Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

048-最期の集まり(後編)

2012-11-12 22:15:49 | 伝承軌道上の恋の歌

「何ですか、アキラ先輩?」トトが思わず聞き返す。
「…アノンちゃん、その人、ウケイ、ウケイ先生って言わなかった?白髪混じりのボサボサの髪の毛と少しだけ無精髭があって、いつも難しそうな顔してる」
 アキラが堰を切ったようにアノンに聞く。それにアノンは何かにほっとしたように優しく微笑んで答えた。
「うん。やっぱりそうなんだね…」アノンは自分に言い聞かせるようにつぶやいた。
「…そう、やっぱりだよね」
 身を乗り出したアキラがまた砂の地面にへたり込むようにして肩を落とした。ウケイ先生。やはり最後にはいつもあの人の名が登場することになるのか。彼は僕とアキラを残して姿を消した研究所の最後の職員。僕達にセラピーを任せて、また僕に『周知活動』をするように仕向けて…恐らく、唯一全ての真相を知る人物だ。
「ウケイ先生のこと聞かせてくれないか?」僕が言う。
「私はウケイに救われてからしばらく二人で暮らしてたんだ」
「アノンちゃん、それっていつごろ?」
「一年くらい前まで」
「え?!」
 アノンの答えはアキラと僕にはあまりに意外だった。
「シルシ君…それじゃあ…」
 アキラは僕と顔を見合わせる。アノンの言う通りなら、彼女の言うウケイ先生が僕達の指している人物と同じというなら、彼は僕達の前から姿を消した後もそれほど遠くない場所でアノンと一緒にいたことになる。
「でもその後、ウケイはどうしても一緒にいてやれなくなったって言って、それで私はヨミに引き取られたんだ。イナギの恋人ってみんな言ってたあのヨミ。ヨミはウケイの患者だったんだ。かなり重い病気でしかもほとんど症例のないやつだって…」
 アノンがそう言いかけたところで、突然アキラがアノンの両手を握りしめて
「ねえ!アノンちゃん!ウケイ先生はどこにいたの?!教えて!お願い!」と乞うた。
「…アキラ?」
「先輩…」
 アノンもトトもこんなアキラを見たのは初めてに違いない。二人の関係を知るのはもう僕だけだろう。あいにくアキラの願いは今はまだ叶わないけど。
 と、突然、車の轟音がコンクリートの壁を伝わった濁った音で僕達全員に伝わる。
「…何だ?」
 数人の者の砂を踏みしめる音。あわただしい気配が辺りを覆っていく。近い。怯えたトトが思わず声を出そうとするのを僕は口で抑えて、明かりの灯った携帯電話をしまうように皆に目で合図した。幾分、足音が落ち着くのを待って、ドームの入り口から少し顔を出して辺りを確かめると、男のものらしき人影が公園内で動いていた。暗くて良くは分からないが、皆それなりに体格が良さそうだ。ぼそぼそと何事か話しているが、どうも僕にはこの国の言葉に聞こえない。
「…みんな、今日はもうお終いだ。話はまた今度だ…」僕は声を潜める。
「どうしたの、シルシ君?」
 アキラは震えるトトを抱いている。
「…いいから。しばらく静かにしているんだ。いざとなったら僕が囮になる。その間にお前たちは逃げるんだいいな?」と、揃ってうなづく三人。再び外を覗くと、男は正確には三人とそれにあと一人。種類で分けるならそういう表現になるだろう。リーダーっぽい男が他の二人に早口で何事かを指示する。やはり聞きなれない発音だ。そして囚われた一人の男は他の男に引きずられるようにジャングルジムの方に連れて行かれ、もはや自由を失った手足を鉄のパイプに絡ませて磔の格好にさせられそのまま捨て置かれた。


 それで用は済んだのか男たちは無言でその場を離れ、少しして派手な車のエンジン音が公園に響く。聞こえなくなるのを確かめて、僕はゆっくりとその男に近づく。街灯の光を頼りに彼の姿を凝らす。そして僕は言葉を失った。凄惨なリンチを受けたんだろう、顔は原形を留めないほど歪み彼の着ているシャツまで血にまみれていた。鼻や口からだけでこれほどに血に染まるのだろうか?
「…大丈夫か?」
 しかし返事はない。既に意識を失っているか、もしくは声が出ない状態なのかも知れない。その代わりに彼はまるで人形か何かのように力なく首をかしげた。そしてその首筋が大きく血にまみれている。まるで抉り取られるように骨まで届きそうな程に深く刻み込まれている。まずい。早く救急車を呼ばなければ…
 僕は無我夢中でコートとその下のシャツを脱いで彼の首筋を抑えた。
「アキラ!頼む早く来てくれ!」
 僕は叫んだ。僕の白いシャツはみるみる赤く染まっていく。助かるだろうか?幸い傷は肩に近い辺りで、頸動脈は外れているようだ。大丈夫かもしれない、これなら…少しだけ心が落ち着いた所でようやく状況を確かめる余裕ができた。やたらと金具のついた黒いロングコートと胸の開いたシャツ。その格好からしてもまだ若い。きっと二十歳前後といったところだろう。髪の色が真っ青で、暗がりでもこれだけは目につくほどに鮮やかだ。しかし、顔はひどく腫れ上がっていて本来の姿が想像できない。だから僕がようやく彼が誰かに気づいたのは
「モノ!」
「モノくん!」
 駆けつけたアノン達がそう叫ぶのを聞いてからだった。

…つづき

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