Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

063-残る犠牲者

2012-12-12 22:37:51 | 伝承軌道上の恋の歌

 アノンの歌が終わった。今、会場はその余韻に静まり返って微かなマイクのハウだけが耳鳴りのように遠く響く。その静寂を破ったのは僕だった。僕は会場の観客の間を分け入ってスタッフの制止を振りきると、不自由な半身を何とか手なづけステージによじ登る。
「…シルシ?」
 アノンのつぶやきはヘッドセットマイクを通じて拡声した。そして僕らを見上げる観客たちがざわめきだすのと同じくして背後でセットが軋む音がした。それはひとつの兆しでだんだんとそこら中に伝播して、ガタガタと僕たちの足元を揺らし始める。まずい。
「アノン!走れるんだ!」
 僕は叫んでアノンの手をとった。踏み出す足も寄る辺をなくして思ったように前には進ませてくれない。とっさに僕はアノンを抱えて身体を投げ出しステージから飛び降りる。襲いかかるように鉄のパイプがガラガラと崩れ、それと同時に土誇りが津波のように飲み込んだ。
………。


「…ん」
 気がついたアノンは恐怖に怯えながら目を開ける。暗くてはっきりしない。今わかるのは骨と筋肉に伝わる痛みと身体全体にのしかかってくる重み。でもそれは決してアノンを押しつぶす力じゃなかった。それが僕だと気づくのにさほど時間はかからない。そして骨組みがうまく屋根のように重なってできた空間にいることをアノンは知る。アノンは身の無事を喜ぶ気持ちに心を委ねている暇もなく、身じろぎ一つしない僕の揺さぶる。
「シルシ…シルシ!ねえ、返事して!」
「…う…」
 アノンの叫びに似た呼びかけは遠くに聞こえ、鈍い痛みが僕を起こした。
「シルシ、大丈夫?」
「お前は…?」
 恐る恐るゆっくりと目を開くとホコリを被ったアノンの顔があった。
「…私、助かったのかな?」
 色んな意味を含んだその言葉に僕は
「ああ。助かった」とだけ答える。
 アノンはただ黙って僕のシャツの胸元を掴んで、顔を埋める。
「…どうした、アノン?」
 でも間近から伝わるアノンの体温からは安堵の色は感じない。
「助かってよかったのかな?」
 僕は答えない。
 ただ僕は片手で胸元で誓いを立てるようにアノンの両手を一度に握ってこう言った。
「…逃げるんだ」

…つづき

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