Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

048-最期の集まり(中編)

2012-11-11 21:43:55 | 伝承軌道上の恋の歌

「…シルシ君、それって」
 アキラの反応は幾分落ち着いていた。
「…ああ。そうなんだ…」
 そう言って僕はシャツの襟を開いて、アノンと同じバーコード状の『それ』を見せた。
「…シルシ、そんな…そんな…」
 そしてアノンも初めてその事実を知ることになった。アノンの衝撃は、アキラやトトもまたはるかに上回っていたことだろう。そのせいで言葉を失ってしまって少し濡れた唇だけを震わせている。そのお互いのピースの一つ一つ、これら全てを知っていたのはこれまでは僕だけだったという訳だ。そして僕はそれを知って隠そうとした。アキラは勘づいていたのかもしれない。それがアキラを三年前の事故の真相とあわせて、僕の周知活動の意味を疑わせることになったんだろう。
「ねえ、どういうこと?説明して」
 アノンがすがるように僕に言った。彼女が一番知りたいだろう。それは彼女がずっと探していたルーツを探るものだから…
「アノンと同じさ。物心つかないうちから身体についていたんだ。親にも聞いたことは何度もある。けど、教えてはくれなかった。僕の出生に関わる何かの謎なんだろうことは分かっていた。けどこれについて聞くのは禁忌に近かったんだ。歳を重ねて知恵もついてくれば、親の仕事に関係した何かと関係があることは推測できた。知っての通り僕の父親、医療のベンチャーの研究機関を立ち上げてそこの所長をしていた。僕が小さい頃に死んだ母親も亡くなるまでは一緒に手伝っていたと聞いてる。もしかしたら来たるべき時を待ってその謎は明かされたのかも知れない。しかし、あんな事故があって、直後に研究所の職員たちも離散して、事故の療養とリハビリをしていた僕とそしてアキラを最後に研究所そのものが潰れてしまった。それでとうとうこれの意味は聞けないで終わったんだ」
「じゃあ、私のこれも…」
 アノンが痛む古傷をかばうように首元に手をやる。これから足を踏み入れようとしている先は多くの矛盾や犠牲をはらんだ得体が知れないものが潜んでいる。それをお互いに予感してる。
「…ああ。僕の父親の研究所に違いない。アノン、お前はあの研究所のどこかにいたんだ。ヤエコが僕やアキラがいたあの研究所に」
「…そっか…そうなんだ」
 アノンは寒さで凍えるように膝を両手で抱えて丸くなると、白い息を吐いた。
「シルシ君、ヤエコちゃんに会いに行った時とかにアノンちゃんを見たことは?」
 こんな時でもアキラの物言いは確かだ。
「分からない…いや、ない。あそこはあくまで研究施設だったんだ。思えばあそこで治療を受けていた者は患者と言うよりは被験者に近かった。機密保持の意図もあったのか被験者同士の交流もほとんどなかった。そもそもヤエコのように入院すること自体異例なことだったから」
「でもだったら、どうしてアノンはそこにいたんでしょうか?仮にそこの被験者?…だったとしても、そもそも記憶もないなんて」
 トトも僕に疑問をぶつけてくる。が、僕の答えはさほど変わらない。
「分からない。今は僕にも…同じ識別番号の入った僕とアノンの境遇もまるで違う」
「じゃあ、番号からは何か分からないんですか?二つサンプルあれば比較もできるし…」
「番号は…僕は『MJ032』」
 生まれた時からあるバーコードの下に振られた番号と記号は当たり前に諳んじられた。
「アノンは?」
「私は『FJ002』…」
「FとMはmaleとfemaleの識別記号かもしれない。Jは…JuniorとかJulyとか…」
 アキラが思案する。
「じゃあ、じゃあ…JAPANとか?」とトト。
「どれも憶測の域は出ないね。ただ、研究所で使われていた識別コードなのかも…それじゃあ、妹のヤエコちゃんにはあったの?」アキラが聞く。
「いや。ない。間違いなくなかった。子供の頃に一緒に風呂に入ってたから分かる」
「先輩の妹さんは研究所に特別に入院してたんですよね?そのヤエコさんにもなかったんじゃ、あんまり関係ないのかも知れませんね?」
「それもまた憶測だな。当時の関係者の足取りが分からないから確認のしようがない」
「あと数字の順番もおかしいよね。アノンちゃんの方が三桁の数字が若いのも変だよ。だってシルシ君の方が年上…だもんね?」
「ああ、多分。だよな?アノン」
「さっき言った通り本当の歳は知らないんだ。私を助けてくれた人にそう教わっただけ」
 しかし二十代に差し掛かった僕と比べてもアノンは大分幼く見える。
「…で、その『助けてくれた人』っていうのは誰なの?」
 トトが幾分冷ややかな目でアノンを見る。その時一瞬アキラと目があった。僕達は同じことを考えていたと思う。僕が最後から二番目の、そしてアキラが最後の患者となった研究所の最後の医者…
「…ウケイ先生」アキラが小さな声でそうつぶやいた。

…つづき

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