京都楽蜂庵日記

ミニ里山の観察記録

DNA分析による顔のモンタージュ法?ーNHKスペシャル「人体、遺伝子」

2023年07月07日 | 環境と健康

NHKスペシャル「人体」取材班著『シリーズ人体、遺伝子』ー健康長寿、容姿、才能まで秘密を解明!、講談社、2019

   最先端の技術で人のDNA分析により、性別、年齢、髪の色、皮膚の色、民族などが推定できるようになっている。年齢はDNAのメチル化の程度を調べると分かるらしい(歳を取るにつれてメチル化された特定部位のシトシンの割合が増える)。これは前から分かっているのでさほど驚くべき事ではないが、本書で紹介されている「DNA顔モンタージュ」については「ほんまかいな?」という感想である。そこには次のような内容が書かれていた。

 米国ではパラボン・ナノラズ社の「DNAの情報から顔を再現する」方法を警察の捜査に利用し、犯人の残したDNA情報を基に顔モンタージュを作り、それにより逮捕にいたったという事である。さらに中国科学院のKun Tang(クン・タン)博士らのチームは、人のDNAに1万カ所以上も顔の形態(morphology)を決める部位 がある事を明らかにした。方法としては、たくさんの人の3次元画像を収集し、人工知能AIを用いてDNAとその顔画像のデーターの関係を明らかにしたという。ディープラーニングのアルゴリズムを確立し、複雑な関係性を見いだしたそうだ。実際に俳優の鈴木亮平さんにDNAサンプルを提供してもらい、タン博士が研究成果で得たアルゴリズムでもって顔の3D画像を作ると、「気味が悪いほど」よく似た顔画像が得られた。

  本書によると、この研究成果(表題では「中国版DNA顔モンタージュ技術」)は学術雑誌に発表されているという (67頁)。これはゲノミックス、AIとコンピューター3D技術を組み合わせた画期的な研究だと思い文献検索してみた。中国科学アカデミーのホームページ(https://www.researchgate.net/ scientific-contributions/ 38255 468_Kun_Tang)でタン博士の最新の報告(bioRxvのプレプリント)は『Novel genetic loci affecting facial shape variation in humans (11月2019年発表)』というものである。しかし、これにはそんな事は書いていない。さらに,リストに掲載の過去の論文をさかのぼって調べても、上記のような内容のものは出てこない。庵主の検索法に穴があるのかもしれないが、このあたり少しひっかかる。

  上海大学に在籍中のタン博士が行ったComputational Biology誌の論文[Detecing Genetic Association of Common Human Facial Morphological Variation Using High Density 3D Image Registration] (2013年)を読んでみた。これは、口唇口蓋裂と関連する遺伝子(IRF6)を含む顔形態遺伝子と顔貌の関連を調べたもので、これについてはまあまあ良質な論文と思えた。

 

  本書にはその他に以下のような話題が並んでいる。DNAのタンパク質をコードしているORF(open reading frame)の読み取開始の上流のエンハンサーの塩基配列がon-offの活性に重要だという事とDNAのメチル化が次世代の遺伝子発現の調節にまで影響している事などが述べられている(遺伝子配列や組成が環境によって変化し、次世代に遺伝するのではないので誤解してはならない)。さらにDNA配列の多様性によって薬や食材の効果が一人づつ違う。たとえばコーヒーの健康効果についてもそれを分解する遺伝子 (CYP1A2)発現の程度に個人差がある。それによってコーヒーが有効な人と、かえって害になる人に分かれるそうだ。

 

脚注:(2023/07/07)

DNAのSNPから顔を推定するサービス会社(ParbonNan-Labs)が米国にあって、サンプルの人の年令、肌,目、髪の色、そばかすの有無、祖先(人類のどのグループか)などを調べてくれる。これらを総合して作った顔の推定モンタージュ写真は実物とかなり似ている(Newton 2023,7月号)。

 

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

人類とウイルスとの共生の証拠?

2022年03月19日 | 環境と健康

 

フランク・ライアン  『ウイルスと共生する世界』〈多田典子、福岡伸一訳)日本実業出版社

ウイルスが宿主に寄生するだけでなく、共生関係をもって共存する例がこの本で紹介されている。その一つが、ヒト内因性プロウイルスのエンベロープ遺伝子envが胎盤形成に必須という事実である。現在これはシンシチンー1タンパク質をコードしている。この蛋白はトロホブラストと呼ばれるヒト胎盤の境界面で発現する。1億5000万年以上前に、胎盤を獲得するために卵生の祖先によるウイルスからシンシチンの取り込みが必須だったようだとされている。しかし逆の仮説も考えらえる。シンシチン遺伝子が切り出されてレトロウイルス遺伝子に取り込まれたとも。

植物ー真菌ーウイルスの共生によって宿主の植物が耐熱性を獲得する例も面白い(p266).。細菌やアーキアとウイルスとの相互作用は、何十億年にもわたって生態系で重要な役割を果たしてきた可能性がある。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

コロナウイルスは「ガイアの復讐」か?

2021年12月14日 | 環境と健康

 

ジェームズ・ラボロ.ックのガイア思想の「ガイア」は「生きている地球」のメタファーであるが、この語はギリシャの女神に由来する。この地母神は大地の象徴で未来を予想するともいわれる。いままで人類はガイアの構造に深刻なダメージを与え、その自己調節能は危機に陥っている。人口増加、土地の劣化、資源枯渇、廃棄物の蓄積、汚染拡大、生物多様性の喪失、温暖化と気候変動.............。

ガイアはある範囲で変動を見せるが、自己調節的なホメオスタシスの仕組みでもって、平均するとほぼ一定な状態を保ってきた。最終氷期以降、地球はバイオスフェアとして環境のフィードバック制御がきいて恒常性を保つようになっていたのである。温度についてもある範囲の振幅でほぼ一定に保たれていた(ラブロックはこの自己調節能の説明は今のところできないと言っているp85)。しかし人為的な環境破壊は、このシステムの許容値を超えてしまったようである。あとは暴走と急激なシュリンク(縮小)が予想される。先週のアメリカ中部の同時多発的な巨大竜巻被害はそれを象徴している。

産業革命以降の人口の増加は指数関数的で異常である。本来、生物の個体群は増えすぎると、捕食者が増えたり、病原菌が繁殖してフィードバックがかかるが (ラブロックはこれの物理化学的要因を主に考えているが)、人類は知恵をさまざま発揮してそれを回避してきた。捕食者に対しては武器を開発し、病原菌には抗生物質とワクチンを開発した。

ラブロックは言う。「人間はあまりに数が増えすぎて、地球にとって病原菌のような存在になってしまった。そのために、地球はかなり機能障害に陥っている。人間の病気と同じく、その結末には4種のケースが考えられる。侵入してきた病原菌の撲滅、慢性的な感染状態、宿主の死、そして共生である。共生が成立すれば宿主にも侵入者にも相互利益のある長続きする関係がたもてる」と。Covid-19(コロナウイルス)が人類の生活をゆるがすパンデミックを引き起こしたが、人類そのものが地球にとって病原性微生物であるとするなら、ウイルスはその増殖を抑える地球のワクチンであるという事もできる。人類の立場で、ウイルスの弱毒化による共生を希望的に述べているが、地球の立場からは人類の「弱毒化」による共生が要求されている。もうこれ以上強欲な生産至上主義はやめなさいということである。

人類とウイルスの相互絶滅戦争か共生路線か?それを見定めるには、あと1-2年かかりそうである。

 

追記1(2021/12/19)

この本を読んでわかったことがある。ラブロックは原子力を容認しており、「航空ジェット燃料に硫黄化合物を入れてエアゾルを作り地球を冷やせ」と言ったりするまことに「浅いエコロジスト」であることだ。地球の立場からすると、「もうこれ以上お前たちは生産を止めてくれ、石器時代の人口に減らしてくれ」と言っているのに生産至上主義の立場のままでいる。

 

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新興感染症としてのコロナ禍

2021年05月22日 | 環境と健康

 

  ジャレド・ダイアモンドは『銃・病原菌・鉄』(草思社文庫:倉骨彰訳)の第11章「家畜がくれた死の贈り物」において、人類が感染症の災厄を被るようになった背景をわかり易く解説してくれている。まとめると四つある。

1) 狩猟採集時代は分散・移動して暮らしていた人類が農耕時代になって、密集して集落や都市にすみはじめたためである。集団中に一人でも感染者がでると、たちまち病気はひろまる構造になった。

2 )家畜やペットなど多様な動物を生活圏に密着して飼育し始めたので、それらが保有する様々な病原微生物が感染症を引き起こした。

3 )交通交易が飛躍的に発達し、短時間で感染が地域にも世界にも広がるようになった。

4) 自然の乱開発によって、いままで未接触の生物や微生物に出会うようになり、それらが新興感染症を引き起こすようになった

 ここでは、ダイアモンドは述べていないが、「ガイアの復讐」という考え方もある。生物界ではある種の個体群が、環境の容量以上に増えると捕食者も増えて人口増加にフィードバックがかかり、減少に転ずる。ところが、ヒトには幸か不幸か捕食者は存在しない。地球の生態系のバランスを維持するためには、ガイアはこれの役割を眼にみえない様々な微生物に託した。地に満ち過ぎし物共を懲らしめよ!

新型コロナ禍を含めた人類感染症は、地球環境レベルでフィードバックが働いている状態と言えるのではないか?言わば「ガイアの復讐」ではないか?これについては後日、詳しく述べる。

 

追記1)

SR・ケラート、EO・ウィルソン編 『バイオフィリアをめぐって』 (荒木正純ら訳)、法政大学出版会

2009)の第11章ドリアン・サガン、リン・マーギュリス著「神、ガイア、バイオフィーリア」は読む価値がある。彼らが言うにはガイア理論では人類の出現は、何億年も前に地球上に出現した藍藻のごときものであるという。そうするとカタストロフィーが起こり行き着くところに行く。一方で生物多様性が飽和して地球では人類のようなならず物は存在が許されずに、フィードバックがかかりその増殖は劇的に抑えられるという考えもある。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

新型コロナウィルスのモニター指標としてのC02(炭酸ガス)濃度の測定

2021年05月21日 | 環境と健康

 

Covid-19の原因となる新型コロナウイルス (Sars-Cov-2)は、感染者の呼気における飛沫あるいはエアゾル粒子として放出される。人の呼気中の炭酸ガス (CO2)濃度は体積比で4%、40,000ppmである。標準大気のCO2は415ppmである。Cliif Mass (https://cliffmass.blogspot.com/2021/04/is-outside-air-covid-safe-are-masks.html) は、シアトルの人が沢山いる公園でCO2を測定し、これが400ppmであることを確かめた。近所の人の混んだスーパーマーケットでは830ppmであった。MassはCO2濃度が測定位置における人の呼気濃度を反映していると考え、屋外での新型コロナウイルスの感染リスクは、ほとんどなくマスクは必要ないと述べている。

 呼気中の大きい粒子径の飛沫は直ちに地面に落下するが、エアゾルは空中をゾル雲としてただようようだ。エアゾルはCO2ガスのように直ちに拡散するわけでないので、人混みの多い屋外ではMassの主張するように単純に考えることはできない。局所的CO2濃度が局所的ウィルス濃度を必ずしも反映しているとは限らないからである。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

バイオフィリア (Biophilia)とバイオフォビア (Biophobia)

2021年05月18日 | 環境と健康

 

 ヒトの脳は人類史においてホモ・ハビリスの時代から石器時代後期のホモ・サピエンスに至る約200万年の間に現在の形と機能に進化してきた。人々は狩猟採集民として群れを作り、自然環境に適応してくらして来た。自然の全てのシグナルは意味を持っており、生死を分ける重要な情報であった。それを感知できるかどうかは人類集団の繁栄か消滅に直結していた。今でも野生動物は、遺伝的に組み込まれたこの感受性をフルに発揮して生活している。一方、ヒトは言語によって学習した内容を子孫に伝承する能力を獲得した。言語による伝承という文化(学校)を発明した集団だけが困難な時代(氷河期)を乗り越えることができたとも言える。

 自然のシグナルの中で生存に通ずるものは心地よいものとして、ヒトの脳の中に保存されている。すなわち、これがバイオフィリア(例えば花やミツバチ)である。一方、死滅につながる物の残存シグナルはバイオフォビア(例えばヘビや毒蜘蛛)である。高度な都市化した生活を営む人類は、文化におけるメタファーを通じて原始時代の感性を呼びおこしているのである。バイオフィリアとバイオフォビアの葛藤が現代社会における精神疾患の原因の根源かもしれない。バイオフィリアの起源は生存のための環境適応といえるが、もう一つは共生である。人は周囲に花壇を作り美しい花卉を育て、イヌを飼って心を交流させる。ウィルソンは現代人の家の庭は西洋庭園であれ日本庭園であれ原型は、人類が発祥したサバンナだという。文化の中にもレリック(遺存形質)が反映されているというのだ。

しかし同じ花を見ても感動する人としない人がいる。バイオフィリアも個人的な特性がある。一方、ウィルソンの子供時代のように毒蛇を手づかみできる人もおれば、小ヘビを見ただけで金縛りになる人もいる。バイオフォビアの程度も人によって違う。

ウィルソンはここでも生物多様性の重要性を強調している。これもバイオフィリアとバイオフォビアの二つのモーションで見なければならないことになる。一つはよく言われるバイオフィリア的な有益性であり、別の面はそれが持つ潜在的なリスクである。例えば熱帯の生物多様性は、デング熱、マラリア、トリパノゾーム、フィラリア、黄熱病、アメーバー赤痢、エボラ等多様な生き物が媒介する感染症を誘発する。バイオフォビアは生物多様性を不潔=病気と見なすのである。

参考書は人間の自然に対するメンタルな特性についての哲学書であるが、生物学の書でもある。特に社会性昆虫であるアリの行動生態については興味深く叙述されている。とりわけハキリアリ(Atta cephlalotes)の紹介はさすがにウィルソンの専門だけあって圧巻である。英語の原書は極めて読みにくいが、訳書は狩野により分かりやすく翻訳されている。

 

参考図書

エドワード・ウィルソン 『バイオフィリア』(狩野秀之訳)平凡社 1994

SR・ケラート、EO・ウィルソン編 『バイオフィリアをめぐって』 (荒木正純ら訳) 法政大学出版会

2009。

追記1)2021/05/24

クモ恐怖症候群 (アラクノフォビア)についてはP.ヒルヤード著『クモ・ウオッチング』(新海栄一ら訳 平凡社 1995)で詳しく解説されている。これを治療するにはクモにとことん馴れさせるために、患者にしこたまクモの標本を見せるらしい。コウモリ恐怖症候群 (バツドフォビア)については『バイオフィリアをめぐって』でエリザベス・アトウッド・ローレンスが詳しく述べている。感染症のキャリアーとしての忌避ではなく、その特異な形態や生態に由来するとしている。

追記2)2021/06/14

ユダヤーキリスト教は本質的にバイオフォビアの思想である。それは旧約聖書の冒頭アダムとイブをそそのかすヘビに象徴されている。

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

生物多様性と人の健康

2021年05月11日 | 環境と健康

ロブ・ダン著『家は生態系』(今西康子訳)白揚社 2021

 都市部では生物多様性は「不潔」という雰囲気でとらえらえているが、実は人の健康維持に寄与していると、この著者は主張する。

本書によると、家庭には、その特殊な環境に対応する意外な生物がいる。例えば給湯器にはテルムス・スコトダクタスと呼ばれる好熱性細菌が住み着いている。テルムス属の細菌は高温の間欠泉や温泉にいる特殊な細菌である(おそらく冷蔵庫にも極地に生息する低温性の細菌や微生物が住み込んでいるはずである)。また、バスルームのシャワーヘッドには抗酸菌(マイコバクテリュウム・NMT)がバイオフィルムを形成しており、そこで水道に含まれる栄養をトラップしている。そのバイオフィルムには原生微生物が棲みこみで一種の隔離フィールドとなっている。水道水だから無菌というのは間違いで、ここに生息する非結核性抗酸菌には感染症(とくに免疫不全の人、肺疾患のある人)を引き起こすものがいるので、注意が必要である。

 現代病といわれる喘息、アレルギー、アトピー、炎症性腸疾患は、地理的な特色があり、皮肉な事に「清潔」な地域でインフラがととのった場所で多い。その原因は、ある種の病原菌に暴露する事でなく、そもそも暴露せずにいる事が原因だとしている。生態学者のイルツカ・ハンスキはその原因を生物多様性の欠如とした。著者によると自宅の裏庭の植物の種類が多いと、皮膚細菌の多様性が増加しアレルギーのリスクが低いそうである。そのときキーになる微生物は、ガンマプロテオバクテリアであるとしている。

 他に興味深い話しとして新生児感染症の話しで黄色ブドウ状球菌(スタフィロコッカス・アウレウス)に善玉菌(善玉看護士の鼻孔にいる)と悪玉菌(悪玉看護士の鼻孔にいる)の2種がいるという下りである。バクテリアが皮膚に定着するのに消費型競争と干渉形競争があるという話しは興味深い。さらにパン職人の掌にはそれぞれ固有の微生物相(ラクトバチラス属、サッカロマイセス属)をもっており、そのパターンにしたがって作るパンの風味が違っているというものである。ほんまかいな?

これらの話しが、すべて信頼される学説なのかどうかは、それぞれ検証が必要だが、アレアレといいながらも楽しく読める一冊ではある。

 

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

動物の感染症とソーシャルディスタンス

2021年02月14日 | 環境と健康

(アメリカイセエビ)

 

 COVID-19の感染リスクを防ぐために、ソーシャル・ディスタンスが盛んに呼びかけらている。これは人の社会の話しだが、アメリカイセエビ (Panulirus argus)でもソーシャル・ディスタンスの現象が観察されている。アメリカイセエビ (PA)は、西大西洋のサンゴ礁やマングローブの沼地に生息するロブスターの一種で、岩の隙間などに複数個体が同居し生活をしている。一つの巣穴に20匹以上が集団でいる事もある。海底を一列になって行進したりする、集合性の甲殻類である。

 このイセエビはPAウイルスというウィルスに感染し、約50%が死んでしまうことがある。もし巣の一匹のPAがこれに感染すると、他のPAは、そこに入らずに別の場所に移動する。感染個体が出す尿に特殊な匂いがついておりそれを忌避するようである。これは野外動物がウィルス感染から逃れるために身につけた本能的な知恵である。

この他にもソーシャルジスタンは昆虫のケアリでもみられる。真菌がコロニーに感染すると社会的活動を低下して蔓延をふせぐ。フィンチの一種のメキシコマシコも病気になった他個体との接触を避けるようになる。

 

 

 

参考

DM. ホーリー、JC. バック 『動物のソーシャル・ディスタンシング』日経サイエンス 2020/10月号 p76-81

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

シーボルトの記録した農村の天然痘

2021年01月17日 | 環境と健康

 天然痘は日本では何度も大流行を重ね、江戸時代には定着し、誰もが罹る病気となっていた。幕末の頃、長州でも天然痘が流行し、吉田松蔭や高杉晋作が罹病したと言われている。1823年に長崎出島の商館医としてオランダ政府に派遣されたシーボルトは『江戸参府紀行』の中で、当時の農村部において、この天然痘に、人々がどのように対処したかを、次のように記録している。場所は長崎の大村藩(現在大村市)である。

 

フィリップ・フランツ・バルタザール・フォン・シーボルト(Philipp Franz Balthasar von Siebold、1796年- 1866年)

「天然痘は八世紀半ばに日本に伝わり、まもなく全国に広がった。天然痘患者の出た町や村ではしめ縄を張って厄よけとし、そのような家では帚を戸口に立てて知らせる。天然痘が周辺の地域に蔓延すると、ここでは厳しい隔離処理がとられる。この伝染病が部落に発生すると病気にかかっているものは、皆山岳地帯に連れていかれ、完全に治癒するまで看護を受ける。こういった回復期の病人が再び生気のない顔で故郷に行列をなして帰るのを見たことがある。五島列島では長い間、この伝染病からのがれていたが、一度これが侵入すると少数の老人を除いて多くの住民が死亡した。」磯田道史氏(「感染症の日本史」)によると、当時藩によっては患者を棄民のようにして山に放置するところもあったようだ。

 天然痘が出た村の入り口に張ったしめ縄は一種のロックダウンの印だったのであろう。オランダからやって来たシーボルトは1823年8月11日に出島に上陸したが、その24日には種痘を日本人に試みた記録がある。江戸参府でも江戸に着いてから子供5人に種痘を行っている(ただ薬が古かったのでやり方を見せるのが目的)。その後、高良斎、伊藤圭介、伊東玄朴などシーボルトの弟子によって種痘の研究と普及はうけつがれた。

 

参考文献

法政大学フォン・シーボルト研究会 『PH.FR. VON. SIEBOLD研究論集』法政大学 1985.

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

COVID-19ワクチンは有効で安全か?

2021年01月07日 | 環境と健康

COVID-19がパンデミックの様相を示すと世界中で、様々なワクチン開発競争がはじまった。タンパクワクチン、不活化ワクチン、ウィルスベクターワクチン、DNAワクチン、mRNAワクチンなどである。アメリカの製薬大手ファイザとドイツのビオンテックが共同開発したmRNAワクチン(BNT162b2)は、いち早く第3相臨床試験で有効性、安全性が確認され、昨年12月英国と米国でも緊急使用許可を取得して接種が始まった。WHOも12月31日、緊急使用リストにこれを加えると発表した。ワクチン開発競争ではBNT162b2がレースのトップに立っているようだ。米モデルナ社が開発したmRNAワクチン(mRNA-1273)も欧米で承認申請されている。他に英国アストラゼネカとオックスフォード大学が開発したウィルスベクターワクチン(AZD1222)は12月30日英国政府によって承認された。

 国内では、塩野義製薬も遺伝子組み換えたんぱく質ワクチンを開発しており、12月臨床試験を始めたといわれる。他にも数社がワクチン開発に取り組んでいるが、出遅れた上に、いかんせん感染者が少なく治験が困難な状況で、いずれも周回遅れの感が否めない。日本政府は、国民全員が接種できる量のワクチンを2021年前半までに確保する方針で、上記欧米の製薬会社3社との間で、供給を受ける契約を結んでいる。3種のCOVID-19ワクチンはいずれも、これから日本で小規模な臨床試験を実施し申請承認後、2月下旬までに接種を始める方針のようだ (1月5日京都新聞)。

 ファイザーとビオンテック(BNT162b2)、モデルナ(mRNA-1273)のワクチンは、いずれもメッセンジャーRNA(mRNA)テクノロジーを使っている。ウィルスのスパイクタンパク質(SP)に対応する塩基配列情報を持ったmRNAを脂質ナノ粒子(LNP)に包みこみ、これを体内に注射し、疫学調査を行なっている。BNT162b2の場合、ワクチンは21日間隔で2回接種している。その第3相臨床試験では約43000人(16歳以上)の半分をワクチン接種群、別の半分をプラセボ群とした。2回目の投与から7日後のCOVID-19発症者は、接種群で8例、プラセボ群で162例。有効性はなんと95%であったという。WHOはCOVID-19のワクチンに求められる望ましい有効性として「少なくとも70%、最低でも50%以上」との見解を示していたので、この高い有効成績は世界を驚かせた。重篤な副反応は、今回の治験では見られなかったそうだ (N.Engl.J.Med.2020;383:2603-2615,DOI: 10.1056/NEJMoa2034577)。

 このmRNAワクチンの原理は以下のようなものである。まずLNPが細胞膜にくっつき、中のmRNAが細胞に取り込まれ、リボソームで抗原タンパクが産生されてから分泌され、これが抗体の液性免疫を誘導する。さらにmRNAを取り込んだ樹状細胞では、mRNAから産生されたウィルスタンパク質の一部がHLAにより細胞表面に顔を出して、擬似的にウィルス感染細胞と同じ状態を作り出し、これをナイーブT細胞が認識することによって、細胞性免疫が誘導される。ナイーブT細胞は姿を変え、コロナウイルスだけを狙い撃ちするキラーT細胞になる。攻撃をうけた感染細胞はウイルスもろともに破壊される。mRNAワクチンは液性免疫も細胞性免疫も誘導する優れものと言われている。

 こういった原理のワクチンがヒトで承認され利用されるは史上初めてのことである。これがCOVID-19に有効であれば、現代文明の知恵「分子生物学」により邪悪なウィルスを人類が打ち負かした画期的な出来事となろう。しかし、技術の持つインパクトが大いほど、それに潜在するリスクもまた大きい。コロナワクチンは全世界の何十億もの人々に接種される可能性がある。この新規ワクチンが、ヒトの健康にどのような影響を及ぼすかの長期にわたる観察はない。そもそも、ワクチン投与後、どれほど効力が持続するのかと言ったデーターもまだ提出されていない。本来、2−3年かけるべき試験や治験・観察が、緊急事態のためにすっ飛ばされているからだ。拙速な開発・承認について、ワクチンを必要と考える専門家からもリスクが多いとの指摘が出されている。

 COVID-19ワクチンを接種するかしないかは、日本では個人の判断にゆだねられている。自分や子供の年齢、体質、生活形態を考慮の上で、接種した時のリスク、しなかった時のリスクを勘案し判断を下す以外にない。幸い英米が先行して実施しているので、COVID-19ワクチンの効果とリスクは、これからある程度の情報が入手できるはずである。海外SNSの情報やそれを集約して発信しているサイトを点検する必要がある(『文芸春秋』2月号 の宮坂昌之氏の評論も参照されたい)。

 ワクチンを接種するにしても、種類や製品を選択できるかどうかも問題である。直感的にいって塩野義製薬のタンパクワクチンが一番安全そうに思えるが、これはいつ完成するのか分からない。mRNAワクチンのmRNAも単なる核酸分子なので比較的安全なのではと思うが、これも考えだすといろいろ突っ込みたくなる。注入されたmRNAが体内や細胞でどのような運命をたどるのか?変異ウィルスに対して有効か?接種とウィルス感染が重なったときに問題はないのか(ADE抗体依存性感染増殖の可能性)?ファイザーの試験は16歳以上を対象としているが、それ以下の幼児への効果や副作用はどうか?レトロトランスポゾンの逆転写酵素により遺伝子DNAに組み込まれたりはしないか?これらに答えてくれる論文や報告は、筆者が調べた限り見当たらない。ともかく、今のところ「途中結果」オーライなのである。

 日本ではCOVID-19ワクチンの接種は医療関係者や対策の実施に携わる公務員などが優先すると言われている。しかし、日本の医師へのアンケート調査によると、半数近くが早期の接種を受けたくないとしており、受けたいという医師も70%近くが種類を選択したと答えている(日経メディカル2020/12/26)。医師も本来、ワクチン接種を拒否する権利があるはずだが、職場の雰囲気で自分の意志に反して受けざるを得ない状況になるかもしれない。一般の市民は、年齢や既往症の有無で接種時期が決まるようだが、おそらく4−5月以降にどうするか判断をせまらえる事になりそうだ。

参考文献:宮坂昌之 『コロナワクチン本当に安全か』文芸春秋 2月号2021、p210。

 

追記 1: ADE(抗体依存性感染増殖)とは?

免疫でできる抗体にはウイルスを殺したり不活化する中和抗体の他、「役無し抗体」や「悪玉抗体」ができる。悪玉抗体はネココロナの事例のように、ウイルスに結合した抗体ごと食細胞に飲み込まれ、その食細胞が感染し、それが全身に広がる。その食細胞からはサイトカインが大量に放出され炎症を悪化させる原因となる。

 

追記2:リスクのトレードオフとは?

あるリスクを減少させようとすると、それにより別のリスク(対抗リスク)が増加する。水道水に添加する塩素は、源水に含まれる有機化合物と反応してトリハロメタンを生ずるが、これは発ガン性がある。そこで、この発ガンリスクを忌避して、塩素を加えないでおくと、当然、水を媒介とする感染症のリスクが発生する。1990年代にペルー政府は、塩素消毒を中止したが、リマ港の魚介類を感染源としてコレラが発生し、約30万人が罹患し3,516人もの死者がでた。他の例としてはDDTの禁止によって、マラリアによる被害が拡大した。

(國広正著 それでも企業不祥事が起こる理由 日本経済新聞社 2010)

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

Covid-19:特効薬は開発されたか?

2021年01月03日 | 環境と健康

Covid-19のパンデミック以来、これの特効薬探しがはじまり、聞き慣れない薬の名前が次々とマスコミに登場するようになった。その度に、sars-cov2をピタリと押さえ込む薬があれば、どんなに安心かと期待してきたが、はたして状況はどのようなものであろうか。

よく出て来るレムデシビルはアメリカの製薬会社 (ギリアド・サイエンシズ)が、エボラ出血熱治療のために開発を進めていた薬剤である。ウィルスの複製に関すRNAポリメラーゼを阻害する効果があり、これによりsars-cov2の増殖を抑え、症状を改善する効果が期待されていた。とくに、2020年2月に武漢の研究所から、培養した細胞でレムデシビルがsars-cov2の増殖を抑制したとする報告が医学雑誌に発表されたので注目を浴びた。日本では5月に、新型コロナウイルスの治療薬として初めて承認され、アメリカでも10月に正式に承認され、この薬はまさにcovid-19の特効薬として期待の星であった。

 ところが、11月20日にWHOは、世界各地の臨床試験を分析した結果、死亡率の低下、重症化(人工呼吸器の必要性)、それに症状の改善にかかる時間についてレムデシビルは重要な効果はなかったとし、「症状の軽い重いにかかわらず、入院患者への投与は勧められない」とする指針を公表した。この夢も希望も打ち砕くようなWHOの御宣託にたいして、ギリアド・サイエンシズ社は「患者が回復に至るまでの期間は短縮している」などと反論している。厚生労働省も「承認時に根拠にした治験のデータが否定されたわけではないうえ、有効性がないという結果でもないため、承認について見直す予定はない」という何度読んでも理解不能なコメントを出した。

 大半の患者はレムデシビルを5日で6回投与されるが、一人当たり総額で2340ドル(約25万円)もかかる。高額でそれほど有効と思えないこの治療薬に対してアメリカの消費者権利保護団体は抗議の声を上げている(日本と違って医療保険の自己負担分が半端でないから)。一方、これを使用している日本の医療機関の医師の一人は「レムデシビルの効果を実感してきた。命はお金より重いはずだ。ほかに特効薬が出るまでは、私たちとしては引き続き使っていく」と苦しそうに述べている。(NHK:新型コロナ特設サイト等の情報)。

 アビガン(ファビピラビル)は、富士フイルム富山化学が開発したインフルエンザ用の抗ウイルス薬である。レムデシビルと同様にウイルスRNAの合成を阻害する。安倍前首相が5月の記者会見で「日本にはアビガンがあるぞ」と鳴り物入りで宣伝したので有名になった。しかし12月21日、厚生労働省は、薬事・食品衛生審議会の専門部会を開き、アビガンをcovid-19の治療薬として承認するかを審議したが「有効性を明確に判断することは困難」だと判定し継続審議にしてしまった。富士フイルム富山化学が申請の根拠とした試験結果は、「症状の軽快かつウイルスの陰性化までの時間」が、ほんの少し短くなるという頼りないものであった。トランプ大統領が推奨し、みずからCovid-19の予防のために使っていた抗マラリア薬・ヒドロキシクロロキンも、本人が感染したために無効であることが証明された。またノーベル賞受賞者の大村智博士が発見し、Covid-19の治療薬候補の一つにあげられていたイベルメクチンについても、それを有効とした論文に問題があり取り下げられた。

 他の新薬を含めた試験は、現在も進行形なので最終的な評価は後日を待たねばならないが、今のところ著効を発揮したという報告はない(例外としてデキサメタゾンがあるがこれは抗ウィルス薬ではなくステロイド剤)。もともと風邪には「薬」はなく、ただ栄養をとり安静に寝てしかないというのが常識だった。これが大型風邪のcovid-19にも適応されるのだろうか?そうすると後は予防の為のワクチン開発にかけるしかない。

参考記事

勝俣範之 『薬の効果に残る懸念ーコロナ禍を機に「治験」を見直せ  Wedge 2020年11月号 p58-p61

追記1

最近のニュースでは、英国での治験でイベルメクチンが死亡率をかなり低下させたという。(https://news.yahoo.co.jp/articles/4939e4329f7e8a7853526489b0c4b0802a88d789)北里大学などの今後の治験結果が注目される。

読売新聞ニュース (2021/04/28)

https://www.yomiuri.co.jp/choken/kijironko/cknews/20210427-OYT8T50019/

追記2

デキサメタゾンの有効性は昨年6月頃発表され論文がプレプリントサーバーに投稿されている。1日6mを10日間投与するのが標準である。重症者に効果があり軽症者に効果がないのは、重症の多くが免疫反応の暴走によるという説と符号している(Natureダイジェスト2020年8月号)。

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

神は心の治療者ならんや?

2020年12月07日 | 環境と健康

 

                (ミケランジェロのピエタ)

 

  アーチボルト・コクラン (Archiebald Cochrane, 1909~1988)はコクラン計画の創始者として有名な医者である。コクラン計画のおかげで施薬や医療の効果について科学的で客観的な基準が確率した。

 コクランは1936年に、ユニヅァーシティー・カレッジ・ロンドン病院を止めて野戦救急部隊としてスペイン内戦に従軍した。その後、第二次世界大戦では、英国陸軍衛生隊の大尉としてエジプトに向かったが、1941年に捕虜になり、戦争が終わるまで、仲間の捕虜たちの治療に当たることになった。彼が《科学的根拠にもとづく医療》の重要性に気づいたのは、このときの事である。

コクランは科学的方法と臨床試験の重要性を説くが、それと同時に、人間的な思いやりが医療においてどれほど大切かを知り抜いていた。彼の生涯を通じてそれを示す例は多いが、とくに胸を打つのは、戦争捕虜としてドイツのエルステルホルストにいたときのエピソードだ。

 このとき彼は、「瀕死の状態で泣き叫んでいた」ひとりのソヴィエト兵士を治療するという絶望的な立場に立だされていた。コクランにできたのは、アスピリンを与えることぐらいだった。のちに彼はこのときを振り返って、次のように述べている。

『とうとう私はたまらなくなってベッドに腰を下ろすと、両腕でその男を抱きしめた。そのとたん、叫び声がぴたりと止んだ。それから数時間ほどして、彼は私の腕のなかで静かに息をひきとった。彼が泣き叫んでいたのは胸膜炎のせいではなく、孤独のせいだったのである。私はこのとき、死にゆく人の看護について、かけがえのない勉強をさせてもらった』

  人は、だれもがいずれ死に行く病におかされている。どんなに健康にみえる若者でも潜在的にその病気が進行している。人が医者に求めるものは、実はコクランが演じた役割なのである。しかし、大抵の医者は薬はくれても、死の不安を取り除いてはくれない。自分自身も死の病に冒されているかだ。そこで人は神にそれを求めた。キリストの職業は医者だったにちがいない。

 

参考図書

『代替医療解剖』サイモン・ シン、エツアルト・エルンスト(青木薫訳)新潮文庫

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

COVID-19と各国政策の違いの背景

2020年09月01日 | 環境と健康

 世界中でCOVID-19(コロナ禍)は、深刻な社会問題を引き起こしている。このパンデミック以前の世界が抱えるリスクは、実体経済と乖離した金融経済の破綻、すなわち世界大恐慌、地球環境変動による異常気象、突発的な大国間の戦争などであった。

感染症によるパンデミックは、可能性としては考えられたが、今世紀になってSARS、MARS、ブタインフルエンザなどを押さえ込んできた“実績”もあって、すぐにおこるものとは考えられなかった。1908年のスペイン風邪のようなパンデミックは、科学や医療が進歩した現代世界では起こりえないという幻想のようなものがあったのだ。要するに想定外事項。

 しかし、中国発のSARS-COV-2によるCOVID-19は、世界中で次のような深刻な社会問題を引き起こしている。

ライフスタイルの変更(ロックダウンのよる門限、外出自粛、自己隔離、社会的距離、検疫)

情報過多(陰謀論、起源、規模、徴候、症状、伝染、予防および治療に関する誤報とストレス)

世界的な社会経済危機 (流通阻害、生産停止、渡航制限、職場の危険、スポーツ、文化、娯楽のイベントの延期と中止、パニック買いと買いだめ)

政治外交危機(米中軋轢、独裁国家の権力集中、アジアアフリカ諸国の貧困)

差別問題 (外国人恐怖症、感染者差別、偏見、心理的圧力、疎外、暴力)

医療危機(医療センターや医療機関の崩壊、不信)

 これらの問題は、コロナ禍以前から存在していたが、これを契機に一気に矛盾が吹き出したと言える。Covid-19の感染防止のために、人と物流を止めるロックダウン(欧米諸国)や活動自粛(日本)を行ったたために、経済も文化、教育活動などが止まった。いわば身体の血流を止めたために、潜在的な病巣が悪化して症状として、一挙に出始めたのである。COVID-19はウィルス感染による直接的な健康被害よりも、社会が被った間接的被害がむしろ問題になっている。

直接被害 =Ni x Y+ Nd x X + M

ここで、Niは全感染者数、Yは感染者一人あたりの平均の社会的被害額。

    Ndは全死者数、Xは死者一人あたりの平均の社会的被害額。

         Mは全感染者の治療に要した社会の費用

間接被害 = Nt x Z

           Ntは全人口、Zは国民一人当たりの平均被害額

 近代資本主義社会のリスク学では、この直接被害と間接被害のバランスの上で政策を決定せよという。ロックダウンや自粛をして感染者を減らし直接被害額を抑えると、経済や社会が止まり間接被害が大きくなる。どれぐらいに見極めて制限をかけるのかは、決まりはない。その国の状態によって、為政者が恣意的に決定しているわけである。感染症の捉え方や哲学によっても違ってくる。国によって対処法が違っている背景の構造はこういったところである。実は正解は誰にもわからないのである。

何故なら、政策決定で重要なパラメーターはNiやNdであるが、ウィルスは気ままで場所により、時により、変幻自在で定まる事がない。人間はいつまでこれに振り回されるのであろうか?

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

トイレを制するものは新型コロナを制する

2020年08月24日 | 環境と健康

 2003年3月末、香港九龍湾の牛頭角道にある高層住宅団地「淘大花園(アモイガーデン)」付近の住民はパニックにおちいった。アモイガーデンには33階建ての高層マンションが 19棟林立している。この団地のE棟を中心に、300名以上ものSARS感染者が次々と出たからである。このクラスターの内、E棟住民から107人も入院患者が出た。この107人の居室の大部分は、各階の7号室か8号室で、建物の垂直方向に重なった位置関係にあった。

調査の結果、次のようなことが判明した。3月14日中国深圳市のSARSに感染した男性(33歳)が、E棟16階にすむ兄弟を訪問した。男性は発熱や下痢症状があったが、そこでトイレを使用した。10日後、男性の兄弟と家族だけでなく、E棟の住人99人がSARSに感染した。ほかの棟でも222名が感染し、ここのアウトブレークで42名が死亡した。

 男性はE棟や団地内を歩き回ったわけではない。どうして、アモイガーデンでSARSが広がったのか、科学的調査が何ヶ月もかけて行われた。その結果は、まったく意外なものであった。それによると、SARSウィルスは、下水の経路を通じ、トラップに水の溜まっていないU字管パイプを伝わって、換気されているバスルームに入り込み、周囲の住民に感染したのである(下図参照)。

 

(横浜市健康福祉局衛生研究所HPより引用転載)

 

M. W. モイアーによると、換気扇を回すと浴室内の圧が下がり、U字トラップを通じて空気が流入する。SARS感染者の男性が排便し流した汚水が下水管に入り込み、そこで生じたウイルスを含むミスト(エアロゾル)が、下水管を共有する他の階に浴室を通じて流れたということである(このような構造は、感染症以前に衛生的にかなり問題である)。さらに、部屋に入った汚染ミストが窓から出て、近隣の棟にも飛散して感染者を出したというから恐ろしい。

アモイガーデン関連のSARS患者は、他の地域の患者より重症化した。さらにここでは、患者の約66%が下痢症状を示したが、ここ以外では2%から7%が下痢症状を示すのみであった。これらの差は何によるのかわかっていない。ただアモイガーデンの感染者が、高濃度の病原体ウイルスの曝露を受けていたという可能性がある。ミストの状態でのウィルスは、上気道ではなく下気道に感染しやすくなって重体化するリスクが高まるのかも知れない。

新宿歌舞伎町や大阪ミナミの飲食店でのCovid-19感染者の多くは、トイレ内感染ではないかと推定される。意外と客室での空気感染は少ないのではないかと思う。

トイレでは便器の蓋を閉じて水を流すのが原則だが、そのような指示を出している店はほとんどない。また蓋を閉めて流しても、便器内でミストはしばらく充満しており、次の使用者が蓋をあけると、部屋に漏れる。トイレ内は大抵、換気ファンを回しているので、ミストは気流でたちまち舞い上がる。おまけに、トイレのドアーの開閉時に、ウィルスを含んだ高濃度のミストが客室に流れることになる。

夜の街の飲食店とくに飲み屋では、誰でも平均一回以上はトイレを使う。コロナウィルスはSARSウィルスと同様に、感染者の大小どちらの便にも含まれている。下水のSars-CoV2ウィルスを測定する疫学調査が行われている(6月10日拙ブログ「Sars-CoV-2ウィルス検出がCovid-19の流行予測に役立つ!」参照)。

トイレを使用禁止にすることができないから、何らかの感染防止策が必要になる。一つは消毒剤がトイレに流れるようなものを使用することが考えらえる。消臭剤を流すものはあるが、消毒剤を流す形のものはまだないようだ。しばらく使用者に、投げ込んでもらう必要があるかもしれない。

 

参考文献

McKinney, Kelly R; Yu Yang Gong; Lewis, Thomas G. (2006) Environmental Transmission of SARS at Amoy Gardens. Journal of Environmental Health; 68, 9: 26-30

M.W. モイアー 『温床と化す米国の大都市』 別冊日経サイエンス 2020/238 p26-39

ナショナルジオグラフィック記事:「思わぬところにリスクも トイレとウイルス感染の関係」(https://style.nikkei.com/article/DGXMZO61535750V10C20A7000000/)

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする

吉村知事のポピドンヨード発言について:COVID-19にうがいの効果はあるか?

2020年08月05日 | 環境と健康

 大阪府の吉村洋文知事は昨日(4日)の記者会見で、消毒効果がある「ポビドンヨード」を含むうがい薬が、新型コロナウイルスの体内での減少に効果が期待できると発表した。ポビドンヨードとはポリビニルピロリドンにヨウ素I3-が配位結合した化合物である。殺菌剤の一種で、うがい薬としては「イソジン」などの商標名がある。

 

                                                                (ポビドンヨード)

 

その会見によると、コロナの陽性者の治療をしてきた「大阪はびきの医療センター」では、6~7月に府内のホテルで宿泊療養している患者約40人を対象に、1日4回ポビドンヨードでうがいするグループと、しないグループに分け4日間調査した。その結果、うがいをしないグループの唾液の陽性割合は56・3%だったが、したグループは21・0%だったそうだ。

吉村知事は「うそのような本当の話をする」としながら、市販のうがい薬を示し、府民にうがいを呼びかけた。これに対して、かえってリスクがあるとする専門家のコメントも多い。これでうがいすると、たしかにノドの粘膜上に付着する微生物は細菌もウィルスも死滅するだろう。ただ、肺や体内のウィルスに対しては効果がないので、抜本的な治療にはならない(吉村知事は、治療効果でなく唾液の滅菌でウィルスの拡散防止に役立つといいたかったようだが)。

それと問題なのは、ノドで外来のウィルスや細菌の侵入を防止してくれている常在微生物も死滅させるので、かえって感染リスクが高くなる可能性もある。ノドに更地を作っているようなものだ。さらに、ポビドンヨードは、微生物をやっつけるが、ノドの細胞もいためるので、過剰な使用はウィルスに対する抵抗性を弱める。消毒用のアルコールで手を何回も手をふいていると、皮膚がかさかさになってしまうようなものだ。

そもそも、たった40人(半分にわけると20人?)のデーターで、この種の疫学的な結論を出すのは無理がある。吉村さんの完全な勇み足である。しっかりした疫学専門家の相談役を、そばに置いていないようだ。大阪市を中心に、新型コロナウィルス感染者が急増していることからくる、一種のあせりがでたのではないか?

うがいに関しては、京都大学医学部安全保健機構健康センターの川村孝教授は、カゼなどの上気道疾患(upper respiratory tract infections )の予防に、ポビドンヨードはむしろ効果なく、水だけのうがいのほうが、かなりの効果があるとしている(下図と論文)。うがいは日本だけの習慣だが、いちがいにネガティブにとらえるのではなく今後の調査研究が必要と思う。

 

Kazunari Satomura et al. (2005)

Prevention of upper respiratory tract infections by gargling: a randomized trial。Am J Prev Med. Nov;29(4):302-7.( doi: 10.1016/j.amepre.2005.06.013.)

 

 

 

コメント
  • X
  • Facebookでシェアする
  • はてなブックマークに追加する
  • LINEでシェアする