売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『ミッキ』第30回

2013-10-22 09:34:39 | 小説
 昨日はパソコンの不調で大変でした。書きかけた新作を、一気に書き進めるつもりでしたが、データのバックアップでほぼ1日費やしてしまいました。
 特にデジカメの画像をDVDにバックアップする作業で、時間がかかりました。
 今日は『ミッキ』第30回です。
 物語もいよいよ大詰めです。


            8

 その後しばらくは何も起こらなかった。二学期の中間テストも無事に終わった。私は一時期、気持ちが落ち込み、勉強も手につかなかったが、心霊会をとりあえず休止するということで、松本さんたちと仲直りもでき、中間テストの直前で私は勉強に集中できるようになった。クラスでの席次は一学期の期末試験から一つ落としたが、それでも気分の落ち込みから立ち直り、よく頑張ったと思った。うかうかしていると宏美に追い抜かれそうだ。
 河村さんは今回も学年トップだった。松本さんもまずまずで、大学受験に自信を取り戻しつつある。
 中間テストのあと、二年生は四泊五日で修学旅行に行った。行き先は中国、四国地方だった。松本さんは、修学旅行の間、宿泊先の旅館から、毎晩携帯で電話をかけてくれた。
 慎二も二泊三日の野外学習に参加した。場所は植物園のすぐ近くの少年自然の家だ。慎二の脚は、西高森山へのハイキングができる程度には回復していた。好天に恵まれ、野外炊事やキャンプファイヤーも十分楽しんできたようだ。

  
 彩花たちが修学旅行で行った? 因島 しまなみ海道


  少年自然の家

  西高森山へのハイキングコース

 しかし、そんなある日に悲劇が起こった。授業中、事務職員が、母から電話だと私を呼びに来てくれた。事務室で電話に出ると、母は「美咲、大変なことになったよ。お父さんがね、階段から落ちて、頭を打って大怪我をしたの。緊急な手術が必要とのことで、これから手術になるよ。病院は水野整形外科、ほら、慎二が入院していた病院だよ」と言った。
 父が頭に大怪我をしたと聞いて、私は一瞬頭の中が真っ白になった。母もかなり焦っているようだった。水野整形外科病院は県知事より救急病院として認可されている。交通事故などの頭部損傷の重体患者を受け入れる設備があり、優秀な脳外科の医師もいる。
「また何かあったら、すぐ連絡するから、今日は早引きして、家に戻っていて」
 そう言って、母は電話を切った。私もすぐ病院に行くと言ったが、今は病院に来ても何もできないので、しばらく寮で待っているようにと言われた。母も入院の準備をするため、夕方には戻るとのことだった。
 最初に電話を受けた事務長はすでに事情を知っていた。事務長は「その電話は間違いなくお母さんからの電話だね」と確認してから、担任の小川先生は授業中なので、僕から事情は伝えておくから、すぐ帰宅しなさい、と指示をした。
 私は教室に戻ると、物理の授業をしている先生に断って早退した。宏美に一言、お父さんが階段から落ちて頭を打ち、重体なので、今から帰ると伝えておいた。宏美はびっくりしていた。
 まさか、これが若林さんが言っていた罰なのだろうか? 私が心霊会を辞めるなんて言い出したので、お父さんがそんなひどい目に遭ったのだろうか? お父さん、死なないで、と私は心の中で必死に叫んでいた。涙が流れ出て、止まらなかった。
 自動車部品工場をやっていたころの父は、工場が忙しくて、あまり家庭を顧みなかった。家のことはほとんど母に任せきりで、父は家族を大切にしていないように、私の目には映っていた。だから家庭より仕事を優先している父が、嫌いというほどではなかったが、いい父親だとは思えなかった。
 しかし、工場が失敗し、寮の仕事に転職してから、父は変わった。家庭を非常に大事にするようになった。もっとも、それまでだって、家族をないがしろにしていたわけではない。父は父なりに、仕事をしっかりやることにより、経済的に家族を幸福にしようと頑張っていたのだ。また、工場が多忙で、従業員たちの面倒もみなければならないので、あまり家庭には配慮ができなかったこともある。父は工場の社長として、従業員や取引相手から人望が厚かった。
 寮に帰ると、ジョンが私に飛びついた。ジョンは母が出かけ、ひとりぼっちにされたのが不安のようだった。ジョンはリードをくわえてきて、散歩に連れて行ってとせがんだ。私はいつ母から電話が来るかわからないので、今日はだめ、とジョンに言い聞かせた。しかし、ジョンには通じない。散歩に連れて行ってとねだるばかりだった。私はジョンをなだめるために、ジョンが好きなおやつを持ってきた。ジョンは喜んでおやつを食べた。それでも、全部食べ終えると、ジョンはまた散歩をねだった。私はやむなく、庭に出てジョンの相手をしてやった。庭なら、電話が鳴れば何とか聞こえる。寮の庭はあまり広くないが、庭を走り回って、ジョンと遊んだ。それでジョンも少しは気分が晴れたようだった。
 私がジョンと庭で遊んでいたら、酒井さんがやってきた。
「お父さん、大変なことになったわね」と酒井さんが声をかけた。これは信仰を退転した罰だと糾弾されるかと思ったが、さすがにそんなひどいことは言わなかった。やはり頭部を強打して危険な状態ということなので、多少は私の気持ちを酌んでくれたのだと思った。酒井さんは今日は風邪で大学を休んでいるそうだ。廊下で大きな音と父の悲鳴が聞こえたので、驚いて部屋から出てきたとのことだった。酒井さんから連絡を受けて駆けつけてきた母と、一一九番に電話をかけ、救急車を呼んだりしてくれた。その話を聞いて、私は酒井さんにお礼を言った。
 酒井さんは「少しだけならジョンを散歩に連れて行ってあげる」と言ってくれた。
「風邪は大丈夫ですか?」と尋ねると、「ずいぶん気分はよくなったので、もう大丈夫よ」と答えた。
 私はまだ昼食を食べていなかったので、酒井さんがジョンを散歩に連れて行ってくれている間に、学校から持ち帰ったお弁当を食べた。
 しばらくして、母から電話があった。手術は無事終わったが、まだ予断を許さない状態だそうだ。今夜が山だとのことである。義姉(あね)に来てもらうようにお願いしたので、慎二が学校から帰ってきたら、家で待つように伝えておいてくれ、もうしばらくしたら、いったん寮に戻る、と母が言った。慎二には、余計な心配をかけないために、小学校には連絡をしていないそうだ。
 パートさんの中でもリーダー格の山川さんが、いつもより早い時間に来てくれた。山川さんは少しジョンの相手をしてくれた。ジョンも山川さんのことをちゃんと覚えていて、山川さんには甘えている。いつも父がやっている食材の運搬などは、しばらく支社の人が代わってくれるそうだ。毎日高蔵寺寮と守山寮に食材を運ぶのも父の仕事だった。
 夕方、母が帰ってきた。伯母も一緒だった。伯母は先に病院に行き、父の容態を聞いていた。私は父の容態について尋ねた。今は集中治療室に入っており、絶対安静で、面会謝絶の状態だ。だから病院に行っても会えるわけではないとのことだ。
「どうしてそんなことになっちゃったの?」
「廊下の掃除をしに四階まで行って、階段を踏み外したみたい。もうちょっと注意して下りてくれればよかったのに」
 そう言う母の目には涙が浮かんでいた。ふだんの父はけっこう注意深いほうだ。階段を踏み外すなんて、そんなうかつな行動をすることはない。やはり私が妙法心霊会の信仰をなおざりにした罰が出たのだろうか? 酒井さんはよほどそう言いたかったに違いない。しかし、私の心情をおもんぱかってくれたのか、そんなことは言わずにいてくれた。
「ところで慎二はまだ学校から帰らないのかしら。きっとまた藤山君たちと遊んでるのね。こんなことなら、慎二にも早く帰れと学校に電話しておきゃあよかった」と母はぼやいた。
 慎二が遅い時間に帰ってきて、母にいつまで遊んでいるの、と叱られた。そして、父のことを聞かされ、慎二も驚いた。
「お父さん、死んじゃうの?」と慎二は泣き出した。それを見て、私も一緒になって涙を流した。
「大丈夫、死にやしないから。お父さんはこれまで、病気一つしたことがないほど丈夫だったんだから。絶対大丈夫」
 母も目に涙をためて、慎二に言い聞かせた。
 伯母は調理着に着替えてから、山川さんたちパートさんに、「またしばらくお世話になります」と挨拶をした。山川さんも「寮長さん、大変でしたね。こちらこそよろしくお願いします」と挨拶を返した。
 六時ごろ、宏美から電話があった。今、春日井駅で、松本さんと河村さんも一緒だから、これから寮まで行こうか? と言ってくれた。それからまもなく三人がやってきた。春日井駅からなら、電車に乗ってしまえば、ほんの五、六分で高蔵寺駅に着く。
「お父さん、大変だったね。宏美から聞いて、びっくりしたよ」と松本さんが口火を切った。
「ひょっとしてミッキ、これも心霊会を辞めた罰だなんて思ってるんじゃないかと、心配してたんだよ」
「大丈夫、そんなことで弱気にならないから」
 宏美の問いかけにそうは答えたものの、私はやはり不安だった。
 そんな話をしていたら、それまで眠っていたジョンが、松本さんたちが来たことを聞きつけ、みんなにじゃれついた。そして、また散歩をねだった。
「あらあらジョン君、また散歩のおねだりね。しばらく見ないうちに大きくなったわね。もう完全におとなの体格ね」
 河村さんがしばらくぶりに見たジョンの成長に驚いた。
「すみません、ジョンは散歩と食べることと寝ることだけが生き甲斐みたいですから。それから、水遊びも」
 食事の後片付けが終わったら、私たちは病院に行くことになっている。まだジョンを散歩に連れて行く時間があるので、散歩に行くことにした。少し早めに帰ればいい。
 三人は歩きながら父の容態を尋ねた。私は母から聞いたことを話した。
「大丈夫。今は医学も発達してるし、きっとお父さん、助かるよ。水野整形外科は、けっこう有名な病院で、医者も設備も優秀だというから。もし気休めに聞こえたら、ごめん」
「いいえ、ありがとう。私もきっと助かると信じています。松本さんにも元気づけられ、嬉しいです」
「私、ミッキに渡したいものがあるので、散歩から帰ったら渡すね。絶対お父さん、よくなるよ」と河村さんが言った。河村さん、何を渡してくれるのだろうか、と私は期待した。
 みんな、本当に父のこと、私のことを心配してくれて、とてもありがたいと思った。心霊会の守護霊より、ずっとありがたい。本当に、素晴らしい仲間だと心から感謝した。
 ジョンとの散歩から帰ると、河村さんは一枚の名刺大のお札を手渡してくれた。そのお札には、金色で〝光〟と書かれていた。
「それは、光のお御霊(みたま)といって、とてもすごい力を持った神様をお鎮めしたお札よ。私の骨折も、このお札に祈ることによって、医者もびっくりするぐらいの早さで快復したの。心霊会の守護霊なんかはインチキだけど、このお札の力は本物よ。事故の後、私はずっと身につけてたの。だから、平田信子にいくら罰で死ぬといわれても、平気だったわ。このお札をお父さんの近くに置いて、何度も光のお御霊のお力をお父さんにお与えください、と祈ればいいわ。お札を病院に置いたままでも、寮から祈れば、ちゃんと届くから。そのときは、この光という字をしっかり心に思い描いてね。そのため、お父さんに渡す前に、この字をよく見て、心の中に刻みつけておいて」
 確かに河村さんの手首の骨折は、非常に早く快復したと思った。
「こんな大事なお札をもらっちゃっていいんですか? 河村さんの分がなくなっちゃうんじゃないですか?」
「私は大丈夫。さっき言ったように、お札がなくても、ここに書かれてある、光という文字を心にしっかり描いて祈れば、それで光のお御霊に通じるから」
「へえ、彩花、そんなお札を持っていたんだ」
 松本さんがそのお札をのぞき込んだ。宏美も「私にも見せて」と要求した。
 河村さんはお札と一緒に、日本超神会という教団の『霊界の真実』というシリーズの最新作を貸してくれた。たまたま今日持っていたそうだ。日本超神会がそのお札の教団の名称だ。
 三人は母と伯母に挨拶をして、帰っていった。伯母は落ち着いたら会いましょうと言った。私たちはこのあと病院に行かなければならないので、あまりゆっくりはしていられなかった。
 寮生の食事の後片付けは、パートさんたちに頼んで、私たちは伯母の自動車で、水野整形外科病院に駆けつけた。母は運転免許証を取得していない。ジョンも一緒に行きたがったが、留守番しているように、強く言いつけた。ちょっとかわいそうな気がしたけれども、大きなジョンを病院に連れて行くわけにはいかないので、やむを得ない。
 私は河村さんからもらったお札にある〝光〟の文字を、心に焼き付けた。そして、車の中で、河村さんから教わったとおり、「光のお御霊、どうか父が助かるよう、お力をください」と祈った。
 病院では面会謝絶ではあるが、父が眠っている集中治療室への入室を、少しだけ許可してくれた。包帯だらけの父は痛々しかった。私は母に、河村さんからもらったお札のことを話し、父の枕元にそれを置いた。母も祈ると言ってくれた。
 医者は、父が助かる確率は五分五分だが、全力を尽くすと言った。階段から落ちたとき、父は強く頭を叩きつけ、頭蓋骨陥没骨折、脳挫傷が生じた。水野整形外科病院は、交通事故で頭部の損傷がひどい患者も助けているので、何とか救ってほしいと思った。
 私は控え室で、〝光〟の文字をしっかりと心に描き、「光のお御霊、どうか父が助かるように、お力をください。お願いします」と心を込めて祈った。そのとき、父の姿もありありと心に描き、父が神の光で包まれるさまを思い描いた。慎二もお札に興味を示したので、一緒に祈るように言いつけた。ふだんなら馬鹿にしそうなのに、さすがに父の命がかかっているので、慎二も素直に私の指示に従った。
 その夜は、伯母と私がいったん寮に帰り、ジョンの世話をしてから、また病院に戻った。ジョンは父の異変を感じたのか、おとなしくしていた。犬でも、みんなの様子がおかしいということを敏感に察しているのかもしれない。
 結局その夜は病院に一泊した。私は起きている間は、ずっと光のお御霊に祈っていた。私たちは早朝、寮生の食事の準備のため、いったん寮に帰った。私と慎二は、今日一日学校を休むことにした。
 部屋に戻ったら、ジョンが勢いよく飛びついてきた。一晩ひとりぼっちにされたのは初めてなので、よほど寂しかったのだろう。いくら身体が大きくなったとはいえ、ジョンはまだ子供なのだ。
 私は松本さんが高蔵寺駅に着いたころを見計らって、松本さんの携帯電話に電話をかけて、今日学校を休むことを連絡した。
「お父さん、どう?」と松本さんは訊いた。
「助かる可能性は五分五分だそうです」と医者から告げられたことをそのまま伝えた。
「そう。でも、彩花のお札もあることだし、絶対によくなるよ。ミッキと別れてから、彩花もずっと神に祈ると言っていたから。俺も祈っているよ」
「本当にいろいろありがとうございます。河村さんや宏美によろしく伝えておいてください。宏美から担任の小川先生に、今日欠席することを伝えてもらえるよう、言っておいてくれませんか?」
「わかった。なに泣いてるんだよ。しっかりしろよ。俺たち、何も役に立てないかもしれないけど、でもできる限りのことはするからな。じゃあ、電車が来たから。何かあったら、また連絡してくれ」
 電話の向こうで、電車がホームに滑り込む音が聞こえた。松本さんと話しているうちに、つい涙声になってしまったので、泣いていることがわかってしまった。
 朝食の準備が終わってから、私たちは病院に行った。配達された食材の受け入れ等は山川さんが引き受けてくれた。ジョンを一時期自宅に連れ帰り、世話をしてくれるという。山川さんの自宅にはジョンの両親ときょうだいが何頭もいるので、扱いには慣れている。ジョンはうちに来てから、初めて里帰りをすることになる。夕食のレシピはすでに寮のパソコンに送られたものを印刷して、渡してある。父が丁寧に教えたので、母はずいぶんパソコンの扱いに精通してきた。
 病院ではじりじりする思いで、時間を過ごした。医者もまだ予断を許さない状態だと言った。私は真剣に光のお御霊に祈った。また、河村さんから借りた本を読んだ。本には祈り方が詳しく書かれていた。その本を読んで、日本超神会こそ本物だと思えた。心霊会の守護霊のことは、全く心にも浮かばなかった。
 午後三時ごろ、母と伯母は夕食の準備のため、寮に戻っていった。私と慎二は、病院の食堂か近くの店で好きなものを食べなさいといって、夕食代とおやつ代をもらった。そして、何か変化があれば、すぐに電話して、と言い残した。
 母と伯母が出かけてしばらくしてから、担当医から父は助かりそうだという連絡があった。昨夜は絶望感を与えないために、五分五分と言ったが、実は助かる可能性は小さかったそうだ。それが、もう危険な状態を脱したということだ。父の生命力は非常に強いと、医者も驚いていた。これはきっと、河村さんにもらったお札の力だと、私は確信した。
 私はすぐに病院の公衆電話で、寮に電話をかけた。母は調理の仕事をしているのだろう、なかなか電話に出なかった。先生から聞いたことを伝えると、母は大喜びだった。父の姉である伯母も喜んでいた。二人がはしゃぐさまを想像し、私も嬉しくて、涙が出た。
 私は河村さんの携帯に電話をし、父が助かりそうだということ、河村さんからもらったお札のおかげだということを報告した。五分五分と言われたが、実際は助かる可能性のほうがずっと小さかったらしいこと、医者が父の生命力に驚いていたことも伝えた。医者は生命力と表現したが、私はお札の力だと信じている。河村さんも泣きながら、父が助かったことを自分のことのように喜んでくれた。河村さんは、父親が亡くなる悲しみを、私に味わわせたくなかった、と言った。ただ医者は、いのち生命は助かっても、後遺症を心配していた。河村さんは、それも光のお御霊に祈れば、絶対大丈夫だと請け合ってくれた。
 河村さんは歴史研究会の部室にいて、部員のみんなにも私の父が助かりそうだということを伝えた。文化祭が近いので、その準備でみんなは部室に集まっている。松本さんが代わって、「よかったな、ミッキ」と言ってくれた。
 その日の夜、母と伯母が車で迎えに来てくれて、私と慎二も寮に戻った。母は病院の先生に、父のことのお礼を言い、ひとまず戻る旨を告げた。担当の医師も、何かあれば、すぐ連絡するが、生命のほうはもう大丈夫だと太鼓判を押してくれた。帰る前に、私たちは集中治療室の父に会いに行った。父はよく眠っていた。私は父の枕元にあるお札に対して、 「光のお御霊、ありがとうございました。どうか、父をよろしくお願いします」と挨拶をした。
 寮に戻ると、ジョンはいなかった。今はジョンが生まれた山川さんの家に行っている。明日ジョンを連れてきてくれる。久しぶりに両親やきょうだいに会い、ジョンは大はしゃぎしていたそうだ。
「猫は一ヶ月も離れていれば、親きょうだいのことをすっかり忘れてしまうというけれど、犬はちゃんと覚えているものですよ。やはり単独で行動する猫と、集団で生活する犬との違いでしょうね」と山川さんが教えてくれた。
 私の顔を見た波多野さんが、小声で「お父さん、大変だったね。でも、よかったんでしょう?」と声をかけてくれた。私は庭に出て、鈴木さんたちが近くにいないことを確認してから、河村さんからもらった日本超神会のお札のことを話した。
「ああ、超神会ね。私も本を読んで知ってるよ。そうなの。私も心霊会辞めて、超神会に入ろかな。そんなすごい力があるんなら、心霊会の罰が当たるなんていわれても、怖くないから。超神会は心霊会と違って、布教の義務も、ご供養の強制もないそうだし。心霊会よりはずっと小さな教団だけど、私も本物だと思っているよ。私にもその河村さんという人に会わせてくれない? 超神会の話を聞きたいから。ときどき寮に遊びに来てる、赤いメガネをかけた子でしょう」
 河村さんは今は赤いフレームのメガネではなく、私と同じようなメタルフレームのメガネだが。
 波多野さんは『霊界の真実』のシリーズを何冊も持っているそうだ。鈴木さんたちに見つかるとまずいので、本は隠してあるという。私は河村さんもタトゥーに興味を持っていることを話した。波多野さんは「美咲ちゃんが前に言ってたタトゥーに興味がある子って、その子のことなのね」と言った。私はちょっと余計なことまでしゃべりすぎたかな、と反省をした。
「でも、このまま鈴木さんや若林さんがおめおめ引き下がると思えないから、注意したほうがいいよ。私ももし何か情報を聞いたら、教えてあげるね。でも、最近、私が美咲ちゃんにいろいろよからぬことを吹き込んでいると警戒されているみたいで、なかなか私には話してくれないのよ」
「はい。十分注意します。前も無理やり車に押し込められて、若林さんの家に連れて行かれたことがありますから」
「みたいね。私は知らなかったけど、そのことも例の三人組が若林さんやノブちゃんたちと計画していたみたい。ひょっとしたら、また何か企んでいるかもしれないわ。ただ、最近、愛美はあまり元気ないようだけど」
 波多野さんは私のことを心配してくれた。また、三人組の中でも、最も活発な酒井愛美さんが、このところ少し落ち込んでいることも気にかけていた。
 翌日から私と慎二は学校に出た。父はまだ予断を許さないとはいえ、危機的な状態は脱出した。もし何か変化があればすぐ母が学校に連絡してくれることになっていた。
 放課時間にトイレに行こうとしたら、平田さんに呼び止められた。
「お父さんが大怪我したんだって? それは鮎川さんが心霊会の信仰を退転したからよ。若林のおばさんが言ったとおりでしょう? もう一度考え直してみない?」
 平田さんは私に迫った。
「いいえ、私、もっと素晴らしい御守護神様に出会えたんだから、今さら心霊会に戻る気はないわ」
「え? 何、それ? なんか変なものに手を出したの?」
「光のお御霊、というすごい御守護神よ。父も危なかったのが、光のお御霊に祈ったら、奇跡が起こったのよ。平田さんも心霊会なんか辞めちゃって、超神会をやったほうがいいよ」
 私はわざと挑発するような言い方をした。
「え? 光の何? ちょうしん会? そんな訳のわからないものをやってるの? 知らないわよ。罰が当たっても」
「大丈夫。そんな罰なんか、跳ね返しちゃうから、平気よ」
 そこまで言い切ると、平田さんは「今に何かよくないことが起こるわよ。お父さん、死んじゃっても知らないよ」と言い残して、去っていった。