Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

イナギ10‐ヨミの告白(前編)

2012-11-15 22:06:46 | 伝承軌道上の恋の歌

 ウケイの診察室にてヨミは小さなメモ帳に絵を描いていた。うなされた時に見舞って見る夢だった。自分を映した鏡が散らばって、バラバラに映った身体の部位が勝手に動き出し、それが頭だけになった自分を襲うんだった。
「イナギ、どうしたの?」
 僕は静かに部屋に入って来る。こわばったその表情にヨミは全てを悟ったようだった。
「ヨミ、お前…」と僕は声を震わせる。
「ウケイ先生から聞いたのね?」
 ヨミは筆を止める。
「あいつがお前がいなくなるって言うんだ。嘘だろ?」
「私は分からないの。ただ、受け入れようとは思ってるわ。そうしたら、本当に色んなものが少しだけ綺麗に見えたの。本当に奇跡みたい…」
「ああ。そんな馬鹿なことがあるわけない。ヨミ、嘘だろ?お前のせいだ。お前のせいで、もう僕は本当に弱くなった。お前がいなくなると思うと、不安で仕方ないんだ。こんなのは嫌だ。ヨミどうしたらいいんだ?」
「弱いって悪くない。はかないって綺麗でしょ?イナギの心が前より綺麗になったってだけ。確かにイナギは変わった。私は今の方が好きよ」
「僕は嫌だ。自分が持たないよ。叶わないなら、お前より早く死にたい」
「そんな事言わないで、イナギ。イナギは優しくなれたのよ。その分だけ周りのみんなを救ってるのよ。みんなの分だけ自分を犠牲にできるようになったの。ほら、私だってどんなに救われたか…」
「もうお前と会う前に自分がいたことも信じてないんだ。頼むよ、ヨミ。お前のためなら何でもする。だから…」
 僕はヨミの前に跪いて、すがった。
「こんな話があったの。それはとある医療関係の研究所で起こったこと。彼らはある研究をしていたの。詳しくは知らない。ただ、とても高い報酬と研究費とひきかえのとても危険なテーマの研究だったそう。何事もリスクなしには成果は得られないもの。そして彼らもその例外ではなかった。決して取り戻せない代償を払うことになった。子供たちが重大な内臓欠陥を抱えて生まれてきたの。でも、その不祥事を彼らは隠そうとした。そして、その中の人達は研究所を新たに立ち上げ、研究に勤しんだの。自らの子供たちを救うためにね。子供たちの中には命を落とす者が現れてしまうこともあった。その中で彼らが得られた成果はただ一つ。人の臓器を移植することだった。それもほとんど全てのね。根本的な解決にはならなくても、命を長らえることはできた。でも、レシピエントはそう簡単には見つからない。何よりこの惨事を引き起こす原因となった彼らの研究それ自体が公になるのを嫌った。だから正規の手段すら取ることもできない。だから彼らは禁じられた方法に手を染めたの」 
 僕が見るヨミの瞳は深い色の奥で冷たい光りを宿して見える。ヨミはその目をゆっくりとイナギに向けて言う。
「それはね、外国から連れてこられた子供たちを使うことだった。最初は身体の一部で済んでも、最後は命を引換にしなければいけなかった。でも、ある時事件が起こった。その子供たち二人が逃げ出したの。外に出ることには成功しても、結局異国の地で為す術もなく放浪するしかなかった。ちょうど真冬の季節。二人はとにかく冷たい雨と風を逃れるためにとある公園に行き着いた。そして、そこに自分たちの生きた証を残した。それからどうなったと思う?結局二人とも見つかって死んだの」
「ヨミ、全部知ってたのか?」
「全部じゃない。ウケイ先生は何も教えてくれないから」
「でもなんで…」
「それはね、私がその元患者だったから…」
「…ヨミ…」
「ふふ。私も罪人だったの。イナギは軽蔑する?」
「する訳ない。犠牲になればお前の命を救えるってことだろ?それなら…」
「ううん、イナギ、違うわ。私はそれを望んでない。それにね、もう遅い…」
「…こうなるまで隠していたのか」
「隠していたわけじゃない。でももう決まっていたことだから」
「だったら僕の命をくれてやるだから…」
「やめて。私が今こうなることで一人の命が救えたことなの。それで私は十分…」
× × × × × × × × × × × × × × × × × × × 
そこは室内中が湿度と熱気とポンプの音で満ち満ちていた。部屋中を覆う植物は水槽の中に根を下ろしていて、その循環をその下にチューブを伸ばしたポンプが行っているようだった。その隅で身を屈めて機械をいじっていたウケイは人影が床に映るのに気づいた。
「…ヨミか?休んでなくはダメだよ」背中を丸めたウケイは一顧だにせずに言う。
「…ウケイ先生」
 僕はその後姿に向かって初めて彼の名を呼んだ。
「…ああ、イナギ君か。どうかしたかね?」
 汗まみれウケイは僕を認めると、首から下げたタオルで汗を拭った。
「ヨミを救って下さい。何でもします」イナギは彼にそう言った。
「…それは彼女の意思だ…君も受け入れろ」と間髪入れずにウケイは言う。
「僕の命で彼女を救えるなら、それでも構いません…」
「君は何も分かっていない」
「ヨミから全部聞いた。それを暴かれて困るのはあなたでしょう?」
「それは私だけじゃない。多くの犠牲を出すことになる」
「嘘だ。自分が困るんじゃないか」
 自分の予想した通りだ。やつは答えられない。
「今日はヤエコと私の同僚であった父親の命日だ。どうか静かに迎えさせてくれ」
「絶対にヨミは助けてもらう。絶対に…」
 僕はそう言って温室から飛び出した。

…つづき

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