京都楽蜂庵日記

ミニ里山の観察記録

悪口の解剖学: 悪口は健康に良いか悪いか?

2020年08月30日 | 悪口学

 

  今まで有名な悪口をいろいろ取り上げ、その背景や理由を分析して紹介してきた。悪口も「アホ、バカ」の類いから、名人級の芸に近いものまである。

悪口については、倫理的に良からぬ行いで、それは廻り回って自分にはねかってくるという否定的な考え方が一般的である。おまけに、悪口は身体に悪いとまで言う人がいる。不健康になるという説の論法は以下のようなものである。悪口をいう人は評判が悪くなり、信頼されなくなって、孤立し精神的に不健康になって、あげくは身体も不調を来すそうである。

一方、悪口は健康に良いという説もある。悪口をいうのは、その相手に、不快な事をされて、なんらかのストレスを感じているからである。ストレスを溜めると身体に悪い。すっきりと血圧を下げるべきであるという。

無論、どちらが良いかは決まっている。臆さずに嫌な奴の悪口を言うのが正解である。正しい悪口は社会に役立つ。ただ、その形式がエレガントなものでなければならない。人が聞いたり読んだ時に、ほれぼれとするものでなければならない。悪口にはそれなりに修行がいるのである。頭が悪くては立派な悪口はつくれない。最近のSNSの悪口は、たいてい動物の鳴き声のようなもので、悪口になっていない。芸にまで高まらない悪口は我慢して言わない方がよい。

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トイレを制するものは新型コロナを制する

2020年08月24日 | 環境と健康

 2003年3月末、香港九龍湾の牛頭角道にある高層住宅団地「淘大花園(アモイガーデン)」付近の住民はパニックにおちいった。アモイガーデンには33階建ての高層マンションが 19棟林立している。この団地のE棟を中心に、300名以上ものSARS感染者が次々と出たからである。このクラスターの内、E棟住民から107人も入院患者が出た。この107人の居室の大部分は、各階の7号室か8号室で、建物の垂直方向に重なった位置関係にあった。

調査の結果、次のようなことが判明した。3月14日中国深圳市のSARSに感染した男性(33歳)が、E棟16階にすむ兄弟を訪問した。男性は発熱や下痢症状があったが、そこでトイレを使用した。10日後、男性の兄弟と家族だけでなく、E棟の住人99人がSARSに感染した。ほかの棟でも222名が感染し、ここのアウトブレークで42名が死亡した。

 男性はE棟や団地内を歩き回ったわけではない。どうして、アモイガーデンでSARSが広がったのか、科学的調査が何ヶ月もかけて行われた。その結果は、まったく意外なものであった。それによると、SARSウィルスは、下水の経路を通じ、トラップに水の溜まっていないU字管パイプを伝わって、換気されているバスルームに入り込み、周囲の住民に感染したのである(下図参照)。

 

(横浜市健康福祉局衛生研究所HPより引用転載)

 

M. W. モイアーによると、換気扇を回すと浴室内の圧が下がり、U字トラップを通じて空気が流入する。SARS感染者の男性が排便し流した汚水が下水管に入り込み、そこで生じたウイルスを含むミスト(エアロゾル)が、下水管を共有する他の階に浴室を通じて流れたということである(このような構造は、感染症以前に衛生的にかなり問題である)。さらに、部屋に入った汚染ミストが窓から出て、近隣の棟にも飛散して感染者を出したというから恐ろしい。

アモイガーデン関連のSARS患者は、他の地域の患者より重症化した。さらにここでは、患者の約66%が下痢症状を示したが、ここ以外では2%から7%が下痢症状を示すのみであった。これらの差は何によるのかわかっていない。ただアモイガーデンの感染者が、高濃度の病原体ウイルスの曝露を受けていたという可能性がある。ミストの状態でのウィルスは、上気道ではなく下気道に感染しやすくなって重体化するリスクが高まるのかも知れない。

新宿歌舞伎町や大阪ミナミの飲食店でのCovid-19感染者の多くは、トイレ内感染ではないかと推定される。意外と客室での空気感染は少ないのではないかと思う。

トイレでは便器の蓋を閉じて水を流すのが原則だが、そのような指示を出している店はほとんどない。また蓋を閉めて流しても、便器内でミストはしばらく充満しており、次の使用者が蓋をあけると、部屋に漏れる。トイレ内は大抵、換気ファンを回しているので、ミストは気流でたちまち舞い上がる。おまけに、トイレのドアーの開閉時に、ウィルスを含んだ高濃度のミストが客室に流れることになる。

夜の街の飲食店とくに飲み屋では、誰でも平均一回以上はトイレを使う。コロナウィルスはSARSウィルスと同様に、感染者の大小どちらの便にも含まれている。下水のSars-CoV2ウィルスを測定する疫学調査が行われている(6月10日拙ブログ「Sars-CoV-2ウィルス検出がCovid-19の流行予測に役立つ!」参照)。

トイレを使用禁止にすることができないから、何らかの感染防止策が必要になる。一つは消毒剤がトイレに流れるようなものを使用することが考えらえる。消臭剤を流すものはあるが、消毒剤を流す形のものはまだないようだ。しばらく使用者に、投げ込んでもらう必要があるかもしれない。

 

参考文献

McKinney, Kelly R; Yu Yang Gong; Lewis, Thomas G. (2006) Environmental Transmission of SARS at Amoy Gardens. Journal of Environmental Health; 68, 9: 26-30

M.W. モイアー 『温床と化す米国の大都市』 別冊日経サイエンス 2020/238 p26-39

ナショナルジオグラフィック記事:「思わぬところにリスクも トイレとウイルス感染の関係」(https://style.nikkei.com/article/DGXMZO61535750V10C20A7000000/)

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悪口の解剖学: サツマイモとカラスの悪口

2020年08月24日 | 悪口学

 サツマイモはその葉が虫などにかじられると強い匂いの化学物質を放出して、自分だけでなく、近くに生えているサツマイモの葉にも、消化を妨げるタンパク質(スポラミン)を合成させるようにする。この匂いは、植物の葉が周りの仲間に害虫への防御を促す一種の警報フェロモンである。植物では、サツマイモ以外にもこのような例は多い  

 

 動物の場合は、匂いを使わず大抵、音声情報で警報を発する。コクマルガラスの悪口警報の話しが有名である。

ある男がいたずらで、木に止まっている一匹のコクマルガラスに石を投げつけた。そうすると、そのカラスは、その男を記憶していて、彼がそばを通る度にガアガアと叫び続けた。そのうち、その辺りのほとんどのカラスに情報が広まり、どのカラスも男の姿をみると騒ぐようになった。行動学の権威、コンラード・ローレンツ博士の著に出てくる有名な話である。

サツマイモの警報フェロモンやカラスの騒がしい鳴き声などの危険情報は、それぞれ生存価を高めるための重要な「悪口」なのである。

 

 

参考資料

日経サイエンス 2020/05月号 p18 「サツマイモの警告」

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悪口の解剖学: ヘンリー王子への最高の悪口

2020年08月21日 | 悪口学

 

ヘンリー王子が環境保全を主張し、飛行機の利用制限を訴えたのに対して、イギリスの元運輸相のノーマン・ベーカーが、これを『肉食獣が菜食主義を勧めているようなものだ』と批判した。悪口はかくあるべしという、まことにセンスのある表現である。偽善的だとか売名行為だなどというよりずっと印象深くインパクトがある。ヘンリー王子がプライベートジェットを頻繁に利用していることは、CNNのニュース(https://www.cnn.co.jp/world/35141572.html)にもなっている。

 アメリカ元副大統領のアル・ゴアも、講演やドキュメント「不都合な真実」での環境問題での啓蒙活動が評価され、2007年にIPCCと共にノーベル平和賞を受賞した。しかし、本人が電気代のかかる広大な豪邸にすみ、庶民と比較しても、べらぼうにエネルギーを消費する生活をしてる「不都合な真実」が問題になった。環境問題などを唱え運動する人は、まず「自己否定」を率先して行わなければならない。そうでなければ、たいてい富裕有閑人による『肉食獣による菜食主義の勧め』になってしまう。

 

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時間についての考察: 時間と意識

2020年08月17日 | 時間学

 

 ジェレミー・リフキンによるとホモ・サピエンス(ヒト)はTime binding「時間に繋がれた」 唯一の動物らしい。彼は「自分自身と世界に関するわれわれの知覚はすべて、時間を想像し、説明し、利用し満たすという方法で伝達される」と述べている。

空間については言うまでもなく、全ての動物の知覚がそれにbinding(繋が)っているのは明白である。これは、その多様な感覚器の存在によって証明される。意識のないバクテリアさえも、光や化学物質の濃度を読んで適応的な走性行動を示す。

正常な意識の発現には、空間と時間を一体化する脳内での活動枠(アルゴリズム)が必要と思える。空間(物体)の認知は一瞬だけですむが、世界は因果律を持った連続体であるので、すなわち常に変化・変動する実体なので、それをまるごと感知するもとして、人の意識は適応・進化したものである。

そして、大事な事は空間(一瞬)をスムーズに運動させる(即ち時間を付与する)道具として言語(シンボル)が発明されたことだ。こう言ったシンボルを空間や時間毎に出会うたびに作っていると能率が悪いので、これらはmemory(記憶装置)の中に蓄えられている。蓄積は幼児の段階からの学習によってなされる。たとえば「桜」という言葉は3歳の幼児でも知っているが、この言語には「桜が咲く」「桜が散る」「桜を見る」「桜を切る」....などという時間を包摂する別の言語が付随する。それが実際に文法的に付くか付かないによらず、桜という言葉には時間が「付着」して学習されているのである。

メモリーの中には単語に関するものと、エピソードに関するものがある。単語を連結するアルゴリズムとエピソードの光景を連結するアルゴリズムなどの働きで意識が生ずる。それぞれのアルゴリズムの作動にはクロック (clock)が必要である(コンピュターが内蔵するクロックを想起されたい)。

 このように考えると意識とは、刺激に応じて脳のメモリーから記憶情報を積極的に取り出し、それらを組み合わせて、対面する世界に意味を持たせようとするシナプス活動といえる。AIの『人工意識』を考える上で参考になる。

時間感覚は意識の流れであるとする。意識は脳内での言語の流れであるとする。チャールズ・ダーウインは『人間の由来』で人間の言語はテナガザルの”歌(ソング)”が進化したものではないかと述べている。人間の意識の基底にはリズム(音楽)があって、それに記号としての言語が乗っかっているのではないか?(正高信男の『ヒトはいかにしてヒトになったか』を参照されたい)。

 
参考図書

ロバート・レービィン 『あなたはどれだけ待てますか』 (A geography of time) 忠平美幸訳 草思社 2002

 

 

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悪口の解剖学: 三国志にみる悪口の活用

2020年08月17日 | 悪口学

   歴史的に最も有名な悪口文書の代表は、中国の「文選」に載っている陳琳の「袁紹のために豫州に檄す」であろう。

操は贅閹の遺醜にして、本より懿徳無し。剽狡は鋒のごとく協い、乱を好み禍を楽しむ........

袁紹の下にいた陳琳は「曹操打倒の檄文」を書いた。これには曹操の悪口だけでなく、祖父が宦官であったことや、父がその養子であったことにまでふれている。まさに罵詈雑言。曹操はそれを読んで激怒したが、後に、陳琳が捕虜になったとき、その文才を認めて命を助け文書官にしている。期待に応じて陳琳は、「呉の将校部曲に激す」を書き、「孫権は豆と麦の区別も出来ない若造で、こいつの名前は刑書に書き込む価値も無いアホンダラだ」などと激しく罵倒した。これらの檄文は「文選」という中国の古典に収録されているので、創作ではなく歴史的な事実のようである。

 三国志演義では諸葛孔明は魏の老臣である曹真に罵詈雑言の満ちた手紙を送り、憤死させている。これは演義のフィクションで史実ではないが、当時は、相手の士気を阻喪させ、味方を活気づける文書をばらまくのが、重要な宣伝戦であった。演義には、また孔明と魏の王朗が大軍を前に舌戦を展開し、ここでも孔明の罵倒により、王朗が憤死している。これも、史実ではないが、古代や中世の戦争では会戦の前に、一種のアジテーションをすることが多かったようだ。ギリシャの神々も戦いの前に、お互いに口上を述べ合い、相手を罵倒する掛け合いをすることが古典に書かれている(山本幸司参照)。

 日本の軍記物語にも、開戦前の口合戦が記録されている。源平合戦における屋島の戦いで、平家の中治郎兵衛盛嗣と義経の家来伊勢三郎義盛とのやりとりが残っている。盛嗣が「義経ちゅうのは、ガキのころ、あわれな姿で東北をさまよっていた舎那王のことだろう」とバカにしていうと、義盛も「てめえこそ、北陸で義仲にさんざん叩かれ、ほうほうのていで京に逃げ帰ってきた乞食野郎だ」と言い返している。頭が良くなくては、こんな悪口もすらすら言えない。戦闘前の口上は、兵士の士気を左右したのではないだろか?

鎌倉時代の御成敗式目には「悪口の咎の事」という禁令があって、武士の悪口は処罰されていた。名誉を重んじる武士が悪口によって闘殺にいたることが度々あったので、幕府は厳しきこれを禁じ、犯す者を処罰した。「悪態の科学」(エマ・バーン:原書房)という本にも日本では西洋に比較してFuckとかShitといういうな罵倒語が少ないのはこの歴史的な事柄によるとしている。

 

参考図書

山本幸司 『<悪口>という文化』 平凡社 2006

井波律子 『三国志名言集』岩波現代文庫 296 (2018)

陳瞬臣 諸葛孔明(中国ライブラリー15)集英社1999

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悪口の解剖学:『名曲悪口事典』

2020年08月13日 | 悪口学

ニコラム・スロニムスキー編 :『名曲悪口事典』(伊藤制子ら訳) 音楽之友社 2008

以下は本誌に掲載された19世紀の音楽評論である。

 

ショパンについて

 『多くの人はもっと悪く言うかもしれないが、比類なく馬鹿げて大げさな贅沢品の卸売業者である。(中略)ショパンの作品はどれも、大言壮語と耐えがたい不協和音のごちゃごちゃした外観である。彼が「このように」風変わりなことをしないときは、シュトラウスや他のワルツ作曲家以上のものではない。(中略)ショパンの怠慢には目下のところひとつの理由がある。あの恋多き魅惑的な女のなかの女ジョルジュ・サンドの抗い難い束縛に妨げられているのだ。同じく不思議なのは、かつて崇高で恐ろしく敬虔な民主主義者ラムネーの心を奪ったほどの彼女が、夢のような生活を手放してまでショパンという芸術的にも取るに足らない者と戯れることに、どうして満足できるのかということだ。』(ミュージカル・ワールド(ロンドン)1841年10月28日) 

ベートーベンについて

『《交響曲第九番》のオーケストラ部分全体が、実際とても退屈だった。幾度か寝入りそうになってしまった。(中略)非常に期待していた合唱部分に到達したときには、ずいぷんとほっとした。《ヤンキー・ドゥードル》のような八小節の陳腐な主題で始まった(中略)。有名な交響曲のこの部分に関しては、ほとんど互いに混ざり合わない奇妙で滑稽、たどたどしく捧猛でキーキー響く素材と、ただひとつのわかりやすい旋律からできあがっているようだ、と残念だがいわなくてはならない。プログラムに印刷されている歌詞に関していえば、まったくお話にならず、しかも一切の騒音がなにを意図しているのか、まったくわからなかった。総体的な印象としては、インディアンの雄叫びと荒れ狂った野良猫たちから成り立ったコンサートだった』(「The Orchestra」 1868年6月20日)

ワグナーについて

 『ワーグナーという男には、いささかの才能も備わっていない。彼の旋律は、といっても旋律がみつかる場面にかぎっての話だが、ヴェルディやフロトーよりもさらにまずいし、気の抜けたメンデルスゾーンよりも捻くれている。こうしたことはすべて、厚い堕落の壁に覆われている。彼のオーケストレーーションは装飾的だが下品だ。ヅァイオリンが最高音域で悲鳴を上げ、聴き手を極度の緊張状態に陥れる。私は演奏会が終わる前に席を立った。請け合ってもいいが、もし、あと少しそこにとどまっていたら、私も妻もヒステリーの発作を起こしていただろう。ああした神経症は、ワーグナー白身の持病だろうか?』(セザール・キュイがリムスキー・コルサコフRimsky,Korsakovへ宛てた手紙、1863年3月9日)

チャイコフスキーについて

 『《悲憤交響曲》は、汚いドブに人間の絶望の吐き溜を編み込んだ作品で、音楽がなしうるかぎりの醜態である。第一楽章は、ゾラの『クロードの告白』の音楽版と言ってよい。なんともいいがたい第二主題は、いわばハイネがいう「もうろくして思い出す幼な恋」〔訳注‥『新詩集』〕だ。それにしても幼な恋とは!風刺画家ホガースの書いた放蕩息子の恋だろうか,明らかにこの楽章には力がこもっている。野蛮で品のない楽想を、チャイコフスキー以外の誰が力あるものにできようか?斜に構えたリズムの第二楽章は、卑しいとしか言いようかないし、第三楽章は薄っぺらな悪態だ。最終楽章では、目のかすんだ脳梅毒に直面させられ、トロンボーンの荘厳な碑文が、締めくくりの言葉を述べる。「かくして堕落が続きます」(後略)。』(W.F. アブトーブ 「ボストン・イヴニング・トランスクリプト1898年10月31日」

  なんともどれも凄まじい。音楽評論というものは少しほめて、沢山けなすというのが正道かと思っていたが、この著が紹介する評論は、どれも頭から100%否定に徹している。しかも罵詈雑言に近いものが多い。それも相手はベートーベン、ショパン、シューマン、ワグナー、ブラームス、チャイコフスキーなどの大家ばかりである。読んでいて、頭がくらくらしてくる。どうしてこんな音楽評がはやったのか? 著者スロニムスキーの説では、この手のものでないと読者が読まないということらしい。あるいは、これを読んで、どんなにひどいか確かめるめるために、音楽会に聴衆があつまったのかもしれない。

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悪口の解剖学:獅子文六 『東京の悪口』

2020年08月13日 | 悪口学

獅子文六 『東京の悪口』新潮社 1959年

  文六のふるいエッセイである。東京はすみにくい。サイレンの音がうるさい。水道の出が悪い。電圧が低い。電話が自動式で交換手がいない。会合の回数が増えた(これは東京のせいではなく本人の問題だ)などというたわいのない不平不満が続く。どうなることやらと思って読み続けると、後の方ですぱっと一刀両断の悪口が登場した。

 『私は、街角や車中で、近頃の東京人が悪相になったと驚くことがある。男も女も、ずいぶん人相が悪くなった。美人は美人で、眼つきがよくない。(中略)一番人相のよくないのは、東京駅から湘南電車二等室ヘドッカと乗り込むような、チンビラ実業家だか、イソチキ改治家だかわからぬ連中で、必ずゴルフバッグを網棚へあげて、他人の領分を侵犯し、座席の方も、新聞やら、週刊誌やらを置いて二人分を占領する。この連中の顔つき眼つきを見ていると、明治時代の車夫馬丁のそれと、まったく変らない。精神生活というものと、完全に絶縁した人間でなければ、あんな面相にはならない。

 そのくせ、彼らの身許を洗ってみれば、恐らく大部分が大学を出ているだろう。東大出もいるにちがいない。日本の敦育とはどういうことなのだと、考える前に、あんな面にならなければ、東京の世渡りはできぬ事情もあろうと、側隠の情も起る。

 尤もこんな手合いと美人だけが、悪相を備えているのではなく、商人だって、サラリーマンだって、オフィス・ガールだって、学生諸君だって、ロクな人相はしていない。温厚や寛容の相は、どこに行っても、見当らなくなった』(以上引用)

 イヤハヤ、東京人の顔つきについて、なんともすごい悪口が展開されている。これは、最近では、日本人全体にあてなまりそうな悪口である。もっとも、コロナ騒動でほとんどの日本人がマスクをしているので人相の判定がむつかしい。

 

 

 

 

 

 

 

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悪口の解剖学:蕪村の京都人への悪口

2020年08月12日 | 悪口学

 蕪村は京都に来てから、転々と居を変えていたが、晩年になって仏光寺烏丸西入ルに落ち着く。仏光寺通りから南に入った路地の奥で、そこには地蔵が祭られていたという。蕪村は仏光寺通りの長屋住まいで、いろいろ苦労したようである。

 

以下2句はいずれも蕪村の生活感が出ている。

 我を厭う隣家寒夜に鍋を鳴す(自筆句帳984)安永4年

これには鳴鍋弁というタイトルがついた長い後書きが添えてある。

 比句の意は漢ノ高祖は沛と云所の人にて甚貧しくおはしけるに、嫂の方へふと行かれけるに、折しも何やらあつものを煮て居たりけるが、劉邦に喰う事を惜しみて、杓子で鍋の底を鳴らし、最早何もないと云うことをしらせて劉邦に喰せざりける故事也。

 しかし考えてみると、長屋の隣の亭主やカミさんが、劉邦の貧窮時代の苦労話を知っていて夜中に鍋を鳴らすわけがない。蕪村家族への単なる嫌がらせで騒音を立てているのだ。現代でも、神経の少しいおかしいこのような迷惑住民がたまにアパートにいて問題になる。ともかく「我を嫌う」仲の悪い隣人の日常的ないやがらせなのである。蕪村の後書きは、それを踏まえた上での一種の諧謔である。

 

  かはもりやむかいの女房こちを見る(自筆句帳298)

 蕪村のすむ長屋の天井裏にはアブラコウモリがたくさん住み着いていた。これはアブラムシと呼ばれ、天井を汚す気味の悪い飛翔動物として人々は嫌っていた。蒸し暑い夏の夕方、このアブラムシが蕪村の屋根の隙間からバタバタ飛び出していく様を鬱陶しくみつめる向いのカミサンと目があった。なんとも気まずい雰囲気がただよう。尾形功の校注(『蕪村全集:発句』)は、目があったのを艶情としてとらえているが、これはおかしな誤った解釈である。

 

高井几董(1741-89)への蕪村の手紙に、京都人への悪口が露骨に書かれている。

 何かに付け京師之心、日本第一之悪性にて候。日頃は左も不存候所、俳諧をはじめ候て後、つくづくと思い合候事共多御座候。凡日本過半は行暦いたし、人心之善悪も掌をさすごとくあきらめ居申候

(「何かにつけて京都の人間の心は日本一の性悪である。日頃はそうも思わないが、ここで俳諧をはじめて、つくづくとそれに思いあたることが多い。私は日本全国を歩き回り、人の心の善悪が掌をさすように分かっている」)

門人の中で若い几董ばかりを、蕪村が依怙贔屓するという陰口を伝え聞いて頭に来て書いた手紙である。蕪村は苦労人で、あまり人の悪口を云わない自制的な人だったが、たまに怒ると迫力がある。他国から京都に来て長年すんでいると、蕪村の気持ちがよくわかる気がする。京都人の裏表の違いがはっきりしているのには驚かされることが多い。

 

追記 (2020/08/13)

井上泰至 『<悪口>の文学、文学者の<悪口>』には蕪村以外にも、芭蕉や一茶の「悪口」も載せられている。ただ芭蕉のは、すこしハメをはずした路通にたいする師匠の揶揄だし、一茶のは相続問題で揉めている弟の批判である。

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コアシナガバチ(小脚長蜂)

2020年08月10日 | ミニ里山記録

 

 

 

コアシナガバチ:学名:Polistes snelleni

 庭のツツジの木に巣を造ったコアシナガバチ。そばを通っただけで、足と指を刺された。地味で小型な種類だが、攻撃力は強い。顔筋の白い方はオスか? 全国に分布するらしい。

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吉村知事のポピドンヨード発言について:COVID-19にうがいの効果はあるか?

2020年08月05日 | 環境と健康

 大阪府の吉村洋文知事は昨日(4日)の記者会見で、消毒効果がある「ポビドンヨード」を含むうがい薬が、新型コロナウイルスの体内での減少に効果が期待できると発表した。ポビドンヨードとはポリビニルピロリドンにヨウ素I3-が配位結合した化合物である。殺菌剤の一種で、うがい薬としては「イソジン」などの商標名がある。

 

                                                                (ポビドンヨード)

 

その会見によると、コロナの陽性者の治療をしてきた「大阪はびきの医療センター」では、6~7月に府内のホテルで宿泊療養している患者約40人を対象に、1日4回ポビドンヨードでうがいするグループと、しないグループに分け4日間調査した。その結果、うがいをしないグループの唾液の陽性割合は56・3%だったが、したグループは21・0%だったそうだ。

吉村知事は「うそのような本当の話をする」としながら、市販のうがい薬を示し、府民にうがいを呼びかけた。これに対して、かえってリスクがあるとする専門家のコメントも多い。これでうがいすると、たしかにノドの粘膜上に付着する微生物は細菌もウィルスも死滅するだろう。ただ、肺や体内のウィルスに対しては効果がないので、抜本的な治療にはならない(吉村知事は、治療効果でなく唾液の滅菌でウィルスの拡散防止に役立つといいたかったようだが)。

それと問題なのは、ノドで外来のウィルスや細菌の侵入を防止してくれている常在微生物も死滅させるので、かえって感染リスクが高くなる可能性もある。ノドに更地を作っているようなものだ。さらに、ポビドンヨードは、微生物をやっつけるが、ノドの細胞もいためるので、過剰な使用はウィルスに対する抵抗性を弱める。消毒用のアルコールで手を何回も手をふいていると、皮膚がかさかさになってしまうようなものだ。

そもそも、たった40人(半分にわけると20人?)のデーターで、この種の疫学的な結論を出すのは無理がある。吉村さんの完全な勇み足である。しっかりした疫学専門家の相談役を、そばに置いていないようだ。大阪市を中心に、新型コロナウィルス感染者が急増していることからくる、一種のあせりがでたのではないか?

うがいに関しては、京都大学医学部安全保健機構健康センターの川村孝教授は、カゼなどの上気道疾患(upper respiratory tract infections )の予防に、ポビドンヨードはむしろ効果なく、水だけのうがいのほうが、かなりの効果があるとしている(下図と論文)。うがいは日本だけの習慣だが、いちがいにネガティブにとらえるのではなく今後の調査研究が必要と思う。

 

Kazunari Satomura et al. (2005)

Prevention of upper respiratory tract infections by gargling: a randomized trial。Am J Prev Med. Nov;29(4):302-7.( doi: 10.1016/j.amepre.2005.06.013.)

 

 

 

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