風のささやき 俳句のblog

訪問ありがとうございます
オリジナルの俳句を中心にご紹介しています
詩や短歌も掲載しています

夢のひとときに 【詩】

2019年08月22日 | 

「夢のひとときに」

暑さに寝苦しい真夏の夜だった
止まらない汗に窓を開け放った
明日に備えて誰もが眠ったのだろうか
外は風ばかりが鳴るのだった

古めかしい蚊取り線香の匂いがした
みんな窓を開けて、でも蚊はお断りで
その匂いはどこか懐かしく
子供の頃の家族旅行
波の音の旅館の
寝苦しい闇を思い出した
   
電車ばかりが思い出したように走り
うとうとしかけた目を開くと
その後はまた何事もなかったかのように
静かに風が語りだすのだった

何回そんなことを繰り返したのか
やがて電車の本数もまばらに
それでも聞き耳を立てる僕がいて

遠くからレールを軋ませて走る
電車の音が近づく
深夜の闇をライトが払いのけて

いつの間にか僕は車中の人であった
窓の外にぽっかりと浮かぶ
丸い月を眺めた

お客さんはまばらで
みんな今日の仕事に疲れきって黙っていた
僕もつり革につかまってそれに習った

電車はゆっくりと走る
古い木造の家々、その住宅街を走り
通り過ぎる駅舎は古い教室のように
裸電球の街灯が道を照らし
星空は街よりも明るい

車内に迷い込んだ白い蛾を
追いやる手、手
疲れてしわくちゃな僕の手
古ぼけたジャケットを着て
背中を少し丸めながら
誰も気がつかないような溜息をついた

これは誰
見慣れない指と伸びた爪
網棚の捨てられた新聞紙に
手を伸ばしかけて止めた
揺れる電車、車輪は低い声で文句を呟く

毎日 頑張っていた
そこにいるのは僕の命を
つないでくれた人
夜遅くまで働いて
眠った頃に家の玄関を開ける人

僕の夢とその人の懐かしい
記憶とが胸の内で結ばれる
人は誰かと混ざりあうことで
きっと豊かになる
ときどきは時間の熟成を必要とするけれど

汗ばんだ布団で目を覚ますと
まだ夜中の3時前
寝苦しい暑さではない
懐かしい気分に胸は温かだった