京都楽蜂庵日記

ミニ里山の観察記録

高橋和巳の風景 (VII)

2014年03月08日 | 日記

 

(京都帝大時代の学生下宿の風景。京大時計台歴史展示室にて。 

 高橋たか子の著書「高橋和巳の思い出」(構想社、1977年初版)は、正直に、和巳との結婚生活を綴ったものである。その中で、和巳は“弱く哀しいあかんたれ”と描かれており、自閉症の狂人であったとまで書かれている。もっとも、たか子によると文学世界で使う「狂人」とは、大いなる尊敬語だそうである。

「どうして別れもせずに十七年間もいっしょにいたのか」と訊ねられるならば、彼女は「私は終始、主人の頭脳の力に、この上もない尊敬の気持ちを持っていたから」と答えるつもりだと言っている。そう、人格にではなく、その頭脳に!たか子も、和巳がそうであったように普通の人ではなく、特異な人であった事は確かだ。文学の世界では、このような組み合わせの男女が、一緒になる事はよくある。

 たか子のその本の中に「一人碁その他」という随筆がある。

以下抜粋。「主人は一人でいるのが好きな人である。よく一人で碁を打っていた。一人で二人分の碁を打つのである。家ではいつも和服を着ていたが、がさっと着崩れた恰好で座り、一時間でも二時間でもひっそりと一人で碁を打っている。その姿は私にはとても象徴的に思えた。…………………鎌倉の家の座敷での一人碁の姿は、いまもそこにあるように記憶になまなましい。自分のもう一人の自分と闘っているという感じではなく、つまり、そういう対立は感じられずに自分が一番対立しないで済むもう一人の自分と遊んでいる感じであった。時々「あ」という小さな声が漏れたりするが、人間がいなくなったみたいに座敷はひっそりしてしまい、碁石のかちりという固い音が間をおいて鳴る」

 この随想には、和巳の活字中毒とテレビ好きについても述べられており、一人碁の共通点として相手に生身の人間がいないという結論が下されている。冷徹な和巳批判には恐れ入るが、たか子の批判は現在の多くの日本人の男性にも、そのまま適用できるようである。

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする