売れない作家 高村裕樹の部屋

まだ駆け出しの作家ですが、作品の情報や、内容に関連する写真(作品の舞台)など、掲載していきたいと思います

『地球最後の男――永遠の命』 第6回

2015-07-18 13:34:14 | 小説
 台風11号の影響でかなり雨が降りました。幸いうちの方はたいした被害はありませんでしたが、四国、近畿地方は大きな被害が出たようです。被害が大きかった地方の、1日も早い復興を祈っています。
 温暖化の影響か、最近は台風が多く、そして大きなものが発生するようになりました。
 日本は巨大地震や火山噴火など、自然の猛威にさらされているといえましょうか。
 自然災害だけでなく、世界のあちこちで紛争などが多く起こっています
 自然災害はやむを得ない部分がありますが、紛争は人類がもう少し賢くなれば、防げるはずです。
 自然災害でも、地球温暖化に伴う災害は減らすことが不可能ではありません。
 人間同士で争っているときではないと思います。

 今回は『地球最後の男線――永遠の命』の6回目です。第2章に入ります。




            2 抗争


 飯場での仕事を辞めた田上は、当初の予定通り、東京に出た。練馬区の古いアパートの一室を借りたが、家賃の高さに驚いた。以前田上が住んでいたF市なら、半額以下で借りられる。
 東京ならいくらでも仕事があると思っていたのに、不況でなかなか仕事が見つからなかった。五〇代半ばという年齢もネックだった。外見は二〇代で十分通じるのだが、履歴書に記載してある年齢を見て、面接官は戸惑った。田上は年齢を偽って書いてやろうとも思ったが、住民票などの証拠書類を要求されれば、すぐにわかってしまう。飯場で稼いだ金も、物価が高い東京では、残り少なくなった。
 田上は場末のバーの従業員として働くこととなった。そこは履歴書などを要求せず、田上も三〇歳と偽って入店した。どのみちずっと働き続けるような職場ではない。もし年齢詐称などで問題になれば、さっさと辞めて、別の仕事に移ればいいと軽く考えていた。
 その店のバーテンダーが辞めたため、田上がそのあとを継いで、バーテンダーとなった。若作りで精悍な顔つきの田上は、女性客に人気があった。小さな会社ではあったが、かつて有能な常務取締役だったという経歴があり、経営や対話術にも優れ、田上の評判は上々だった。場末のバーとはいえ、田上がバーテンになってから、少しずつ客が増えていった。この不景気の世の中、客が増えていくというのは、店にとってもありがたかった。
 ようやく田上は自分の居場所を確保できたように思えた。飯場での仕事もわるくなかったが、やはり山の中より、都会で生活したい。ここでは彼の前科も知られていなかった。立地条件もよくなく、ぱっとしない店だったが、田上一人の人気で、客が集まってきた。その功績を認めた店の経営者は、田上を店長に抜擢し、新宿歌舞伎町の店を任せた。ごみごみした雑居ビルの二階の店舗だった。
 歌舞伎町の店マルミも、田上が店長になってから、ますます発展した。人出が多い歌舞伎町で、客が増えたので、現在の店では手狭になった。経営者はさらに大きな店舗を買い取り、そこに移転した。新しいマルミでも、店は繁盛した。売り上げは旧店舗の倍以上に上がった。

 マルミの経営は順風満帆に思えた。しかしある日、ホステスが客とトラブルを起こした。その客は二人連れの、柄がわるそうな男だった。男の一人がわざと足を伸ばし、ホステスをつまずかせた。その拍子に、ホステスが持っていたグラスのウイスキーがその男の服にこぼれた。
 「何だ、てめえ、服が汚れたじゃないか。どうしてくれるんだ!」
 男はすごんだ。ホステスは謝って、おしぼりで服を拭いた。が、そのあと、「でも、お客さんが足を引っかけたんですよ」 と弁解した。
 「てめえ、自分がドジ踏んでおきながら、客に責任なすりつけようっていうんか!!」
 客は激高して、テーブルをひっくり返した。グラスが砕ける音がした。その近くの席にいた客たちが驚いて逃げていった。その様子を見た田上は、客のところに駆けつけた。
 「お客様、いかがされたのですか?」
 田上を見たホステスは「店長」と言って、田上の身体の後ろに隠れた。
 「てめえが店長か? てめえはこの店のホステスに、どういう教育をしているんだ? 客の服を汚しておいて、客のせいにしているんだぞ、このスケは」
 「でも、その人はわざと私に足を引っかけたんです」
 「自分で勝手につまずいておいて、その言いぐさは何だ」
 そう言って男は今度は椅子を床にたたきつけた。椅子が壊れる派手な音がした。
 (こいつらは言いがかりをつけて、店から金を脅し取ろうという気だな。少額の金で片がつくのなら払うべきか。いや、ここは断固断るべきだろうな。逆に椅子やグラスの弁償をさせてやりたいぐらいだ)
 田上はそう考えた。
  そのとき、後ろから「おい、そこのあんた。何を言っとるんじゃい。その姉ちゃんに足を引っかけたのは、あんたのほうだろ。わしら、ちゃんと見とったんだからな」と、これもまた一目でその筋の者とわかる男が言い寄った。それまで暴れていた男たちはその一言で縮み上がった。そして店から退散した。
 「ありがとうございます」
 胡散臭いと思いながらも、店の窮地を救ってくれた男に、田上は礼を言った。三人で少し前に店に入ってきた客だ。以前、一、二度見かけたことがある。
 「あんた、どこの生まれかね?」
 男は田上に尋ねた。
 「はい、G県の出身ですが、それが何か?」
 「いや、しゃべり方にわずかに訛りがあるので、地方出身の人かと思ってね。地方の出身なら知らないかもしれないが、この辺りは柄がわるいチンピラなども多いので、気をつけないといけない。そのことを忠告しておこうと思ってね」
 「はい、ご親切にありがとうございます」
 「この店もかなり賑わっているようだし、またあんなことが起こっては、この店の名に傷がつく。あんなことが起こらないよう、これから俺たちがこの店を守ってやろうと思ってね」
 「はあ?」
 田上は気のない返事をした。そうか、これで読めた。こいつらはグルで、用心棒代としてのみかじめ料を取ろうというのだな。今は暴対法により、みかじめ料を払ったほうも処罰される。この話は断固として断るべきだ。
 「いえ、せっかくのご親切なお申し出ですが、お手数かけるわけにもいきませんし、当店としては、大丈夫です」
 「まあ、そんな遠慮はしなさんなよ。俺たちの道場の者はこの酒場が気に入っているんで、ここを守ってやりたいと思っているんだよ」
 「道場、ですか?」
 「ああ、おれたちはこの近くの、“やさぐれ軍団”という格闘技道場の者だ。あ、ひょっとしたらあんた、俺たちのこと、みかじめ料目当ての暴力団だと勘違いしていないか?」
 田上はやさぐれ軍団という格闘技道場の噂を聞いたことがある。道場の名前はときどき変えているようだが、結局は暴力団の隠れ蓑であり、知り合いの飲食店は月何万円もの用心棒代を請求されたという。拒否したら、息のかかった不良たちを店に送り込まれ、さんざん嫌がらせを受けた。放火された店もあると聞いている。
 これはめんどうなことになった、と田上は考えた。月数万円ですむのなら、嫌がらせを受けるよりはいいかもしれないが、暴力団にみかじめ料を払っていたことが知られれば、店の名に傷がつく。田上は徹底して断ることを決めた。断固たる態度を取れば、暴力団も引き下がると聞いている。田上は三人の男を追い返した。
 「そんなことを言っていいのかよ? 俺たちが守ってやらないと、この店はチンピラどもにいいようにされるぜ」
 男たちは捨て台詞を残して帰っていった。
 「店長、大丈夫ですか? あいつら、格闘技の道場といっても、しょせんやくざでしょう? みかじめ料の支払いを断って、店員が襲われたとか、放火されたという事件も起こっていますから」
 バーテンが心配そうに田上に尋ねた。
 「それはごく一部の話だ。こちらが断固たる態度を取っていれば、そうは手を出さないよ。曖昧な態度を見せると、かえってつけ込まれるので、はっきり断るほうがいい。万一何かあれば、すぐに警察に連絡することだ」
田上は自分に言い聞かせるように言った。しかし、ひょっとしたらめんどうなトラブルに巻き込まれるかもしれないと思った。そうなった場合、俺が身体を張ってでも店を守ろう。俺は不死身の身体を手に入れたのかもしれないのだから。もし不老不死なら、やくざなど恐れることはない。

 それから一週間が過ぎた。早朝四時ごろ、田上は帰宅を急いでいた。店は夜中の二時ごろまで開いているので、閉店後、後片付けをしていると、帰るのは明け方近くになってしまう。日の出が早い夏だと、東の空が白んでくる。田上は明治通りと大久保通りが交差する近くのワンルームマンションに住んでいる。ただ寝に帰るだけの家なので、贅沢な部屋は必要ない。店へは歩いて通勤できる。自宅まであと少しというところで、数人の男たちに囲まれた。メインストリートから中に入っている道なので、人通りはなかった。
 「あんたがマルミの店長さんか?」
 男の一人が声をかけた。田上は身構えた。男たちは田上だと確認した。一人がいきなり田上に殴りかかった。田上はそれをかわした。
 「何だ、おまえたちは?」
 田上は先週来た、やさぐれ軍団とか名乗った男たちが飼っているチンピラどもだろうと考えた。そいつらがさっそく脅しをかけに来たのだろう。
相手は田上の質問には答えず、また殴りかかってきた。その攻撃を避けたところで、後ろからがっちりとつかまれた。田上はすかさず後ろの相手の脇腹に、肘撃ちを食らわせた。相手がひるんだ隙に、振り払った。田上は南アルプス山中での飯場生活で、かなり体力をつけていた。荒くれどもの間で、けんかにも慣れていた。相手が三人までなら何とかその場を逃れる自信はあった。だが敵は五人いた。さすがの田上も多勢に無勢だった。田上は袋叩きにあい、ひどく打ちのめされた。
 「よし、もう行くぞ。あまりやり過ぎて、死んでしまってはさすがにまずい」
 兄貴分らしき者がそう言って、暴漢たちは引き上げていった。
田上はしばらく倒れていた。
 「ひどくやられたもんだな。あばらを折られたようだ」
 田上はそう言いながら立ち上がった。家までもう数百メートルといったところだが、歩けるだろうか? そう思って歩き始めると、痛みは全くなかった。あれだけひどくやられたというのに、どういうことだ? 痛みさえ感じないほどやられてしまったのだろうか? いや、違う。身体の機能には何の支障もない。二、三分倒れていたうちに、傷は癒えてしまったのだ。間違いなく肋骨が折れた衝撃を感じたのに、深呼吸をしても痛みが全くない。折られたはずの前歯も、何ともなっていない。田上は自宅に急いだ。
浴室で自分自身の身体を鏡に映した。痣や傷痕が全く見当たらない。あれだけやられれば、湯に浸かれば、染みてひどい痛みがあるはずだ。それも全くない。
 やはり俺は特殊な力を授かったのだろうか? 子供を作れなくなったのは、不老不死の見返りのようなものだったのかもしれない。生物はやがて己という個体が死んでしまうので、自分の子孫を作り、新しい命を引き継いでいく。だが、永遠の命を獲得すれば、自分の分身を作る必要はない。不老不死の遺伝子を持つ個体がどんどん増えれば、やがて地球は大混乱に陥る。
 ベニクラゲが不老不死だという話を聞いたことがある。老いた個体はポリプの状態まで若返り、また新たに若いクラゲとして再生する。その意味では不老だといえる。だが、いくら不老といっても、魚に補食されればその個体は死を迎える。不老ではあっても、不死ではない。それにクラゲには脳がなく、単純な神経系があるだけだと聞いている。たとえ不死であっても、生きているという実感もなく、本能のままに波間を漂っているのでは、生きている意味もないように思える。
 田上は子供を欲しがっていた亜由美を思い出した。亜由美には気の毒なことをした。俺は不老不死より、亜由美との平凡な幸せを願っていたのだ。田上はそのことに改めて気がついた。
悪魔は亜由美と結婚するという願いを聞き届けてくれた。しかし、俺が不老不死を願ったために、その幸せはめちゃくちゃになってしまった。不老不死など願わなければ、そろそろ孫もでき、一家揃ってささやかな幸せを楽しんでいたのかもしれない。
悪魔が不老不死を願うのをやめろ、と言ったのは、そういうことだったのか。不老不死も必ずしもいいとはいえないかもしれない。田上は改めてそう思った。それでもせっかく悪魔からもらった不死身の身体だ。
 バスの事故に遭ったときのことはよく覚えていないが、救急隊員に救出されたときは、絶望視されていたという。山で谷底に転落したときは、数十メートルの高さを真っ逆さまに落ち、間違いなく頭が砕けていたはずだ。それが目を覚ましたときは、頭痛がひどい、という程度だった。病院で再度目を覚ましたときには、もう痛みも感じていなかった。核兵器で一瞬のうちに蒸発でもしない限り、俺は不死身の身体を手に入れたのだろうか?
 死なないのならこの世に怖いものはない。よし、俺は亜由美との幸せな家庭を作れなかったが、その分この世の中でどんどんのし上がってやろう。田上は決意を新たにした。


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