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昭JIJI(アキラジジ)の島旅賛歌*参加

日本全国に有人島が434島ほどある。全島制覇すべく島旅を継続中。

岡山県・兵庫県・徳島県への島旅 40回目

2013-10-27 04:30:00 | 22瀬戸内海・岡山県・日生諸島
大多府燈籠堂を後に歩いていると突然、、テレビのアンテナが、道脇に数本ありました。この下に人家があるのでしょうか。目的は、何なのでしょうか。


(数本のテレビアンテナ)

さらに歩いていくと鉄筋の建物がありました。小学校です。平成20年に閉校になったようです。


(大多府小学校)

少女がボールを持っているモニュメントがありました。台座を見ると「学制発布100周年記念」と書かれていました。伝統ある学校だったのですね。


(ボールを持った少女のモニュメント)

室内を見るとまだ、色々なものが残されていました。


(室内には色々なものが)

グランドもありましたが、草が多い茂っていました。


(グランド)

振り返ると先ほど、横を通ってきた大多府燈籠堂が見えました。


(大多府燈籠堂)
(写真撮影:2013.07)
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岡山県・兵庫県・徳島県への島旅 39回目

2013-10-26 04:30:00 | 22瀬戸内海・岡山県・日生諸島
入港時に、左に見た防波堤のところへやってきました。石の常夜灯がありました。その先の海岸に黄色い浮き球が付いてフェンスが張られていました。海水浴場のようです。


(石の常夜灯)

海岸線にそっていくと遊歩道が整備されていました。島内を一周する周遊道で、様々な植物の観察、史跡めぐりができ、景色もすばらしいもある自然研究路です。


(自然研究路)

しばらくその道を歩くことにしました。


(自然研究路散策)

最初に、石仏が出てきました。この道を歩いているとたくさんの石仏を見ることができました。


(石仏)

これらは新しく作られたものですね。


(新しい石仏)

自然研究路を散策していると木々の間から、突如、大きな常夜灯が見えてきました。大多府燈籠堂です。これは、岡山藩池田綱政公治世の正徳四年(1714年)に建立され、明治初年まで約150年間にわたり沖合を行く船の目じるしとして、燈明が入れられたようで、昭和61年3月当時の台石の上に記念塔として再建されたもののようです。


(大多府燈籠)
(写真撮影:2013.07)
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岡山県・兵庫県・徳島県への島旅 38回目

2013-10-25 04:30:00 | 22瀬戸内海・岡山県・日生諸島
海岸沿いを歩いていて、振り返ると先ほど着いた大多府島の港が見えました。


(大多府島の港)

少し歩いていると神社が見えてきました。


(神社)

春日神社です。


(春日神社)

焼き物の狛犬が置かれていました。


(焼き物の狛犬)

奥殿もありました。


(奥殿)

境内社もありました。


(境内社)
(写真撮影:2013.07)
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岡山県・兵庫県・徳島県への島旅 37回目

2013-10-24 04:30:00 | 22瀬戸内海・岡山県・日生諸島
ここで、いつものように大多府島の概要を書きます。大多府島は、日生の南6kmにある島。北岸は天然の良港で、元禄11年(1698)、岡山池田藩によって西国大名の参勤交代などの風待ち港として築港がされ、在番所・御用家・加子番所などが置かれた。翌年から同14年にかけて岡山藩が町人長屋を建て、移住者に無償提供、宝永4年(1707)以降開拓が進められ、内海航路の要地として発展した。島の南側の奇岩に富む日生町有数の景勝地となっており、海岸沿いには島を一周できる自然研究路が設けられ、起伏に富んだコースはハイキングに最適。また夏には海水浴などへのレジャー客でにぎわっている。史跡として灯籠堂、六角井戸、元禄防波堤などの見どころも多い。今後は漁村型のリゾート地として整備され、ますます魅力が広がりそう。
島内散策を開始しました。記念碑がありました。開港300周年記念碑です。


(開港300周年記念碑)

これは、大多府加子番所です。岡山藩が船舶の検閲のために設けた役所で、大漂、日生、難田、寒河、福浦、久々井、鹿久居島等を支配するとともに、幕府の用船、諸侯の船をはじめ、往来する回船の検査、飲料水、薪炭の供給や海難救助の役割をしていた。大多府島に入る船は、必ず役人の検閲を受けることになっていた。


(大多府加子番所)

大多府加子番所の横にも石碑がありましたが、内容を確認しませんでした。


(大多府加子番所の横にも石碑)

歩き出すと干物干しのようなものがありました。何を干しているのでしょうか。


(干物干し場)

面白い形のものがありました。お祭りの提灯でもつりさげるのでしょうか。


(面白い形のもの)

その海岸沿いの道をまっすぐに歩いていきました。


(海岸沿いを)
(写真撮影:2013.07)
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岡山県・兵庫県・徳島県への島旅 36回目

2013-10-23 04:30:00 | 22瀬戸内海・岡山県・日生諸島
定期船は、大多府島へ近づいてきました。


(大多府島)

たくさんの筏がありました。ここでもカキの養殖をしているのでしょうか。


(たくさんの筏)

石垣の防波堤が見えました。


(石垣の防波堤)

大多府島の港へ入っていきました。


(大多府島の港)

定期船から下船して、大多府島に上陸しました。


(大多府島に上陸)

上陸するとすぐに定期船の待合所がありました。鉄筋の立派な建物でした。


(定期船の待合所)
(写真撮影:2013.07)
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岡山県・兵庫県・徳島県への島旅 35回目

2013-10-22 04:30:00 | 22瀬戸内海・岡山県・日生諸島
港へ向かって進むと鉄筋の建物がありました。浄化センターです。


(浄化センター)

港近くの壁に絵が描かれていました。小学生の卒業記念の絵でした。


(卒業記念の絵)

港近くに船の形をした建物がありました。定期船の発券場が入っている建物でした。船が着くまで、ここでしばらく休んでいました。


(定期船の発券場が入っている建物)

定期船が入港してきたので、赤い橋を渡って、発着場に向かいました。


(赤い橋を渡り発着場へ)

定期船に乗船して、次の島、大多府島へ向かいました。


(大多府島へ)

丘の上に建物が見えました。小学校のようです。


(小学校)
(写真撮影:2013.07)
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岡山県・兵庫県・徳島県への島旅 34回目

2013-10-21 04:30:00 | 22瀬戸内海・岡山県・日生諸島
これから出かける大多府島です。


(大多府島)

最後に出向く鴻島です。


(鴻島)

大きな建物が見えました。学校のように感じますが、ボーリングの大きなピンが見えます。この建物は何でしょうか。


(大きな建物)

港へ向かうため、展望台から降りてきました。緑色のもので覆われた池がありました。「亀さんの池」と書かれていました。亀が生息しているのでしょうか。


(亀さんの池)

港へ向かっていると民宿がたくさん並んでいました。


(民宿街)

ネコがたくさんたむろしていました。


(ネコがたくさん)
(写真撮影:2013.07)
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岡山県・兵庫県・徳島県への島旅 33回目

2013-10-20 04:30:00 | 22瀬戸内海・岡山県・日生諸島
頭島大橋を戻り、二股の道路を左に向かいました。


(左の道路へ)

しばらく行くと仏像と石碑がありました。石碑には、「孫文氏之記念碑」と書かれていました。


(仏像と石碑)

その横にも石碑がありました。ここには「牡蠣供養の碑」と書かれていました。


(牡蠣供養の碑)

少し歩いていくと郵便局がありました。「頭島郵便局」です。


(頭島郵便局)

さらに進むと塔が見えました。「たぬき山展望台」です。


(たぬき山展望台)

ここに登ると360度の景色が見られました。先ほど行った鹿久居島です。


(360度の景色)
(写真撮影:2013.07)
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岡山県・兵庫県・徳島県への島旅 32回目

2013-10-19 04:30:00 | 22瀬戸内海・岡山県・日生諸島
頭島大橋を渡ろうとした時、橋のところに掲示板があり、「タヌキ、シカは往来禁止」と書かれていました。この辺りの野生動物は絵や字が分かるようですね。


(掲示板)

頭島大橋を渡りました。


(頭島大橋)

頭島大橋の4隅には、4つの彫り物がありました。これは、鹿久居島の鹿です。


(4つの彫り物の1つ)

橋を渡りきったところにベンチがあり、その横に杖が置かれていました。休息するように作られているようですね。


(ベンチと杖)

水のない側溝にカニがいました。何というカニでしょうか。


(カニ)

鹿久居島島内を少し歩きましたが、何もない道路が続いていました。時間的なこともあり、途中から戻ることにしました。ここで、鹿久居島の概要を書いておきます。鹿久居島は、日生港の南0.6km、うちわだの瀬戸を隔てて位置している岡山県最大の島。「古備温故」によると、かつて島の南側には多くの漁師が住み、「鹿久居千軒」と呼ばれていたという。野生鹿が生息している島としても知られ、江戸時代初期には岡山藩の狩猟地だった。元禄11年(1698)に同藩の風待ち港が開かれ、御在番所・御用家・加子番所が置かれ、同時に12年間流刑地に定められている。昭和22年、島の西部が緊急開拓地の指定を受け、52世帯が入植、ミカン畑などが拓かれた。現在、島の大半が国設鳥獣保護区集団渡来地として良好な自然環境を守られ、秋にはミカン狩りの観光客でにぎわう。宿泊施設が1軒あるほか、平成5年4月には島の南東部に弥生時代の高床式住居などを復元した古代体験の郷「まほろば」がオープン。「まほろば」では貫頭衣を着用し、囲炉裏で赤米を利用した食事、竹細工、粘土細工、潮干狩りなどが体験できる。頭島との間の架橋は平成16年末に完成予定である。


(鹿久居島)
(写真撮影:2013.07)
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岡山県・兵庫県・徳島県への島旅 31回目

2013-10-18 04:30:00 | 22瀬戸内海・岡山県・日生諸島
たくさんのホタテの貝殻が置かれていました。牡蠣の養殖に使われるようですね。


(たくさんのホタテの貝殻)

この島には、民宿が多くあります。昨日も時間的に早く来れれば、頭島の民宿に泊まる計画もできましたが、到着が遅くて、船がありませんでした。


(民宿)

しばらく行ったところにもホタテの貝殻がたくさんありました。


(たくさんのホタテの貝殻)

頭島大橋に向かって歩いているとこの辺りでは、うるさいほどセミが鳴いていました。


(うるさいほどセミが)

頭島大橋の姿が見えてきました。


(頭島大橋)

海を見るとたくさんの筏が見られました。牡蠣養殖のようです。


(カキ養殖の筏)
(写真撮影:2013.07)
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