京都楽蜂庵日記

ミニ里山の観察記録

東京大空襲を予言した寺田寅彦

2020年10月15日 | 日記

寺田寅彦 『科学歳時記』角川ソフィア文庫 2020

 昭和七年 (1932)の寅彦の随筆「烏瓜の花と蛾」を読んで驚いた。後の太平洋戦争における東京大空襲の予言が正確になされているからだ。

「昭和七年の東京市民は、米露の爆撃機に襲われたときにいかなる処置をとるべきかを真剣に論究しなければならない」と述べ、その対策として市民の5分の一が消火防衛隊となって、活躍する必要があるとしている。そして「何ヶ月か何年かないしは何十年の後に、一度は敵国の飛行機が夏の夕暮れ烏瓜の花に集まる蛾のように、一時に飛んで来る日があるかもしれない」という予言をしている。

 この年、第一次上海事変が勃発し、満州国建国、五・一五事件がおこり、ヨーロッパではドイツとソ連がポーランドを分割した。戦争の足音は、たしかに遠くの方で聞こえてはいたが、東京が空爆されるという状況は考え難い。寺田寅彦の恐るべき慧眼であったと言える。寺彦の先生であった夏目漱石は小説『三四郎』の中で、広田先生の口を通じて「日本は滅びるね」と予言していた。日露戦争で勝利して日本人が舞い上がっていた頃の話しである。漱石の影響があったからかもしれない。

 

追記:角川ソフィア文庫 2020版の解説は竹内薫による。それには「一部の物理学者たちは、感染症の高度な数学を駆使して、専門家委員会などより、もっと正確に感染者を予測できるといる。しかし、寺田寅彦の言うように実際はそう簡単にはいかない」と書いている。同感である。

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悪口の解剖学—手紙の返事がない場合のすごい悪口例

2020年10月15日 | 悪口学

アーノルド・C・ブラックマン 『ダーウィンに消された男』(羽田節子、新妻昭子訳)朝日新聞社 1984年

 1858年6月、ダウンの屋敷でダーウィンはアルフレド・ラッセル・ウーレスの手紙を受け取った。それは、生物の進化論を見事に述べた論文が同封されていた。ウーレスはインドネシアのモルッカ諸島のテルナテから、まだ誰も発表していなかった進化のメカニズムを簡潔に述べた論文をダーウィンに送り、それをライエルに渡してほしいと頼んだのだ。

科学史の多くの記述では、同年8月のリンネ学会でダーウィンとウーレスの進化に関する論文が同時に発表されたとなっているが、実際に発表されたのはウーレスの「テルナテ論文」だけで、ダーウィンのほうは論文は無く、エザ・グレイへの手紙が添えられた概要のみであった。ブラックマンの掲書は、ダーウィンがその手紙を受け取ってから、いかに「ずる」をして、進化論に関する優先権を手にいれようとしたか、手に入るあらゆる資料を基に論じている。

この著を読むとブラックマンが比類ない粘液質のドキュメント作家であるかがわかる。ここでのダーウィンに関する進化論の優先権に関する記述は、悪口ではなく、純粋に倫理的な批判である。詳しくは本書を読むか、内井氏の論考ダーウィンの自然選択説に関する二つの疑惑(https://repository.kulib.kyoto-u.ac.jp/dspace/bitstream/ 2433/59170/1/jk15_ 001.pdf)を参照されたい

               

         アルフレド・ラッセル・ウオーレス

 

  ここで紹介するブラックマンの悪口は、「著者取材ノート」という後書きに書き込まれたものである。「ダーウィンの不正」の話しとは、関わりのない彼の私的なエピソードであるが、結構強烈なもので、以下のその部分を転載する。

「夢想家のウーレスは、誰もが協力的だとはかぎらないと知ったら、きっと心を傷めたにちがいない。ルイス・マッキニーのばあいがそうである。マッキニーは『ウーレスと自然淘汰』(1972)その他の著作で、ウーレスの二人の孫のことを書いている。199710月、私はイギリス再訪の準備中に、マッキニーに手紙を書いて、ウーレスの孫たちの住所を教えてくれるよう頼んだ。返事はなかった。11月にふたたび手紙を書いたが、やはり返事をもらえなかった。12月、私はマッキニーが努めるカンザス大学に電話し、当方払いで電話をくれるよう伝言した。電話はこなかった。アメリカン人のいいぐさでは三振アウトである。このエピソードになぜあきれるかというと、私や他の税金支払者は、ウーレスに関するマッキニーの研究を一部財政的に援助しているからだ。マッキニーは二つの財団と連邦政府の国立健康研究所 (NIH)から研究費を受けている。NIHの研究助成金統計課の記録によると、彼はウーレスの研究に対して少なくとも1 6850ドルを受け取っている。公金を受けている個人は大衆に対して義務を負っている」(以上一部省略して引用)。

  マッキニーの研究費を担当課に問い合わせて悪口の資料にするとは、著者のおそるべき粘液質が発揮されている。このような場合、大抵の人は、返事がないのには不快な気持ちを持つが、邪魔くさいので、次の仕事にかかるものだ。

ただ、この著者のしつこい悪口が救われているのは、最初の書き出し「夢想家のウーレスは、誰もが協力的だとはかぎらないと知ったら、きっと心を傷めたにちがいない」がいささかのユーモアを含んでいるのと、税金利用者の義務についての理屈を述べたところである。マッキニーは情報が提供できない理由があったのであろうが、それを知らせるべきであった。

忙しい時期には、人からの手紙にもメールにも応答しないことがたまにある。しかし、油断すると、このような粘液質の人物によって、それだけのことで、悪口を公開される事があるので注意が必要である。

追記:本来、「ウーレスの進化論」が「ダーウィン・ウーレスの進化論」に、そして今や「ダーウィンの進化論」になってしまった理由はいくつかある。それはウーレス自身にも問題があった。ウーレスは心霊術を信じていたことや、ダーウィンと違ってヒトの進化を意識的に取り上げなったことである。

 

 

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