京都楽蜂庵日記

ミニ里山の観察記録

新型コロナウィルスの行方ー進化生態学による視点

2020年02月20日 | 環境と健康

 ポール・W・イーワルド 『病原体進化論』ー人間はコントロールできるか?   池本孝哉、高井憲治訳、新曜社 2002年

 パンデミックの状況になりつつある新型コロナウィルス(SARS-CoV-2)はインフルエンザウィルス同様に一本鎖RNAウィルスである。RNAウィルスは変異を起こしやすい。それゆえに変異を起こしたウィルスが蔓延している可能性がある。

 揚書はウィルス、細菌、寄生虫などの寄生病原者の進化を扱ったものである。この本の著者は次のような仮説を提出した。

もし寄生者が次の宿主に乗り移るのに媒介動物を利用するなら、たとえ宿主を殺すことになろうとも寄生者はとことん増殖して病気を重くする。これを適応悪性仮説(adaptive severity hypothesis)と称する。たとえばペスト(ノミ媒介)やマラリア(蚊媒介)のような例である。中世ヨーロッパのペストは人口を半減した。マラリアでは毎年約2億人が罹患し、約40万人がこれにより死亡している。どんなに宿主を痛めつけても、またもとの野外宿主にもどればよい。

一方、媒介動物を利用しない寄生者は、現在寄生している宿主に活発に動いてもらって新しい宿主にたどりつけるから、なるべく温和な性質を持ったものに変異していく。宿主が絶滅してしまったら元も子もないからである。人から人にうつるインフルエンザウィルスやコロナウイルスはこれに分類できるのではないか。

 インフルエンザウィルスはヒト、トリ、ブタなどに感染する人獣感染ウィルスで、異なる動物を渡り歩くことがある。トリインフルエンザウイルスはヒトには感染しないはずだが、濃厚接触するとはずみでヒトにも感染することがある。これが変異を起こしてヒトからヒトに容易に感染するウィルスに変わる。この段階のウィルスは強い増殖力を持った強毒性のものが多い。相手に気づかれないうちに短期間に拡散するためであろうが、調整のきかない不器用なウィルスが初期段階で蔓延する。

昨年11月(?)ごろ武漢の海鮮市場で発生したとされるSARS-CoV-2の由来はヘビとかタケネズミ、コウモリとかいわれているが、まだ何かはっきりとしていない。おそらくこの頃のCOVID-19はかなり強毒性のものではなかったかと思える。

ともかくイーワルド博士の仮説に従うと、SARS-CoV-2が人から人に伝播されていく過程で温和なウィルスになっていくはずだ。正確に言うと、温和なウィルスが強毒なものよりも早く広まる。そして集団の中に「免疫の壁」が次第に形成されてゆくはずである。たまに温和→強毒の逆変異がおこっても、それはこの「免疫の壁」に阻まれて広がらない。ただ「免疫の壁」ができるためには温和なウィルスが集団に適度に広まる必要がある。

最近、中国政府が交通遮断をゆるめたのは、そういった疫学的な観点なのだろうか?多分経済的な理由で、これはいささか深読みし過ぎだろう。

 このように寄生微生物の拡散モードを支配するのは宿主の行動パターンである。面白い事に寄生者が自分のために宿主の行動を変える現象が、この本でいくつも紹介されている。インフルエンザの患者の中には、突然屋外に飛び出すなど異常な行動を示す人がいる。おそらくこれも、熱のせいだけでなくウィルスが脳神経に作用した可能性がある。COVID-19については、今のところこのような現象の報告はない。

 

追記1

現在、ヒトの間で繁殖しているSARS-CoV-2は家畜(例えばウシ)や野外動物に乗り換えようと機会を狙っている。もしウシが地上で権力を握っておれば、ヒトがトリインフルエンザにかかったニワトリを殺処分するように、SARS-CoV-2がはやっているヒトの集団をまとめて処分するだろう。

 

追記2

SARS-CoV-2の遺伝子シーケエンスの分析から、これはコウモリが持つSARSr-COVsの一種であることがNature誌で報告されている(https://www.nature.com/articles /s41586-020-2012-7_reference.pdf)全ゲノム比較で96%が相同とされている。(この論文はプレプリの段階でインターネットで読める)。一部で言われているような、SARSとHIVの遺伝子を組み換えた人為的なものではない。

 

追記3(2020/05/23)

人から人に感染するコロナウィルスは一般の風邪を引き起こす4種類と、SARS(重症急性呼吸器症候群、MERS(中東呼吸器症候群)とこ今回のSARS-CoV-2(新型コロナウィルス)の3種の計7種である。SARS-Cov-2は中国の研究チームの報告では、L亜型(70%)とS亜型(30%)にわかれる。

岡田晴恵 『どうする新型コロナ』岩波書店 2020/05/08

 

追記(2022/03/14)

フランク・ライアン「ウイルスと共生する世界」(日本実業出版:2021)によると、強毒性のウイルスは自分が宿主としている敵に感染して殺す(弱らす)ことによって、自分の主人を助ける小型ミサイルであるらしい。コウモリに共生(共存)するウイルスは宿主のコウモリには無害だが、コウモリを加害するイヌやヒトにはきわめて強い毒性を発揮する。たしかにこれはエコロジカルな発想で面白い。

 

 

 

 

 

 

 

 

 

 

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ヒロバトガリエダシャク(広翅尖枝尺)

2020年02月15日 | ミニ里山記録

 

啓蟄や白き尺蛾のい出にけり 楽蜂

 

ヒロバネトガリエダシャク (Planociampa antipalae)

 冬の蛾といえば茶色い小型のエダシャクが多いが、これは白いヒロバネトガリエダシャクと思える。コケの生えた石垣に止まっていた。本来3−4月に出てくるらしいが、暖冬のせいで2月中旬に出現したようだ。

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「マスクより手洗い」とは?ーWHOのわけの分からないコメント

2020年02月06日 | 環境と健康

 

   WHO(世界保険機関)が新型コロナウィルスによる肺炎を巡る記者会見で「症状が出ていない人は感染予防のためにマスク着用よりも手洗いの励行が重要だと」呼びかけた(本日京都新聞朝刊3面)。感染者は周囲にウィルスをまき散らさないようにマスクを必ず着用せよという。一方、症状がない人がマスク着用で気持ちが落ち着くというのは理解できるが、マスクで100%防げるわけではなくあまり効果はないというコメントを出した。

  その隣の新聞記事では、京大医学研究科の中山建夫教授がこのウィルスでは不顕性感染が多いと述べている。しからば、その可能性を考え飛沫感染を予防するために、誰もがマスクを着用するべきだと思うのだが?

マスク着用で咳をすると飛沫が1/10に低減される。そばにいる人がマスクをしておれば吸引も1/10になるはずである。両者のマスク着用によりウィルスを含む飛沫の量は百分の一になる。そうすれば吸い込むウィルスの数を発症閾値以下に押さえ込む確率が増える。

 

 マスクをしたからといって100%感染予防できると思っているような人は誰もいない。少しでもリスクを減らせればよいと思って着けているのである。むしろ飛沫→手→口→感染の可能性の方が飛沫→口→感染の可能性より少ないと思える。

「マスクより手洗いを」というのではなく「マスクも手洗いも」というのが常識的なアドバイスではないのだろうか? 保菌者の口や鼻からの飛沫の飛散に有効であるなる、反対に吸引防止にもある程度は役立つはずだ。マスクはコストはほとんどかからないし、喉の乾燥が防げるので菌やウィルスの感染防止になる。ただし、正しく着用して小まめに取り替え、安全に取り外すことが肝要ではある。

 WHOは楽観的体質なのか中国政府に忖度しているかよくわからないが、「緊急事態宣言」を出すのが遅かっただけでなく「渡航制限の自重」を各国に求めている。ようするにそんなに神経質になるなといっているのだが、中国国内では爆発的に感染者が増え全世界にそれが広がっているのに何を考えているのだろうか?

 この手の「マスク無効果説」はWHOだけでなく、他でもくりかえし定型的に主張されているから不思議な話である。これはたいてい医者や医療機関が垂れ流す偽情報で、患者を増やして儲けるためのプロパガンダであろう。

この人たちの主張の根拠はウィルスはマスクの隙間よりはるかに小さいので、スカスカに通るから効果がないとする。しかしウィルスは細胞内で増殖するもので、単独の粒子になって細胞や組織から空中に飛び出すなどはかんがえられない。患部の組織破片と一緒に付着した形で排出されると考えられる。マスク着用の効果ありとする疫学的な研究結果がある。(https://ci.nii.ac.jp/naid/110007543517)。我々は自分のリスクを少しでも低減するあらゆる工夫をするべきである。

 WHOのおせっかいなコメントには、うがいの話はでてこない。うがいについては効果ありと無しの両方の調査報告があるが、京都大学医学部安全保健機構健康センターの川村孝教授は、水のうがいでも風邪の予防にかなりの効果があるとしている(https://www.med.kyoto-u.ac.jp/organization-staff/research/doctoral_course/r-116/)。一方、ヨウ素入りの市販のうがい薬は、意外なことにあまり効果がみられないそうだ。

 うがいも水でやるならそれほどコストはかからないから、帰宅したら庵主はガラガラとやっている。ようするに「マスクも手洗いもうがいも」それぞれ励行すれば、新型肺炎ウィルスに感染するリスクはそれなりに減るものと思う。

 

追記 1:最近の医療機関の統計によると、インフルエンザの患者がこの10年で最少ということである。これは新型コロナウィルスの感染をおそれた市民がマスクをするなどの衛生行動につとめているためである。

(毎日ニュースhttps://mainichi.jp/articles/20200207/k00/00m/040/280000c)

 

追記2:PCR法でウィルスチェックできる設備は限られているようで、検査数が制約されている。RNAウィルスのRNAは分解しやすい事、RNAを酵素反応でDNAに転換した後にPCRにかける必要があり技術的に複雑な事があって、どこでも簡単にできる方法ではない。

原理的にはPCRサンプル中に一本でもRNA(DNA)があると増幅するので、作業回数が多いとコンタミ(よそからの混入)が起こりやすく、まちがった判定をしてしまう。ようするに試験管(チューブ)から試験管(チューブ)への”感染”が起こる。おそらく現場では限られた数の分析技術者でヘロヘロになって仕事しているのであろう。最近の報道における「身の覚えのない人」での”陽性”の異常な多さは、このような点からかなり気になるところである。

逆に、サンプルにウィルスRNAが存在していても、なにかのはずみで(例えば前処理の不備などで)検出されない事もありうる。PCR法は”魔物”といわれる。

 

追記3(2020/0512)

ウィルス専門家の西村秀一さんもマスクが日本における感染防止に果たした役割を評価している。

東洋経済Online(5月12日号)『「PCR検査せよ」と叫ぶ人に知って欲しい問題: ウイルス専門の西村秀一医師が現場から発信』

 

追記4(2020/06/08)

WHOはついに、一般市民が布製を含むマスクの着用を推薦するように、各国政府に求めた。感染拡大を効果的に進めるための改定としている。人が密集した環境という条件付きながら、感染や症状の有無を問わず対象を拡大した(2020/06/07京都新聞朝刊7面)。やはり相当、頭が悪く判断力が無い集団である。

 

 

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急激な気候変動の歴史ーヤンガー・ドライアスの不思議

2020年02月02日 | 環境問題

ジョン・D・コックス『異常気象の正体』東郷えりか訳 河出書房、2006年

  約11万年前に始まった最終氷期は約15,000 年前に終り、地球の気候は一時的に温暖化した。ところが約1万2900年前ごろから急激に気温が下がりはじめ(これは数十年という短い期間で起こった)、それが約1300年間続いた。地質学的な「寒の戻り」と呼ばれるこの時期を、ヤンガー・ドリアス(Younger Dryas)という。この後、気温は唐突に再び上昇しはじめ現在に続く温暖な完新世に移行した。これを契機にして農耕文明に移行したといわれる。

 

(『地球環境学事典:総合地球学研究所編 弘文堂 2010より引用転載)

 

 どのようにして何万年もの古気候の気温データーが得られたのであろうか?それはサンプル(氷床コアー)の酸素の安定同位体(O16とO18 )の割合を質量分析装置(MASS)で分析する事によってである。この方法はコペンハーゲン大学の地球物理学者ウイリ・ダンスガードと米カルテクのサミュエル・エプスタインが、それぞれ別々に開発したものである。気温が高めのときはO18の割合が多い雨や雪が降る。氷床コアーはグリーンランドで採集されたものである。1387mのコアーで218箇所から1600個ものサンプルが切り出され分析された。それまでは地層のチョウノスケソウ(Dryas octopetala )の花粉分析がなされていた。

 ヤンガー・ドリアスの寒の戻りの原因はまだよく分かっていない。一説には天体(隕石あるいは彗星)衝突説がある。北アメリカ大陸に大きな天体が衝突し、大量の塵が大気圏へ巻き上げられて、太陽光を遮ったとする説である。一方、大西洋深層水の循環が停滞したとする学説もある。その前の温暖期に氷河が融け、北アメリカ大陸にアガシー湖という巨大な湖ができ、それが決壊して大量の淡水が北大西洋へ流れ込み表層海水の塩分濃度が低下して、海洋深層水の潜り込みが止まり気候を変えたというものである。いずれにせよ、地球の気候は長い年月をかけて徐々に変化していくものだと我々は信じ込んでいる。しかし、カタストロフィーがおこり、わけもわからず急激な変動が起こりものである事を認識していなければならない。

 

 

 

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