ墨をして罪障が深いからと、最初から縁覚の供養を要求されたの。供養金の額で守護霊の格を決めるのって、変よね。今から考えると、何となくはめられたように思えて、悔しいけど」
「私の友達も、罰で脅すのは、守護霊というより、悪霊か悪魔だと言っていました。平田さんはその人のこと、罰で死ぬ、なんて怖いこと言ってるんで、私、ちょっと不安なんですが」
「でも、確かに罰はあるみたい。私が知っているだけでも、入信を断ってひどい目にあった人、何人もいるから。ひどい中傷をした人の中には、本当に病気や交通事故で死んじゃった人もいるそうだから、私、怖くて脱会できないの。偶然だと思いたいんだけど、やっぱり、もしということがあると、怖いから。私は罰というより、人間の念の力だと思うの。心霊会を誹謗した人に対し、みんなでその人に罰が当たるよう念ずることによって、そんなことになると思うのよ。黒魔術や呪いの藁人形みたいなものよね。でも、こんなこと、鈴木さんや若林のおばさんには絶対言わないでね。こんなこと考えていることが知れたら、何をされるかわからないから」
「もちろん言いません。でも、こうやって聞いてると、なんかひどいですね。お金のこともびっくりです。ただ、私の友達は本当に交通事故に遭ってしまったし、さっきも言ったけど、今度は死ぬと言われて、私、すごく心配なのです」
 波多野さんの話を聞いて、また河村さんのことが不安になった。本当に大丈夫なのだろうか。どうか、河村さんたちには罰が出ませんように、と私は守護霊に祈りたかった。本当に守護霊が出ているのなら。
「うちの寮にはもう一人、腰に何輪もの牡丹の花と蝶を入れている山田さんって人がいるけど、彼女はお導きされても、ひどく反発しているよ。ブラジル人のマリアはクリスチャンだから、最初から話を聞こうともしないしね。でも、この二人には罰はまだ出ていないみたい。さすがの鈴木さんも手こずっているようよ」
 このときは波多野さんは小気味よさそうにクスリと笑った。私は山田さんのタトゥーは、しゃがんで背中がはだけたとき、一部を見ただけだった。牡丹と蝶の図柄だということを、初めて知った。そんな話をしているうちに、もう寮の近くまで戻ってきた。
「それじゃあね。何かあったら、また話しよう。このことは、二人だけの秘密よ。これから、私たちは仲間よ。友達」
 波多野さんは小声で言って一足先に寮の中に入っていった。
 波多野さんはみんなが集まったとき、あまり発言しないのは、心霊会に批判的だからなのだ。波多野さんなら、私の気持ちをわかってくれる。これから、心霊会のことで何かいやなことがあったら、波多野さんに話をしてみよう。仲間、友達だと言ってくれたのだから。解決はできないまでも、話を聞いてもらえるだけで、多少は気が楽になりそうだ。