昨日年賀はがきの当選番号を調べている時、舞鶴から頂いた年賀はがきで、“インターネットで、舞鶴唱歌を見て下さい”と書いてあるのが目に留まりました。
最初この年賀状を貰った時、このように書いてあったのを見ましたが、あとで見ようと思って、その時見なかったので、忘れてしまっていました。
それで、今日この舞鶴唱歌をインターネットで見ました。
インターネットを開いてみると、この方が、you tubeで舞鶴唱歌を歌っておられた。
この歌の詩は、歌っている人のお父さんが作られたものです。
このyou tubeに投稿する動画を企画したのは、歌っている人の長男さんで、制作したのは、長男さんの娘(歌っている人のお孫さん)の名前になっていました。
もう一つ明かせば、歌っている人は、私が独身時代舞鶴で勤めていた会社の現在80歳の社長さんです。
この舞鶴唱歌の動画を見ていた時、舞鶴を含む北近畿鉄道の動画がいっぱい目に入って来ました。
その中から選んだ動画を一つここに載せました。
冬へ向かう~北近畿タンゴ鉄道
最初この年賀状を貰った時、このように書いてあったのを見ましたが、あとで見ようと思って、その時見なかったので、忘れてしまっていました。
それで、今日この舞鶴唱歌をインターネットで見ました。
インターネットを開いてみると、この方が、you tubeで舞鶴唱歌を歌っておられた。
この歌の詩は、歌っている人のお父さんが作られたものです。
このyou tubeに投稿する動画を企画したのは、歌っている人の長男さんで、制作したのは、長男さんの娘(歌っている人のお孫さん)の名前になっていました。
もう一つ明かせば、歌っている人は、私が独身時代舞鶴で勤めていた会社の現在80歳の社長さんです。
この舞鶴唱歌の動画を見ていた時、舞鶴を含む北近畿鉄道の動画がいっぱい目に入って来ました。
その中から選んだ動画を一つここに載せました。
冬へ向かう~北近畿タンゴ鉄道
懐かしい!はるか昔、登山の初めてのキャンプファィヤーで、
教えてもらって歌詞に泣きながら歌っていました
半分くらいしか覚えてなかったのですが、友に贈るのはハンマーだったのですね
青春の1ページです
すっかり忘れていました
すみません、こちらの大事な記事のコメントではありませんです
コメントありがとうございます。
この曲は、本当に悲しい歌詞ですね。
私も最初この曲を知らなかったので、初めてこの曲を聞いた時、涙が出ました。
そしてこの曲の歌詞に今、私と同じパソコン教室に在籍されている一人の人の人生が、この曲とダブり、余計に涙を誘われました。
この人は、成績優秀、体も健康そのものでった学生時代は、有名大学で、ワンダーフォーゲル部で一緒だった人と卒業後結婚し、一児をもうけたのち、間もなく病に倒れ、今ではかなり回復されていますが、手や足に後遺症が残り、不自由な体で、頑張っておられます。
覚えるのもやはり困難なようで、パソコンの文字打ちも、ローマ字表を見ながら打たれます。
人の人生は、本当にいつ何が襲いかかるか解りませんね。
この方も、私が「いつかある日」の記事を書いた時、大学時代に山で、この歌を歌いましたとコメントを下さいました。
じゅうそうされる程の方なのに、お元気だったのにですね…
でも前を向いて頑張られていらっしゃるのですね
頑張りのご褒美がたくさんいただけるといいですね。
ご指摘の通りの方です。
頭も体も申し分のない人だったのに、気の毒です。
病気になる前に生まれた娘さんも、このご両親と同じ有名大学に合格され、今3回生で、4月からは4回生になられます。両親の頭の良さを受け継いでおられるようです。
本人さんも今は明るく、よく笑顔が見られますし、教室でも頑張っておられます。そのうちに、頑張りの結果がいい実りとなる事を願っています。