京都楽蜂庵日記

ミニ里山の観察記録

京都大学の憂鬱

2021年10月25日 | 評論

 

  京都大学新聞は大学が承認した学生団体が発行する1部100円也の学内新聞である。その最新号(10月16日発行)を読んで憂鬱になった。まず1面トップには「元教授論文4本捏造ー実験実施の確認とれず」という記事が出ている。京大霊長類研究所の元教授正高信男氏(2020年3月定年退職)が発表した4報の論文が捏造とされ、正高氏に当該論文の撤回を勧告し、今後処分を検討しているという内容である。この事件の原因について学内の調査委員会は、正高氏の倫理観の欠如を指摘し、今後は学術誌への掲載が決定した時点での研究データーを「研究公正部局」に提出することの義務付けを主張している(それでも「2重帳簿」のようなものであれば防ぎようがないのだが)。正高氏は実験ノートは大学の研究室に残して来たと主張しているようだが、試薬の購入記録や被験者の記録も証拠ないので、捏造と判断されたものである。4報とも単著論文だそうだが、定年近くなった京大教授で、しかも多数の著書をものしてきた人物が、どうして論文を捏造する必要があったのか、まったく不可解な事件である。この霊長類研究所は、チンパンジーの行動学で有名な元教授松沢哲郎氏(懲戒解雇済み)の不正会計処理事件で解体(改組)の方向で話がすすんでいる。この研究所は世界で霊長類学を主導してきた歴史ある拠点である。これまで築き上げてきた先達の苦労が水の泡となりつつある。

 この記事のとなりには「論文不正新たに37件ー19年に懲戒の理・元教授」と別の論文不正事件が載っている。これは熊本地震に関する論文不正で2019年に停職処分を受けた理学研究科の林愛明元教授(昨年2月に退職)について、新たに4本の論文で37箇所のデーター捏造や改ざんが見つかったというものだ。これで学内規定にもとづき懲戒解雇となった。京大は林氏に文書で論文撤回を勧告したが、反応がなく不正認定や処分に対する見解は不明とのことである。こちらは共著者がいたが、所属機関から処分されたかどうかは不明である。彼らに何のペナルティーも課されないとしたら問題であろう。共著者にも罰則を与えれば、捏造論文や雑な論文の数は激減するはずである。ちなみに停職処分を受けた原因の論文はサイエンス誌に掲載されたものである。有名学術誌だからといって、信用してはならない例をまた一つ付け加えてくれた。

 この記事の下に「中島浩教授死去ー元学術メディアセンター長」の記事が並ぶ。中島教授はスーパーコンピューターの権威者であったが、今月6日夕方、大津市の自宅付近で交通事故にあって亡くなられた。これはまことに残念で悲しむべき話であるが、問題は{本紙の取材に京大は「大学としては把握していない」と回答した}いう記述である。この大学の回答は官僚的で非人間的な京大事務の体質をまざまざと顕している。何事においても、責任のある返答を避けようとしてきた習慣がこのような奇妙で非常識な返答をさせているのである。新聞が取材(問い合わせ)をどの時点で行ったかわからないが、こういった場合は「大学としては情報を収集しているところです」と回答するのが普通である。名物のタテカン文化も消え、自由の学風はどこへやら、上から下まで管理大学と変貌し、おまけに有名教授が不正論文を乱発するこの大学に明るい未来はあるのだろうか?まことに心配になってくる。

                  

               十団子も小粒になりぬ秋の風  許六

追記 1: 同じく11/11日付京都大学新聞にも改廃後の組織図が掲載されている。一部は「ヒト行動進化研究センター」という組織に、他の分野は既存の学内関連の分野にそれぞれ「分配」されるようである。松沢氏と正高氏のかかわった分野は廃止されるらしい。一部の教員の不祥事のために、伝統あるマスとしての京大霊長学の解体には賛成できない。

この研究所で不祥事が生じたのは、専門分野でおたがいコミュニケーションが無かったからではなく、研究機関としてのまともなコーポレートガバナンスが欠如していたからである。この傾向は、ここだけでなく、大学全体に蔓延する宿痾となっている。組織解体しても、なんの解決にもなっていない。コーポレートガバナンスは企業でも取り組みがなされているが、どこもうまくいっていない。大学のように責任主体が、だれかも明確でないところでは、ますます対処が難し。

追記2 同じく11/16付同新聞の見出しは「霊長類・再編に学界から憂慮の声・撤回求める署名も」とある。ここでは元所長の杉山幸丸京大名誉教授らが中心となってインターネット署名サイトで撤回を求める運動を展開していると報じている。また霊長研ではこの件でつよいかん口令がひかれ、個人の自由な発言が封じ込められているらしい。学内の所外からも強力な反対運動が起こらないのは何故か?教職員そのものが劣化しているのか?京大が香港化ているのか?そもそもこの「京都大学新聞」そのものに主体としての主張があるのか?昔のこの新聞なら見出しは「解体に断固反対!」であった。

 

追記3 (2022/03/10)

Chang.orgから[不正会計再発防止は霊長類研解体ではなく危機管理意識欠如の反省でおこなってください]という声明が出されている。まったく同感である。

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