売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『ミッキ』第27回

2013-10-01 01:09:28 | 小説
 今日から10月。いよいよ秋本番です。しかし最近、精神的にドタバタした感じです
 もう少し収入を得る道を考えなければ。
 いい作品を書けば、本が売れて、収入も多くなる、なんていう考え方は甘かったようです。
 やはり世間に名を知られていない作家は、どこまで行っても売れないのが、この世界。
 しかしそれでも負けずに頑張るつもりです

 今回は『ミッキ』第27回です。地獄について、出版した本より、少し詳しく説明を追加しました。



            

 翌朝、松本さんと宏美に、どうだった? と訊かれた。私は、いろいろ話してみたけれど、軽く一蹴され、辞めさせてくれなかったと答えた。とても私程度の知識では、班長職を拝命している鈴木さんには歯が立たなかったことを話した。
「そうか。敵はやっぱり手強いな。また彩花とも相談して、対策を練ろう。まだまだ始まったばかりだから、そう落ち込むなよ」と松本さんが慰めてくれた。
 放課後に部室に寄った。今日から午後の授業がある。松本さんと芳村さんがいたが、河村さんは来ていなかった。
「彩花、今日休んでいるようだよ。彩花が学校を休むなんて、珍しいよ。携帯で電話しても出ないから、ちょっと心配だな。たぶん風邪か腹痛(はらいた)だろうと思うけど。案外下痢でトイレから出られないのかもしれないな」
 松本さんが冗談めかして言ったが、私は何となくいやな予感がした。
 しばらくすると、河村さんの担任の守山先生が部室にやってきた。守山先生は音楽が専門で、宏美が所属している合唱部の顧問をしている。それが歴史研究会の部室に来たので、何だろうかと思った。
「あ、みんな、ちょっと聞いて」と守山先生が言った。
「みんな、歴史研究会の仲間として、河村彩花さんと仲がいいから、伝えるけど、河村さんね、今朝登校途中で、交通事故に遭って、入院したのよ」
 守山先生の言葉に、私たちはびっくりした。
「大丈夫。怪我そのものはそれほどひどいものじゃなくて、命には別状がないから、安心して。左手首を骨折していて、しばらくは左手が使えなくなるけど。今から先生は、河村さんが入院している病院に行くけど、みんなも一緒に行きますか? 行くなら、私の車に乗せてってあげる。三人ならちょうど乗れるわ」
 私たちは守山先生が通勤に使っている軽自動車で、河村さんが入院している病院に行った。病院は篠木町の方にある深谷外科病院というところだった。途中の洋菓子店で、みんなでお金を出し合って、お見舞いのケーキやシュークリーム、プリンを買っていった。河村さんは甘いものが大好きだ。
 守山先生はナースステーションで河村さんの病室を尋ねた。病室に入ると、河村さんのお母さんと大井さんが来ていた。そこは四人部屋だった。
「よう、みんな。よく来てくれたな」と大井さんが挨拶をした。そういえば大井さんの家は、この近くだと聞いていた。まだ新学期三日目で、大井さんが受けなければならない授業がなかったので、大井さんはお父さんの工場を手伝っていたそうだ。そこに河村さんが交通事故に遭ったという連絡が入り、着替えをして駆けつけたとのことだ。今日の大井さんは、スーツを着ていた。颯爽としていて、凛々しかった。不良の面影はみじんもなかった。
「先生、わざわざ来てくださって、ありがとうございます。ご迷惑をかけて、申し訳ありません。皆さんもありがとうございます。美咲ちゃん、いつぞやはお世話になりました」
 河村さんのお母さんが挨拶をした。私には家出事件のことでお礼を言ってくれ、恐縮してしまった。
「大井君、立派になったわね。見違えたわ。去年までの大井君とは大違いよ。先生も、本当に嬉しいわ」
 守山先生に褒められ、大井さんは照れくさそうだった。あとで聞いた話では、大井さんは、生徒たちから、鳥居松高校の職員のうちで最も美人だと評されている守山先生に、密かに憧れていたそうだ。
「もちろん、今は彩花一筋だぜ」とフォローも忘れなかった。
 河村さんは意識もはっきりしており、元気そうだった。まだ骨折した左手が少し痛むと言った。メガネを事故のときに破損してしまい、かけていなかった。自転車通学には、ヘルメット着用が義務づけられているので、頭を打ったが、検査では異常がなく、不幸中の幸いといえた。念のため三日ほど入院をしなければならないが、退院をすれば、登校できるそうだ。
 河村さんにぶつかったローズピンクの軽自動車は、そのまま逃げていった。事故を起こし、気が動転して、つい逃げてしまったのだろう。運転手は若い女性で、車種と色、ナンバーの最初の二桁を河村さんが記憶していたので、ほかには目撃者がいなかったものの、加害者は直(じき)に見つかるだろうと交通課の警察官は話している。
「しばらく左腕を吊らなくちゃあいけないから、ちょっと不便だけどね。でも、慎ちゃんのことを考えると、こんな程度の怪我で文句言っちゃあ、罰が当たるわね」
 この罰という河村さんの言葉に、私は不安になった。まさか、河村さんの交通事故が、心霊会を誹謗したことによる罰だとは思いたくなかった。そういえば、昨夜はジョンと散歩しているとき、私も危うく車に轢かれそうになった。あれも心霊会を辞めようとしたことへの警告で、助かったのは御守護霊の御守護なのだろうか。いや、単なる偶然だ、と私は思いたかった。もしそれらのことが偶然ではなく、御守護霊の働きによるものだとしたら、私は恐ろしくて、もう一生心霊会から抜けられなくなってしまうかもしれない。これ以上罰として、松本さんや宏美に何か災厄があったら、とても申し訳ないという思いに駆られた。
「ミッキ、どうしたの? なんか考え込んじゃったりして」
 私が考え事をしていたのを見て、芳村さんが問いかけた。
「あ、いえ、大丈夫です。河村さんがちょっと気の毒だと思って」
 私は不安な気持ちを、適当にごまかしておいた。
「せっかくみんなが持ってきてくれたケーキだけど、まだ食欲がなくて一人で食べきれないから、みんなで分けて。さっきも大井さんのお見舞いのケーキをいただいたの」と河村さんが言った。大井さんが持ってきたものを合わせれば、全員に行き渡る。河村さんが片手でも食べやすいシュークリームを取り、他のものをみんなで分け合った。
「ミッキはケーキにしろよ」と松本さんが言った。
「私も呼ばれちゃっていいの?」と守山先生が訊いた。
「実は、俺も甘いものは好物なんだ」と大井さんが照れくさそうに言った。
 あまり長居しても河村さんに負担がかかるので、私たちは頃合いを見て引き上げることにした。お母さんと大井さんはまだ病院に残るそうだ。大井さんは本当に河村さんのことを大切に考えているのだな、と思うと、心が温かくなった。病院では心霊会のことを話す気にはなれなかった。しかしきっと河村さんは気にかけているだろう。
 松本さんと私は病院から近い神領駅で車を降ろしてもらった。芳村さんは自転車を学校に置いてあるので、守山先生の車で学校に戻った。もし宏美がまだ合唱部に残っていたら、河村さんのことを伝えてもらえるよう、守山先生にお願いをした。
「ヨッチンも自転車だから、気をつけてくれよな」と松本さんが芳村さんを気遣った。
 高蔵寺駅に着くと、駅のミスタードーナツに入って松本さんと話をした。
「彩花があの状態じゃあ、しばらく話ができないな。こういうときは彩花が頼りになるんだけどな。俺は宗教のこと、全然知識がないから、あまりアドバイスしてやれないし。いつも彩花ばかり当てにして、ちょっと情けなくて、申し訳ないけど」
「いいえ、松本さん、いつも私のことで、一生懸命になってくれるんで、とても感謝してます。今回は私が面倒なことを起こしてしまって、ごめんなさい」
「いや、それは仕方がないよ。寮にいる人が、ミッキのこと、何とか心霊会に引き入れようと、計画を練っていたんだろう? 平田という子まで利用して」
 松本さんは優しく慰めてくれた。
「でも、私、怖いんです。昨日、鈴木さんというリーダーの人が、河村さんのこと、きっと罰が当たると言ったんです。そしたら、今朝、河村さんが交通事故に遭ってしまって。私も昨日の夜、ジョンと散歩しているとき、危うく車にはねられそうになったし。もしこれが罰だったら、万一、松本さんや宏美にも何か災厄が起こると思うと……」
「そんなの偶然だよ。もしそれが本当に罰だったら、その教団は悪魔だよ。罰というより、悪魔の呪いだ」
「本当に悪魔だったら、私怖い。しばらくは鈴木さんの言うとおりにして、様子を見てみようと思います。もし守護霊のおかげで、運がよくなれば、それに越したことはないし」
「そうだな。ミッキがそんなに怖いなら、彩花がよくなるまでは、しばらく様子見といこうか。それまでにミッキも気持ちを落ち着けて。すぐに一〇万円払え、なんてこともないんだろうし。だけど、もし何かあれば、すぐに言ってくれよな。彩花だけじゃなくて、先生たちとも相談するほうがいいかもしれないから。でもこういうことには、学校はあまり当てにならないかもしれないな。むしろ、ミッキの伯母さんの、杉下先生の方が親身になってくれるかもしれないね。ミッキには、いつだって俺が、そして彩花だって、宏美だって、ヨッチンだってついているんだからな。大井さんだって頼りになる兄貴だし」
 そう。私は一人じゃないんだ。こんなに素晴らしい仲間がいるんだ。私は心からそう思った。

 夜、宏美に電話すると、「河村さんが交通事故に遭ったことを守山先生から聞いて、びっくりしたわ。ちょうど私からミッキに電話しようと思ってたところよ」と言った。宏美まで不安がらせてはいけないので、罰の話はしなかった。心霊会のことは、しばらく様子を見てみようと松本さんと話し合ったことを告げた。宏美も「何かあったら教えてね。私ではあまり役に立たないかもしれないけど、ミッキと一緒になって考えてあげるから」と気遣ってくれた。
 その後、河村さんから、ひき逃げした加害者が警察に出頭したとの報告があった。ぶつけたとき、動転してそのまま逃げてしまったが、自分が犯してしまったことで良心の呵責にさいなまれ、父親に付き添われて、出頭したとのことだ。まだ免許を取って間もない若い女性だそうだ。たいした怪我ではなかったので、逃げさえしなければ軽い処罰ですんだものを、逃げたために罪が大きくなってしまった。
 夜のジョンの散歩から戻ると、鈴木さんが私を見つけて、近づいてきた。
「あら、美咲ちゃん。今日は八時から来なかったのね。自分でお勤め、大丈夫?」
「あ、はい。大丈夫です。何とか頑張ります」
「そう。頑張ってね。お勤めサボると、御守護霊様の戒めで、罰が出ることがあるから。でも、罰は間違っていることに気づかせてくれる、御守護霊様からの、ありがたいご慈悲だからね。もし罰だと思ったら、素直に反省して、御守護霊様にお詫びをして、改めてね。そうすれば、必ずよくなるから」
 それだけ言うと、鈴木さんは自分の部屋に戻ろうとした。
「あ、鈴木さん、すみません。ちょっとお話したいことがあるんで、あとでお部屋まで行っていいですか?」
「かまわないよ。みんな集まっているから、また話しましょう」
 鈴木さんは階段を上っていった。私はジョンを部屋に戻してから、鈴木さんの部屋に行った。部屋には昨日と同じメンバーがいた。
「話したいことって、なあに?」と鈴木さんが促した。
「実は、昨日、鈴木さんが言ってた罰のことなんですが。鈴木さんの言ったとおり、私の先輩が今朝、交通事故に遭ったんです。幸い怪我は軽くすんだのでよかったんですが、やっぱりこれって、罰なんですか?」
 私は恐る恐る尋ねた。
「そうですよ。心霊会のことを誹謗中傷して、辞めさせようとすれば、必ず罰が出ます。でも、怪我が軽かったのは、御守護霊様のご慈悲ですよ。その人には、そのことをよくお話してあげて、導いてあげてくださいね。もしそれでも反発するようなら、さらにひどい罰を受けて、気の毒ですが、死後無間地獄に堕ちなければなりません」
 鈴木さんはそのとき、年下の私に対して、丁寧な言葉遣いをした。それがかえって、私に恐怖感をあおった。
「無限地獄って、どういう地獄なんですか?」
 私は恐ろしかったが、訊いてみた。
「無間地獄とは、字のごとく間断なき苦しみを強いられる地獄です。八大地獄の中でも、最も恐ろしくて苦しい地獄で、それ以外の地獄の苦しみが天国に思えてしまうほどのものすごい苦しみを、何兆年、何百兆年、いや何京年と受け続けなければなりません」
 私は〝無限〟ではなく、〝無間〟という字を使用することを知った。しかし、心霊会のことをわるく言っただけで、そんなひどい地獄に堕ちなければならないことが、納得できなかった。京なんて数字は、めったに使わない。それこそ無限に長い間、地獄に堕ちなければならないように感じられた。それに対して、鈴木さんは、正しい宗教、御守護霊に逆らったり、誹謗中傷することは、他のどんな罪、たとえば殺人罪よりもはるかに重い罪業を犯すことになるのだと説明した。
 八大地獄の中でいちばん軽い等活(とうかつ)地獄ですら、五〇〇年間苦痛を受け続けなければならない。五〇〇年といっても、等活地獄の一日は九一二万五〇〇〇年に相当するという。地獄の一年は三六〇日だから、人間界の時間の尺度でいえば、一兆六四二五億年出られないことになる。一つ深い地獄に移行するたびに、刑期は八倍、苦しみは一〇倍になる。しかし、無間地獄はこの約束事には当てはまらず、苦痛も刑期も比較にならないほど恐ろしいのだそうだ。
「地獄なんて、迷信じゃあないんですか?」
「いいえ、地獄は迷信なんかではなく、厳然として存在しますよ。心霊会は単なる教えだけの宗教ではなく、実際に霊を扱う、実践の宗教です。多くの優れた霊能者がいて、霊の存在、霊界の存在を目で見、耳で聞き、肌身で感じていますよ。霊界というのは、異次元の世界で、確実に存在しています。その霊界の、最も苦しい残酷な世界が地獄なんですよ」
「そうなんですか。でも、ビッグバンで宇宙ができてから一三七億年といいますが、すると、地獄に堕ちた人はまだ一人も出てこれてないわけですか?」
 私はその辺が腑に落ちなくて、尋ねた。
「いいえ、人間界と地獄では、次元が違うので、時間の流れも違うのよ。たとえば、竜宮城では、浦島太郎が数日過ごしただけで、人間界では何百年も過ぎていたでしょう? 今の子にもっとわかりやすく言うなら、人気アニメで、人間界ではたった一日しか経っていなくても、時間の流れ方が違う異次元の部屋では一年間もみっちり修行できて、すごいパワーを身につけた、なんてのがあったでしょう。それと同じで、地獄で何兆年も過ごしても、人間界では数十年、数百年しか経っていなくて、またこの世に生まれ変わってくる、ということがいくらでもあるのよ。美咲ちゃんも過去世では、地獄で何億年、何兆年も苦しんだのかもしれないよ。もっとも経典にある刑期、というのかな、とても長い期間を比喩的に表現したものかもしれないけど。それでも、とてつもなく長い時間苦しむことに変わりはないわ」
 鈴木さんのたとえはわかりやすかった。そのアニメは私も好きで、再放送をよく見ていた。圧倒的な強さを誇る人造人間や魔人と戦うために、主人公たちはその異次元の部屋で修行したのだ。異次元の部屋で一年間厳しい修行をするのならともかく、何兆年も地獄で苦しみ続けなければならないのは、まっぴらだった。私は鈴木さんの話を聞いていて、恐ろしくなってきた。こんなことを質問しなければよかったと後悔した。
「でも、大丈夫だよ。美咲ちゃんも、もう御守護霊が出ているんだから、心霊会を辞めたりしない限り、護られて、幸せな生涯を送れます。そして、臨終のときには御守護霊様が迎えに来てくださり、安らかな境地で霊界に旅立つことができるので、死は怖いものではなくなります。御守護霊様が天上の霊界へと導いてくださるのですよ。こんなありがたい教えなんて、ほかでは絶対あり得ないんだから。こんな素晴らしい教えだからこそ、私たちは多くの人に教えてあげたいと思って、皆一生懸命お導きをしているのよ。私も美咲ちゃんを救ってあげたいと思って、同じ高校のノブちゃんと相談して、道場に連れてきてもらったんだよ。ノブちゃんにも徳を積ませてあげたかったし。人を導くということは、すごい功徳がいただけるものなのよ。美咲ちゃんもこれからどんどんお導きをしてあげなさい。まず、交通事故に遭ったその先輩を救ってあげましょう」
 余計なお世話だと私は思った。まだ私は宗教に人生を縛られたくない。もっと年を取ってからなら、素直に受け入れられるかもしれないけれども、今の私は、これからずっとお導きをしなさいと強要され続けるのがいやだった。
「今、否定的な感情を持ちましたね。私もある程度、霊能の修行をしているので、他人(ひと)の心ぐらいは読めるようになっているから、隠し事をしても、すぐわかりますよ。それより、素直に御守護霊様のお力を信じなさい。そうすれば、絶対に幸せになれるんだから」
 その場は私は頷くしかなかった。大変なところに入信してしまったと後悔したが、どうすることもできなかった。辞めるなんて言うことは、恐ろしくてとてもできなかった。