Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

これまでの物語のまとめ・参

2012-11-20 22:13:48 | 伝恋‐あらすじ

 ここまで読んで下さった方いましたら、本当に有難うございます。シュレーディンガーの猫の初めての観測者と同じ立場になって頂いたわけですから…
 さて、お陰様で物語はもうその3分の2を過ぎようとしています。無粋を承知でいくつかの問の解答編をもって最後のまとめとしたいと思います。

イナギの事故の意味は?
 ヨミを救うためにアノンを狙ったが失敗し、代わりに自分の命を捧げようとした。と同時にヨミの命を救える唯一の医師、ウケイへの脅しとして三年前の事故を再現しようとした。まるで事故の真相を告発するように。(イナギ10‐ヨミの告白(後編)

イナギはオリジネイターだったのか?
 どうやらそのよう。『ゆらぎ』の真相を知るヨミから過去の断片を聞きかじっていたようだ。
イナギ10‐ヨミの告白(前編))ヤエコの歌もおそらくヨミ経由でウケイが伝えたのだろう。

アキラがウケイの診察を受けていた理由とは?
 アキラの一人称の『ボク』。これが鍵のようだ。アキラは自分の身体を忌み嫌っていたとの発言もある。(043-ひとつの対峙

モノの顛末
 研究所の闇と関わりのあるブローカーと直接関係を持って神話を読み解こうとした結果、
031-モノの冒険)深入りし一線を越えてしまったようだ。(049-モノの告白

シルシの周知活動とは?
 シルシは自分の出生の謎と解き明かすムスビ研究所の闇とその闇の深さ故に引き起こされた交通事故の真相を薄々勘づいていたようだ。真実を隠し、虚構を自分自身に思い込ませるために周知活動をしていた。(043-ひとつの対峙
 またイナギを殺そうとしたわけは憎しみのためではなくイナギの行動があの事故の真相を告発するように思えたからなのかもしれない。(022-その時、アキラ

アノンとシルシに共通する首に残された印は?
アノンとシルシは共通する出自を持ち、それがムスビ研究所が関係していることは確かだ。
しかし、年長のはずのシルシの方が若い番号を与えられているなど細かい理由はまだ不明のまま。(048-最期の集まり(中編)

 このすぐ後、シルシたちを取り巻くムスビ研究所の闇が語られることとなります。変質していくスフィア『デウ・エクス・マキーナ』の展開、そして『ゆらぎ』の真相とは?毒を食らわば皿まで。どうぞ最後までお付き合いください。

…つづき

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052-帰ってくる場所

2012-11-19 22:09:38 | 伝承軌道上の恋の歌

 街の公民館の二階の多目的ホール。フルーツバスケットみたいに一つだけ置いてあるパイプ椅子にアキラは座っていた。ここにいるとほんの少し前のことなのにまるであの時の自分にすっぽりはまっていくのを感じる。もう何度目かに腕時計を眺める。月の第三水曜日の午後七時。それがセラピーの時間。空のパイプ椅子にはシルシとそれに来てくれてた人達。例えば、すぐに来なくなっちゃったけどイナギとヨミ。いつもこうやってシルシ君と二人でぼんやり待ってたっけ。約束しても来てくれない人の方が多かったから。今考えても狙いは良かったと思う。狙いは。ただちょっと経験不足だったし、もっと続けたら絶対に違ったはず。だから、こうやってひとりでもここに来てる。どうにかして二人で灯した火を継ぎ続けなきゃ。サイトだってちゃんとあるし、飛び込みオーケーだからいつ誰が来るとも限らない。
 と、重たい鉄のドアがゆっくりと開く音がした。思わず外行きの顔になって作り笑いができてる自分がアキラは可笑しく思う。でも本当に待ってるのは、たったの一人だ。だからアキラは椅子に座ったまま静かに顔を上げると、こう言った。
「来てくれたんだ?」
「…ちょっと忘れ物を取りに来たんだ」
 シルシはか細い声でそう答えた。少し見ない間に随分くたびれてしまったようだ。
「IDカード、アパートにおいたままでさ…」
 そう言うとシルシはアキラの正面に崩れるように椅子に持たれた。
「もちろん持ってるよ。自分のだけだけど、ほら…」
 アキラは傍らに置いたカバンから取り出すと印籠みたいに差し出して見せつける。
「…ああ、それだ」
「どうしてって聞いていいよね?」
 アキラの声が少し低くなる。
「…研究所にアノンがいるんだ」
「止めても行くんだよね?」
「ああ。アキラ、僕はもっと昔に死んでたはずの人間なんだ。だから全てを隠さなきゃいけなかった。だから『周知活動』をした。みんなに嘘を本当と信じ込ませた。アキラやトト、他のみんなにも…」
 まるでシルシはうわ言みたいに話し続けるから、
「大丈夫。もういいよ」とアキラが遮る。シルシのことは無理もないんだ。ほんとうに色々なことがあったから。ここまで彼を追い込んでしまった原因の一つは自分にある。
「このIDカード、生体認証で本人しか使えないのは知ってるよね?」
 だからアキラはそう言った。

…つづき(これまでの物語のまとめ・参)

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051-逃避行

2012-11-18 21:24:53 | 伝承軌道上の恋の歌

 僕は途方にくれて、電気街に紛れて店内においてあるPC端末を触っていた。夕日はまるで壊れそうになった半熟の目玉焼きのようにじくじくとした曖昧な形をしてる。店内においてあるPC端末を触り終わって外に出ると、アノンは惚けたようにショーウィンドウの前に立っていた。たくさんの液晶テレビがそびえて壁のように並んでアノンの顔をカラフルに照らしている。まばゆいほどに光るたくさんの画面にはマキーナのCGが洗脳みたいにシンクロして同じ場面を写していた。
「…アノン?」
「うん?泊まれそうなところ見つかった?」
「ああ、行くぞ」
 僕はアノンの手を引っ張った。
「ねえ、知ってる?マキーナが逃げたのもきっとこんな日、こんな風だった…」
 アノンは足早に歩く僕に半ばかけるようにしてついてきながら明るい声で言う。
「マキーナがいたならな…」
「マキーナはいたよ…そして神話は時と場所を変えながら繰り返して現実に転写するの。イナギがそうしたように。そして私達もね…」
「イナギから聞いたのか?」
 僕は足を止めてアノンに振り返る。
「ううん、ヨミ。ヨミが全部知ってたの…」
「それじゃ、なんで僕なんかをオリジネイターだと疑ったんだ?」
「だって、私もそれに初めて気づけたのはイナギの事故のほんの少し前のことなんだ。ただ、それでも全てが明かされたわけじゃなかった。でも、この前のアキラ達の話でようやく分かったんだ」 
 幾つもの画面いっぱいに映った歌を歌うマキーナの顔が一斉に僕達二人を見つめてる。歌詞の音のひと粒ひと粒が意味をなくして色のついた音素のままただ周りを飛び回ってる。そんな中でアノンの声と言葉だけが僕にちゃんと伝わった。
‐あの夜、シルシの乗っていた車に轢かれた女の子、それがマキーナだよ
 液晶テレビの光のカーテンをバックに向きあうアノンと僕はただ黙った。マキーナの元型はあの女の子…アノンはそう言った。アノンの出したその答えは、握っていた手のひらを広げてみたらそこにあったくらいに当たり前のことだったのかも知れない。だから僕は黙った。まだ僕は真実から目を背けたかったんだ。いつしかマキーナの姿はなくなって、ありきたりなニュース番組が映っている。
「…ウケイは…ウケイは全部知ってる。最後にあった時ウケイはもう少しだけ時間が必要って言ってた。ヨミを救うための時間。あともう少しだったのに、結局バレちゃった。考えたらバカみたいだよね。イナギはあんなことをしたし、私も今までいっぱいの人の前に出たから。でもね、多分それも仕方のないこと。マキーナはね、やっぱり寂しかったの。誰にも知られずに死んだから。でも、マキーナの記憶はここにとどまって様々な依代に形を変えた。それがイナギや私。そしてスフィア。これは本当に不思議なことで、きっとウケイも予想してなかった。シルシたちだってバレないように頑張ってきたのにね。ははは…」アノンは力なく笑う。
「…アノン、行くぞ」
 僕は返事の代わりにそう言ってアノンに背を向けて歩いた。今は僕たちを追っているやつらに捕まらないことだったから。そのせいで僕はアノンの最後の言葉を知らずにいた。
「…だから、バイバイ…シルシ…」

…つづき

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イナギ10‐ヨミの告白(後編)

2012-11-17 22:17:37 | 伝承軌道上の恋の歌

 × × × × × × × × × × × × × × × × × × ×
 タクシーを降りて、僕はアパートの部屋にヨミを迎 え入れた。ヨミを肩に抱えてドアを開けると、真っ暗な部屋の風呂場のドアから音と光が漏れている。とにかくアノンを抱えて、ベッドに運ぶ。それから僕は無 理にバスルームにドアをこじ開けて、その中に押し入る。目の前にある洗面台の栓をしてから思い切り水を流す。さらにもうひとつの曇りガラスでできたカーテ ン式のドアを開ける。そこにはアノンがいた。彼女は空の風呂の中に服を着たまま座っていた。
「…イナギ?」
 僕を見上げるアノンの目は泣きはらしていた。 
「あ、あの…ヨミの服洗濯してからお洋服持って行ってあげようと思って…」
 ヨミのことを知っていたのだろう。こいつがウケイと繋がっていることは自分にはもう知れたことだ。でも、僕は無言だ。その次に何をするかは何にも変わらないから。アノンをもう一度見て僕は確信した。あの異国風の大きな瞳も、白い肌も、少し拙い言葉もすべてが納得がいく。 
「アノン…お前がいる理由が初めてわかったよ」
  僕はそう笑いかけて、アノンに飛びかかった。そしてアノンの喉笛を押すようにして首を締める。声も出せずに苦しむアノンをそこから引きずりだして、水の溢 れ続けている洗面台の中にその顔を突っ込んだ。アノンはおとなしく応じようとはしない。どうにか逃れようと、手足をばたつかせて暴れる。いくらあがいたと ころで僕の力に及ぶわけもなかったが、アノンも力の限りは抵抗をした。これは少し僕の予想に反していた。そして、後ろ足にしたたかに膝を蹴られた僕がよろ けると、洗面台の下に敷いてあったマットに足を取られ、そのまま後ろに勢い良く倒れこんで、後頭部を打つ鈍い音がした。その隙にアノンは難を逃れると、僕 には一瞥もせずに息を切らしたままアパートから逃げて行った。
 こうして僕の計画はみじめに失敗した。 
 しかし次のレシピエントは決まっていた。それは僕自身だ。ヨミは反対するだろう。けど、もう意識をなくしてしまった。だからいい。問題はウケイだけだ。思えば、それには幾分の彼へのあて つけみたいなものも含まれていたのかも知れない。でも、僕はもう決めていた。あとはウケイにそれを決行させるしかない。彼は逃げている。一秒でもその命を 長らえたいと思っている。ならそれを利用しよう。それが一縷の望みだ。彼に決断をさせるのだ。利用するのだ。自分が全てを知っていて、それをいつでも世間 に公表できるということを伝えることで。セットに生きの良いレシピエントも付けてやれば、きっとヨミは命を取り留めることができるはずだ…

…つづく

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イナギ10‐ヨミの告白(中編)

2012-11-16 22:23:04 | 伝承軌道上の恋の歌

× × × × × × × × × × × × × × × × × × × 
 ヨミが目がさめたのはもう夜になってからだった。僕はずっとヨミの眠るすぐ傍らで彼女を見守っていた。
「心配かけてごめんなさい。大丈夫、すぐ良くなるから…」
 まだ夢うつつのヨミがイナギに微笑んだ。『それは嘘だ。僕にはもう分かっているんだ。ヨミ、お前は助からない。唯一の方法をのぞいて…』僕はヨミを見つめる。今をどれだけ頭に焼きつけたところで綺麗な思い出になんてならない。僕が欲しいのは今一瞬じゃない。明日も、あさっても、一週間後も、一ヶ月後も、一年後も、十年後も、何時までも二人でいられるってことなんだ。こう考えたことだってある。死んだらヨミは一生僕のものだって言えると。誰にも取られることはないんだから。でも僕は望んでしまったんだ。ヨミ、お前のせいで。
「イナギ?どうしたの?」ヨミが聞く。
「いや、なんでもない…」
「アノンちゃん、どうかあの子をよろしくね」 
 アノン?こんな大事なときになぜあいつの名前を?あんなヤツのことは関係ないじゃないか。何もわかってないのはヨミの方だ。僕の想いも、なにも…そんなだれにでもあげられる優しさは僕は欲しくないんだ。
「なんでそんなことを言うんだ!?あんなやつどうでもいいじゃないか」
「違うの。あの子は私にとって特別なの。」
「なんでだ!僕との生活よりずっといいって言うのか?そんな馬鹿なことがあるか」
「イナギ、あなたは分かってないの…」
「わかりたくもない。それ以上言うなら、僕はあいつを殺してやる」
「イナギ、わかってない。わかってない…」
 ヨミはかすれる声を振り絞って言う。彼女を興奮させてしまったらしい、ヨミは苦しそうに深い呼吸を繰り返す。だが僕はウケイを呼ぶのをためらった。ウケイまた二人で超然とした高みから僕を憐れむだけだ、と。
「ごめん、ヨミ。言い過ぎた…」
 こう言うのが僕の精一杯だった。
「…イナギ、ありがとう…私、少し寝るね…」
「ああ、おやすみ」
 そう言ってヨミはまた眠りに落ちた。それはかなり楽観的な見方で、本当は気を失ったのかも知れないと僕は思った。
 そして、その夜僕はヨミを連れだした。

…つづき

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イナギ10‐ヨミの告白(前編)

2012-11-15 22:06:46 | 伝承軌道上の恋の歌

 ウケイの診察室にてヨミは小さなメモ帳に絵を描いていた。うなされた時に見舞って見る夢だった。自分を映した鏡が散らばって、バラバラに映った身体の部位が勝手に動き出し、それが頭だけになった自分を襲うんだった。
「イナギ、どうしたの?」
 僕は静かに部屋に入って来る。こわばったその表情にヨミは全てを悟ったようだった。
「ヨミ、お前…」と僕は声を震わせる。
「ウケイ先生から聞いたのね?」
 ヨミは筆を止める。
「あいつがお前がいなくなるって言うんだ。嘘だろ?」
「私は分からないの。ただ、受け入れようとは思ってるわ。そうしたら、本当に色んなものが少しだけ綺麗に見えたの。本当に奇跡みたい…」
「ああ。そんな馬鹿なことがあるわけない。ヨミ、嘘だろ?お前のせいだ。お前のせいで、もう僕は本当に弱くなった。お前がいなくなると思うと、不安で仕方ないんだ。こんなのは嫌だ。ヨミどうしたらいいんだ?」
「弱いって悪くない。はかないって綺麗でしょ?イナギの心が前より綺麗になったってだけ。確かにイナギは変わった。私は今の方が好きよ」
「僕は嫌だ。自分が持たないよ。叶わないなら、お前より早く死にたい」
「そんな事言わないで、イナギ。イナギは優しくなれたのよ。その分だけ周りのみんなを救ってるのよ。みんなの分だけ自分を犠牲にできるようになったの。ほら、私だってどんなに救われたか…」
「もうお前と会う前に自分がいたことも信じてないんだ。頼むよ、ヨミ。お前のためなら何でもする。だから…」
 僕はヨミの前に跪いて、すがった。
「こんな話があったの。それはとある医療関係の研究所で起こったこと。彼らはある研究をしていたの。詳しくは知らない。ただ、とても高い報酬と研究費とひきかえのとても危険なテーマの研究だったそう。何事もリスクなしには成果は得られないもの。そして彼らもその例外ではなかった。決して取り戻せない代償を払うことになった。子供たちが重大な内臓欠陥を抱えて生まれてきたの。でも、その不祥事を彼らは隠そうとした。そして、その中の人達は研究所を新たに立ち上げ、研究に勤しんだの。自らの子供たちを救うためにね。子供たちの中には命を落とす者が現れてしまうこともあった。その中で彼らが得られた成果はただ一つ。人の臓器を移植することだった。それもほとんど全てのね。根本的な解決にはならなくても、命を長らえることはできた。でも、レシピエントはそう簡単には見つからない。何よりこの惨事を引き起こす原因となった彼らの研究それ自体が公になるのを嫌った。だから正規の手段すら取ることもできない。だから彼らは禁じられた方法に手を染めたの」 
 僕が見るヨミの瞳は深い色の奥で冷たい光りを宿して見える。ヨミはその目をゆっくりとイナギに向けて言う。
「それはね、外国から連れてこられた子供たちを使うことだった。最初は身体の一部で済んでも、最後は命を引換にしなければいけなかった。でも、ある時事件が起こった。その子供たち二人が逃げ出したの。外に出ることには成功しても、結局異国の地で為す術もなく放浪するしかなかった。ちょうど真冬の季節。二人はとにかく冷たい雨と風を逃れるためにとある公園に行き着いた。そして、そこに自分たちの生きた証を残した。それからどうなったと思う?結局二人とも見つかって死んだの」
「ヨミ、全部知ってたのか?」
「全部じゃない。ウケイ先生は何も教えてくれないから」
「でもなんで…」
「それはね、私がその元患者だったから…」
「…ヨミ…」
「ふふ。私も罪人だったの。イナギは軽蔑する?」
「する訳ない。犠牲になればお前の命を救えるってことだろ?それなら…」
「ううん、イナギ、違うわ。私はそれを望んでない。それにね、もう遅い…」
「…こうなるまで隠していたのか」
「隠していたわけじゃない。でももう決まっていたことだから」
「だったら僕の命をくれてやるだから…」
「やめて。私が今こうなることで一人の命が救えたことなの。それで私は十分…」
× × × × × × × × × × × × × × × × × × × 
そこは室内中が湿度と熱気とポンプの音で満ち満ちていた。部屋中を覆う植物は水槽の中に根を下ろしていて、その循環をその下にチューブを伸ばしたポンプが行っているようだった。その隅で身を屈めて機械をいじっていたウケイは人影が床に映るのに気づいた。
「…ヨミか?休んでなくはダメだよ」背中を丸めたウケイは一顧だにせずに言う。
「…ウケイ先生」
 僕はその後姿に向かって初めて彼の名を呼んだ。
「…ああ、イナギ君か。どうかしたかね?」
 汗まみれウケイは僕を認めると、首から下げたタオルで汗を拭った。
「ヨミを救って下さい。何でもします」イナギは彼にそう言った。
「…それは彼女の意思だ…君も受け入れろ」と間髪入れずにウケイは言う。
「僕の命で彼女を救えるなら、それでも構いません…」
「君は何も分かっていない」
「ヨミから全部聞いた。それを暴かれて困るのはあなたでしょう?」
「それは私だけじゃない。多くの犠牲を出すことになる」
「嘘だ。自分が困るんじゃないか」
 自分の予想した通りだ。やつは答えられない。
「今日はヤエコと私の同僚であった父親の命日だ。どうか静かに迎えさせてくれ」
「絶対にヨミは助けてもらう。絶対に…」
 僕はそう言って温室から飛び出した。

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050-襲撃

2012-11-14 23:05:39 | 伝承軌道上の恋の歌

 暗い部屋、アキラは明かりもつけずに携帯電話に向かって話していた。蛇口から漏れる水しずくの音が小刻みに闇を伝って部屋全体を小さく揺らしている。
‐…トトちゃん、どうだった?
‐うん、そっか…
‐うん、うん。分かった。
‐じゃあ、また明日ね
‐今?シルシくんの部屋。
‐ううん、大丈夫。
‐もうしばらくここにいる。大丈夫。心配しないで。うん。じゃあね。
 アキラは携帯を切るとベッドの上で膝を抱えて丸まった。外を走る車のヘッドライトがカーテンの隙間を通じてサーチライトのように一瞬部屋を照らす。瞬間のその光景とは、床一面に衣服が散らばり、引き出しの幾つかが投げ出されて荒れ果てたものだった。アキラがそれを発見して今日で一週間が経つ。が、まだシルシとアノンは見からなかった。

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049-モノの告白

2012-11-13 21:30:32 | 伝承軌道上の恋の歌

 気がつくと病院の一室にモノはいた。ぼんやりと開いた目の先には一人、ベッドの傍らに座る女の子がいた。
「…やあ、モノくん…」
 トトの声がした。
「ああ。俺、少し寝ちゃってたみたいだ」
「…そう、モノくん…とにかく今は安静に…」
 トトの返事をどこかそっけないと感じた。
「スフィアは…スフィアはどうなってる…?」
「分かんない。知らないよ」
「なあ、トト、聞いてくれ。アノンの正体が分かったんだ。彼女は身元を偽ってる。小悪党たちの道具だったんだ。それと…やつらはあと二人いるんだって言ってる。やつらは仲間だって言ってる。仲間を見つけたいって」
「…何、言ってるの?」
 トトはただ戸惑っている。でも伝えなきゃ。デウ・エクス・マキーナに秘められた一番深いレイヤーを見つけた。まだ誰も知らない。まだスフィア化していない深淵。次々とそれが現実に影響して世の中を動かし始めてる。このメカニズムはこの世界ではまだ明かされてない隠された呪文だ。触れたものだけが命と引き換えに得られる禁忌だ。俺はそれを見てそして感じたんだ。その思いだけが頭の中をぐるぐると混ぜ繰り返して運動してその先から表現がついて出てくる。これを伝えなきゃ嘘だろう?
「トト、俺が間違ってた。やっぱり本当に起こったことだったんだ。そうだな…告発。マキーナは告発をした。やつらがやったんだ。でもイナギの事故のことは知らないって言ってた。そしてスフィアのことも」
「モノくん、だから一体何を…」
「俺も最初は利用するつもりだったんだけど、失敗した。結果がこれさ。俺ではなかった。分かったのはそれだけだ。偶然なんだろうけど、このタトゥーをスフィアのみんなで入れだしたってことでやつらにとって攪乱作戦になったんだろうな。ただ一方で、やつらがその『オリジナル』を探すきっかけにもなった。やつらは本物を探している」
「その本物って…」
「ああ、もう遅いだろうな…でも、待ってくれ…この観測によって予定された客体だってまた変化したんだ。だから間に合うかも知れない…だからトト…」
「モノくん…」
 そんなモノの気持ちとは反対にトトは悲しい目をしていた。そしてトトは身を乗り出してモノにゆっくり近づくと、傍らの壁についたインターフォンを押した。
 看護婦がすぐに駆けつけてきて、何も言わずに取り出した注射器を勝ち誇るように掲げるのを見た、その後の記憶はあまりはっきりしなかった。

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048-最期の集まり(後編)

2012-11-12 22:15:49 | 伝承軌道上の恋の歌

「何ですか、アキラ先輩?」トトが思わず聞き返す。
「…アノンちゃん、その人、ウケイ、ウケイ先生って言わなかった?白髪混じりのボサボサの髪の毛と少しだけ無精髭があって、いつも難しそうな顔してる」
 アキラが堰を切ったようにアノンに聞く。それにアノンは何かにほっとしたように優しく微笑んで答えた。
「うん。やっぱりそうなんだね…」アノンは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「…そう、やっぱりだよね」
 身を乗り出したアキラがまた砂の地面にへたり込むようにして肩を落とした。ウケイ先生。やはり最後にはいつもあの人の名が登場することになるのか。彼は僕とアキラを残して姿を消した研究所の最後の職員。僕達にセラピーを任せて、また僕に『周知活動』をするように仕向けて…恐らく、唯一全ての真相を知る人物だ。
「ウケイ先生のこと聞かせてくれないか?」僕が言う。
「私はウケイに救われてからしばらく二人で暮らしてたんだ」
「アノンちゃん、それっていつごろ?」
「一年くらい前まで」
「え?!」
 アノンの答えはアキラと僕にはあまりに意外だった。
「シルシ君…それじゃあ…」
 アキラは僕と顔を見合わせる。アノンの言う通りなら、彼女の言うウケイ先生が僕達の指している人物と同じというなら、彼は僕達の前から姿を消した後もそれほど遠くない場所でアノンと一緒にいたことになる。
「でもその後、ウケイはどうしても一緒にいてやれなくなったって言って、それで私はヨミに引き取られたんだ。イナギの恋人ってみんな言ってたあのヨミ。ヨミはウケイの患者だったんだ。かなり重い病気でしかもほとんど症例のないやつだって…」
 アノンがそう言いかけたところで、突然アキラがアノンの両手を握りしめて
「ねえ!アノンちゃん!ウケイ先生はどこにいたの?!教えて!お願い!」と乞うた。
「…アキラ?」
「先輩…」
 アノンもトトもこんなアキラを見たのは初めてに違いない。二人の関係を知るのはもう僕だけだろう。あいにくアキラの願いは今はまだ叶わないけど。
 と、突然、車の轟音がコンクリートの壁を伝わった濁った音で僕達全員に伝わる。
「…何だ?」
 数人の者の砂を踏みしめる音。あわただしい気配が辺りを覆っていく。近い。怯えたトトが思わず声を出そうとするのを僕は口で抑えて、明かりの灯った携帯電話をしまうように皆に目で合図した。幾分、足音が落ち着くのを待って、ドームの入り口から少し顔を出して辺りを確かめると、男のものらしき人影が公園内で動いていた。暗くて良くは分からないが、皆それなりに体格が良さそうだ。ぼそぼそと何事か話しているが、どうも僕にはこの国の言葉に聞こえない。
「…みんな、今日はもうお終いだ。話はまた今度だ…」僕は声を潜める。
「どうしたの、シルシ君?」
 アキラは震えるトトを抱いている。
「…いいから。しばらく静かにしているんだ。いざとなったら僕が囮になる。その間にお前たちは逃げるんだいいな?」と、揃ってうなづく三人。再び外を覗くと、男は正確には三人とそれにあと一人。種類で分けるならそういう表現になるだろう。リーダーっぽい男が他の二人に早口で何事かを指示する。やはり聞きなれない発音だ。そして囚われた一人の男は他の男に引きずられるようにジャングルジムの方に連れて行かれ、もはや自由を失った手足を鉄のパイプに絡ませて磔の格好にさせられそのまま捨て置かれた。


 それで用は済んだのか男たちは無言でその場を離れ、少しして派手な車のエンジン音が公園に響く。聞こえなくなるのを確かめて、僕はゆっくりとその男に近づく。街灯の光を頼りに彼の姿を凝らす。そして僕は言葉を失った。凄惨なリンチを受けたんだろう、顔は原形を留めないほど歪み彼の着ているシャツまで血にまみれていた。鼻や口からだけでこれほどに血に染まるのだろうか?
「…大丈夫か?」
 しかし返事はない。既に意識を失っているか、もしくは声が出ない状態なのかも知れない。その代わりに彼はまるで人形か何かのように力なく首をかしげた。そしてその首筋が大きく血にまみれている。まるで抉り取られるように骨まで届きそうな程に深く刻み込まれている。まずい。早く救急車を呼ばなければ…
 僕は無我夢中でコートとその下のシャツを脱いで彼の首筋を抑えた。
「アキラ!頼む早く来てくれ!」
 僕は叫んだ。僕の白いシャツはみるみる赤く染まっていく。助かるだろうか?幸い傷は肩に近い辺りで、頸動脈は外れているようだ。大丈夫かもしれない、これなら…少しだけ心が落ち着いた所でようやく状況を確かめる余裕ができた。やたらと金具のついた黒いロングコートと胸の開いたシャツ。その格好からしてもまだ若い。きっと二十歳前後といったところだろう。髪の色が真っ青で、暗がりでもこれだけは目につくほどに鮮やかだ。しかし、顔はひどく腫れ上がっていて本来の姿が想像できない。だから僕がようやく彼が誰かに気づいたのは
「モノ!」
「モノくん!」
 駆けつけたアノン達がそう叫ぶのを聞いてからだった。

…つづき

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048-最期の集まり(中編)

2012-11-11 21:43:55 | 伝承軌道上の恋の歌

「…シルシ君、それって」
 アキラの反応は幾分落ち着いていた。
「…ああ。そうなんだ…」
 そう言って僕はシャツの襟を開いて、アノンと同じバーコード状の『それ』を見せた。
「…シルシ、そんな…そんな…」
 そしてアノンも初めてその事実を知ることになった。アノンの衝撃は、アキラやトトもまたはるかに上回っていたことだろう。そのせいで言葉を失ってしまって少し濡れた唇だけを震わせている。そのお互いのピースの一つ一つ、これら全てを知っていたのはこれまでは僕だけだったという訳だ。そして僕はそれを知って隠そうとした。アキラは勘づいていたのかもしれない。それがアキラを三年前の事故の真相とあわせて、僕の周知活動の意味を疑わせることになったんだろう。
「ねえ、どういうこと?説明して」
 アノンがすがるように僕に言った。彼女が一番知りたいだろう。それは彼女がずっと探していたルーツを探るものだから…
「アノンと同じさ。物心つかないうちから身体についていたんだ。親にも聞いたことは何度もある。けど、教えてはくれなかった。僕の出生に関わる何かの謎なんだろうことは分かっていた。けどこれについて聞くのは禁忌に近かったんだ。歳を重ねて知恵もついてくれば、親の仕事に関係した何かと関係があることは推測できた。知っての通り僕の父親、医療のベンチャーの研究機関を立ち上げてそこの所長をしていた。僕が小さい頃に死んだ母親も亡くなるまでは一緒に手伝っていたと聞いてる。もしかしたら来たるべき時を待ってその謎は明かされたのかも知れない。しかし、あんな事故があって、直後に研究所の職員たちも離散して、事故の療養とリハビリをしていた僕とそしてアキラを最後に研究所そのものが潰れてしまった。それでとうとうこれの意味は聞けないで終わったんだ」
「じゃあ、私のこれも…」
 アノンが痛む古傷をかばうように首元に手をやる。これから足を踏み入れようとしている先は多くの矛盾や犠牲をはらんだ得体が知れないものが潜んでいる。それをお互いに予感してる。
「…ああ。僕の父親の研究所に違いない。アノン、お前はあの研究所のどこかにいたんだ。ヤエコが僕やアキラがいたあの研究所に」
「…そっか…そうなんだ」
 アノンは寒さで凍えるように膝を両手で抱えて丸くなると、白い息を吐いた。
「シルシ君、ヤエコちゃんに会いに行った時とかにアノンちゃんを見たことは?」
 こんな時でもアキラの物言いは確かだ。
「分からない…いや、ない。あそこはあくまで研究施設だったんだ。思えばあそこで治療を受けていた者は患者と言うよりは被験者に近かった。機密保持の意図もあったのか被験者同士の交流もほとんどなかった。そもそもヤエコのように入院すること自体異例なことだったから」
「でもだったら、どうしてアノンはそこにいたんでしょうか?仮にそこの被験者?…だったとしても、そもそも記憶もないなんて」
 トトも僕に疑問をぶつけてくる。が、僕の答えはさほど変わらない。
「分からない。今は僕にも…同じ識別番号の入った僕とアノンの境遇もまるで違う」
「じゃあ、番号からは何か分からないんですか?二つサンプルあれば比較もできるし…」
「番号は…僕は『MJ032』」
 生まれた時からあるバーコードの下に振られた番号と記号は当たり前に諳んじられた。
「アノンは?」
「私は『FJ002』…」
「FとMはmaleとfemaleの識別記号かもしれない。Jは…JuniorとかJulyとか…」
 アキラが思案する。
「じゃあ、じゃあ…JAPANとか?」とトト。
「どれも憶測の域は出ないね。ただ、研究所で使われていた識別コードなのかも…それじゃあ、妹のヤエコちゃんにはあったの?」アキラが聞く。
「いや。ない。間違いなくなかった。子供の頃に一緒に風呂に入ってたから分かる」
「先輩の妹さんは研究所に特別に入院してたんですよね?そのヤエコさんにもなかったんじゃ、あんまり関係ないのかも知れませんね?」
「それもまた憶測だな。当時の関係者の足取りが分からないから確認のしようがない」
「あと数字の順番もおかしいよね。アノンちゃんの方が三桁の数字が若いのも変だよ。だってシルシ君の方が年上…だもんね?」
「ああ、多分。だよな?アノン」
「さっき言った通り本当の歳は知らないんだ。私を助けてくれた人にそう教わっただけ」
 しかし二十代に差し掛かった僕と比べてもアノンは大分幼く見える。
「…で、その『助けてくれた人』っていうのは誰なの?」
 トトが幾分冷ややかな目でアノンを見る。その時一瞬アキラと目があった。僕達は同じことを考えていたと思う。僕が最後から二番目の、そしてアキラが最後の患者となった研究所の最後の医者…
「…ウケイ先生」アキラが小さな声でそうつぶやいた。

…つづき

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