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昭JIJI(アキラジジ)の島旅賛歌*参加

日本全国に有人島が434島ほどある。全島制覇すべく島旅を継続中。

和歌山県への島旅 24回目

2014-03-14 04:30:00 | 17紀伊・和歌山
串本方面の景色です。


(串本方面の景色)

この奥の方が潮岬です。


(奥の方が潮岬)

おおしま大橋を渡り、串本市内へ戻ってきました。市役所です。


(市役所)

時間的にもあり、大阪までは、普通で行くことにしました。


(普通で大阪まで)

温泉で有名な白浜では、特急電車が停車していました。


(特急電車)

今回は、実家に行かないで、天王寺で宿泊して、途中、別れた島旅仲間と夜の会食をしました。翌日、ホテルのカーテンを開くと通天閣が目の前に見えました。


(通天閣)
(写真撮影:2013.11)

今回の和歌山の島旅は、これで終了です。
明日からは、正月早々に出かけた「三重県の島々」を投稿します。
お楽しみに。

和歌山県への島旅 23回目

2014-03-13 04:30:00 | 17紀伊・和歌山
串本へ戻るため、タクシーは、Uターンしました。


(串本へ)

行くときには、前を見ていて、気付きませんでしたが、丘の上にお寺がありました。蓮生禅寺です。時間がないので、通過しました。


(蓮生禅寺)

大島港から離れていきました。


(大島港から)

おおしま大橋に戻ってきました。少し風景を見たかったので、停めてもらいました。


(おおしま大橋)

大きなアーチ状の石と右に歌碑と左に串本節の石碑がありました。


(歌碑と串本節の石碑)

道路の反対側にある展望台の上から景色を眺めました。


(展望台の上から景色)
(写真撮影:2013.11)

和歌山県への島旅 22回目

2014-03-12 04:30:00 | 17紀伊・和歌山
走っていると小学校が見えてきました。


(小学校)

港へ向かうべく道路を下っていきました。


(港へ)

港へ近づくとお店が見えてきました。


(お店)

先には、郵便局もありました。


(郵便局)

その先には、交番もありました。


(交番)

串本節でも唄われた大島港は、昔から船の避難港として大変栄えました。その大島港も、橋の開通に伴い、静けさを取り戻したようです。フェリーと巡航船は、その役目もを終わり姿を消したようです。


(大島港)
(写真撮影:2013.11)

和歌山県への島旅 21回目

2014-03-11 04:30:00 | 17紀伊・和歌山
道端には、黄色い花が咲いていました。花の名前は、よく分かりません。


(黄色い花)

海金剛から少し歩いた反対側景色も素晴らしかったです。


(素晴らしい景色)

曇った空の隙間からの太陽が海にスポットライトのように映っています。幻想的ですね。水平線も輝いていました。


(スポットライトのように)

自衛隊のレーダーサイトも大きく見えました。


(自衛隊のレーダーサイト)

今度は、大島の港へ向かいました。途中に、消防署の建物があり、消防車も見ることができました。


(消防署の建物)

タクシーのフロントガラスのところで、ヒラヒラするものがありました。運転手さんたちがテープで作った金魚です。エアコンの風で泳いでいるようでした。


(テープで作った金魚)
(写真撮影:2013.11)

和歌山県への島旅 20回目

2014-03-10 04:30:00 | 17紀伊・和歌山
タクシーは、細い道に入っていきました。


(細い道に)

日米修好記念館に着きました。日米修交記念館は、ペリーの黒船来航より62年前にアメリカ商船「レィディ・ワシントン号」が大島に寄港したことを記念した施設です。当時の様子を解説したジオラマや写真、船の模型などが展示されています。アメリカ船の来航は、ペリー提督が黒船で浦賀沖に来航したことが有名ですが、実はその62年前に大島に来航し、これが日米間の接触として初めて公文書に記録されているものだそうです。


(日米修好記念館)

日米修好記念館を後にして、海金剛へ向かいました。椿の並木道を通っていきました。


(椿の並木道)

海金剛に着きました。海金剛は、三角形に鋭く切り立ったような巨岩に、太平洋の荒波が砕けちる迫力いっぱいの景勝地で、「21世紀に残したい日本の自然100選」に選ばれています。




(海金剛)

海金剛の先には、先ほど行った「樫野埼灯台」が絶壁の上に立っているのが見えました。


(樫野埼灯台)
(写真撮影:2013.11)

和歌山県への島旅 19回目

2014-03-09 04:30:00 | 17紀伊・和歌山
樫野埼灯台の案内板には「日本最初の石造灯台」と書かれていました。詳細は、「明治3年に建てられた、日本最古の石造り灯台。昭和29年に改修されましたが、隣接する旧官舎も石造りで、当時の雰囲気が残っています。現在、灯台は自動点灯で無人で内部は非公開となっていますが、灯台の外周に展望台が設けられているので上ってみましょう。」とありました。


(樫野埼灯台の案内板)

灯台から見た景色です。水平線がきれいに見えました。中々、これだけ広く水平線を見ることができる場所はないですね。


(灯台から見た景色)

紀伊半島の景色も眺められました。


(紀伊半島の景色)

案内板にも書かれていた石造りの旧官舎です。


(石造りの旧官舎)

灯台を見て、帰る途中の工事柵です。カエルです。色々な工事柵がありますね。


(カエルの工事柵)

次は、日米修好記念館へ向かいました。


(日米修好記念館へ)
(写真撮影:2013.11)

和歌山県への島旅 18回目

2014-03-08 04:30:00 | 17紀伊・和歌山
展望できるテラスから石碑と灯台が見られました。


(石碑と灯台が)

トルコ記念館を出て、次に向かったのは、トルコ軍艦遭難慰霊碑です。トルコ軍艦エルトゥールル号の遭難者のうち引き揚げられた遺体は、遭難現場を真下に見下ろす樫野埼の丘に埋葬されたと伝えられています。遭難の翌年、和歌山県知事はじめ有志の義金により、墓碑と追悼碑が建立されました。(現在の慰霊碑は、昭和12年に改修されたものです)現在も5年ごとに追悼式典が行われているとのことです。


(トルコ軍艦遭難慰霊碑)

その先にある「樫野埼灯台」の案内板がありました。「樫野埼灯台」と書かれていました。普通は、「樫野崎灯台」と思うのですが、「埼」の字が書かれていました。タクシーの運転手も気付いていないといわれました。


(「樫野埼灯台」の案内板)

灯台へ向かって歩いていると左側に騎乗した銅像がありました。この像は、トルコ建国の父、ムスタファ・ケマル・アタチュルクの騎乗像です。ここに移転されるまでには、色々なお話があったようです。




(トルコ建国の父、ムスタファ・ケマル・アタチュルクの騎乗像)

樫野埼灯台にやってきました。


(樫野埼灯台)
(写真撮影:2013.11)

和歌山県への島旅 17回目

2014-03-07 04:30:00 | 17紀伊・和歌山
走っていると突き当りになっていました。


(突き当り)

タクシーを下車して、観光案内をしてもらいました。


(観光へ)

最初の場所は、「トルコ記念館」です。


(トルコ記念館)

トルコ国との友好の証として、トルコ軍艦遭難慰霊碑の近くに建設された記念館です。館内には遭難したエルトゥールル号の模型や遺品、写真などが展示されており、遭難事故当時の様子が紹介されています。館内撮影撮影禁止で、入ったところで撮影をしました。


(トルコ記念館内)

館内から展望できるテラスに出ました。タクシーの運転手から「明治23年(1890年)、大島樫野崎の沖合でトルコ軍艦が嵐により遭難し、そのとき樫野をはじめ、大島の島民が献身的な救助活動を行いました。遭難したトルコ軍艦エルトゥールル号の乗組員656名のうち587名が帰らぬ人となりましたが、翌年、墓碑と追悼碑が建てられるなど、犠牲者の慰霊を通じて串本町とトルコ国との交流が始まり、現在まで友好関係が続いています。」と説明されました。遭難した場所は、この写真の場所です。




(トルコ軍艦エルトゥールル号の遭難場所)
(写真撮影:2013.11)

和歌山県への島旅 16回目

2014-03-06 04:30:00 | 17紀伊・和歌山
ループ状の橋を登りきったところの直線道路の先に丸い架橋が見えてきました。


(丸い架橋が)

丸い架橋を通過すると大島への渡島になります。




(大島に)

そのまま島内散策を続けました。


(島内散策)

ドンドン進みましたが、周りには民家が全然見られませんでした。


(民家が全然見られない)

その先の山頂に自衛隊のレーダーが見えました。


(自衛隊のレーダー)
(写真撮影:2013.11)

和歌山県への島旅 15回目

2014-03-05 04:30:00 | 17紀伊・和歌山
海岸線を走っていると大きなスーパーがありました。看板に「Aコープ紀南VASEO」と書かれていました。


(Aコープ紀南VASEO)

大島にかかる橋が少し見えてきました。


(大島にかかる橋)

この道の先を左折して、大島へ向かいました。


(左折して、大島へ)

直接、大島に橋が架かっていると思っていましたが、防波堤を兼ねた取り付け道路になっていました。


(防波堤を兼ねた取り付け道路)

走っていくとループ状になった橋が見えてきました。


(ループ状になった橋)

ループ状の橋に向かって進んで行きました。


(ループ状の橋に)
(写真撮影:2013.11)