赤峰和彦の 『 日本と国際社会の真相 』(35)
アジア情勢分析(4) 東南アジア編
南シナ海を巡る中国と東南アジア諸国の対立
本年(2015)5月に開催されたアジア安全保障会議で、ASEAN(東南アジア諸国連合)は、南シナ海での人工島建設【※1】について明確な説明をしない中国に対するいらだちを募らせていました。
【※1】すでに中国は、スプラトリー諸島(南沙諸島)海域において、クアテロン環礁、ガヴェン環礁、ジョンソン北環礁の埋め立てを終えて、現在はジョンソン南礁周辺で大規模に埋め立てをして人工建造物を造成している。中国は米軍のインド洋のディエゴ・ガルシア基地の2倍の基地を作るとしている。将来、 南シナ海での防空識別圏(ADIZ)の支援基地にもなり得る。
日ごろは中国に対しては強く主張しないマレーシアのヒシャムディン国防相も「もし南シナ海の緊張が高まれば、私たちの時代で経験する最も致命的な紛争になる」と中国に自制を求めました。それにも関わらず、中国人民解放軍副参謀総長の孫建国・海軍上将は、「小国は挑発的行動を採るべきではない」と述べたといわれます。
こうした尊大な発言は、国際社会から大きな反発を招きました。6月のG7における首脳宣言の中には「中国による南シナ海での岩礁埋め立てに強い反対」と明記されたほどです。中国の行動は、国際社会から「力による現状変更の試み」と見なされるまでになったのです。
ところで、中国が自国領と主張する82万平方キロの南シナ海の海域には、550以上の環礁などがあります。そこは、ブルネイ、マレーシア、フィリピン、台湾、ベトナムがそれぞれ領有権主張をしているところでもあります。しかし、中国は自らの主張を強化するために兵士を駐留させ、レーダー施設などを作ってきました。
中国が埋め立てを急ぐ理由は、石油掘削や軍事活動の拠点を整備するためです。これが完成すると軍事的には中国が制空・制海能力を持つことになり、日本は「シーレーン」を脅かされることになります【※2】。
【※2】石油のシーレーンがある。これが止まったら日本経済は大混乱に陥る。ブルネイからの天然ガスも同様である。
フィリピン、ベトナムとの連携強化を
6月初旬に来日したフィリピンのアキノ大統領は、都内で行われた講演で、中国を戦前のナチス・ドイツになぞらえて批判し、中国にフィリピンの立場にたって問題解決にあたるよう求めています。なお、来日前には、中国の進出を牽制するために、米比両軍による合同軍事演習を行っています【※3】。
【※3】過去15年間で最大規模の米軍から約6600人、フィリピン軍から約5000が参加した。
もともとアキノ大統領は家族ぐるみの親日家ですが、反政府武装勢力モロ・イスラム解放戦線(MILF)との和平合意に日本からの積極的支援があったことで一層日本に対する親近感が強くなっています【※4】。
【※4】モロ・イスラム解放戦線は、フィリピンのイスラム過激派。2011年、日本政府の仲介でアキノ大統領が極秘来日し、MILFの最高指導者・ムラド・エブラヒム議長と極秘会談を行った。アキノ大統領は、モロ・イスラム解放戦線との和平に対して「日本の貢献は計り知れない」と謝意を示している。
アキノ大統領は、すでに2014年の時点で、安全保障における日本の役割強化を歓迎し、「フィリピンは日本国憲法を見直すいかなる提案にも警戒の念は抱かない」、「日本政府が他国を助ける力を得れば、善意の国家にとっては恩恵あるのみだ」と述べています。
一方、ベトナムは、現在のところ中国が最大の貿易相手にはなっていますが、紀元前の時代から歴史的に中国大陸にある国家と領土紛争が絶え間なく続いているため、本質的には友好関係にはありません。いまでも早期の「脱中国依存」を求める声が国民の間で拡大しているようです。その影響からでしょうか、日本との関係強化にはことのほか熱心で、インフラの整備をはじめ日本企業の進出に大変期待を高めているといわれています【※5】。
【※5】実際、日本はここ数年どの国より多くベトナムに資金を注いできた。日本の外務省とベトナム財政当局のデータによると、08~13年に日本がベトナムへ提供した援助は100億ドル(約1兆1888億円)。14年には日本は新設されたハノイ国際空港や高速道路建設に18億米ドル(約2139億円)を拠出した。
2014年6月には海上自衛隊の大型輸送艦「くにさき」がベトナム中部ダナンの港に医療技術支援のために寄港した際「大歓迎で迎えられた」と報道されています。このときは、自衛隊員に加え、米軍とオーストラリア軍の隊員が参加し、同市内で医療支援活動を行っています。
これらから、人道的、平和的、文化的な目的やビジネスでもベトナムに対して果たせる役割は広がっています。
インドネシアは東南アジアの最大の民主国家
日本に対する親近感が強いインドネシアは、民主国家として世界でも3番目の人口を誇る国【※6】で、ビジネス上でも大変に注目される国です。2013年1月、安倍総理は総理再任後初の外国訪問地にインドネシアを選びユドヨノ大統領(当時)と首脳会談を行いました(現在は、ジョコ・ウィドド氏が大統領です)。
【※6】人口は約2.47億人。約13,500の島々からなる世界最大の島嶼国家。中国、インド、米国に次いで世界第4位の人口であり、民主国家としてはインド、米国に次ぐ。多民族国家で、イスラム教88.1%。世界最大のイスラム人口を有するが、国教ではない。
インドネシアは現在、中国が最大の貿易国であり、投資も増大していますが、南シナ海領有権問題については「対話での解決」を主張する一方、中国船による違法操業については爆破を含む強硬な取り締まりの姿勢を見せています。
本年(2015)3月の日本インドネシア首脳会談では、経済協力と併せ安全保障面の協力を進めるとして、沿岸警備での日本の技術提供への期待を高めています。
中国の影響力に負けないシンガポールに
シンガポールは国土が東京23区並みの広さでありながら、世界第4位の金融センターがあります。また、最繁忙な港湾を有する世界有数の商業立国です。
かつてシンガポールは歴史的な経緯から「反日教育」を実施していましたが、現在はそれをやめ、日本との良好なつながりをつくる努力をしています。ただし、最近は日本や台湾よりも中国に重点を置き始めているという観測もあります【※7】。シンガポールは華僑が社会の主流を占めるため、日中両国間のバランスのとり方に苦労しているのだと考えられます。
【※7】2015年5月のアジア安全保障会議(シャングリラ対話)では、リー・シェンロン(李顯龍)首相が「国際秩序をかき乱す中国を露骨に弁護し、国際法を守る日本を罵った」という報道もなされている。同首相はリー・クアンユー元首相の長男。
シンガポールには年間12万隻以上の船が通航するマラッカ・シンガポール海峡があり、日本にとっては中東の産油国とを結ぶ大動脈になっており、中国がシンガポールを支配することになると、日本の船の自由航行が妨げられる恐れがあります。
日本政府はシンガポール政府に対し、自由主義陣営の一員として、東南アジア諸国の平和の要としての役割を果たすよう強く要請していかなければならないと思います。
三億人のメコン川流域
アジアの経済発展の中でいま最も熱い視線を浴びているのが、ベトナム、ラオス、カンボジア、タイ、ミャンマーに中国南部二省(雲南省、江西チワン族自治区)を加えたメコン川流域諸国です。合わせて三億人の人口に達し、ASEANの総人口の半数を占めています。
この地域はメコン川の穀倉地帯で、近代的な経済活動の阻害要因となっていましたが、現在では、日本が主導するADB(アジア開発銀行)により、交通【※8】、電力、通信網の整備が行われ、様相が一変しています。
【※8】東西経済回廊:ベトナム中部のダナンからラオスおよびタイを横断してミャンマーのモーラメインまでを結ぶ全長1450キロメートル。南北経済回廊:中国雲南省の昆明(コンメイ)から南下しラオスまたはミャンマーを経由しタイのチェンライから首都バンコクまでを結ぶ全長2000キロメートル。南部経済回廊:タイのバンコクからカンボジアのプノンペンを経由してベトナム南部・ホーチミンまでを結ぶ全長1000メートル。
中国もこの地域に目をつけ、大量の資本、物資、労働者を送り込むやり方で投資を行いましたが、現地や国際社会から「新植民地主義」との批判を浴びている状況です。
一方、日本は「人間中心の投資」を発表し、地域の発展を最優先にした支援を行おうとしています。経済産業省は「メコン川流域諸国の多くは伝統的な親日国で、豊富な天然資源と労働力を有する」として日本企業の関心が高い地域と認め、「日本メコン産業政府対話」などを通じ積極的支援を図っています。
日本は東南アジアとともに歩むべき
さて、ASEAN諸国を概観すると、軍事的に中国の圧迫を受け、経済的に中国の風下に立たねばならない状況にあります。その中で日本の積極的平和主義とwin―winの関係でともに経済繁栄を築きあげていこうとする姿勢が、ASEAN諸国にとって大きな福音となっています【※9】。
【※9】本年(2015)5月の第21回国際交流会議「アジアの未来」晩餐会において安倍総理は次のように述べた。「アジアは、イノベーティブでなければならない。イノベーションによって、待ち受ける課題に立ち向かっていかなければならない」、「日本は、エネルギーショックや、公害を経験して、何十年にもわたって、高度な技術を磨いてきました。その経験や技術を、アジアの皆さんと共有しながら、アジアの国々のエネルギー戦略の実現や技術発展に貢献します。私たちは、協力を惜しみません」、「アジアの未来を切り拓くキーワードは、ただ一つ。『Be innovative』。日本は、その中で、出来る限りの努力を行う覚悟であります」。
日本の繁栄はASEAN諸国との連帯によって築いていかねばなりません。ともに豊かな社会を実現するために協力を惜しまないという姿勢を貫くことが、今後の日本の国際貢献のモデルになると思います。
ASEAN諸国との友好を基軸に、日本が国際社会の発展と平和に寄与する更なる一歩になることを期待したいと思います。
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