Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

053-そして研究室へ(前前編1)

2012-11-21 23:01:43 | 伝承軌道上の恋の歌

 翌朝、ずっとタクシーから見慣れた車窓が流れるのに僕達は黙って従っていた。ロボットのように無言の運転手に連れられて両脇のドアは自動で開いて僕達は降りた。重い足取りで立つ、その場所の先にある眼の前の構造物は決定的に断定的に現実を歪めて在った。
「この前来たばっかりなのに今日は特別懐かしいね」
 アキラが初めて口を開く。
「僕にはまるで違って見えるよ」
「大丈夫。お互い何も変わってないから」
 アキラは笑うと僕の手を取った。
「誰かに見つかったら?」
「むしろ捕まった方がアノンに会えるかもしれない。でも大丈夫。無謀な賭けじゃない。トトには一時間以上連絡なかったら、動いてもらうように頼んでるから」
「…分かった」
 アキラはそれきり黙る。そしてゲート横の通用口のスロットにカードを通すとゲートが上がる。二人で重なって通れば何のことはない、あっけなく通り過ぎることができる。
「ほんとずさんだよね。実は誰でも出入りできるんじゃない?」アキラが言うと
「ウケイ先生に言わせると様式美なんだそうだ」僕は答えた。
 人影はない。が、気配は感じていた。アノンはきっとここにいる。確信をもって鍵のかかっていない裏口の扉を開く。僕達だけの足音が響くひっそりとした医療棟の廊下には複数の人の足あとがはっきりと見て取れた。
「…この足あとって…」アキラがつぶやく。
「ああ」
 間違いない。モノを襲ったやつらのものだろう。僕はその足跡の中にただ一つはぐれて伸びている足跡がある。それに導かれるように僕は歩を進める。
「どこに行くの?」アキラが不安そうに聞く。
 長らく閉鎖された研究棟に相応しくないあの『温室』、光の差す庭へ続いていた。スチール製の扉を音を立てないようにゆっくりと開けると、微かな物音と人の気配があった。
「…シルシくん、誰か居るよ」アキラが殺して僕にそう伝える。
「…ああ」
 それはガラスのドームの中で、ひだまりを一身にあびて立っている。少し丸まったこちらに背は白衣に包まれて、五十がらみを思わせる波打った灰色の髪が、光になびいていた。手元にはじょうろを持って、窓辺に並べられた花壇の花に水をやっている。どうやら彼が足あとの主のようだ。その一歩目を踏み出す前にも僕達は少しも戸惑わない。彼に向かっていく。そして僕を追い越してアキラがずっと早足になって。
 後ろ姿の彼が手を止める。こちらに気づいたようだ。しかし振り返ることはなかった。
「…シルシか?」
 大きくひらけたガラスの窓にうっすらと浮かび上がっている僕らとそしてその男の顔。
「…それにアキラ」男はそう言うと振り返った。
「…ウケイ先生!」アキラが声を震わせる。
「久しぶりだな」
 白いものが混じった口ひげの奥に隠れた口元が密かに笑う。目尻の少したれた穏やかな瞳には厳しく強い光が宿っていた。やっぱりウケイ先生だ。何も変わってない。
「どうしてどっかにいっちゃったんですか!ボク達ずっと探してたんだよ」
 アキラの声にはどこか甘えた響きがあった。
「どっかに言ったわけじゃない。ずっと見ていたさ。観測するたびにそこに世界が定まるのを感じながら、な」
「…また、わけわからないこと言って…良かった、ウケイ先生だ」
 感極まったアキラに抱きつかれると、ウケイ先生は優しく頭を撫でてやった。
「ああ。アキラは少し…いやだいぶ変わったな…女の子らしくなった」
「ははは。まあね。でもウケイ先生のお陰だよ」
 ウケイ先生は肩を抱いたまま優しくアキラを引き離すと僕を見る。
「…ウケイ先生。僕は…」
 精一杯の僕の声はかすれたまま彼に届いた。
「僕は間違えたんですか?」
「…」
 ウケイ先生は答えない。だから僕はもう一度聞いた。
「僕はどこで間違えたんですか、ウケイ先生?」 
 ウケイは
「どこまでアキラに話したんだい?」と僕に聞いた。
「まだ全部じゃないよ…」アキラが代わりに答える。
「アキラ、お前には私からちゃんと言っておくべきだった。そうすればもう少しシルシも楽になれたのだろうな」
「違うよ、先生。ボクの責任でもあるんだ。あれからずっと大変で、シルシ君がまた事故に巻き込まれたり、今度はまた誰かに殺されそうになってたり…」
「すまないな。この騒ぎは私のせいでもあるんだ」
「やっぱりウケイ先生、知ってる。それじゃボクだけ仲間はずれにされてたみたいだよ」
「しかし知ってしまったらもう無関係とはいえなくなる。それでも知りたいかい?」
「はい。覚悟はできてます」
 ウケイ先生はアキラをそっと引き離して傍らにあるカウチに腰を下ろすと、アキラと僕を隣に並べる。
「…では話そう」
 そう言って祈るように両手を組んでふとももに肘をついて背中を丸めた。その目はどこか定まらない遠くを見ているようだった。

…つづき

人気ブログランキングへ

コメント    この記事についてブログを書く
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする
« これまでの物語のまとめ・参 | トップ | 053-そして研究室へ(前中編2) »
最新の画像もっと見る

コメントを投稿

伝承軌道上の恋の歌」カテゴリの最新記事