Are Core Hire Hare ~アレコレヒレハレ~

自作のweb漫画、長編小説、音楽、随想、米ラジオ番組『Coast to Coast AM』の紹介など

ヤエコ05-オリジナル(前編)

2012-12-21 22:34:04 | 伝承軌道上の恋の歌


 私は夜が怖かった。一人ぼっちの部屋で闇に溶けるみたいに目をつむると、自分もその中に溶けてしまうような気がした。そのまま目が覚めなくて死んでしまうとかそういう不安とは違う。自分が自分でなくなってしまうようなそんな気持ちだ。
 暗く細い廊下を私は足早に歩く。早まる鼓動にあわせて胸が重く鈍く痛む。思わずシャツの胸の部分をくしゃくしゃにつかんだ。色々あって今日は随分と遅れてしまった。でもあの子はきっと待ってくれてる。満月の夜、私の歩いている先でぼんやりとした光を集めて私の高い影をつくっている。歌声。彼女の歌声が朧気な光にのって伝わる。窓辺に彼女の後ろ姿を見つけると、安堵が身体中を包んで力が抜けていくような気がした。
「ごめんなさい。とっても待たせてしまいました…」息を切らしながら私は言った。
 マキはゆっくり振り返る。月の光りに半分だけ照らされた顔はどこか物憂げに見えた。懇願するようなまなざしで何かを訴えかけたがっていた。大丈夫。多分そのことを私はそのことを知っている。でも、私は思わず彼女にすがるように抱きついて、
「私、全部わかったんです。あなただったんですね?」切れる息の合間で私は言う。
 抱きしめた彼女の身体は暖かかったけれど、固くこわばっていた。
「マキ…あなたからなんでしょう?あなたはここの患者なんかじゃない。もっと違う別の目的でここに連れてこられたんですね。私、そんなことに全然気づけなくて。いままであなたを苦しめてしまっていたんですね…本当にごめんなさい。でも、でも今日でそれも終わりです。だから安心してください」
 身じろぎ一つしなかったマキの身体が私の言葉に震えた。私の言葉は確実に彼女に伝わっている。でも、マキ自身から私の期待する言葉を聞くことはかないそうにない。彼女は身体が勝手に震えるのを必死に耐えているようだった。私は無理にそれを止めるようにより強く彼女を抱きしめた。早くこの恐怖からマキを開放してあげなくては。そのためにあと一つだけ私達の背中を押してくれる真実が欲しい。できれば彼女自身の口からその言葉を聞きたかったけど、今は待ってもいられない。
「ごめんなさいっ!」
 私はそう言うと、彼女に抱きついたままマキのパジャマの上着を掴んで、ボタンをちぎるようにして勢い良く彼女の胸をはだけさせた。自分でも驚くくらいに大胆にそれはうまくいってボタンが弾けて飛んでいった。小さなプラスチックのボタンはくるくると転がって、こつんと高い音を立てると、後はだんだんと静かに振動を小刻みに揺れて部屋の何処かにまぎれてしまった。
 私はしばらく言葉を失った。

…つづき

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